第一話 ひまわり0-3
その仕返しというのがどうもえげつない。いじめっこに向かって、予め用意していた泥団子(いくつか石が仕込まれてる)を思いっきりぶつけたり、奇声を発したり、苦虫をいじめっこの口の中に投げ入れたり。中には仕返しされて、泣き始めた子もいた。これじゃあまるで、形勢逆転でひまわりちゃんがいじめっこをいじめているみたいだ。
「…………………引くわぁ」
先ほど泣いていたあの子は何だったんだろう。陽炎が見せた幻覚だったのかな。ちなみに本人はこれっぽちも悪いとは思っていないらしい。
「だって、わたしをいじめてたんだもん。当然の報いよ」
「…あっそう、おっかないねぇ~」
まさに因果応報。いじめっこたちは報いを受けたのだ。………とてもえげつないけど。
もし俺があのいじめっこたちと一緒になって、ひまわりちゃんをいじめていたらあの仕返しを俺も喰らってたってことか。石入りの泥団子を投げられたり、奇声を発せられたり、苦虫を口の中に入れられたり………。
いやあ、女って恐ろしいや。想像しただけで寒気がする。
「それにしてもよかったねぇ、いじめられなくなって。これで学校に行っても平和だね。いやぁ、よかったよかった」
「何よ他人事みたいに。わたしがあんな風に仕返しできるようになったのは、あんたのおかげなのよ」
「―――え、俺の?」
どうして俺が出てくるんだろう。俺はただ、見ていられなくて。たったそれだけの理由でひまわりちゃんを助けただけなのに。どうして?
「そうよ、あんたのおかげ。途中で入ってきたあんたを見てね、わたしもあんな風に言い返せたらなーって思ったのよ。そのおかげで今みたいに仕返しができてるんじゃない」
「……ひまわりちゃんがやるような仕返しほど大したことはしてないよ。そうだったら自分でも引くから」
「ちょっとそれどういうことよ!」
「あっはは」
ひまわりちゃんと過ごしていると本当に楽しかった。退屈だった夏休みも、ひまわりちゃんのおかげで楽しいと思えるようになったのだ。そして同じ小学校だということもわかって、一緒に宿題をするようにもなったのだ。
そんなある日のことだった。
「お前か。最近俺の手下をいじめてるって女子は」
ひまわりちゃんと遊びに近所を歩いていると、ひまわりちゃんをいじめていた手下の大将がやってきた。俺より少し背が高くて、顔つきや体格を見るに高学年の男の子だった。俺達よりもいくつか年上で、そんな人がひまわりちゃんを叩きのめそうとやってきたようだ。
「……どちらさま、……ですか」
ひまわりちゃんの声が震えていた。手下たちはひまわりちゃんと同い年の子や下の子たちだったので怖くは無かったらしいが、いざ年上が相手となると怖くなって動けなくなっているようだ。
「っはん!俺の可愛がってる手下を泣かすもんだからどんな奴かと思ったら…。こんなひょろい見た目で、弱そうじゃん!しかもブス!!」
―――ドン!!
「いたっ…!」
高学年の男子は大声で笑うと、ひまわりちゃんの胸倉を掴んで勢いよく放し、尻餅をつかせた。
「ひまわりちゃん!」
「おいおい聞いたかよ、ひまわりだって!だっせぇ名前だなあ」
立ち上がろうとするひまわりちゃんの前に、高学年の男子はにやにやと笑いながら近づいていく。ひまわりちゃんは恐怖のあまり身体が動かなくなっていた。あと数センチであいつはひまわりちゃんに手を出してしまうだろう。
(駄目だ、近づくな!!)
その時の俺は無我夢中だった。急いで二人の近くまで全速力で走り、ひまわりちゃんの前に来るとやってくる高学年の男子に向かって通せんぼした。
「ひまわりちゃんに近づくな!」
「……あ?何だ、お前。こいつの彼氏?」
「関係ない!それより、ひまわりちゃんをどうしていじめるんだよ。この子がお前らに何かしたのかよ」
「ガキのお前には関係ないね」
そういって高学年の男子は、俺の腹に蹴りを入れた。一瞬だった。腹がぎゅっと潰されたような感覚がして、苦しくなってむせ返る。―――なんだよ、これ。これじゃ俺が弱いくせに女の子を守ろうとしている、よく見かけるどこかの設定の男の子みたいじゃないか。違う、俺はそんな男の子とは違う!
「関係ある!俺はひまわりちゃんの友達だし、お前の手下を最初に追い払ったのも俺だ」
「…はあ、じゃあ何か?そこにいる弱虫女が最近生意気になっているのは、お前が原因だって言うのかよ。 ―――面白いじゃん」
まるで「欲しいおもちゃを見つけた!」とでも言いたげに高学年の男子はにやり、と笑った。後ろの手下達も笑っている。一体何がしたいって言うんだろう。こんなこと許されるはずが無い、こんなことなんで平気でできるんだ。頭がどうかしているとしか思えない。
高学年の男子は俺の胸倉をつかむと、勢いよく拳で殴った。そしてみぞおちにお見舞いする。
「ああっ…!」
殴られ、蹴られ、苦しんでいる俺を見ていられなくなったのか、ひまわりちゃんはこっちに向かって駆け寄ろうとする。だが―――これ以上、彼女を危険な目にあわせるわけにはいかない。
「来るなッッ!!」
途中まで駆け寄ってきた彼女を大声で制止する。ひまわりちゃんは言われたとおりピタリと止まり、そこから動かなかった。そう、それでいいんだ。こっちに来ちゃ駄目だ。
「は、なんだよ弱ぇじゃん」
「うる、…さい お前なんかに、お前なんかに…っ… ―――負けてたまるかあああああ!!」
………そこからはよく覚えていない。
気が付くと俺は倒れていて、目の前には大粒の涙をボロボロと俺の頬に零す、ひまわりちゃんの姿があった。何があったのか聞くと、俺は高学年の男子の殴り合いで頭突きをくらって気絶してしまったらしい。それを見た高学年の男子は、気絶した俺を見てパニック状態に陥ったそうで、急いで家の人を呼びにいったらしい。軽い気持ちで頭突きをやって、相手が気絶するだなんて思っていなかったのだろう。俺はその高学年男子の自宅まで運ばれたらしい。その高学年の母親であろう女性が、しばらく様子を見てくれていたみたいだった。
「ああ、よかった!お友達、気が付いたみたいね。ごめんね、うちの大樹が…。ひまわりちゃん――だっけ?あの子にはよく叱っておくから。後でお家に謝りにいくわ」
「いっ、いえ、いいんです!あたしがっ、あたしが…、生意気だったから…」
「……優しいのね、ひまわりちゃん。 ―――でもね、それはそれ、これはこれ。大樹ったら自分の部屋に引き篭もっちゃって出てこないのよ。せっかくお友達が目を覚ましたっていうのに謝りもしないで、全く」
大樹―――それが、あの高学年の男子の名前か。くそ、俺よりいい名前持ってるくせになんでひまわりちゃんをいじめるんだ、あいつは…。
「大樹!大樹ー!?居るんでしょ、いつまでも部屋に閉じこもってないで二人に謝りなさい!」
すると、今度は二階からあいつの怒鳴り声が聞こえてきた。
「うっせーな!一人にしろよ!!」
「何よ、母親に向かって! ……ごめんねぇ、二人とも。あとであの子に謝りに行かせるわ…」
そして俺とひまわりちゃんは、そのままそれぞれの自宅へ帰ることとなった。俺は大樹の母親から、念のため病院へ行くことをお勧めした。優しいお母さんだ。それなのにひまわりちゃんをいじめるとか―――本当に許せない。
「……ねえ」
「うん?」
「頭、何ともないの?もう、痛くない?」
「ああ。ぜーんぜん、大丈夫だよ?それよりひまわりちゃんこそ、何とも無い?」
「………うん。ねえ、いい加減名前教えてくれない?」
「どうして?」
「あんたの名前を呼べないから」
その時のひまわりちゃんの表情は、日が暮れて暗くなったせいでよく見えなかった。でも、声が震えているから少し、泣きそうになっているんだろうと察した。ああ、どうして知りたがるんだろう。俺の名前は、君みたいに綺麗な名前じゃないんだよ…。
「――――じゃあ、約束」
「え?」
「俺の名前を本当に知りたいのならだけど」
「……いいよ、約束する」
「じゃあ、もし俺がどこか遠くへ行ってしまったとしても、俺の事を忘れずにまた会いに来てくれたら――――俺の名前、教えてあげるよ」
「……わかった、約束するわ」
こうして俺とひまわりちゃんは、小指をお互いに結び合って指切り拳万をした。遠くに行くことは、ずっと前からわかっていたことだった。もう、ひまわりちゃんに会えなくなるなんて少し寂しいけれど、俺はひまわりちゃんのことを忘れないよ。何年経ったって、ずっとずっと、覚えてる。
―――またね、向日葵ちゃん。
大変長らくお待たせしました((
このお話を待っていてくれた方には何万回土下座をすればいいものか…。数を決めてくださって構わないです。