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トライアル  作者: 小林健司
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朝倉夜明≒対極

第三話:朝倉夜明≒対極

 闇無は朝倉と再会した次の日、珍しく急いで家を出た。それは下手をすれば朝倉が家に訪ねてくる可能性があるからだ。

(まあ、あいつが本気を出せば、俺の居場所なんてすぐに見付かるんだけどな)

 そう思いつつも、足を止めることは最初から考えていなかった。分かっていても動きたくなってしまう。それも人間だからだろう。

 県を二つ程跨いだ先の駅で降り、闇無は今度こそ寄り道をせずまっすぐとある施設へと向かった。

 真新しく、かつそれなりの規模を誇っているその施設は、中は騒がしいというのに、周りは人っ子一人居ない。それどころか周囲の民家からも人の気配が無かった。

 異様としか思えない環境だが闇無は、そうだろうなと納得していた。

 塀の上から中を覗くと、カーテンは締まっておらず家の奥まで見えた。すると人影どころか家具すら見当たらない。

 少し不信に思い、手当たり次第に覗いていくと、ここら一帯の家がもぬけの殻になっていた。

一つの家を除いて。

 立ち退き命令がでてる訳でもないので、単に引っ越したのだろう。皆一斉に。

 よく観察するとまだ家具が有った跡が残っていた。埃の感じだと、まだ引っ越して間もない……少なくとも一週間前まで人は居たようだ。

(これは使えるが、なんだか気分悪いな)

 そんな風に思いつつ、残った家の前で家主がくるのを待つことにした。

 そここそが、今回の目標の住む家だ。運よくここに残っていたわけではないだろう。なぜならこの家こそが異変の元凶なのだから。 さて、早急に仕込みを終えた闇無は、手持ち無沙汰になってしまったので少し考え事をすることにした。

(この都合の良い状況は偶然ではないことは当たり前だが、最近こうなったという所が、わかりやすく作為的だ。じゃあ誰が、何のためにやったのか、か。…………区画整理とか市民が一致団結してってのも無いわけではない。むしろ表向きはそのどちらかだろう。俺が考えるべきなのは裏方。黒幕だ。って面倒臭い考えしなくても分かっているがな、犯人は十中八九朝倉だろう。あいつのをもってすればこの位の引っ越し朝飯前だろう。まあここのことを隠せるとは思っていないから驚かない。この状況が俺にとって都合が良いのは間違いないんだ。間違いないが果たしてこれは奴のアシストなのか、それとも罠なのか、実際に事を犯さないと判断できないな。アシストだと少々気持ち悪いから妨害だと思っておこう。…………うん、学校か。悪くはなかった、あそこは俺なんて普通の人間に見えるくらい変な奴が多かったからな。退屈なんてしなかった。毎日が楽しい楽しいドラマの様で、学校に行くのが一種の楽しみだった。けれど、俺はもう自分がやるべき事を見つけてしまったから、あの場所には、戻れない。戻ってはいけないんだ。絶対に。……そういえば、今回の目標も普通ならば普通に学校へ行って普通に青春を謳歌してるはずの奴なんだよな。だからって同情なんかしないし計画を止めるつもりもないけど、なんて言うか……恐いよな、人間って。今更だけどちょっと環境が違うだけで偉そうにしたり卑下したり。思い上がったり。皆本当は平等なはずなのに…………って朝倉が思ってそうなことだな。柄にもないこと考えるなんて。あーあ、なんで油断してたんだろう、朝倉に会わなきゃこんなこと思わなかったのに…………。まあ、思った所で変わらないけど。俺は目標を殺す。ただそれだけ)

 少しして、遠くの方から話し声が聞こえてきた。どうやらこちらへと近づいているようなので、闇無は気配を消してそれが来るのを待った。

「翼ちゃん、お家に着きましたよ」

「あー」

 二人は闇無の見張っていた家に入ろうとした。

「すみません、ちょっとよろしいですか」

「はいはい何でしょうか」

 母親は丁寧な口調で突然現れた闇無を対応する。

「失礼ですが、皆川翼みなかわつばささんとそのお母様ですか?」

「ええ、そうですが」

 皆川翼。

 近くの養護学校に通う一八歳の少年。

 知的障害を持っている。

過去に三人程女性(知的障害者も含む)をレイプした事があるが、責任能力が無かったとして実刑判決は免れた。

 親は離婚し、現在は母親と二人暮らし。

「それはよかった。この町にはもう誰も住んで居ないのかと思いましたよ」

「そうでしょう。みーんななんでか知らないけど引っ越したみたいで」

 まるで、というか実際そうだが、他人事の様に引っ越したと語る母親。

「本当に理由を知らないんですか?」

「ええ、まったく」

 闇無はちらっと皆川翼を見て、母親に侮蔑している様を見せ付けた。

「へえー」

 母親は、闇無が何か言いたげな様子なのに気づき、眉をひそめる。

「うちの翼ちゃんに何かついてますか?」

「霊がついてる」

 ニヤッと笑いそんな事を言う闇無に、母親は怒りを覚えたが、なんとか堪えて話を続けた。

「霊?」

「ええ、三人程」

「それは困ったわねえ、あなた霊媒士? なら私の可愛い翼ちゃんからさっさと払ってちょうだい」

 自分の息子の頭を撫でながら闇無に言う。

「……三人に心当たりはありませんか? 姿は見えないでしょうからその人数だけで何か、思い付いたりとかは」

 すると母親は闇無を睨みつけた。

「なんだい? まるで私の翼ちゃんが他人から怨まれているみたいに」

 しかし、闇無は爽やかな営業スマイルを崩すことなく立ち振る舞う。

「いえいえ滅相もない。でも、何かしらあるからそんな反応するのではありませんか?」

「はあ!? ふざけるんじゃないよ。私の翼ちゃんに限ってそんなことあるわけないだろ。馬鹿も休み休み言いな!」

 興奮しているのか唾が飛ばしながら怒鳴りだす。

 闇無はそれに対し、汚いなと思いながら、軽く距離をとった。

「三人とも女の幽霊です。もしかしたら生き霊かも」

「あ? そんなことどうだって良いだろう! ごたごた言ってないでさっさと払いな!」

「……おたくの息子さんは過去に三人、レイプしてる」

「ああん?」

 母親はもう爆発寸前だ。

「間違いありませんね」

「だから? それがなんだって言うんだい! あいつらも翼ちゃんと出来て、本当は泣いて喜ばなきゃならないのに! あいつらときたら嫌だ嫌だと喚きやがったんだ。あんな恩知らずどもに怨まれるいわれはなっ」

 みしっと微かに音を立てながら、母親は真横の塀に向かって一直線に吹っ飛んだ。

 へこんだり、ひび割れたりなどの漫画の様な事にはならなかったが、母親は頭に傷が出来たのか血を流している。

「う……、何、を」

 言い終わる前にに闇無は倒れたままの母親の顔の横の壁を力一杯蹴りつけた。

「もう黙れ」

 その体制から流れる様に、後ろに迫っていた皆川翼を殴りつけ、反対の塀に飛ばす。

「ごみ共が、人間を舐めるなよ」

 そう吐き捨てて皆川翼に馬乗りになり、何発も顔面を殴った。

 何発も繰り返し。

 次第に皆川翼は蛙の様なうめき声をあげながら「やえてくだあい」と言いだしたが、闇無はそれでも無視して殴り続けた。

 そして何度目かの振り上げた腕が止められた。

「もう、止めてちょうだい。翼ちゃんが、死んじゃう」

 ようやく動けるようになった母親がよろよろとしながらもしっかりと拳を止めたようだ。

「……そうだな死んじゃうな。殺すつもりだけど」

 そう言って母親の腕を払うと、母親はそのまま倒れ込んでしまった。

「つーかよ。俺様に殴って貰ってるんだから礼ぐらい言えよ、なっ!」

 同時に一発、皆川翼の顔面に力一杯の拳が入った。

「う……」

 まだ皆川翼に息があった事に、ゴキブリみたいだと純粋に驚きながらナイフで頭を切り裂いて、とどめを刺した。

「ゴキブリは頭を潰すに限るな。さて」

 振り返り、母親が逃げずに居た事に安堵しながら襟元を掴む。

「あんた、何者だい。なんだってこんな酷いことを!」

 微かな声を母親は出す

「俺が何者か、ね。お前の考えている奴で当たりだよ」

 塀と挟むように力の限り顔面を叩きつけて母親も殺害した。

「……きたねえな」


***


 適当な民家に侵入し、庭の水道で手を洗っていると闇無は不意に声をかけられた。

「……なんだ、朝倉か」

「なんだとはご挨拶だね。ちょっとこっちに来てくれるかい」

 今はまだ逆らう意味がないので、素直に民家の奥までついていく。

「殺したんだね」

 朝倉は唐突に口を開いた。

「ああ」

「彼を殺す必要の無い環境になっていたのにかい?」

「やっぱりお前がやったのか」

「そうだよ。あれなら万事解決だと思うのだけれど」

「お前がやっているのは、ごみが臭いから蓋をしているようなものだ。根本はなにも変わらない」

「……なら君のは、分別せずに何でもかんでも火にくべるようなものだよ。有害な副産物を出す」

「どうせ気づかねえよ。有害物質でどうこうなるまでもなく腐ってやがるからな」

「……彼女は?」

「あん?」

 朝倉はおもむろに壁を指差した。

 もちろん朝倉が本来指しているのは壁ではないことは承知しているので、ふざけている様にしか見えない彼を闇無は咎めない。道路を見ろと言っているのだろう。

この家の塀はそれなりに高く、ここからでは何も見えない。しかし、闇無は朝倉の言わんとすることを理解出来た。

 それはずっと前から分かっていたこと。

「……星河さんか」

 もっと早く駆け付けているとしたら、間違いなく手遅れだけれど、闇無は声を絞った。この閑静な場所では無意味かもしれないと分かりつつ。

「ああそうだよ」

 朝倉も闇無に合わせて声を小さくする。

「君は彼女も腐ってると言うのかい?」

「俺は完璧主義者じゃねえから、持論に穴があっても気にしない」

「ずるいね」

「まあな」

 沈黙。しかし、二人は視線を決して外さない。

「闇無、やっぱりさ、考えなおしてくれないか?」

「無理だ。俺とお前の考えは対立している。同じ場所にいることなんて不可能だったんだよ」

「そんな」

「第一、俺の行為を止めようとしてる時点で相いれねえのさ」

 闇無は道路とは反対側の塀を上り、十分に星河と距離を取ってから道にでた。そしてそのまま歩いて隣町から電車に乗り、東京へと向かった。


***


「とりあえず救急車と警察呼ばないと」

 闇無が塀を上り降りしている頃、星河は関係機関の到着を待っていた。

「殺人……よね?」

 あまりにも無残な二つの死体に気分を悪くして、本当に自分と同じ人間が行ったのか信じられなかった。

 星河がこの町へ赴いたのはついさっきの事だった。

なんだか胸騒ぎがして車を走らせていたところ、偶然この現場を見つけた。

 最近星河は自分が、まるで推理小説かなにかの主人公になったような気がしている。行く先々で、殺人事件が起きているからだ。しかし不甲斐無い事にまだ一件も解決していない。

 ふと、星河は闇無の事を思い出した。

(闇無さんが警察だったなら、きっとすぐに解決してしまうのだろうか)

 以前星河の前で見せた被害者の経歴を言った記憶力の良さと、同時に垣間見た犯罪に対する熱い思いで彼女にそう思わせた。

 到着した警察に事情を説明してその場から離れた後すぐに最寄りの警察署へ向う。

 女性の持っていた手帳からもう一人は、障害を持っている皆川翼であると分かっていたため、過去の事件記録にその名が乗っていないか確認している。

 するとすぐに見つかった。

「……また前科者か」

 記録を眺めながら星河はそう呟いた。

 厳密に言うと高橋は容疑者どまり、柳葉に至っては警察側からみれば被害者だったが、事実を知った星河はそう思わざるえない。

「この一ヶ月の内に起きた三件は、連続殺人事件? ……いや、でも仮にそうだとしたら犯人は誰なの? 高橋のような件は一般人には知られてないはずだし…………まさか、警察内部の犯っ」

 最後まで言い終わる前に星河の言葉はファイルで頭を叩かれた。

 星河が怪訝そうに振り返ると、熟練の刑事佐伯さえきが立っている。

「……佐伯さん。どうしてここに」

「ここの奴から連絡入ったんだよ。てめえ、何してんだ。何、言いかけてんだ」

そう言う佐伯の瞳には怒りではなく、心配や哀しみなどが映っている。

「最近起きた三件の殺人事件は、同一犯による連続殺人だと思われます。容疑者は恐らく警察関係者かと」

「根拠は?」

「被害者は全員過去になんらかの犯罪歴があり、その情報は一般人には知りづらいものです。なので」

「警察関係者、ってか。残念だがそんな三段論法じゃどうにもなんねえな。諦めて地道に高橋の件解決につとめな」

「ですが」

「だいたい、管轄外に手だししてる時点で、上から何言われるかわからねえのによ」

「……分かりました」

 話しが長くなりそうな気がして、星河はさっさとファイルを片付けて資料室から逃げるように退室した。


***


朝倉夜明は普段学校に行っている。と言っても、世間一般の高校生と同じ様に学ぶ為ではない。

 朝倉は、卒業認定試験を数ヶ月前に合格して、二年生で卒業した。その後、学園の理事会と話し合った末、管理者として学園に就職した。 故に、朝倉は学園管理をしに学校に通っていることとなる。

 管理と一口に言っても施設整備から人事、入退学の受付、生徒の身の安全まで任されている。別に嫌がらせで大量の仕事を任されている訳ではない。これは理事会との話し合いで朝倉自身がたたき付けた条件だ。理事会としては人件費が抑えられることと、朝倉の仕事が確実なのを見越して受け入れた。

 そこまで行くのに初恋の相棒を亡くしたり敵の仲間になったり、また恋したりしたが、それはまた別の話。そして朝倉と闇無の関係は中学時代に遡る。当初は闇無の暴走を止め、高校時代では逆に朝倉の無茶を闇無が止めた。そんなこともあり、朝倉は闇無に対して恩を感じていたりする。

 さておき、朝倉は今闇無の部屋で家主が帰って来るのを待っていた。

「……どうやって入ったかは想像つくから良いとして、なんで居るんだよ」

 帰って来た闇無は朝倉に驚かず、呆れた。

「話しがしたくてね」

「だから」

「世間話だよ」

 闇無は釈然としない顔をしながらも、とりあえず座った。

「君と僕は似ている」

「……はあ?」

 予想外の台詞に驚いた分けではなく、その台詞を言った事に闇無は驚いた。

「君は否定するかもしれないけれど、僕達は人を救いたいんだ。そうだろう?」

「……」

 朝倉の言葉に闇無は更に表情を固くし、何かを思案し始めた。

「やり方は違うけど」

「そこが重要なんだろ。人を殺すか殺さないか違いは大きい」

 殺す側の自分が言う台詞ではないが、と心の中で付け足した。

「ねえ、手段が正反対で同じ物を目指してるのにさ。やっぱり戦うしかないのかな」

 悲しいのか何なのか分からない表情で朝倉は言う。

「だろうな。だがよ朝倉、お前との戦いは待ってくれないか。いずれ然るべき場所を用意するから」

「……きっと守ってくれるのかい?」

 信頼関係と言うには対立的な二人だが、闇無のことを朝倉は信頼しているのかも知れない。

「もちろんだ」

 力強く頷ききっぱりとそう言った闇無に、朝倉はそれ以上は何も言わず簡素に挨拶をして帰って行った。

 闇無は一人に戻った部屋で、ブラックの缶コーヒーを飲んで一息する。

「相変わらず甘いんだな」

 缶の飲み口に向かって、まったくの無意識下で満足そうに呟いた。


***


「あ、星河さん。こんばんは」

「こんばんは。えっと…………失礼ですがどちら様でしたっけ?」

 帰り道、偶然星河を見かけた朝倉はうっかり声をかけてしまった。

「やだなあ、朝倉ですよ。忘れちゃいましたか?」

「朝倉さん。……これは失礼しました」

 星河はまったく思い出せないまま、朝倉になんとなく話しを合わせた。

 朝倉と星河は初対面だ。

「闇無の所へ行くんですか」

「ええ」

(闇無さんの言っていた友達って彼かしら。性格正反対のようだけど……)

「ははっ。頑張って下さいね。僕は応援していますから」

 会話と言うにはおざなりな感じの受け答えだったが朝倉は満足げに星河の横をすり抜けて暗い夜の中へ消えて行く。

 星河は朝倉の言葉の意味が何だかよく分からないまま再び歩きだした。

   第三話 完

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