最強夫婦
第十六話:最強夫婦
芦原国大と因幡白雪は夫婦だ。
芦原国大は中小企業に勤めるサラリーマンで、実家は剣道場を開いていて剣の腕は一流だ。
因幡白雪は貿易会社のご令嬢で、普段はカツラとサングラス、メイクで隠しているがメラニン色素が少ないため、肌と髪が白くて目が赤い。
二人の出会いはお見合いで、会社の政略結婚の様な意図があった。だが、お互いの印象も良く、円満な形で結婚した。
普段の生活だけでなく、戦闘においての二人の相性も良いため並大抵の相手では手も足もでずに終わるほどの強さを誇る。
この二人の加入を皮切りに、物語は終わり出す。
***
「いやいや、八俣さんがその新人だったんじゃないんですか」
「違いますよ。星河所長に私のこと聞いていませんか?」
「いや」
大事なこと何にも言わないなあの人。朝倉さんの悪い影響受けてる。
「これから会いに行くのはですね、ご夫婦で能力者なんですよ。運命感じますよね」
夫婦で能力者か。運命というか必然的でありそうだよな、朝倉さんは意外とこういうのにも必要なら干渉したがるから。
「それから旦那さんはとってもお強いらしいですよ。なんでも剣道場を開いていて一流らしいんです」
色々知ってるな。もしかしたら俺が隠されてるだけかも知れない。
「凄いですね、色々知っていて」
「ふふっ、お姉さん頑張っちゃいました」
お姉さんぶっちゃって可愛らしいこと。
……あれ。
「八俣さん、失礼ですが歳いくつですか?」
「本当ですよー。構いませんけど、気をつけてくださいよ? 私は今年二〇歳になりました」
まあ、そんな気はしたけどさ。
「すみません。微妙な差ですけど、俺は今年で二四です」
「ええ!? 嘘だあ」
八俣さんはやっぱり誤解してたけれど、音里ちゃんまで驚いてる。
「童顔なのは知ってましたが、全然大人には見えませんね」
「そうですね、失礼ですが中……高校生くらいにしか見えません」
中学生って言いかけたな、仕方ないことだけれど。
「そういう事で飲みに行くとか平気なので気にしないでくださいね」
「時雨さんは飲むのが好きなんですか」
音里ちゃんは若干怒り気味にそう尋ねてきた。
やっぱり飲み歩く男は嫌われるか。
「飲むって言うか話すのが好きなんだよ」
「あれ、出雲さんは引きこもりじゃありませんでした?」
またこの疑問か。
確か草薙さんにも同じ事聞かれたな、答えなかったけど。
先に違う人に話すのは申し訳ない気もするけれど、まあつまらない話だからいいか。
「ここだけの話にして欲しいんですが、俺大人に成りたくなかったんですよ。なんて言ったかな、確かピーター・パン症候群みたいなやつでした。だから大人になったら自分の部屋から出なければ成らないんじゃないかって思って引きこもりました。皆さんが思いの外重たい過去を持っていたんで馬鹿らしくて話したくなかったんです。ああ、だから話す事自体は好きなんですよ」
正直こんなクソニートな理由であんなデカイ能力が手に入って自分でも引いている。
草薙さんにしても八俣さんにしても、皆どんだけ重たい過去を背負って生きているんだよ。
「……まあ、過去は人それぞれですよね」
「そう言ってくれると助かります」
八俣さんは少し驚いてはいたが、差別的な様子ではなく色々あったんだろうなと勝手に納得してくれたようだ。
しかし、
「クソニートが」
音里ちゃんが感情豊かに俺を蔑むように見つめて暴言を吐いた。
「ロリコンでニートでオッサンなんですね、出雲さん」
「いや、ロリコンじゃないし仕事してるしまだ若いから、だからいきなりよそよそしくしないでよ音里ちゃん」
「や、でも」
必死に抗議していると八俣さんが申し訳なさそうに口を挟んできた。
「二四歳の出雲さんが、一四歳の音里ちゃんと付き合ってたら確実にロリコンですよね」
「……まあ、ね」
これがぐうの音も出ない正論というやつなんだろうか。
「いや、好きになったのが音里ちゃんなだけで、ロリコンと言うわけじゃないんですよ」
「それこそロリコン野郎の常套句じゃないですか」
「そうだね」
反撃を受けてしまった。
ロリコン野郎って……。
なんだかやはり苦手なタイプの人間だ。
「まあ、私の魅力が時雨さんをロリコンにしてしまったわけですから、責任はとって差し上げます」
音里ちゃんがちょっと機嫌良くなった。
「ふふっ、仲がよろしいですね。あ、ここですよ」
目的地に着いたようだが、その建物は道に背を向けるように建っていてた。
そのせいで、今ここに人が居るのかどうか分からない。
「えっと……面白い造りですよね?」
と、八俣さんはまだ知らぬ仲間の為にフォローをした。
「そうですか? こんな意味不明な建て方出来るなんて大工に嫌われているか、本人が捻くれてるかのどちらかだと思いますよ」
台なし。
皆そう思ってるけど。
「……で、どうします? 人居ないみたいだしその辺で時間でも潰しますか?」
二人の方を向くと、何かが攻撃してきた。
咄嗟に『引き篭り』を使って防ぐ。
「ほう、何やら貴様も能力を使うらしいな」
よく見ると、剣道着らしきものを着た男が木刀を片手に立っている。
真剣じゃなくて良かったなんて思わない、痛さが違うだけで、威力が違うだけで何で叩こうが人は死ぬのだから。
そしてこいつは殺すつもりで振り抜いていた。
女子二人を離れた場所に飛ばす。
「……貴方」
「問答無用」
言い切る前に再び打ち込んできた。
無駄な事を、と思いつつ『引き篭り』でバリアを……。
「いだっ」
張れなかった。
こんな軽いリアクションなのは俺がテンション低いからで、胴着も付けておらず、張れると思って油断していた胴体を木刀で叩かれているのでかなり痛い。軽く身体も飛んだ。
それよりも、何をされたんだ?
能力が使えなくなった訳じゃなさそうだけど、なんだか制限されているような。
それに、だ。
さっきから話そうと口を動かしたり、立ち直そうとしているのに身体に力が入らない。
金縛りというやつなんだろうか。
「動くまい、消えるが良い。スサノオ」
スサノオ?
一体誰だそれは。
再び身体に打ち込まれて地面にうつぶせに寝そべる形になった。
調度良いからこのまま考えよう、傷は時間を戻して治すとして……あれ、こっちは使える。
それに、今は身体が動かせる。
「反省はしたか?」
「……だから話しを」
「したかどうか聞いているのだ!」
迷いなく脇腹を蹴る。
暴力指導反対。なんて言葉にしなけりゃ意味がないか。
今思い付いたのはこいつの目を見ている時に動きが制限されてしまうということだが、やってみるか。
目をつむって見ると確かに動けた。動けたけど俺は武道の達人じゃないからこのままでは戦えない。
ひとまず立ち上がり、すぐに『引き篭り』でバリアを張っておく。
……目、開けても大丈夫かな。
「……あれ?」
男がどこかに消えた。
見渡しても遠くに二人がいるだけで姿が何処にもない。
「うーん、逃げたい」
「させるか」
いきなり。急に、目の前に姿が現れた。
消えていた?
てっきり人の動きを止める能力だと思ったが、催眠術のように人を操る様な能力みたいだ。今までは認識させられなかったのか。
冷静に考察してる場合ではない、めった打ちだ。
動きを止められている事と、低いテンションで問題ない様に見える。
シュールだ。
というか普通に痛い。
死にそう。
いつの間にかバリアも消えているし、傷も戻らなくなった。
やばい。
こんなピンチの時は朝倉さん辺りが助けに現れてくれそうなものだけど、来ないところを見るとこの件に一枚噛んでそうだな。
どうでもいい。
誰か助けてくれ。
正直ほとんど敵なしだと思っていたからこんな状況想定外だ。
発動出来なきゃ意味ないのか、弱いな。
「これでとどめだ!」
不吉な言葉と共に空気を容赦なく切り裂く音が響いた。
それに掻き消されるほどか細い声だったけれど、俺には確かに聞こえた。
「時雨さん!」
涙声の鼻声で叫んで、そんなに感情をあらわにできるなんて初めて知ったよ。
あーあ、何やってるんだろ俺。
悔しいな。
……あれ、なんで意識残ってるんだ?
「くっ」
いつの間にか奴の背後に立っていた。
いや、それよりも。
「『引き篭り』っ!!」
『引き篭り』を使い奴を閉じ込める。その瞬間に相手が何かを払ったように見えたが成功した。
ただの『引き篭り』では視線が合ってしまうから、黒に着色した。
名付けて『黒塗』ってところか。
「出雲さん!」
「ごめんなさい、回復……お願いします」
疲れ過ぎて痛すぎて『卒業写真集』を使うのがすごく面倒臭い。
八俣さんが俺に向かって手をかざすと、みるみるうちに傷と疲れが癒えていくようだ。 素晴らしい。
いや、それより。
「音里ちゃん、心配かけてごめんね、ありがとう」
「時雨……さん」
俺がお礼を言うと泣き崩れてしまったので今はただ抱き寄せてなだめるように頭を撫でた。
「で、どうしましょうか、しこたまぶん殴られたんでこのままぶっ殺したい気分ですが」
「や、話の流れとしてはこの人が新人なのは確実なので殺すのはちょっと」
気持ちは分からないでもない、という感じか。
殺すつもりは毛頭ないけど。
「なんとか話だけでも出来ませんか」
「うーん」
出来るけど気が進まないな。
しぶしぶそれをやろうとすると、八俣さんが不自然な動きで離れた。
「どうしました?」
「なんだか、身体が、勝手に」
どうやら何かに操られてるらしい。タイマ式だろうがプログラム式だろうが隔離した奴の能力は発動しないはずだけど、こいつの能力は中にいた俺にも影響を与えたから油断は出来ない、か。だけど視覚は完全に遮断しているからやっぱり違うか。
だとすれば。
「姿を現したらどうですか、そこに居るのは分かってますよ」
「……うー」
八俣さんの後ろから首周りにかけて少しずつ人の形が浮き上がった。
ウサギ……。
いや、人だ。
皮膚や髪は驚くほど白いのに目が血みたいに真っ赤で……。
「あ、『黒塗』!」
咄嗟に俺から半径五〇メートルをドーム状に隔離した。
中の壁は真っ暗にして、光源として百物語でも始められるほどのろうそくを配置した。
「で、その人離してくれませんか?」
技名をノリノリで叫んだことをごまかせはしないだろうが、平常心を保っているように声をかけた。
「クニヒロをカエして」
クニヒロ……ああ、閉じ込めてるあいつのことか。
「ダメですね。彼を出すと俺が殺されます」
「カエして!」
この人も話しを聞いてくれないか。
音里ちゃんも泣き止んでくれそうだったのにまた泣き出しちゃった。
「……『引き篭り』。音声を繋ぐ」
「白雪! 無事か!」
「クニヒロ!」
馬鹿っぽい。
じゃなくて。
「あ、お熱いところ悪いんですが……良いですか?」
「貴様ぬけぬけと!」
「『引き篭り』。潰れてしまえ」
彼の入った空間を狭くするとメキメキと音を立てると共に、分かったと言ったので元にもどした。
もちろん潰す気はまったくない。
「改めましてこんにちは、アンノウン・ポリス、通称UPに所属してる出雲時雨二四歳です」
「ひぐっ、同じく星河音里です」
「あ、同じく八俣さやかです。新人ですが……」
俺に続く様な形で二人とも名乗ったけど、打ち合わせしてない割にスムーズに自己紹介できた。
そして、はっとしたように白雪と呼ばれた女は手を離す。
「……失礼いたした」
「はあ?」
おっと、本性でてしまった。
「……数々のご無礼、誠に申し訳ございませんでした」
「分かってくれれば良いんですよ」
わざとらしく指を鳴らして男の拘束を解除した。
「警備隊の方とは知らず、とんだ無礼をしてしまい、恥ずかしい限りです」
「ごめんなさい」
音里ちゃんはいつの間にか立ち直り、真っ暗闇にろうそくで火を点し、仁王立ちで大人二人を正座させてる。
すごく恐い。
「では名前をどうぞ」
声にまで怒気がこもっている。
「芦原国大と申します」
「ツマのシラユキです」
なんか舌足らずな奥さんだな。
「一応この部屋紫外線を完全に遮断してますけど、平気ですか?」
「カイテキ」
「……気遣い心痛みます。妻はお察しの通り……」
「アルビノ、知識はそこまでないけどそれであってます?」
「はい」
確かメラニン色素が少ないか、まったくないかで皮膚や髪が白くなる奴だったか。そのせいで紫外線に対して極端に弱い。
その程度の知識しかなくて現状に焦った俺は、しなくても良い『黒塗』をしてしまったわけだ。普通の『引き篭り』でも紫外線を遮断するくらいは出来る。
まさに黒歴史の上乗せになったわけか。
まあ要らぬ気遣いにならなくて良かったと言ったところか。
「今も日焼け止めやUVカットのクリームを付けているが、長時間外に居るのは避けたかったので感謝している」
「それもちゃんと覚えておいて欲しいんですが、とりあえず貴方達の能力について教えてくれますか」
危険な要素をいつまでも未処理にはしておけないから。
「私は」
「あ、一人称今日から拙者でお願いします」
「……拙者は」
「ふはっ」
軽い冗談なのに真に受けるなんて。
「ごめんなさい、じょ、冗談なんで戻してください」
「私は、目が合っている者の行動を制限できる、それがカメラ越しだろうと鏡越しだろうと」
なるほど、それで普通は隔離出来るはずの『引き篭り』内からも条件は満たしているから能力が伝わってきたんだな。
相性とか能力にもあるみたいだ。
「ワタシはカラダと、フれているモノのイロをアヤツることができます」
色使い、ということは消えたりしてたのは周囲の色と同じになっていたからなのか。
ウサギみたいな見た目なのにカメレオンの様な能力だ。
「……色使いならメラニン色素を作るとか出来ないんですか?」
「ナンで?」
彼女は不思議ちゃんなのかただの馬鹿なのか。今のところ馬鹿っぽいけど。
「前に試してみたが出来なかったのだ」
「そうですか」
八俣さんも病気は治せないみたいだし、朝倉さんの言った通り具体的な願いがあると能力も限定されちゃうんだな。
「さっきのあれは何を使ったのだ」
「あれ?」
「いきなり背後に現れたあれだ」
ああ、あれか。
「あれは俺じゃありませんよ。ねえ、音里ちゃん」
「……そうですね」
詳しく説明するような話ではないからあえて二人には言わないけど、音里ちゃんの変化を考えると恐らくは逆転や反転を使うのだろうと思われる。
あの時は位置関係が国大さんと俺とで逆転したと言えるだろう。正確なところは朝倉さんに聞いてみないと分からない。
「うむ、そうか」
「ところで、スサノオってなんですか?」
そもそも俺が死にかけたのはそいつと間違われたからだ。
「スサノオは今巷を騒がせている通り魔だ。なんでも強い者を狙うらしい」
「自意識過剰」
音里ちゃんは変わったのは良いんだけど、毒舌のままだな。
「いや、まあ、私の流派が最強の名で知られていて、それで警戒していた」
「なんて流派ですか?」
そんなに有名ならインドア派の俺でも知ってるかも知れない。
「不道流剣術。それの基礎を私は道場で教えている」
まったく知らない。
名前からしてなんか中二病満載な剣道術のようだ。
「師匠はまさしく最強なのだが、私は、恥ずかしながらまだまだ未熟なんだ」
「でしょうね」
「うぐ……」
音里ちゃんはあくまで敵対するようだ。
「……それで、スサノオを捕まえる為にUPに所属する……。で、良いんですか?」
「……町の平和が守れればそれで構わない」
「了解です。まずは事務所に行きましょう」
国大さんの車に乗って事務所まで向かう。
***
「あら、音里も着いて行ったの?」
「ええ、時雨さんが浮気しないように」
浮気か、信用……は無駄にされても驚くけど、されないのはショックだな。
「男の子は皆好きよね、巨乳」
「やはり……」
「待ってください」
なるほど、こんな具合に変な知識が伝わっていくのか。
「俺は、小さい方が好きです」
「ああっ」
「ああっ」
二人同時に、そういえばそうだね、みたいな反応された。
ロリコン疑惑は残ってたらしい。
「……そんなことより、音里ちゃんが能力を使えるようになりましたよ」
「うん、朝倉さんがさっき電話で教えてくれたわ」
あの人は、本当になんでもお見通しだな。
空気を読んでそんな大事なことは、本人の口から最初に伝えさせてくれないものかな。
「能力名は出雲くんと音里で考えてくれ、そう言ってたわ」
「ん、俺もですか?」
「そうらしいわ」
どういう風のふきまわしなのだろう、名前を付けるのが面倒になったのか?
「じゃあ私達向こうでスサノオについて詳しく話してるから」
そう言って、俺と音里ちゃんは再び二人きりになった。
会議から体よく追い出された感じだが、デートの途中での仕事だったから調度良い、かな。
「音里ちゃんは名前の希望とかある」
「いえ、何て言うか、実感がまだなくて」
無理もないか、俺も初めて能力を使えるようになったときは半信半疑だったしな。
『引き篭り』の時はいきなり部屋から出られなくなって焦ったし、『卒業写真集』の時はいつまでも日が昇ってていつの間にか死んじゃったのかとまで思った。
何にせよ能力が最初に目覚めたらまず困惑する。
「じゃあ出来ることを確認しようか」
「はい。……でもどうやって?」
「そうだね。例えば、最初に俺に使った時に何を考えてたの」
もしかしたら前から使えていたかも、とかは考えない。朝倉さんがこのタイミングで言い出したということが、今回目覚めたという何よりの証拠、だと信じている。
「あの時は必死で……あ」
「何?」
「八俣さんとかいたのに大声で叫んじゃいましたね。時雨さんって」
何に気付いたのかと思ったら、そんなことか。
「そんなにニヤニヤしないでください」
「あれ、笑ってたかい」
「ええ、とても」
どうやら俺も感情豊かになったらしい。
……そういえば叫んだのって何年ぶりだろう。喉が痛かった。
「コーヒー貰って良い?」
「私の飲みかけで良ければ」
一口だけ貰って喉を潤す。
「……さて、このボールペンを俺の右手から左手に移してみようか」
「はい。……はあっ」
両手をかざすのも掛け声も必要ないと俺は思うけれど、頑張ってる感じで可愛いな。
しかし、移る気配はしない。
「……今何を考えてる?」
「移れって」
「考え方を変えよう。よりリアルに、移れではなく移った後の様子を思い浮かべて」
「分かりました」
静かに目を閉じて、イメージしているようだ。
すると、しっかり右手で掴んでいたペンが見事左手に移動した。
「音里ちゃん」
「……あ、出来たんですか! 私が? 時雨さんがやったんじゃないですよね?」
「ああ、音里ちゃんがやったんだ。俺はしっかり掴んでた」
今まででは考えられないくらいはしゃいでる。
まるで、普通の女の子みたいだ。
「ありがとうございます。時雨さんの言う通りにしたら出来ました!」
「音里ちゃんが信じてくれたからだよ」
「だって、彼女……いえ、妻が夫を信じるのは当たり前じゃないですか」
顔を真っ赤にして照れてると、似たような言葉でも全然違う印象を受ける。
「ありがとう。次は別の物にしてみようか」
「はいっ」
ウキウキしてる。
気がするとかそんなレベルの話じゃない。
擬音を付けるとしたら、ルンルンとかそんな感じになりそうなくらい分かりやすくなった。
嫌じゃない。
「この砂時計の砂を、下から上に流そうとしてみてくれるかな」
「やってみます」
またも音里ちゃんは素直に頷き、きっとしっかりイメージもしてくれたのだろうが、ついに砂の流れが上下逆向きになることはなかった。
「音里ちゃん、だいたいわかったよ」
この能力が出来るのは位置の逆転だけだ。
座標上の点と点を入れ替えるだけ。
音里ちゃんの変化から、座標だけではなく事象も逆転できると思ったが、残念だ。
……いや、違う。
俺がそうさせたのか。
今にしてみれば、音里ちゃんの変化は少し前から兆候はあった。だけど、強く願ったのは位置を逆転させる事だったから能力がそれだけになってしまった。
本当に役立たずだな、俺は。
「君の能力は位置や座標の逆転。物と物を入れ替えたり、空間と物を入れ替えたり出来るんだろう」
「なるほど、時雨さんと連携をとれるわけですね」
俺が自己嫌悪に浸っているとは知らず、満面の笑みで音里ちゃんはとても嬉しそうに言った。
そう取ってくれるのか。
うん、嫌われたくないし黙ってよう。
「で、名前どうする」
「私はネーミングセンス自信ないので時雨さんが考えてください」
「俺?」
まさか朝倉さんみたいな真似を俺がするなんて。
ネーミングセンスに自信が有るわけじゃないし。
「逆転……スワップ」
「シンプルですね」
「ごめんね。俺は朝倉さんみたいに色々考えられないよ」
「そうですか。……『逆転』。えへっへっ、『逆転』かあ。ありがとうございます! 気に入りました」
喜んでもらえて嬉しい。
「さて、俺らも会議に参加しに行こうか」
「あ、その前に一つ良いですか」
「な……」
………………レモンの味なんてしない。しっかりコーヒーの味が口の中に広がった。
***
「あら、早かったわね」
「そうですか? 朝倉さんよりだいぶ遅いと思いますけど」
「いや、そういう意味じゃないけど……」
じゃあどういう意味だろう。まさか話し合いに入ってくるなという意味じゃないよな?
「まあいいわ、会議はもう終わったから予定だけ話すわね」
終わってた。
それに、作戦じゃなくて予定って、なんか弱腰だな。
「決行は明日。現在居るメンバー総動員で町中を探索しスサノオを発見、対処します」
明日か、急ピッチっていうか何て言うか。
そして星河所長では考えられない事を言った。
「生死は問わないわ」
俺は、何となく星河さんだけはそんな事言わないと信じていた。だって、それはつまり殺せって言っているんだろ?
誰かの幸せの為に誰かを犠牲にする人ではないと、勝手に考えていた。
だけれど、俺は大人だからこんなことで駄々をこねたりはしない。
「了解しました」
上司の言葉に従うさ。
俺が見つけて、捕まえれば文句はない、むしろ一番良い結果のはずだ。
生死は問わないんだから。
***
朝倉さんのメールはいつも調度良いタイミングで送られてくる。
今回は眠りに入る寸前という最高のタイミングだった。
『芦原夫妻の能力を一応解説しておくね。夫の芦原国大は目を見ている人間を操る能力、『高眼無智』だよ。ただし自分より強い相手には効かない。それから妻の芦原白雪は色素を変える能力ではなく、色彩を変える能力、『変色動物』。繰り返すけどあくまでも色彩だからね』
見ていたみたいな注釈を繰り返す人だ。
『スサノオについて、星河さんが自分でやると言うから僕は手を出さないけれど一応能力について少し触れておく。彼は『強』という能力で、強くなる能力だよ。何よりも、ね。あまりヒントを出し過ぎてもしょうがないから攻略法は言わないけれど、無理だと思ったら遠慮なく呼んでね。彼は、僕ら。と一緒だから』
『強』。強くなるか。
一緒というのはつまり、具体的に何をしたいではなくて、漠然と強く、と願ったということだろうか。
なんにせよ決行は明日の予定だ。
第十六話 完




