永劫時空
最終話:永劫時空
ようやく手に入れた指輪を中指にはめ、祈りを込めて囁いた。
「どうか私の願いを聞いて下さい」
頭の中に直接響いているような声がする。
(願いはなんだ)
心の中に彼の笑顔を思い浮かべる。
「私の願いは………」
(よかろう。ただし、代償を頂く)
「ええ、もちろんそのつもりです」
これで……やっと。
***
「俺の勝ちみたいですね。ちゃんと奢ってくださいよサム」
「おいおい、そりゃないぜシーグレイ。またカミさんにどやされちまうよ」
「誘ってきたのはそっちでしょう」
なんとも緊迫感のない会話で信じて貰えないかもしれないけれど、ただ今戦争真っ只中だ。
俺は、サムと、サミュエル・グリード・ゴードマンという傭兵仲間と、今晩の酒代を賭けて勝負している。
実に不謹慎だが、敵兵を倒した数を競っていた。
「チキショー! 見てやがれ、こっから挽回してやる!」
「ふっ、無駄ですね」
サムが無駄弾打ってる隙に、落ち着いて更に二、三人仕留めた。
「ふふっ、いくら撃ってもゴーストは数に入れませんからね」
「分かってるよんなこたあよ!」
下手な鉄砲なんとやら。それでも追加で一人は仕留められた様だ。
だが俺の勝利は揺るがない。もうこの辺に兵士は居ないはず。
「ん? なんだ」
「どうかしましたか?」
「女がこっち来る」
「はい?」
またそんな事を言い出した。
前にも彼は適当な事を言って話をうやむやにした事があった。
「もうその手は食いませんよ」
「いやマジだって」
あまりにも真剣に言うので、俺も壁から顔を少し出して外の様子を見る。
こんな所に女なんて居る訳が……。
「あっ……」
「撃っとくか?」
「撃ったら殺します」
「なんだよいきなり」
言葉に過剰に反応してしまった。
いけない、いけない。
しかし。
「英語が出来たなんて意外ですね」
「……覚えたんだよ。必死にね」
まさかこんな所で再会するなんて。
「知り合い、か?」
「ええ、まあ……」
「私は時雨さんの嫁です」
***
基地に戻ってからすぐ指揮官に事情を説明して、音里ちゃんを中に入れた。
戦争といっても、市街地で行ってる内戦のようなものなので、ビルの一室にある。
「酒は良いから離れててくれよサム」
「おいおい、ブラザーのワイフに挨拶も無しに飲めるかよ」
俺の奢りだ。と言っているが、それは俺が賭けで勝ち得た物だ。
「時雨さんは自身とは対極の方と仲良くなりますよね」
「無意識だよ」
もう一人はきっと草薙さんの事を言っているのだろう、確かにサムと草薙さんは似てるかも。
「……立派になりましたね。傭兵ですか」
「さすがに三十路だしね。高校卒業してない俺が生きてくにはこれが一番手っ取り早いから」
『卒業写真集』を無くして、順当に歳をとったからガキ扱いはされなくなった。
音里ちゃんも大人っぽくなって、もう少し時間が経ってたら気づかなかっただろう。
「お前三十代だったのか!? てっきり年下だと思ってたぜ」
「サム、黙ってて」
「へへっ、分かったぜアニキ」
おどけるように肩をすくみ、サムは手に持った酒を一気に飲んだ。
嫌いじゃないんだがな、もう少し控えて欲しい。
「で、どうしたんだい? こんな所まで」
「貴方に会いに来たに決まってるじゃありませんか。探すの大変でしたよ」
大変か、朝倉さんに聞いたわけじゃないんだ。
「会いにね、今更?」
「はい、ようやく手に入れたので」
音里ちゃんが指に着けていたのは、悪魔の指輪だった。
「……願いは叶った?」
「恐らく」
「何を願ったのか教えてもらっていいかな」
「それはもちろん良いですとも、なぜなら、私が願ったのは時雨さんの能力の復活ですから」
復活。
一〇年前に闇無さんの命と引き換えに失った能力。
そんな物をわざわざ祈ってくれたのか、この子は。
「成功、してる?」
「知らないんですか?」
知らない。
確かに無くしてから最初の四、五年は使えるように戻ってないか確かめたが、結局無理だと分かったので諦めた。
だけど、
「……『引き篭り』。手の平の上のサイコロ大の空間を凝固する」
すると、綺麗にサイコロのようになった空間が手の平の上に落ちた。
確かにこれはあの頃と同じ物だ。
「『卒業写真集』。俺の身体の傷を、付く前の時間に戻す」
身体の傷が、まるで消しゴムで消したように消えていった。
戻ってる。
「…………」
「では時雨さん、左手を出して下さい」
「はい」
上機嫌のまま俺は言われるがまま左手を差し出し、流れるように薬指にすっぽりと指輪がはめられた。
「え、なに?」
「指輪は能力を失いましたが、これで時雨さんは逃げられませんよ」
「ごめん、何を言ってるのか分からない」
「代償です。お父さんを生き返らせるために時雨さんは真人間になりました。しかし、時雨さんの能力を取り戻すために私は人間性を捨てました」
真人間……。
じゃなくて、人間性を捨てた?
つまりまた不老不死に逆戻りしたってことか。
「時雨さん、こんな私のこと嫌いになりましたか?」
気のせいではなく、感情の起伏が乏しくなった音里ちゃんは、昔の様に淡々と聞いてきた。
俺の為に人間生活を捨ててくれたのなら、奔走してくれたと言うのなら。
「大好きに決まってるじゃないか」
「知ってました」
「うん。そうだよね」
何が起ころうと、二人でならきっと生きて行ける。もう絶対に君を一人にはしない。
***
「ところで、三四歳にしても若くありませんか」
「あ、うん。身体は二四歳だから」
「つまりあの頃は一四歳だったと?」
「身体だけだよ」
「そうですか」
納得するように俺の成長振りを見ている。
「なんと言いますか、その……格好よく成長しましたね」
「そう? 確かに背は伸びたけど」
「カッコイイです。流石は私の旦那様」
その褒められ方は素直によろこんで良いのかな。
「ではさっそく子供作っちゃいますか?」
「……そのうちね」
***
「よおシーグレイ! 次はヨーロッパらしいぜ」
「了解です」
ヨーロッパか、楽しいと良いんだけどな。
「あの、そのシーグレイってなんですか?」
「え? ああ、これはね、こっちで自己紹介したときに聞き間違えられたんだよ。時雨をシーグレイって」
「……また中二病なのかと思いましたよ」
「ははっ……」
俺の印象そんななのか……。まあ、永い時間の中で変えていってもらえばいい。いくらだった時間はあるのだから。
「トライアル」 完




