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JACKET フリーワンライ企画

美しき愛の情景

 斜め上空から落とされたまるでジャングルの巨大なマングローブの枝のように走った、それが枯れ木のような質感を空間へと主張しながら。

 見上げる。

 空の奥は遥か、霞んでしまって見通すことなど出来ないでいた、勿論、見上げてみたのは気まぐれのようなもので、直ぐ様ボクは再び走り始めるのだった。

 地の底から、怨霊の半透明の手や手にぬめるりと締められているような感覚、振り絞り振り切って、ボクは胸を押し潰されそうになりながら、途轍もない引力により強力に脚を取られながらも、どうにかボクなりの全速力の走行を続けていくのだった。


 反して。見下ろす景観は晴れ渡り、全景を簡単に捉えることが出来ている、重ねられた沢山のチップ、赤、黒、そのコントラストも鮮やかに、てんでバラバラの秩序にて、ばら蒔かれ無造作に積み重ねられた立体紋様がチカチカと。視界を否が応でも支配していた。


 好き、嫌い、好き…

 この法則が巨大なボクの胸を音叉のように震わせ谺して…


 同時性を持っていた。全ては進行していった、巨大な、ミニチュアな、二つの体躯を同時に動かす所作も、その様々なシュチュエーションの繰り返しによって板につきつつあった。ボクはボクであり、ボクであった。巨大な、枯れ木の長大な腕を垂らした怪獣であるボクは、見下ろす景色をちまちまと進みゆく、ミニチュアなボクの意識と謂わば同期し…否、パラレルでありながら双方の意識が一つの源流、つまりボクから生れゆく意識という総体なのであった。

 

 カジノボードに並んだギャンブラー達の駆け引き、ゲームは世界であって、サバイバルそのものだった。

 ボクは巨大な化物のようななりにて、ゲームに没頭しているのであり、一方で小さな人間のなりをして、ボクは野生の世界を探索していくのだった。答えは駆け引きの渦という渦の中にあって、それは見下ろした澄明な視界では、実際見通せないブラフばかりであるのだ。心理の奥を突かなければ、答えは導き出すことが出来ないのだ。


 あの頃…キミはずっとパートナーだったはずだ、記憶も混濁していく、可憐な美少女であるはずのキミはもういない。ボクは去った…

 

 相対するボクと彼。巨大な密林通しの決闘!

 駆け引き、ギャンブル、熱中、中毒の血流の逆流に。

 

 キミはいつでも本音だった、嘘をつけないキミをボクはひと時も欠かさず信頼していた、安逸、安心、安息…

 だけど!

 あの日の事件は不幸な運命の悪戯だったのだろうか、ボクはもう、あの日以来、キミには逢えないし、逢うわけにもいかなくなった、引き裂かれた悲しい末路に。

 あの日キミは初めて嘘をついた、その成り行きはなんだったのだろう?今やすべてが混乱の嵐に飲まれてしまって…すべては混ざり、すべては消失していった、重たい霧のように、しかし蒸発していった…想い出も蘇らすことの出来ない、別離、永遠の…


 ボクは白昼夢に透かす…情景はただひとつだけボクに迫る、ボクは苦しくなって、それでも映像がボクの背を狙う、鋭い刃のように。キミは嘘をついて、ボクは本音に隠した嘘を見つけて、直感していた、裏切りか、それとも。

 

 風景が闇に染まる。

「嫌い…」

 巨大なボクはまたしても黒いチップを増やすばかりだった、賭け事の勝利は、苦い味がする…

「嫌い…」

 ますます深い霧が世界を覆い尽くす、増え続ける黒いチップ、運命は真紅、鮮血のように染め上げる、切り替えのタイミングを見計らい。

 

 ジャングルをひた走る、世界に突然現れて、そして高く一気に伸び上がって、聳え立つ黒い、赤い塔…時に単色で、時にツートンにて、時にまばらな赤黒の羅列は毒蛇のようで悍ましくもある、しかし、やはり陶然と美しく。

 悪魔の使いのように、滴る毒液を牙にしたためた、爬虫類の膚の塔が、突然、野生を遮断するように。

 謂わばダイナミックな暴力運動も、別面、なだらかに生え揃う若葉の生長のように。

 悪が蔓延している、美しく、甘やかな陶酔を禁じえず。


 耳鳴りがしている…もう…運命はひとまわりを遂げてしまったのだろうか?巨大な体躯のボクとボクの相手、初めて出逢った、しかし絶世の美女との…対峙…ミニチュアなボクは走り、息を切らし、必死に探し廻っているのだ…聞こえるのは…巨大に嗤う…かの美女の微笑のその奥の…彼女は本音を晒していたのだ…信頼できる…きっと手に入る…いつしか希望を仰ぐような…耳鳴りのボクは受け取った…それはとてもささやかな…ピアニッシモの彼女の本音なんだと…自分に言い聞かせて…小さなボクの願いが…長い道のりを照らす光となっていく…増々奥まって行く…闇さえ苦にはならず…どんどん…深い…深い…心の襞を手繰り渡って…


 渓。


 風景の全体が変わっていった…突然、強烈に明るくなった、心情の動機、何かの兆し。

 雪…

 白が降っていた…夜であるのに眩い不思議な光を湛えていた。

 知らぬ間に銀世界。穏やかに心情と世界は手と手、結んでいる…

 彼女が居る、巨大である筈の、単なる駆け引きの遊び相手だという、この世界を眺め落としている筈の、その美しい女が…なぜかしらミニチュアな、ボクのサバイバル世界の情景に溶け込んで…赤い花のように咲いている…その不思議をボクはどういうわけだか受け入れているのだった…

 彼女は唇を閉ざしたままに…

(ここでクイズです…)

 ボクは夢を見ているのか?彼女はホワイトアウトに宿ってしまった、幻想という気まぐれの気晴らしと幻影か?

 微笑する、追い掛ける、必死になる、降り積もる。

 凍てついた、ボクの小さな体躯は生気を失いそうになっている、銀色の地面に力なく寝そべって、片耳を着けて、地の底の冷たさと音を聞いていた… 


 好き…嫌い……


 何十年…何百年…何千年だって待ち続けていたのだろう…死を超えて…因果を越して…結ばれることのなかった…冷たさと冷たさの奇蹟的な氷解が……


 次に来るべきそのフレーズを待って…ミニチュア世界に飲まれ久しかった…ミニチュア世界の秩序に有り触れた…ミニチュア世界の体躯を駆使しひと時も忘れず愛し続けていた…小さな、小さな、ミニチュアなボクの体躯が、差し出したか細く小さな腕の先には…ギュッと握り締められた赤いチップがたった一枚……

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