表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トライアル  作者: 小林健司
ダイイング
6/19

出雲時雨≡暗黒

第六話:出雲時雨≡暗黒

 あの事件から一〇年後。

 かつて警視庁があった場所。今では小さな事務所の様なものが、ぽつんと寂しそうに建っている。

 そこへ一人の男が我が物顔で入って来た。

「こんにちは。元気そうですね、思ったよりも」

 男は、所長と書かれたプレートを掲げた机の前に座る女に、親しげに声をかける。

「……まあねえ。部下も出来たんだからってのもあるし」

 女は突然の訪問者に驚きながらも、落ち着いて応えた。

「ですか」

 男は短く相槌を打つと納得したように数回頷く。

「で、何しに来たの。…………朝倉さん」

 朝倉と呼ばれた男はそれまでの笑顔から、更に二割増しの笑顔になった。

「一〇年ぶりに俺の高校の後輩に会って来ましてね。ようやく星河さんに話したいと思ったので、立ち寄ってみました」

「……あれ、朝倉さん一人称は僕じゃなかったっけ?」

「あの時は事情が有ってそれを使っていただけですよ。本来は俺ですから」

 傍から聞けば何を言っているのかさっぱり分からないが、

「そうなんだ。それで話って何かしら」

 と、簡単に納得した。というか、それ以外に気になることが有るようだった。

「闇無暗黒の事です」

 その名前が聞こえて、星河を含めたここにいる全員の動きが止まった。

 闇無暗黒が自らの演説をインターネットで流してから一〇年。現在の日本では、現総理大臣の名前を知らなくとも闇無暗黒を知らぬものはいない。

 なぜなら、日本のおおよその人が彼の演説を聞いて感化されてしまい、爆発的にその名が広まってしまったから。

統計学や心理学に精通しているわけではないのではっきり言えないが、一人の人間の演説。しかも動画サイトに投稿されたものがここまで根強く浸透するのは紛れもなく異常だと思えた。

「あいつは、……あいつも特殊な能力を持っていたんですよ」

「……」

 驚かない。

 分かっていた様な感じで予想ついていたようだ。

「それは、他人に対する異常な程の影響力です。俗に言うカリスマって奴ですよ。まあ、そんなレベルの話ではありませんけど」

 影響力、カリスマ。

 ファッションリーダーのスゴイ奴、の様なものだろうか。皆がその人と同じ様な服装をするみたいな。

「それでこんなに闇無さんが有名になっちゃったわけね」

 星河は呆れたようにため息をつきながら視線を落とした。

「でも、あいつはその能力を自由に操れてました。それで、少なくとも俺と星河さんには能力を使っていません」

「どうして分かるの?」

「だって、俺も持ってますから。特殊能力」

 さらっと大胆な告白をした朝倉だ、もしも一〇年前なら頭のおかしい奴だと思われていただろう。

「俺は、物事の設定が見える目を持っています。友人は『真実トゥールの《・》アイ』と呼んでいました。これを使えばすべての物事を把握することも可能です。見たいと思った物だけですが」

「……まあ、朝倉さんがそこまで言うなら納得しておきます」

 何か言いたげな表情をしたが、やはりまだ忘れられないのだろうか。

 三十路入ったのに。

「ありがとうございます。……ところで、先程から俺を見てくる彼は何者ですか?」

 おっと、ばれていたか。

「彼は出雲時雨いずもしぐれ、私の部下で空間を閉鎖する能力を持っているの」

「ふうん」

 俺の能力はそれだけではないと、気付かれている様な気がしたと同時に確信もした。

 朝倉は確かに設定を見る目がある。

「悪の遺伝子」

「うん?」

 不意に朝倉は強烈な単語を口走る。

「闇無の演説以降に目覚めた特殊能力を、総じて元警察がそう呼んでいるそうです。悪魔の意思を継いでるとか言って」

 悪魔。

 まあ警察達にとって闇無は、連続殺人鬼。それなのに民間人は革命家や救世主なんて呼んでいると聞く。

面白くないだろうな。

「彼は、今の日本をどう見るのかしらね」

 星河は、いや、一応上司だからそろそろ敬うか。

 星河所長は突然そう言いながら窓の外を眺めた。

「さあ、本人に聞きたいところですよね」

 朝倉は爽やかな笑顔で俺を見てくる。

 まだ、ばらしたくないのに。

「……でも、悪魔って呼ばれて喜んでると思いますよあいつは、そういうのが好きだったから」

 そう言うと朝倉は、何かをデスクの上に置いた。

 おかしな形をした指輪だ。

「これ、悪魔の形をしているらしいですよ」

 悪魔だった。恥ずかしいな。

「これは?」

「あいつのポケットにありました。二つ」

 同じ様な物を、手品の様に左手から取り出し一つ目の横に置く。

「…………」

 星河所長はじっ、と置かれた指輪を眺め複雑な表情をした。

「あいつがもう少し図太くて、信念を曲げれば、もっとこう、違う今が有ったかもしれませんね。…………いわくつきですが、いります?」

 星河所長は表情を普通に戻して、ゆっくり頷いた。

「お気を付けて」

 そう呟いた顔は相変わらずのさわやかな笑顔だったが、なんだか全てを分かっている。と言いたげだ。

「では、俺はこの辺で失礼します。お仕事の邪魔をしてはいけませんからね。………………あ、そうそう」

 ノブに手を添えながら、思い付いたように振り返っる。

「それ、お願いを叶えてくれる物らしいですよ。三つだけ」

 特に返答を待たず、言い終わるとすぐに帰って行った。

 星河朱莉。朝倉夜明。そして闇無暗黒。

 彼らが変えた世界は、強い正義と、強い悪意が分かりやすく対立している。

 一人は幸福を、一人は道徳を、一人は平等を信念において交わったが、きっと三人とも幸せに成りたかったんだろう。

 あの出来事は、たったそれだけの事を目指した事件だったんだ。

「……出雲くん、何ボサッとしているの? 事件を解決しに行くわよ」

「はーい」

 まあ、俺達の戦いはまだ始まったばかりだ……。と、しておこう。

 いつか、三人に話を聞くその時まで。



   「ダイイング」 完

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ