第一話 ひまわり 0-2
あれは、とても暑い日の事だった。蝉の声が響き渡り、最高気温度で熱中症で倒れる人々が増える中で、
俺は息を乱しながら、おつかいのスーパーへと向かっていた。ただでさえ夏休みなのに怠けている暇があるのなら、家の手伝いをしてほしい――と親に叱られた後、おつかいを頼まれたのである。しかも、最悪なことに今日は一番最高気温で、外に出た瞬間じわりと身体が焼けるような感覚に陥った。
(暑いの苦手なのに、こっちのことも考えてよ…)
ふてくされながら公園の前を通ると、何やら騒がしい。公園の端っこにあるブランコに男子が二人。何かを囲って騒いでいるようで、その真ん中に一人の女の子が座っている。よく見ると、その女の子は泣いているように見えた。
「あっ、こいつまた泣いたぞ」
「なあ知ってる?こいつの家ガラクタばっかりあるんだぜ」
「ダッセー!貧乏かよ!」
大きな声で笑う男の子たちに、その女の子はぐっと涙を堪えて俯いていた。俺は「ああ、いじめか」なんて思いながら女の子を助ける気など全くなかった。無理やりおつかいを頼んだ母親にいらいらしていたからである。
しかし――…
「ガラクタなんかじゃないもん…」
「!」
「は?」
その女の子は俯いていていて表情はわからなかったが、睨んでいるように見えた。
「わたしのお店に置いてあるものは、ガラクタなんかじゃないもん!」
そういって女の子はいきなりブランコから立ち上がり、どんっと一人の帽子を被った男の子の身体をを押した。少しよろけたが、女の子は男の子よりあまり力がない。すぐに帽子の男の子は体制を直し、「なにするんだよ!」と強く押し返した。
(面倒くさ…)
「ちょっといい?」
「――は?」
「…っ…」
公園に入り、いじめられていた女の子を庇うかのように前に立って男の子達を睨む。俺を見た二人は、眉を吊り上げて「誰コイツ?」「背が高いから六年じゃね?」とこそこそと話はじめる。
「いじめなんてみっともないしやめたら?それに、いじめって実は犯罪なんだよ、知ってた?」
「は、はあ!?何だよお前、そんなの知らねぇし」
「実は『知らない』だけで済まされないんだよね、いじめって。」
俺は頭を片手でボリボリと掻きながら、コイツらを追っ払える方法を考えていた。どうするかな、この猛暑だし殴りあいとか逃げるとか、体力使うような事はしたくないんだよなぁ。
「あとさ、やめてくんない?この子いじめんの」
「は、やだね!いきなり入ってきて生意気なんだよ――――」
「俺の妹だからやめろっつってんだよ」
低い声で、鋭い目で睨む。たったそれだけのことなのに、コイツらは怖気ついて逃げ出して行った。よっわ、何だよ。結局いじめっこっていじめてる子に関係する奴が出てくるとすぐに逃げるから、本当に面倒くさいな。
「…はあ」
(さて、買い物でも済ませ―――)
「あっ、あの…」
「ん?」
「助けてくれてどうもありがとうございました」
「あれ、君まだ居たの」
「え、い、居ましたよ…。お礼も言わずに去るなんてできません、から…」
「ふーん…」
意外といい子なんだなこいつ。きっと育ちがいい子なんだな。
「あの、お礼させてくれませんか?」
「別にいらないよ、見てられなかっただけだし」
「でも助けてくれたし…、貴方が来なかったらまた服をドロだらけにしてたと思います」
―――『また』、ね…。
「君、何年生なの?」
「え、よ、四年生ですけど」
「何だ、同じじゃん」
「えっ、えええ!?背高いのに!!」
「ちょっとその言い方何なの」
これが俺とひまわりちゃんとの出会いだった。ひまわりちゃんの本当の名前は日向葵というらしい。自分からひまわりと名乗るから、どこかで聞いた名前だと思ったが本名を聞いて、なぜひまわりと名乗るのか納得した。苗字と下の名前を入れ替えると、向日葵になるからか。
「ねえ、君の名前はなんていうの?」
「え、俺の?」
「うん、だって聞いてないもの」
「俺の名前ねぇ…。俺、自分の名前好きじゃないんだよね」
「そうなの?」
「うん、なんていうかさ…。何も見えない真っ暗な場所に一人って感じがしてさ」
識黒一真。
俺の名前を漢字で書くとこうなるが、俺はあんまり好きじゃなかった。さっきも言ったとおり、何も見えない場所で真っ暗で、ここに居るのは俺だけだって認識して、一人は寂しいと嘆く。そんな状況に陥った自分を何となくだが、頭の中で想像してしまった。実際に、友達はいないから名が自分を表しているみたいで、さらに嫌いになったけど。
「そういう名前だから、教えたくないんだよね。あんまり」
「―――でも、自分のお父さんかお母さんが付けてくれた名前なんでしょ?」
「誰もが愛情あって名前つけると思う?ひまわりちゃんってさ、キラキラネームって知ってる?」
「あ、知ってる。なんか『月』と『姫』って書いてかぐやひめとか…」
「そう。ばっかみたいだよね、自分の子供なんてペットじゃないんだから。遊びで名前を付ける親なんて願い下げだよ。でも俺は、雰囲気で付けられた様な気がするんだよね」
「黒ってさ、色の中で一番強い色なの」
「は?何の話?」
「色の話だよ。絵を描くときって大体クレヨンとか、色鉛筆とか…、クーピーとか使うでしょ?」
「絵の具も?」
「うん!一番わかりやすいのが絵の具かな」
「どういうこと?」
「絵の具ってさ、黒が混ざると、もう濁っちゃってどうしようもなくなっちゃうじゃない。黒に勝つ色ってある?」
「え、わかんない。白とか?」
一応、黒の反対である白を答えてみた。すると、ひまわりちゃんは「正解!」って言ってニッコリと笑う。意外と可愛い顔なんだな、と一瞬だが思ってしまう。
「白があればどんどん色は明るくなっていくじゃない。…量によるけど」
「面白い考え方をするんだね。…成る程、そう考えたら悪くないかも。俺の名前」
「ほんと?じゃあ名前、教えてくれる?」
「ヤダ」
「えええっ!?なーーんでーーー!!いいように考えてあげたじゃん!」
「嫌なものはいやなんですーう」
「もおーっ!!」
ひまわりちゃんは俺が助けたあの日から笑顔を見せるようになっていた。どうやら彼女は強気で頑固な子みたいだった。いじめられていることに関しては気にしていないが、怖くて動けないのだという。俺のおかげでいじめられることは無くなったとはまだ言えないが、俺のおかげでいじめっこには怖くなくなったらしく、最近は仕返しをしているみたいだった。