奴隷
冷たい石造りの床、凍える空気、白い吐息。
寒さに身を縮ませ私は暗い檻の中にいた。鼻水を啜るとつられたかのようにあちこちで誰かが鼻を啜る音がした。
隣に座っている背の低い老人が体を横にする。この冷たい石造りの床は腰に来たのだろう。齢15の私の腰にもこたえるほど固く重い座り心地だ。
何故こんなところにいるのだろう。
悪臭と冷たく息苦しいこの檻の中。
深く息を吸い込むと体臭や鉄、埃の混じった悪臭が胸に広がる。しかし、最近では気にならなくなってきた。
ここに入ってどのくらい時間が経っただろうか。
少なくとも数週間は経っているはずだ。ここに入ってから日にちが全く分からなくなってしまった。
貴族だけどそのように扱われてこなかった私の最後の行き場がここだ。
いや最後ではないか、
だって私たちは売られるんだから…
人が微かに動き、呼吸する、咳払い、それらが重なり騒音となってる。ここにいる全ての人が売りだされる商品なんだ。
ここは、奴隷収容所。私がいるところは位の高いまたは容姿に優れている人が収納されている檻だ。
位の高い人のほとんどが裏事情が明るみにでて位を剥奪された貴族だ。
私の隣の老人だって確か薬の密輸とか何かで世間を騒がせたハローズ家のトップ。
もうあそこの家は駄目だろうな、
息子が数年前から行方不明らしい。後継ぎがない上、当主の汚れが表に披露された今打つ手なしだろう。
自分の家もそうなるかもしれないと考えたがそれはないと一蹴する。
私の家・クラエ家は古くから社会に影響を及ぼしている由緒正しき貴族だ。
そのトップに君臨する実の父はそんなへまをする人間じゃなかったことを思い出した。
ーーーーあの人は心がないからね
自分を縛るものがないあの人はきっと無敵なんだろう。
心。それは自分縛る楔。
私もいつの間にかなくしてしまった物。
傷みも苦しみも何もかも虚ろでいつの間にか消えてしまう。
だけれど、私はまがい物。
心臓の端に心が存在することを自覚できる。
静かな夜を壊すかのように冷たい足音が聞こえてきた。
見回りの時間になったのかと頭の隅で思う。
私は一週間前売られた。理由は分からないが一つ確かなことがある。それは決して金銭面で困っていたわけではないということだ。クラエ家は今もなお安定した地位に腰を据えている。当主の評判はかなり良く人柄にも優れているとか。
しかしその裏では麻薬の密輸入、賭け事などに手を出していた。しかし当主・つまり私の父はかなりのやり手で普通は感づかれるであろう事実はいまだ包み隠されたままだ。彼はこういう事に向いていたんだろう。
売られたと知った時流石にショックを受けた。確かに私は父の愛人の子供で母が死んでからというもの養子として引き取られあの大きな屋敷に住むようになった。しかし当然家族として受け入れられるはずもなく扱いは使用人以下だった。
愛人の子供である私は奥様の目の敵にされた。だからといってまさか売られるなど思うはずもない。
檻の中は臭くて冷たい。物理的な枷がこんなにも息苦しいものだと知らなかった。手足を縛っているこれが汚れた手で心の自由までもしばる。
檻の中に手の届かない高さにある窓を見上げる。
今まで悲しいこと辛いこと、たくさんあった。
しかし今日この日はあの日に及ばない苦しさ辛さだ。
これから先いい方向に転ぶことは無いだろう。
でもそれでもいいと思えた。
私は慣れたんだ。人に裏切られることに、心を踏みにじられることに。
だからもう
「どうでもいいや」