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トライアル  作者: 小林健司
リビング
17/19

絶対君主

第十七話:絶対君主

 弱肉強食。

 年功序列。

 これらが示す通り、立場の弱い者は古来より虐げられていた。

 日本の、俗に言う戦国時代には下剋上というものもあったが、あれは生まれ持っている物で決まっていた地位が、力によって決まる地位に変わっただけだ。

 弱い奴は弱いまま。

 強い奴に屈し、弱い奴は搾取されるだけにすぎない。

 だけれど、強弱はいつか入れ代わる。

 弱い奴だって、力を蓄えれば強い奴を倒せる。

かもしれない。

 強い奴だって日々の訓練を怠れば、弱かった奴に負ける。

かもしれない。

 では一体最強とはどういうことなのか、朝倉さんは言った。

「最強ってのは常に誰よりも何よりも一歩抜き出てる者。つまり僕だよ」

 確かに『虚偽操作コード』という能力を持ってる朝倉さんは最強だけど、ではその次に、二番目はどう定義された誰なのだろうか。


***


 決行予定の日、一度事務所に集められた俺達は、昨日と同じ様な説明を受けた後に、二人一組で分けられた。

 出雲、草薙。

 八俣、音里。

 芦原夫妻。

 星河所長は留守番というか、司令塔なので事務所で指示をする。

 能力が戦える物ではないということもあるのだろうし、人数が割り切れないということもあるだろう。

 いや、朝倉さんを呼んでくれたらすぐに終わると思うんだが。

 言わないけど。

 こうしてスサノオ殲滅作戦が開始された。

「草薙さん。草薙さんはスサノオをどうしたいですか?」

「どうって、そりゃ生きたまま逮捕が一番だろ」

「そうですね」

 意見が合っていて良かった。

 草薙さんは見た目はアレだけど、意外と平和主義だから組めて良かった。やりやすい。

「ところでよ。八俣嬢って可愛いよな」

「唐突ですね。草薙さんはああゆうタイプが好みなんですか」

「おお、あの守ってやりたくなる感じが好きなんだよ」

「……そうですか」

 なんとなくだけど、草薙さんは悪い女に引っ掛かりそうだな。八俣さんがどうこうというわけじゃなくて。

「彼氏とかいっかな」

「さあ。でも大手製薬会社の娘ですからね、許嫁のような方が居ても全然おかしくはありませんよね」

「なんだって!?」

「だから居てもおかしくないって話ですよ。居ないかもしれない」

 まあ家庭の事情が事情だから居ようが居まいが驚かないけど。

「そうか……、居たらどうすっぺ」

「まあ、フィクションだとあまり望んでいない場合が多いですよね」

 大概相手は嫌な奴だったりする。

「なるほど」

「好き合ってる場合もありますがね」

「どっちだよ」

「どっちも有り得るということですよ」

 他人の俺には到底分からないことだ。

 そもそも居る。という前提で話をしてるけど、やはり居ないかもしれない。

 現実は分からないことばかりだ。

「どっちだ?」

「どっちにしろ告白したらいいでしょ」

「んなっ」

 柄にもなく顔を赤くして照れて、気持ち悪い。

「おまっ、フラれたらどうすんだ」

「気持ちを伝えず、どっか別の男に取られても良いんですか? 俺だったら嫌ですね」

 時間を戻してリセットしちゃう。

「……よし、今日この仕事を終えたら告白するぜ」

「あ、それ死亡フラグですよ」

「死亡フラグ?」

「はい、死ぬ感じです」

 死んでも戻してあげるから関係ないか。

「はっ、スサノオって奴をぶっ倒しゃ良いんだろ? 簡単じゃねえか」

 死ぬな。真っ先に。

「誰を倒すって?」

 不意に後ろから突き抜けるような高めの声が聞こえた。

 振り向くと髪を逆立てたチャラい髪型で、ペンキをぶちまけたような、だらしない服を着た若い男が立っていた。

「あんだてめえ」

「いやいや、文脈としてはこいつがスサノオですよ。そのくらいも分からないんですか」

 男、スサノオは変わらずにニヤニヤしている。

 朝倉さんは楽しいという笑い方だけど、こいつは人を馬鹿にしてる笑い方だった。

「あったりー。で、なに? お前はつえーのか?」

 うわあ、学校にも居たな、こんなやつ。

 指されてるのは何故か俺みたいだし。

「貴方の相手はこんなもやしじゃなくて、隣のリーゼントです」

「そーなの!? 見る限り雑魚じゃん! ザコザコザコ。まああんたもザコっぽいしどっちでもおんなじかー」

 最後に笑う。

 どこまで人を馬鹿にした奴なんだ。

「……いまどきの奴ってこんなんばっかなのか?」

「例外ですよ」

 草薙さんがあの程度の挑発に乗らない人で良かったけれど、逆に冷静になりすぎてる気がする。

「いっくぜー!」

 スサノオは突然走って草薙さんの懐に入り込み、殴りかかった。

 殴られた草薙さんは、道なりに真っ直ぐ飛ぶ。

「草薙さん、大丈夫ですか?」

「なん、とか」

 体力馬鹿の草薙さんがああ言ってるなんてよほどの威力が有ったのだろう。

 想定内。

 『ゴウ』という強さの能力を持ってる以上この程度は当たり前だろう。

 俺が草薙さんに駆け寄るまで攻撃しないということは、もはや俺を敵だと思ってないのだろう。

 さっきはなぜか俺を指したけど、今はきっと虫くらいに思ってる。

「どうします。こんな街中で暴れたら迷惑ですよ」

「逃げても追ってくるのか?」

「来なけりゃ来ないで良いでしょう。体制を立て直せるんですから」

 戦略的一時撤退だ。

「分かった」

「では走ってください」

「お前は?」

「後からゆっくり走ります」

 草薙さんの本気の走りについて行けるわけないし、反応を見る限り俺はまだ攻撃される心配はないだろう。

「……最初の事件の倉庫で待ち合わせな」

「はいはい、さっさと行ってください」

「あ、逃げた」

 スサノオは向かい合ってる俺をまったく見ていなかった。

 草薙さんが走り出すと、スサノオは立ち塞がった俺を無視して草薙さんに追いつき、背中を蹴りつけた。

 え?

 ちょっとまて、草薙さんの能力は、願いってそれ(・・)だろ?

 なんでそれ(・・)より速いんだよ。

「草薙さんっ」

「ははっ、おっせー!」

 草薙さんはさっき攻撃を受けた時よりもずっと長く飛んだ。

 受け身もまったく取れていない。

 顔から落ちた。

 腕を強く打っている。

 やばいかも。

 じゃない。

 落ち着け。

深呼吸しろ。

 大丈夫。例え草薙さんが死んでしまったとしても、『卒業写真集タイム』で時間を戻せば生き返る。

 それよりも問題はあのスサノオの速さ。

 草薙さんの速さは能力による脚力の上昇から来てる物で、鍛えても追い付ける物ではない。

そうか、あの能力は脚力の上昇。つまり脚力が強く(・・)なってるということになる。

「『引き篭り(エリア)』」

 俺と草薙さんを『引き篭り(エリア)』で包み、そのまま『引き篭り(エリア)』の効果で移動する。

 例の工場へ。

 スサノオは追って来てはいるが、追いつかれることはなかった。


***


「はあ、『卒業写真集タイム』。草薙さんを怪我する前の状態に戻す」

 死んではいなかったけれど、死ぬ寸前だった。

 工場内を『引き篭り(エリア)』で開かないようにしてはいるけれど、場所がバレるのは時間の問題かな。追ってきてくれなきゃ困るけれど。

 けれど追ってきたら、どうしよう。

 草薙さんが仮に、この傷のせいで戦意を喪失していたら厄介だ。

 今更どう転んでもあいつは俺が相手しなくちゃいけない、というか勝ち目があるとすれば俺なわけだ。

 どうしよう。

 勝ち目……、そういえばあいつの対策も立てなきゃ。

 あいつが草薙さんより速かったカラクリは分かっている。

 脚力が草薙さんの能力を見て、それよりも強くなっていただけなんだ。

 つまり、何よりも強くなる能力の結果なんだ。

 俺の移動について来れなかったのは、単純に『引き篭り(エリア)』の移動速度には強さが関係なかったから。だと良いな。

「復活!」

「はーい、お元気そうで何よりです」

 まったく、人の気もしらないで。

「おう、どうしたよ。辛気くせえ顔してよ」

「……戦えますか?」

「あたぼうよ!」

 なんかうだうだ考えていたのが馬鹿らしくなってきた。

「草薙さん、あいつは貴方よりも強くなります。なんで、競り合おうとか考えないでください」

「勝てんのか?」

「さあ、強くなるの解釈によりますが、この世界にもゲームみたいにステータスゲージが有ることを祈りましょう」

 色々とカンストしてそうな能力だけど、もしそうだったらこっちは無限マリオで対抗と行こう。

 常にカンストする能力。

 つまらないな。

「そういや、他の奴に連絡はしたんか?」

「いや、他に仲間が居るとバレたらそっちに行っちゃうかも知れないんでしてないです」

 いよいよってなったら朝倉さんにだけ連絡すれば良いし。

「……つってもよ、お前の能力がありゃなんとかなるべ」

「だと良いですけど」

「ありゃ時間をちゃんと止めんのか」

「やろうとすれば完璧に止まりますよ。それに、制限を作れば俺以外も動ける……」

 爆発のような強い音がして倉庫の扉が破られた。

 破られた。

 絶対不可侵の空間を作れるものだと今まで思ってた『引き篭り(エリア)』が、壊された。

 冷静に考えれば、『引き篭り(エリア)』による防御は使えなくなったわけだが、使う前でよかった。

 なわけない。

 マジで凹む。

 自分の信じていた物が、こうもあっさり打ち砕かれるとかなりくるな。…………果敢にスサノオに突っ込んだ草薙さんも、内心ではショックを受けてたりするのかな。

「草薙パンチ!」

 ……ひねりもない名前の攻撃を仕掛けるあたり深読みするほどでもなかったかな。

 パンチはあっさりとかわされているけど、草薙さんは作戦通りしっかり攻撃を避けながら戦ってくれている。

 おっと、電話だ。

「もしもし」

「出雲くん、今何処に居るの!?」

 お義母さんか。

「スサノオと廃工場で戦ってます。けど、誰一人近づけないでください」

「はあ? そのために人集めたのに何言ってんのよ」

「スサノオの能力って知ってます?」

「……いえ」

「さっきスサノオは、草薙さんよりも足が速くなりました。さらに、俺の作った空間にも無理矢理入ってきて。そこから、彼はこちらが与えた条件を、必ず上回る能力であると推測出来ます。なのでサンプルをこれ以上増やさないで、本気で邪魔だから来ないように他の人達に伝えてください。じゃあ」

 とりあえず今言っておきたいことを一方的に言って通話を切った。

 能力を解説してからだから賢明な判断の上来ないだろう。

「てめえ、なに電話してんだ」

「ああ、草薙さんお疲れです。ちゃんと言い付け守ってますね」

 草薙さんは元々喧嘩慣れしてるのもあるけど、スサノオが喧嘩慣れしていないのかも知れない。

 ……いや、あれは慣れていないというよりむしろ……。

「そりゃあな。だがよ、あいついくら攻撃を受けても全然堪えてねえぞ。どうする?」

 カンストしてたようだ。

「どうするって、それは彼の防御力が草薙さんの攻撃力より強くなったからじゃないんですか」

 体力どうこう言うよりは、防御力が強くなってるほうが理にかなってる。

「倒せねえな」

「おやおや弱気ですね。あいつをぶっ飛ばして、八俣さんに愛の告白するんじゃなかったんですか」

「うっせえ。お前はなんか良い作戦思いつかねえのか」

「そうですね……『引き篭り(エリア)』。スサノオの下に穴を」

 するとスサノオは、見事に落とし穴にはまり、軽々とジャンプで抜け出した。

「後ろのあんたはサポートキャラなん?」

「ダメですか?」

「上等」

 スサノオはそう言って拳を鳴らし、準備は出来てるといった様子だ。

「どうやら能力の効果には強くなってるようですが、能力での結果は受けるようですね流石に」

「……分からん」

「だから、『引き篭り(エリア)』で隔離は出来ないけど、それで作った穴とかはちゃんと受けてくれるようです。今みたいに」

「でもあいつはお前の能力で作った空間に入って来たんだろ?」

「それは単純に、『引き篭り(エリア)』で作られた空間の強度よりも力が強くなった。だと思いますよ」

 そもそも空間に強度が有ったことに俺は驚いてる。そういう物じゃなくて、問答無用で隔離なのかと思っていた。

「倒せそうにないんで、説得してみてください」

「説得?」

「はい、よくあるパターンでしょ。ああいうタイプの敵に対して、話し合いで決着をつけるのって」

「無理だ。お前がやってみ」

「分かりました。草薙さんは引き続き戦ってください。その間外野からごちゃごちゃ言って説得するんで」

 しょうがないといった感じで草薙さんは再びスサノオに突っ込んだ。

 相変わらず不意打ちでなければ草薙さんは攻撃を避けられるんだな。

 さて、と。

「スサノオさん。貴方の名前を教えてください」

 戦いながらなので声を張らなければ聞こえそうにないが、スサノオはそこまで強化されてるようで、俺が普通に話してる声で聞こえたらしい。

「だから、スサノオだっての」

「俺が聞いてるのは、本名の方ですよ。フルネームで教えてください」

 本名が、なんたらスサノオなのかも知れないからフルネームと付け加えた。

「過去は捨てたよ!」

 捨てたねえ。

 どこと無く漂う中二臭は気のせいではなかった。

「こんなことしてて、お母さんが泣いてますよ」

「親には捨てられたよ」

 捨てられたか。

捨てて捨てられて、大変だ。

「……あれ、そういえばさっきから攻撃当たってませんけど、もしや喧嘩したことないんですか?」

「ある!」

「え? ああ、殴られる側ですか。それでそんなに攻撃を受けるのが上手いんですね」

「違う!」

 出来る限り、考えられる限り鬱陶しい話し方で言ってみたが、多少効いたのか攻撃が草薙さんに当たりそうになった。

 疲れてはいないのだろうが、顔から余裕がなくなって来ている。

「ははっ、いじめられていた子が必死になって殴り返そうとしてるみたいで滑稽ですね」

「うるさいっ!」

 大きく振りかぶり向けられた拳を草薙さんはギリギリで避けて、俺の所に戻ってきた。

 ボクサーじゃないんだから三分毎に戻ってこなくても良いのに。

「笑ってんじゃねえ!」

 不意に顔面を殴られた。

 すぐに身体の時間を昨日に戻す。

「なにすんですか」

「頑張ってやり返してる奴をな、笑うんじゃねえ。あいつは今戦ってんだろうが」

「ええ、貴方と、戦っています」

 この馬鹿は、俺の言葉が気に入らなくてわざわざ戻って来やがったのか。

「……忘れてた」

「ニワトリもビックリの記憶力ですね」

 しかし、やっぱり今は殴って来ないか。きっと小癪な作戦会議くらいどうってことないって言ってるつもりなんだろう。

 それよりも、軽い挑発で心が折れるのかと思ったら普通に怒っちゃって困ったことになった。

「草薙さん、あいつへの説得は無理で、力で捩じ伏せるのはもっと無理そうなんですがどうします?」

「お前説得する気あったのか? ……そういや『卒業写真集タイム』? はどうなんだ?」

「やってみます」

 今度は『卒業写真集タイム』をこの空間に対して発動し、時間を一瞬止めて、すぐに戻した。

 やばいかも。

「やったか?」

「ええ、すぐに戻しましたけど」

「なんで?」

「草薙さん、悪いニュースとバッドニュースがあるんですが、どっちが良いですか」

「あ? そりゃバッドニュースに決まってんだろ」

「その反応新しいですね」

 馬鹿で良かった。この人は頭で考えてから話してないな。

「簡単に言うとスサノオも止まりませんでした」

「なにが?」

「さっきから質問ばっかりですね。時間を止めてもあいつの動きを止めることが出来ませんでした」

「じゃあ」

「はい、切り札が無くなりました」

 分かってくれたようでよかった。

 しかし、どうしたものかな。説得も力で抑えるのも無理だとするなら……。

「で、どうすんだよ出雲。このままじゃ俺らがやられちまうぞ」

「草薙さん。作戦を思い付いたので、言う通りにしてもらって良いですか?」

「任せろ」

 ……消すしかないじゃないか。

「朝倉さんを呼んで、ここで来るのを待っていてください」

「お前は?」

「やるだけやります。絶対にこっちに来ないでくださいね。作戦通りやれば勝てるので」

 それを勝ちと呼べるかは甚だ疑問があるけれど。

「分かった」

「という訳で、選手交代です」

 素直に待ってくれた草薙さんを尻目に、俺はようやく向き合った。

 誰の横でもなく、誰の為でもなく。

 俺は一人でスサノオと対峙している。

「やあやあ、あんたが相手か、嬉しいよ」

「そりゃどうも」

 さっきの事を根に持ってるのか、相手が俺に代わって本当に嬉しそうだ。

 悪いけど、さっさとけりをつけさせてもらおう。

 作戦は、もちろん。

「逃げますっ」

「待て!」

 さっさと体制を変え、一目散に事務室の扉へ走り込み、入る。

 『引き篭り(エリア)』を使ってみたが、間もなく破られ侵入を許してしまう。

「……え!? なんだこりゃ」

 そして、部屋の中にスサノオを置き去りにして、扉を閉じた。

 『引き篭り(エリア)』を解除する。

「…………」

 再び扉を開けて、スサノオが居なくなっているのを確認して、安堵した。

「草薙さん、成功しましたよ」

「お前……何したんだ?」

「飛ばしました」

 草薙さんは心底驚いていた。

 散々戦った挙げ句、こんなにも呆気なく決着をつけてしまったこと。

 それからやっぱり俺が動けば事件がさっさと解決することに。

「正確に言うなら宇宙の果ての果てに置き去りにしてきました」

「はあ」

 もちろん地球から考えて果ての果てだ。

 例えば死んでも生き返るという奴を相手にして、太陽の様な高温の星に当てて永遠に生き死にを繰り返せるといった方法もあるが、スサノオ相手にそんな事したら太陽よりも強くなってしまう。

 無重力や空気の無い場所でも死なないだろう。もしかしたらいつかは帰ってくるかも知れない。しかし、それは彼の心が折れなかったらの話だ。

 恒星の輝きと光を沈める黒だけの世界で、俺への恨みのみで耐えられる訳がない。

 悲哀。

 孤独。

不安。

 どれか一つでも心を折るのには十分だ。

 それを三つも一回で体験出来るなんて贅沢な話ではないか。

 結局、俺はスサノオを捕まえることを諦めてしまった。


***


 失敗した時の保険として呼んでおいた朝倉さんに、スサノオが本当に宇宙の果ての果てに居ることを確認して貰った。

 生きているらしい。今のところ。

 星河所長にこの件を報告するのは草薙さんに任せて、俺は一人帰路についた。

 …………スサノオは、悪いこと……はしていたんだが、それでも島流し、宇宙流しになるような罪ではなかった。

 それでも星河さんが生き死ににこだわらないと言ったのは、実は能力を知っていたからではないか、と思う。

 それほどの覚悟と気概でやらねば勝てないと。そう言いたかっただけだと、今更ながら思う。

 諦めなければ、とは思えない。

 俺は、俺ならこういう解決策しか思い付かない。

 だからきっと、俺はどう足掻いたとしても必ず諦めただろう。

 朝倉さんが間に合ったとしても、それは変わらなかったはずだ。

 俺は最初から、あいつをこうするつもりだったんだ。

「時雨さん、待ってましたよ」

 自己嫌悪に包まれて最悪な気分の中、今の俺を一番見てほしくない人が家の前に待っていた。

「音里ちゃん……今日はもう遅いから帰りなよ」

「まだ夕方です。それに、時雨さんのそばに誰かがついて居ないとダメな気がします」

 それは、つまり俺が自暴自棄になるとかそういう話だろうか。

「……そばに居たって、時間を止めたら関係ないでしょ」

「それでも居ます。居させてください」

 大人だから分かっている。確かに一人で居るよりは、誰かと居た方が今は変な気を起こさない。

 だけど、なんで君なんだろう。

 草薙さんや星河所長。もしくは朝倉さんあたりなら適当に愚痴なり泣き言なりを言えたのに。

 八俣さんや芦原夫妻ならそれなりにこれから俺の進むべき道を教えてくれると思ってるのに。

 なんで格好つけておきたい君なんだ。

「……入って」

「あ、今日はお触りは無しですからね」

「嘘っ!? なんだかんだでそういう流れになってヤっちゃうんじゃないの!?」

「そんなエロゲーみたいな展開あるわけないでしょ。現実を見てください」

 そういうイベントではなかったのか。

「まあ良いや。とりあえず入ってよ」

「……失礼します」

 恐る恐る音里ちゃんは部屋に入った。

 笑止。俺には時間を完全に止めるという能力があるのだからヤりたい放題に決まってるだろう。

「変なことしたら許しませんからね」

「……はーい」

 そういえば、『逆転スワップ』を手に入れたとは言っても元々の特技である読心術は消えてなかったんだった。

 でも許さない、か。

 嫌いになったりはしないんだね。

「さて、今日の結果ですが上出来だと思いますよ」

「え、ああ、ありがとう。で良いのかな」

 いきなり本題に入るなんて思いもしなかった。

「ええ、褒め讃えていますので存分に優越感に浸ってください」

「ありがと……」

 優越感って。

「お母さんは朝倉さんに頼らないと決めていて、生死は問わないと言いました。だから……」

 俺の彼女は、柔らかく、俺の全てを受け止めるように言った。

「貴方は仕事をまっとうしました」

 本当に、お願いだから格好つけさせてくれよ。


***


 後日、朝倉さんに呼び出された俺はいつものようにバーで待っていた。

 スサノオについては、死亡扱いで書類送検された。

 罪人を殺しても罪にはならない。

 微妙な気分だ。

 なぜなら、スサノオの討伐報酬、特別ボーナスとして一〇〇万支払われたからだった。

 事実だけみれば、あれほどの強敵を倒したボーナスにしては釣り合わないような気がするけど、彼の命が一〇〇万と決められていたことの方がショックだった。

「やあ、待ったかい」

「時間を飛ばしたんで全然待ってません」

「ん、そいつは良かった」

 朝倉さんは特に変な感じでもなく、いつも通り座った。

「空気読まないこと言って良いかい?」

「……どうぞ」

 いつもは勝手に言うくせに。

「そんなに気に病んでるなら呼び戻せば良いんじゃない?」

「……それは」

「嫌だろ? 結局、君は排除したかったんだよ。彼の強さをね」

「…………」

「それに、今戻しても手遅れだぜ。さっきスサノオは星に飛び込んで死んだから」

「え? なんで」

「なんでって、彼は君が思うほど心まで強くなかったんだよ。強さを、能力を放棄したんだ」

 つまり、自殺。

 今まで後悔してたはずなのに、胸の奥がスーッと軽くなった。

軽くなってしまった。

「彼のプロフィールを聞いておくかい?」

「……お願いします」

 そして朝倉さんは楽しげに語りだした。

 今日はこれが目的だったんだな。

「スサノオ。本名は伊勢いせ秋晴あきはる。君も知っている通り幼少の頃両親に捨てられ、以降は施設で暮らす。学校ではそれが原因でイジメられていて、闇無の動画を見て強くなりたいと願った。しかし、力を手に入れてからはイジメっ子と同じく弱い物イジメをし、力を誇示するようになり今に至る」

 話を聞いて一つ、気づいた事がある。

 俺とは近いようで正反対だったんだ。

 俺、出雲時雨は両親と死別こそしたが、良い里親に会った。

 クラス、学校の人達も俺を差別することなく優しくしてくれた。

 だから、今をそのままにしたくて能力を手にしたんだ。

 罠にはめた後、変に心を揺さぶられたのはそういうことだったんだ。

 俺が恐れた現実を歩いた彼を、彼が望んでた夢を歩いた俺が仕留めたことに罪悪感があったんだ。

 胸糞悪い感覚が。

「まあ、この話をして自分の本当の気持ちを知ってくれたなら重畳だよ。気に病むことはない、一歩間違えれば君が彼だったんだからさ」

「……そうですね」

 一歩間違えれば、か。

 他人にはっきり言われるときついな。

「とにかく、道は間違えちゃダメ。それで困るのは君だけじゃないんだから」

 なんだか無理矢理まとめて、朝倉さんは帰っていった。

 そうか、間違えて困るのは俺だけじゃないのか。

 スサノオ。いや、伊勢秋晴が間違えて困ったのはあいつだけじゃなく、結果としては俺も困った。っていうのは少し傲慢かな。

 ……俺は間違えないよ。絶対に。

   第十七話 完

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