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トライアル  作者: 小林健司
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法治国家→終局

第四話:法治国家→終局

「人って生物はより完璧な個体になれるように生殖を繰り返しているけれど、それはきっといつまでたっても叶わないのでしょう。ならばそんな手間かけるより、出来ない事は出来る奴に任せた方が早い、今欲しい能力は今持っている奴から借りた方がいい、わざわざ取り込まない。という風になると思いませんか?」

「さあ、まだ分からないわね」

 厳密にはこの会話に至る前にとるに足らない質問が繰り返されていたが、二人にとって重要になってくるのはこの会話からだった。

「そうですか」

 闇無は特に感情を表すことなく淡々とそう告げた。

「闇無さんは、そうなの」

「そう、とは?」

「子供より友達を望んでいるってこと」

「友達って言葉はあまり好きではありませんが、まあそうなのだろうと思いますよ」

「朝倉さんも?」

「……奴は一人で何でもできますよ。何でもかんでもやれる奴です」

 星河には、こう呟いた闇無が寂しそうに見えた。

「それで、用件というのはこの話ですか?」

「あ、いや、闇無さんにまた力を貸して欲しいなって」

「……分かりました。なるべく期待に沿えるよう努力しますが、もう少し詳しくお聞かせ下さい」

 応えを受けるとすぐに、星河は手帳を取り出した。そして、一連の事件を大まかに説明し、それらが同一犯による犯行でしかも警察関係者ではないかと疑っている事を話した。

「……そうですか。因みに根拠は?」

「刑事の感」

「残念ながら俺は同意しかねますね」

「そう……」

「以前高橋のことを話したと思いますが、その辺りからそう考えてしまったのなら謝ります。ですが、俺にも分かったようにそのくらいなら誰だって分かります」

「でも、痴漢冤罪なんて当事者達くらいしか知らないんじゃ……」

「これとかで」

 そう言って闇無は席をずらしてパーソナルコンピュータを見せた。そこで星河は自分のミスに気がついた。その可能性が今の時代一番考えられるはずなのに。

「それもそうか」

 星河は恥ずかしそうに顔を隠した。

「じゃあ同一犯の可能性は消えるのかな」

 闇無が頷けばこの新米刑事を真実から遠退ける事が出来るだろう。

 だが闇無はあえてそうしなかった。

「いえ、消えません。可能性はいつだって何にでもあるものです。こんな短期間に似たような事件が起こることは疑問が残るばかりです。例えば、正義感にかられた人物が法で裁けない悪人を裁いてるつもり何じゃないですか? 俺は警察内部よりこの線が一番ありだと思ってますよ」

 言い切って、少しだけ笑った。

「でも、それは」

「ええ、間違ってますよ。ですから捕まえなくてはなりませんね」

「そうね。じゃあ明日からはその線で調査してみるわ」

「悩みは解決しましたか?」

「うん。一応」

 二人は特に合図もなく、同時にコーヒーを飲んだ。そして闇無はこう締めた。

「ほら、結婚して二人で子供を作るよりも早く問題が解決したでしょう」


***


「じゃーねー」

 金色に染め上げた髪をくねらせ、胸元をだるそうにあけたバンドマンは女の子と別れの挨拶をすませて浮足立っていた。人柄を表すような軽い動きで近道なのか、私有地と看板の立てられた駐車場を横断しようと足を踏み入れた。

「ふふふんっ。ふふふんっふんー」

 鼻歌混じりに歩いていると、いきなり後ろから頭を殴られ地面に崩れ落ちた。

「くっ、誰、だ」

「さあ、誰だろうな」

 心臓をナイフで一突きにされ、男の意識は闇の中へと沈んでいった。


***


「おいっ、ニュースは見たか!?」

 無駄な物が全くないリビングの、中央に置かれたソファーに座る至って平凡そうに見える男は、荒々しく入って来た男を軽く睨む。

「静かにしろ、嫁がまだ寝てるんだ」

「あ……ああ、すまない。気が動転して」

「分かってる。お前の気持ちもよくわかる。だが落ち着け、今はまだ、何も分からないんだ」

「でもよ。天野あまのがやられたんだぜ?」

「だからどうした? 奴がどこかで恨みをかっただけかもしれないし、通り魔の可能性だってある」

「だけどじん、俺は不安なんだよ。嫁さんがいて家庭を持ってるのはお前だけじゃねーんだぜ?」

 じんと呼ばれた男は軽く舌打ちをした。

「分かってると言っているだろう、なんども言わせるな。そんなに不安なら高い保険にでも入っておけ」

「それは……」

「なんだ、犯人でも探して殺すか? 俺達はもう法律で守られないのに」

「でもよ」

「何か不安ならそれに対して注意して、気をつけれていればいいだけのことだ。そうだろう? 大地おおち、天野が殺されたのは油断していたからだ」

 じんがそう言いながら大地の肩を叩くと、大地は少しだけ顔色がよくなった。

「そうだよな。天野は油断してたんだ。そうじゃなきゃおかしい」

「ああ、そのとおりだ」

「あんがとな、これで安心して帰れるぜ」

「そうか。ではまたな」

 大地は来た時とは打って変わり、落ち着いた様子で家を出た。


***


「よお、元気になったようだな」

 じんの家をでてすぐ近くにある廃材置場で、大地は声をかけられた。

「なんだ、てめえは」

「さあ、誰だろうな」

「わりいな、今急いでんだ」

「そんなに奥さんと娘さん、息子さんに会いたいのか?」

 大地は家族構成を当てられ、一瞬驚いた。だが、偶然当たってしまったと解釈し、平静を装いながら言う。

「なに言ってんだ俺は独身だぜ?」

「まあ、死別すればそうなるんだろうな」

「は?」

「あんたにも聞かせてやりたかったな。ぎゃあぎゃあ喚いて助けを請うあの声。お父さん助けてー。とか、本当に馬鹿だよな。父親はこんなのんきに歩いてるのにな」

なんとなくだが、大地は言葉の意味を理解した。

(こいつまさか!?)

「お前、俺の家族に何しやがった!!」

「何だと思う?」

「クソッ」

家に向かって一目散に走り出した。

(あいつまさか、俺の家族に……)


***


 大地はじんの家を訪ねた時よりも、荒々しく扉を開けた。

「あ、お父さんお帰りなさい」

「はあ……、はあ……、……あれ?」

 大地の想像していたような惨状。血の海が広がっていると思っていたが全くそんな事はなかった。

 普通だ。

「……良かっ!?」

「ヤッホー、ゴミ共。片付けに来たぜ」

 つけられていたのか、背後から強襲を受けて天野同様倒れ込んだ。

「お父さん!」

「あなた!」

「……うるせーな。……てめえらに興味はねえよ、ねえけどよく覚えとけクソガキクソアマ。俺がしてるのは復讐なんかじゃねえ、単純にコイツの、過去の清算だ、凄惨な結果になっちまったがな。なんてね」

 くすくすと笑いながら、ナイフで頭を貫いた。

「い、いやーっ!」

 ナイフから滴り落ちる血液を、恐怖により動けなくなっている妻と子供二人に振りかけた。


***


「あと一人か」

 闇無はナイフを滴る血液を拭いながら誰に言うまでもなく呟いた。

 その一言はあと少しで終わるというより、ここからが本番だ。とのニュアンスを含んでいる。

 天野、大地、じんの三人は昔からの友人同士だった。その関係が強まったのは中学生の頃だ。最初は駐車場にたむろしていたことを注意してきたおじさんで、腹を立てた天野が撲殺。それを大地とじんが隠蔽を手伝い犯人だと気付かれなかった事。それに味を占めた三人は、日々の学校生活のストレス発散として暴行を繰り返すようになる。

 視界に入ったカップルを捕まえ、男の目の前で女を殴り殺したこともあった。

そしてそれでも満足しきれなくなった三人は進路について相談があると称し学年主任を呼び出し、スタンガンを用いて気絶させ廃屋へと拘束した。三人はまず暴れられないように主任の四肢を壁に五寸釘で留め、その後学年主任を再び気絶するまで殴る蹴るなどして衰弱させた。

 学校で学年主任が消えたと問題になっても続け、最初に暴行を加えてから三日後の放課後に見つかった時も、主任を的にしたダーツの最中だった。

目玉は百点。鼻は一五○点。口はマイナス五〇点。それ以外は零点だ。

 最後の一人であるじんは、所謂凡人だったが猟奇加減で言えば三人の中でもっとも高い。よって、闇無は後に取っておいた。

 美味いものは最期に食べる派の男だ。

 三人は逮捕されたが、年齢が年齢だったため保護観察下におかれ、実質実刑はでなかった。

「まあ主任の先生も死んだわけじゃないしなあ」

 と、それが一番残酷な結論だと思いながら闇無は一人で呟いた。

「よくここが分かったな」

 入口に誰かが立ったのを見て、今度はそいつに向かって言った。

「……」

 立っていたのはじんだった。じんは無言のまま闇無の前まで歩く。

「久しぶりじん君。立派になったな」

「……お前は誰だ?」

「君が思っているので正解だよ。何を思ったかは知らないけどね」

 じんは眉間にシワを寄せた。闇無の飄々とした態度に少しいらついたようだ。

「名前は?」

「まだない」

 一言かえして闇無は薄く笑い、じんはまた少しいらつく。

「何故あんな事をした」

「なんだ、友達が殺されるのを黙って見てたのかよ」

 悪い趣味じゃないな。と返しながら闇無は立ち上がる。

「質問に応えろ」

「うーん……と、そうだそうだ。あんたらがむかつくからだ」

 言い終わるより先に闇無はナイフをじんの肩に突き刺した。

「くっ……。意味が分からん」

 じんは数歩後ろに跳んで、闇無との間合いを広げ闇無の攻撃範囲から抜け出す。

「あ、そう」

 しかし闇無は逃がさぬように続けて二撃、三撃とナイフを振りかざすが、その斬撃は芯に捉える事が出来ずに全て掠る程度で流される。

「なんだ、さっきみたいに飄々と応えてくれないのか」

「意味が分からないまま死んで行け」

 勢いよく放たれた闇無渾身の蹴りはじんの片腕で簡単に防がれた。

「なっ」

 そしてそのまま蹴り上げられた脚を掴み、身体ごとじんの後方へと投げられる。

「ってえな」

「お前、やはり弱いな」

 ゆっくりした動きで堂々と歩く姿はハッタリではない余裕が見えた。

「そう見えるか?」

 対して闇無は明らかにハッタリだと分かるくらいよろけながら立ち上がった。

そして。

「くらえっ」

 じんに捨て身とも言える体当たりを繰り出した。

「ふん」

 しかし軽く避けられ、弱々しい勢いのまま崩れ落ちる。

「はっ、雑魚が、そんな攻撃が当たるわけないだろ」

 振り向きながらじんはそう言った。すでに勝利を確信しているようだ。

 そんなじんに向かって闇無は、

「……死ね!」

 と、か細い声で叫ぶ。その姿にじんは破顔せずにはいられなくなった。

「はははっ、そういうのを負け犬の遠吠えって言うんだぜ? 先せ……っ!?」

 じんはつい、闇無の事を先生と呼んでしまった。今の闇無の情けない姿や足掻きがかつて痛め付けた学年主任の姿と重なって見えたからだ。それはじんにとって意外な事だった。彼にとってあの事件は取るに足らないはずだと思っていたのに、いざ似たような場面になると思い出してしまうということは、彼自身が気付かぬ内に罪悪感があった。という事になるからだ。

 そしてじんには隙が生まれてしまった。

 闇無はそれを見逃さず、隠し持ったダーツの矢を腹部に突き刺した。

「ひっ!」

 自分の血が広がる服を見てじんは更に顔を引き攣らせた。

「ああ、零点か」

「うっ……」

 じんは完全にあの事件をフラッシュバックした。まるで自分があの学年主任であるかのような感覚に陥る。

だるそうに立っている闇無はかつての自分に見え、それはあの時と同じように再びダーツを持ち、力いっぱい振り抜く。

「うわあああああああああ!」

 じんはそのままのけ反る様に尻餅をついて倒れ込んだ。

じんの瞳には最早闇無の姿は映って居なかった。

「じゃあな」

 有りったけの力を込めて、

「や」

 脳天に、

「やめ」

 ナイフを、

「やめてくれえ! 大地! 天野!」

 突き刺した。


***


 闇無は次の作業をへと移った。

 都内にある某倉庫にて、カメラで撮った映像を生中継で放送できるようにセットする。


***


 自室にて、星河は事件についてのメモをテーブルの上に広げ、思案している。その中には天野、大地、じんのことも新たに含まれていた。

 被害者達の共通点は相変わらず、前科あるいはそれに準ずるなにかがあり、大して処罰を受けていないというだけだった。

 大地の遺族は犯人の顔を見たようだが言いごもっており、かろうじて男だと聞き出せた程度だった。

「だいたい、男なのは予想通りなのよ」

 星河としてはもう少し真実に近づくヒントが欲しかった。

 犯人が特定できるものでも、一連の事件を繋ぐ何かでも。

 犯行現場もバラバラであるから別の犯人がいるはず、というのが各捜査本部の見解だ。

「あと凶器……全員がナイフによる刺し傷があり、特に三件目は原形を留めていないほど惨殺されてる。でもナイフなんて何でも一緒だと思うんだけどな」

 傷口の写真を見比べてもおかしなものはなにもない気がした。

「うーん。……何回見ても同じ様にしか……あれ?」

星河は写真の中にあるものを見つけ、他の写真にもないか探した。

「これも、これも、これも。全ての遺体の切り傷の近くに引っ掻き傷がある」

 完全に見過ごしていた。そのくらいの傷は当たり前に付くだろう、と。

 だが、凶器がナイフであるのにその付近に規則的に引っ掻き傷が付いているのは明らかに不自然だ。

「やっぱり一連の事件は同一犯!」

 同じ傷がつくのは、同じ凶器を使っているから。という推理。

「でも確定は早いわね、鑑識の人に確認とらないと……」

 とりあえず、鑑識に凶器が同一の物かを尋ねるときに使う資料をまとめ、今日の作業を終えた。


***


 翌日、朝倉は闇無の頼みを聞いて星河の家まで向かっている。

 星河を倉庫へ連れて来るようにとの事だった。

 いかにも理由は聞くな。という顔をしていたので、朝倉もあえて聞こうとは思わず目をつぶった。

「星河さん、居ますか?」

 ドア越しに星河へと呼び掛ける。

「……どなたですか」

「僕です、朝倉です」

「あー、はい。どうしたんですか?」

「今から闇無のところに行くんですが、ついてきてくれますか?」

「ちょっと待ってて!」

 星河は急いで着替えと化粧をし始める。


***


「世界は平等に不平等だ。なんて言葉があるけれど、だからと言って全員平等に不平等を課すのはいくらなんでもやり過ぎだよね。受ける必要のない平等なら受けない、受ける必要のある不平等なら受ける。その境界線を決める権利なら全人類に平等にあると思わないかい?」

「……さあ、どうかしら」

 邂逅一番そんな事を話し出す闇無に、星河は若干の疎外感があった。

 言いたい事は分かるがごちゃごちゃとまとまりきれていない感じを、まるで目の前にいるはずの朝倉と自分を眼中に入れずに、誰か遠くにいる別の人に向けて話している様な錯覚。

「結局、人間なんて世界なんてこんな物だ。そう諦めてしまえるほど俺はいい人ではなかった……」

 闇無は少し溜める様に口を結び、嬉しそうな顔を作って再び口を開いた。

「星河朱莉刑事、貴女の追っている、連続殺人事件の犯人は俺ですよ」

   第四話 完

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