神悪魔人
第十八話:神悪魔人
魂とはどこにあるのか。誰しも考えた事くらいはあるだろう。
なんとも答えの出しづらい問題だ。
俺は能力を使用する事で死んだ人間を生き返らせることが出来るが、それは肉体の損傷を治し、死因を消して命を繋いでるだけに過ぎないのかもしれない。
ゆえに死んだら魂はどうなるのかはっきり分からないし、あるのかどうか、無くなってしまうのか漂うのか。俺はまだ確認を出来ていない。
例えばそう、肉体が完全に無くなった人間を生き返らせたら分かるような気がする。
***
遅刻した。
正確には寝坊して、家を出たのが出勤時間だったわけだ。戻せば問題無いのだが、それは何故かする気にはなれなかった。
「あれ?」
事務所の前に着くと音里ちゃん達が中に入らずに居る。
芦原夫妻が居ないのはきっと今日が快晴だからであろう。
何が有ったんだろう。
「あ、時雨さん」
「おはよう。どうしたの、皆して」
「その、こんな貼紙がしてあって」
「うん?」
事務所の入口の自動ドアを斜めに閉じるように貼紙がしてあった。
売却済。
じっと見すぎて軽くゲシュタルト崩壊したが、読み間違いではない。
これはつまり、借金のかたに事務所を持ってかれたってこと……いや、あれは差し押さえか。
つまりじゃあ、星河所長がここを売ったってことなのか?
「はい。昨日は特に何も言っていませんでしたし、今朝もいつも通り私より早く家を出ていたので、お母さんの様子がおかしいとは思いませんでしたけど」
「あ……えと、皆はこれからどうしようとしてるのかな」
何食わぬ顔で心を読まれたけど、もうそれについてコメントは言わない。
「そんなにあっさりお母さんを見捨てるんですか! 見損ないました」
「え!? や、違う、違うよ。今からどうするのか聞いたんだよ」
いきなりそんな馬鹿な解釈されるとは驚きだ。
「ああ、そういうことでしたか。皆さんはお母さんの行きそうな場所を考えてます」
「そう」
行きそうな場所か。
闇無さんの墓とかには行きそうなものだけど、どうも公表されてる場所は偽物みたいな気がするし……。
うん。俺はどうやら推理物の主人公には向いてないな。
「……ねえ音里ちゃん。この字って所長の字じゃない?」
「う……ん。そうですね、そう見えなくもないですよ」
「そうなんだよ。今この時代で手書きなんておかしいし、こういうのって買い取った不動産とかの住所が書かれてる物なのにそれもない。個人が買い取った可能性もあるけど、それでも荷物は出してるはずだよね」
「は、はあ」
窓から中を覗けば、昨日のまま俺たちの荷物が残っている。
「つまり、これを書いたのは星河所長だ」
ガンッと、入口のガラスを蹴破り、中へと侵入した。
蹴破りというか、『引き篭り』をぶつけて壊しただけだけど。
破片を踏み締めながら周囲の様子を確認した。
昨日と変わっている場所はない。
奥か。
「おい、何してんだ」
「ここに所長がいます」
草薙さんには詳しい推理とかは省略し、結論だけを伝える。
「闇無さんのお墓ではないんでしょうか」
「どうせ俺達が知ってる場所の墓には居ませんよ」
八俣さんは恐る恐る提案してきたが、残念だけど省略。
「ねえ、星河所長!」
もう動くのが面倒になったので入口から叫んで呼ぶことにした。
草薙さんと八俣さんは俺が叫んだことに驚いているようだ。
「……まさかこんなに早く見つかるとは思わなかったわ」
いつもと同じようなスーツと髪型の星河所長が、悪戯を叱られた子供のようにバツが悪そうに現れた。
いつもと違うのは、左手の薬指に悪魔の指輪を一つ、しっかりとつけていることくらいだ。普段は中指にはめている。
そういえば、所長が朝倉さんから譲り受けていた指輪は二つだったはずだ。もう一つはどこにしまっているのだろうと、今まで気にしていなかった事実に疑問をもった。
三人が所長を問い詰めている今のうちに考えついておこう。
指輪、中指につけるのはエンゲージリングだったはず。
それを外して指輪を薬指につけているのは結婚したということだ。
誰と、なんて簡単に想像がつく、所長が結婚する相手なん、て闇無さん以外考えつかない。
だけど、闇無さんは既に亡くなっている。
ありえない。
朝倉さんが生き返らせる可能性は、ない。あの人は闇無さんの決断を尊重するはずだから。
所長の能力っていうのも考えられない。だってそれが出来ないから音里ちゃんを造ったんだから。
まさか死人と死人のまま結婚なんてしないはずだ。だったら最初から薬指にはめるだろうし。
ならば何があった。
きっかけはなんだ。
……指輪、そういえばあの指輪は確か。
「うるさい!」
突然所長が叫んだ。
「私だって幸せになりたいのよ! そのくらい望んだって良いじゃない!」
ヒステリックになって辺りの物を音里ちゃんに向かって投げ始める。
ちょうど蚊帳の外になっている草薙さんに声をかけた。
「何したんですか?」
「いや、売却済みの貼紙をつけた理由を聞いてたらいきなり」
「いきなり、ですか」
あんまり感情を爆発させるタイプには思えなかったし、溜め込んでるようにも見えなかったんだけど。
「星河所長、危ないですよ!」
女性陣が必死に所長を止めているが、止まることなく暴れ続けている。
まあ、全員非力っぽいし。
「お母さん、やめて! お願いだから落ち着いてください!」
「うっさいわね!」
驚くほど綺麗な音が響いた。思い切り音里ちゃんの頬を叩いたのか。
そして。
「私はね! 貴女を造りたかったわけじゃないの! 闇無さんを造りたかったのよ! 分かる? 失敗作なのよ貴女は!」
時を、止めた。
星河所長、それはダメだろう。
音里ちゃんの頬で止まった涙を拭い、これからどうするべきか分からないので座り込んだ。
「やあ、参ってるみたいだね」
止まっている時の中で、不意に声をかけられた。
朝倉さんか。
「隠れてたんですか」
「いや、時間が止まったから、急いで駆け付けたんだよ」
普通の人間なら気づかないようなことなのに、本当に怖い人だ。
「なんなんですか、これ」
「うーん、親子喧嘩?」
「ふざけないでください。そんな話じゃないでしょう」
「ははっ、手厳しいね」
この人がへらへらしているのはいつものことなのに、いつも以上に鼻につく。
「本当にあの指輪はなんですか。いい加減真実を言ってください」
「言ったろ。願いを叶えるんだよ。ただし、その人の何かを引き換えにね」
「は?」
何で、そんな変な能力を指輪が持ってるんだ。
「一〇年ちょっと前になるかな。僕の上司が物に能力を組み込もうとする実験をしてね。まあ意外と簡単に出来ちゃったからつまらなかったけど、その時に作ったのがあれだよ」
そんなことをしてたのかこの人。
「で、それは僕が管理してて、学校を去る闇無に餞別としてあげたんだ」
「じゃあ、なんであんな厄介な指輪を星河所長に渡したんですか」
「……星河さんに判断を任せたんだよ。何も願わないか、望んでももっと軽い物だと期待してたんだけどね」
本当に余計な事をしてくれたな。
「で、星河所長は何を願ったんですか」
「闇無暗黒の蘇生」
「ですよね」
まあ指輪の正体が分かる前から薄々そんな気はしていた。
「成功した……わけではないですよね?」
「まだ、分からない」
「はい?」
「指輪がさ、条件を出してたんだよ」
「条件? それであんなにヒステリックに」
「違う違う。あれは副作用みたいなもの。条件は」
俺は意外と真面目な話をしていて、次に朝倉さんが言う言葉は鋭く尖ったナイフのように思ってるのに、朝倉さんは楽しそうにニヤリと笑った。
腹立たしい。
「今回の条件は人ではない人間の魂さ」
「……いや、無理難題で断られてるだけでないんですか?」
人ではないなら人間ではないだろうよ。
「ははっ、面白い冗談だね。座布団一枚」
「冗談じゃないし、いりません」
「いやいや、ならもっとしっかり考えなよ。星河さんは一応答えは出せたみたいだし」
答え。
星河所長に答えがわかって俺がわからないのは悔しいな。
……落ち着け、時間はいくらでも確保出来る。考えろ。
朝倉さんは、あのヒステリックは指輪の副作用と言ったが、所長の言動については何も言わなかった。つまり指輪は関係ない? いや、指輪の条件に対する答えが言動に隠されてるならば……うん、そうだな。
「…………音里ちゃん……ですか」
「うん。星河さんはそう答えようとしてる」
だから、あんな酷い事を音里ちゃんに言ったのか。
「人ではない人間。闇無暗黒を作ろうとして星河音里を作り、闇無暗黒の蘇生の為に星河音里を殺そうとするなんて、まるで本当に闇無の為に生まれてきたみたいだよね」
「そんなこと……」
「じゃああの子はなんの為に生まれてきたのかな?」
この人は、言わせたいんだな。こっぱずかしい台詞を、好きですね、こういうの。
覚悟を決める。
何の覚悟だかは定かではないけれど。
「あの子は、音里ちゃんは、人として普通に暮らして、普通に人を好きになって、普通に結婚して……普通に幸せになるために生まれてきたんだ」
「ははっ、面白い」
この人は!
人が、どれほどの葛藤を経て言ったのかも分かるくせにこういうことするんだから余計に腹がたつ。
「でも、良いんじゃない。そういう覚悟は大好きだよ」
「どうも」
「その功績を讃えて二つある道を教えてあげるよ」
讃えて、ね。
「一つは君の能力を闇無の遺骨に使って蘇生を試みるということ。もう一つは君の能力を君に使って過去に戻り、闇無を死なせないということ。好きに選んでくれよ。ただ、時間を操るならやっぱりそういうことだよね」
朝倉さんは今までの三割増しくらいの笑顔でそう言った。
なるほどそういう訳か。
ならば俺の答えは……。
***
闇無さんを生き返らせることにした。
例えば、ここで闇無さんが事件を起こす前に戻って闇無さんを止めるという選択肢を選んだとしたら、闇無さんと俺の戦いや、星河所長との出会いが生まれ、戻って来た時に警視庁などが消えてなかったり、闇無さんが生きていて、星河所長と結婚してる可能性もある。
その時に二人の間には娘が生まれていて、音里って付けられているかもしれないし、ああやっぱり君は闇無さんの為に生まれてきたわけじゃないんだ。って物陰からひっそりと言えるだろうけれど、生憎俺はそんなタイムトラベルするSFをやろうとは思わないよ。
それに、闇無さんを生き残らせたら俺の能力だって消えてしまう危険性が有るのにそんな博打をする訳がない。
よって、俺の幸せと俺の恋人である今の音里ちゃんを守りたいがために、俺は闇無暗黒の死に様を冒涜する。
朝倉さんと共に町が一望出来る小高い丘にやって来た。
そこにある慰霊碑のような大理石が闇無さんの本当の墓なんだと言う。
朝倉さんが上手く隠していたんだろうが、てっきり戦国武将が奉られてるのかと思っていた。
墓の前は掘り起こされていて、口の開けられた骨壺の中には灰と、例の指輪が入っている。
これだけで一個の怪談が出来そうだ。
そして、朝倉さんが見ているので両手を骨壺にそえて唱える様に呟く。
「『卒業写真集』。闇無暗黒の時間を一〇年前に戻す」
瞬間、なぜか指輪は弾け飛んで、骨壺は無残にも砕け散った。
「……朝倉?」
現れた男は落ちて来た指輪を右手で綺麗に掴み、怪訝そうに目を細めた。
闇無暗黒が甦った。
「闇無!」
抱き着かんとする勢いで駆け寄る朝倉さんを闇無さんは手で牽制した。
感動の再会かと思ったらそうでもないみたいだ。
「……お前これ使ったのか?」
「……う、ん」
えらくバツが悪そうだ。
「……で、あんたは」
色の抜けた白い指輪を人差し指と中指で掴んで俺の方に向けた。
「出雲時雨、です」
「すまないな」
うん? なんで謝られたんだろう。
「見たところ大分未来のようだけれど、さっさと答えを合わせろ」
「……今はあれから一〇年後、お前を生き返らせた」
「違う、こいつ、出雲への答え合わせだ」
なんか、怒ってる。
「……人ではない人間は、星河音里ではないよ。彼女は期せずして手に入れた能力によって人になったからね。そうじゃない、あれは人でありながら神に近い人間のこと……つまり、設定を操れる俺か、時空を操れる君のどちらかが答えなんだよ。星河朱莉さんも近かったけど、最終的に娘を造る能力に収まったからダメだった」
神に近い、か。
所長の能力は使えば人を造れるわけだからと解釈しておこう。
「俺の能力は……闇無さんの能力の影響で生まれたはずのものですよ。それが神に近いってのは変じゃないですか?」
「変じゃない。それに、今まで言わなかったけれど君の能力に闇無は関係ない。時空を操る能力は、君が生まれ持った能力だ」
衝撃的だった。
確かに朝倉さん達のように、生まれながら能力を持っている人はいる。それに、朝倉さんでさえ自分の能力に気づいたのは極限状態になってからだった。
俺は、闇無さんの演説と能力の発動タイミングが重なってしまったため勝手に勘違いをしていたのか。
生まれついての時空を操る能力者。
なるほど神に近い人間だ。
「名前を改めて付けるなら……永劫回帰と書いてポイント……かな」
「『永劫回帰』ですか。名前のだささは変わらないんですね」
「そんなものだよ」
「そうですか」
まあ、今更名前が変わったところで気にならないけど。
「ごめんね」
「良いですよ。それに俺は死んでないんで、闇無さんの蘇生に指輪は関係ないじゃないですか」
「いやいや、周りを見て見ろよ」
闇無さんに促されて町を見ると、遠くの車が動いているように見えた。
能力はまだ解除した覚えがないのに。
「犠牲になったのは君の能力だよ。君の能力と引き換えに闇無は生き返ったんだ」
俯いてそう言った朝倉さんは罪の意識があるのか、こちらを見ようとしなかった。だけれど、笑っているようだ。
「……朝倉さん。急いで星河所長にこのことを連絡して下さい。音里ちゃんはそこにいるように、と」
「……うん」
朝倉さんは携帯に何かしてから電話をかけた。きっと繋がる時間をずらして、所長があそこまで暴れる前に繋げたのだろう。
声でわかる。
「……星河さん所長になったのか」
「……警察というシステムが自警団に変わって、それの一つの、です」
「ああ、そういうこと」
町を見渡しながら闇無さんは話し出した。
この町は一〇年前から大分変わったはずだから、その変化に驚いているのか。想像と違い落胆や感傷に浸っているかもしれない。
「平和か?」
「警察は日夜能力者達と戦っています。どこかの犯罪者の演説のせいで」
「はっ、そいつは楽しそうだな」
俺のいた学校みたいで。確かにそう呟いたけれど、いったいどんな学校に通ってたんだろう。朝倉さんが管理をしているらしいから普通の学校ではなさそうだが。
「おとりってのは誰だ」
「星河所長がご自身の能力で作った娘です。音楽の音に里って書いて音里」
「……」
「闇無さんの名前から編(変)や足(悪し)を取った名前ですから、察して下さいね」
「……ああ」
複雑な表情をしている。
いきなりこんなこと言われても困るか。
……。
「闇無さん」
「なんだ」
「貴方は本物ですか」
「本物?」
一瞬キョトンとした顔をして、朝倉さんばりに悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「本物。君達の言う一〇年前の俺を本物だとしたら、今の俺は偽物じゃねえか?」
「ですね。では質問を変えます。記憶はどのくらいあります?」
「さっき首を切った。と覚えている」
魂なんてないか、もしくは魂すら呼び戻せるらしい。……いや、これは悪魔の指輪の能力だから結論は出ないな。
それこそ、神様でもないかぎり。
「君の期待に応えると、魂は有ると思う」
「え、どうして」
「俺は何となくだが、君を知っていた。ずっとこの町を漂っていたような気がするんだ。死人が言ってるんだから間違いない」
いや、貴方が俺の考えを読んだことに驚いたんですけど。
「ありがとうございます。……ところで、星河所長のことはどう思っていたんですか」
「どうって、警察として見所のある人だと思ったよ。それに綺麗な人だとも思ってた」
「結婚とかは」
「どうかな。性格なんて、あの頃あの状況で普段の様にいたかは知らないし、よく話したら合わないかもな」
そりゃそうだ。
なんて、他愛のない会話をしているとこちらに向かってきている人達に気がついた。
星河親子だ。
待っていてほしかったのに、音里ちゃんまで来てしまったんだ。
「闇無……さん」
「やあ、久しぶり」
所長は普段の様子からは考えられない、大粒の涙を目一杯に溜めてる。
「闇無さんっ」
歳の差一六歳か。
闇無さんは嫌がらずになだめているようだけれど、そこまでの仲だった訳じゃないだろう。
「それで、音里ちゃんはどうしてついて来たの?」
「貴方は誰ですか?」
「……」
「私には上司が大変な時に突然消えるような彼氏はいません」
「あ、……ごめんね」
「謝らなくて良いですよ。別に悪いことをしていた訳じゃないんですから」
すごい拗ねてる。
というか怒ってる。
母親の現状とかまったく気にしていない。
「……頭が回らなかった、は言い訳だけど、こうなる事を予測できなかった俺の頭が悪かった事を謝ってるんだよ」
「馬鹿」
「ああ」
「馬鹿」
「うん」
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿海馬馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿」
「変なの混ぜたね。はいはい、もう勝手にどこにも行かないから」
無理矢理ボケを混ぜてごまかしてるが、涙をうっすら溜めていた。
可愛らしいというか、いじらしいな。
「でさ、そんな感じで大団円で良いかな」
朝倉さんは申し訳なさそうに聞いてきた。
「俺の能力を返して下さいよ」
「……いつのまにかあいつが付けてる指輪があるだろう。あれを壊せば全部元通りになるよ」
「全部……」
それが、一体どこからどこまでを指すのかは、所詮は予想の範疇を超えないけれど、けれど確実に闇無さんは死に還るし、俺の能力は返ってくるだろう。
しかし、やりづらい。
たとえ能力が戻ったとしても、俺の能力で闇無さんが生き返るとは限らないわけだし、上手く破壊出来る気がしない。
「時雨さん?」
「……音里ちゃん、俺も普通の人間になっちゃったみたいだよ」
「そうですか」
「あれ、それだけ?」
もっと色々言われるのかと思っていた。
「私は能力のおかげで普通の人間になりました。時雨さんも理由は知りませんが普通の人間になった。別に困る事ではありません」
そりゃあそうなんだろうけど。
確かに、音里ちゃんが人間になった今、俺が不老不死である必要性はなくなったけど。
「UPにはもういられないな」
「なんでですか」
「俺がUPに入ったのは能力を買われてなんだ。能力のない俺はいらないだろうよ」
「…………」
「うん、まあ……なんて言うかさ、……じゃあね」
「……居なくならないって、今さっき言ったばかりじゃないですか。嘘つき」
さっきよりももっと涙を溜めて、流しそうになりながら話す。
「勝手に、って言ったよ。だからちゃんと挨拶してるじゃない」
音里ちゃんはキリッ、って擬音が似合いそうなくらい眉と目を釣り上げて、右手で思いっ切り俺の頬を叩いた。
痛いな。
「朝倉さん、後お願いします」
とりあえず、この町から出て行こうかな。
収入ももうないし。
***
「朝倉さん、後お願いします」
右手に残るじんわりした痛みが心にまで響いて、立ち去っていく小さな後ろ姿に何も声をかけることはできなかった。
違う。貴方と離れたい訳じゃないのに。
それだけの言葉が、喉からでない。
「……朝倉さん」
「何かな」
「指輪の願い事はまだ残ってますか?」
「ああ、あと一回くらいね」
「そうですか」
それからまもなく、幸せそうに笑うお母さんと、ぎこちないお父さんと、談笑しながら帰った。
生まれて初めてのことだった。
「リビング」 完




