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トライアル  作者: 小林健司
リビング
15/19

滅私女医

第十五話:滅私女医

 八俣やまたさやか。

 女医である。

 この女医、という表現は大分正しくない。なぜなら彼女の本職は医者ではなくUPの隊員。つまり警備員だからだ。

 といっても、女医が完全にただの冗談かと言われたらそれは違う。俺の中の印象は女医もしくは看護婦さんだからだ。

 大手製薬会社、八俣製薬のご令嬢であり、幼少期に読んだ本は薬品に関わる書物ばかりだったと彼女は語る。

警備員になる前は新薬を研究していたらしい。

彼女の能力は『修繕ヒール』。擦り傷。切り傷。骨折。脱臼。あらゆる外傷を瞬時に直す能力だ。

 そして彼女こそが今回の物語のキーパーソン。

 この話は少々蛇足が過ぎたかも知れない。


***


「出雲さん、これはデートですか?」

「音里ちゃん、これは自宅デートだよ」

 本当は嫌だったが、社会人になれたのだからと、住んでいた里親の家を追い出されたため今はアパートに住んでいる。

ボロボロのアパートの一室は、なんと六畳三部屋を丸々合わせたもので、家賃がたったの三万円だ。

 怖いよ。

 なんて冗談だ。怖くない、それはこのフロアに元々有った部屋の壁が地震で壊れてしまい、結果として一八畳になってしまっただけだからだ。家賃は元の一部屋の料金で、大家との抗争のすえ勝ち得た権利だ。

 決め技は土下座。

 壊れたままで良いからと泣いて願ったら優しい大家さんは、何が起きても自己責任という誓約書を俺に書かせて貸してくれた。

 もちろん何も起こらないし、起こることはない。どんな部屋だろうが、『引き篭り(エリア)』を使えば快適空間に早変わりという寸法だ。なので一八畳の良質物件を三万で手に入れただけなんだ。

 そんな部屋に今日は彼女を呼んでいる。

休日に家でうだうだしている。というわけではなく、夢の自宅デートという奴を行ってているわけだ。

一人暮らし最高。

「……デートが家という事はつまりアレですか」

「アレ?」

「遂に私も女の子から女になるときが来たわけですね」

 またよく分からない事を言い出した。

 またお義母さんかな。

「鈍いですね出雲さん。もう少し分かりにくく言えば呼び名が出雲さんから時雨さんに変わる。と言えば伝わりますか?」

「分かりにくく言ってなんで伝わると思ったの……。というかよく俺の下の名前覚えてたね」

 正直、皆忘れていると思ってた。

 それにしても一体何が言いたいんだろう。

「では、分かり易さ最優先で言い直しましょう。遂に出雲さんとセッ……」

「それ以上は言っちゃダメだよ。ごめん、やっと分かった」

「セットアップと言おうと思ったのですが、何故謝っているのですか」

「ごめん、忘れて」

 ……俺と一緒にセットアップするってなんだよ。

「良いでしょう満足いたしました」

 満足って。からかわれてるな。

「では早速セットアップしましょうか」

「セットアップって何?」

「セットアップというのは私の中に出雲さんがどういう人なのかを改めてセットするという行為です。今日はお泊りデートのつもりで来ました。一晩中出雲さんを観察させていただく。ということです」

 こうやって難しい言葉で色々取り繕う時って、照れてるんだろうか。

 最近そんな気がするだけだけど。

「え、泊まるの?」

「はい、もちろんお母さんには許可を取ってあります」

「だとしても、俺が音里ちゃんを襲っちゃったらどうするの?」

「おかしな事をおっしゃりますね。私達は言わば婚約者同士ですよ? それに」

 それに、と彼女は溜めてから口を開いた。

「元はといえば、出雲さんが女子中学生に手を出すという過ちをさせないようにするのが目的でしたよ」

 まったく、俺のロリコン疑惑はまだ晴れていないようだ。

 あの事件の被害者の子達や、音里ちゃんが特別可愛いからだと言うのに。

「そういう事を言うときは、対象を私だけにして欲しいですね」

「心読まないでって」

「しかし見過ごせません。出雲さんの心に他の女が居るなんて」

「嫉妬?」

「shit」

「口が悪いよ、女の子なのにさ」

 というか感嘆符がないと意味が伝わらないと思うんだ。意味は色々あるけれど、音里ちゃんは、くそっ。とか、ちきしょう。みたいな使い方をしたんだと思う。

「……出雲さんは女の子に幻想を抱き過ぎだと思いますよ」

「幻想?」

 え、この流れはまさかまた説教?

「女の子はこうだ、とか。今は流行りませんよ? 女も男も同じ人間なんですから」

「平等だ、って」

「はい」

 そういえば、朝倉さんが言っていた闇無さんは、同じ人間の差別や区別を嫌っていたらしいけど、やっぱり似ているよ。

 男も女も富豪も貧民も健常者も障害者も、全部平等に裁けと願った革命的犯罪者、闇無暗黒に。

「……じゃあ俺が君に手を出そうが出さまいが同じって事だよね?」

「最高に最低ですね。そういう事思っても普通言いませんよ」

「嫌いになった?」

「惚れました。誰かの思想を捩曲げてまで自分を貫き通すなんて流石です」

 なんて言うか、奇跡的な噛み合いかたしてる。

 あばたもえくぼって事かも知れないけど。

「まあ御託はこの辺りにして、そろそろお風呂にでもしましょうか」

「まだ昼前だけど?」

「ならいつならよろしいのですか」

「いつって、俺は夕方頃に入るけど」

「それまではお預け、という事ですね。分かりました」

 お預けって、よく考えたらあの言い方は一緒に入るみたいな言い方じゃん。

「ではそれまで何をいたしましょう。あ、お昼ご飯をお作りいたします」

 せわしないというか、これは、はしゃいでると考えて良いのかな。

 音里ちゃんが冷蔵庫を漁りだしたとき、タイミング悪くチャイムがなった。

「……『引き篭り(エリア)』解除しましたか?」

「無駄にシリアスにしないで。チャイムは分かるようにしてるから」

 しかし、今日来るなんて誰だろう。家賃はこの間滞納分も含めて払ったばかりだし。

「どちら様ですか」

「あ、あの、私UPの隊員の八俣さやかと言います。えっと、出雲時雨さんですか?」

「はい、俺が出雲時雨ですよ」

 なんか小動物的な可愛さの女性がいた。

 ……胸でっか。Gはありそうだ。

「私が妻の音里です」

 まだ違うのにそんな紹介をわざわざするなんて微笑ましいな。

「え……あ、そうなんですか。改めまして奥様、八俣さやかと言います」

 律儀にも音里ちゃんに名前を言い直した。

 この腰の低さはもしかして後輩? でも俺がスカウトしにいくんじゃなかったっけ。

「貴女はUPの?」

「はい! 今度UPに所属する事になりました。よれ、よろしくお願いします」

 噛んだ。

 そうかそうか、この子がそうなんだ。

 でもなんで自宅まで来たんだ?

「何の用ですか」

 音里ちゃんがいつもより目を細めて尋ねたため、なんだか睨んでるみたいだ。

「ひっ、用と言いますか、その、やっぱり事前に挨拶しておいた方が良いかなって思いまして」

 なるほどね、良く出来た子だ。

「そう、わざわざありがとうございます」

「いえいえ、では行きましょう」

「えっ?」

「休みはお昼までだからと星河所長がおっしゃってました」

 あの人は人使いが荒いな、新人までパシリに使うなんて。

 それに、いつも良いところで邪魔をいれてくる。彼氏持ちの娘に嫉妬でもしてるか。

 でも、一応は雇い主だから多少従わないといけない。

「分かった。すぐに準備するから待ってて下さい」

「かしこまりました」

 言葉遣いがなんとなく良いとこのお嬢さんって感じだけど、結構親しみ易そうだ。


***


 午後の休みを返上し、俺は胸の大きな美女と若干アンダーグラウンドな路地を歩いている。

 八俣さんが言うには、音里ちゃんは部屋で待機しておくようにとのことだったので少々もめたが、一先ず俺の部屋で待っててもらう事になった。

「八俣さん、ちゃんとこの道合ってるんですか?」

「はい、この道を通るのが近道なんですよ」

 この場所の雰囲気にはおおよそ似つかわしくない、ほんわかとした気のぬける声だ。

 無防備というか。

 朝倉さんじゃないから正確な数は分からないけど、それなりの数の人がこちらを見ている。

 自慢じゃないけど俺喧嘩は弱いよ。地力だと。

「ここでする話じゃないけど、八俣さんの能力って何ですか」

「たいした能力じゃありませんよ」

「……」

 あれ、教えてくれないの?

「……出雲さんは私の事どう思います?」

「どうって」

 胸でっかいと思う。とは言えないか、どうとってもセクハラだよ。

「その、私と話していて不愉快じゃないですか?」

「不愉快、じゃありませんよ」

 普通会って数分の人にそんな印象もたないと思うんだけど。

「良かった。私よく言われるんですよ。ムカつくとか気持ち悪いとか」

「へえ」

 まあ、どこがとは言わないけど、気にする女子は気にしてきつく当たるかも知れない。

 そういえば音里ちゃんも普段とは様子がおかしかったし。

「出雲さんっておしゃべりですか?」

「見ての通り、って言っておきます」

「ふふっ、分かりました。じゃあ私の話を聞いていただいてもいいですか?」

「どうぞ」

 雰囲気を壊すことなく話をしだした。

「私ね、イジメられてたんですよ」

 まあ、さっきの発言からなんとなくそんな気はしていた。

「親にも、ちょっとされてました」

「ちょっとって」

「本当にちょっとですよ。テストの点数が百点じゃなかったときに叩かれたりするくらいの」

「…………」

 百点じゃなかったらってどんなに頭が良くても百点ばっかりの奴なんていない。

 そんなのは、ただ暴力を振るうための口実だ。

「それで、役所の人が来て子供を虐待してないか聞いてきて、私もされたことないって言ったんだけど、その人達が帰ったら私が誰かに言ったんじゃないかってなって、またちょっと叩かれて、こう言われたの」

 それでもやはり、かなりシリアスな話をしているはずなのに、彼女はのんびりした口調で言った。

「傷なんか早く治せって」

 一瞬、頭が真っ白になった。怒り狂う程の言い草にほのぼの、のほほんとした口調と雰囲気で、はたしてどうリアクション取るべきなのか分からなくなった。

 そして、勝手に開いていた口はこう言っていた。

「それで、どうしたんですか?」

 いや、今聞くべきなのは本当にそんなことなのかと言ってから思ったが、彼女にはしっかりと聞こえていたらしく、訂正する間もなかった。

「傷を早く治したの」

「それが、八俣さんの能力ですか?」

「ええそうよ。すぐに傷を治すと気味が悪いから、少し時間をおいて治すようにしていてね。そしたら気付かれなかったし、怒られることも減ったの」

 怒るべきなのは君の方だと、そう彼女には言えなかった。

 他人の家庭の事を、部外者が言うべきではない。彼女ももう大人なんだから。

「朝倉さんはこの能力を、修繕と書いてヒールって名付けてくれたわ」

「……良い名前ですね」

「でしょう」

 一点の曇りもない瞳で俺を見て、誇らしげだ。

「ねえ、出雲さんの能力はどんなものなの? よろしければ教えてください」

「俺のは……、伏せてください」

 何やら怪しげな人影が見えた。

 この辺りの奴はだいたい怪しいが、そいつらは身なりが整い過ぎていて、かえって怪し過ぎる。

 ジュラルミンケースと路地裏の組み合わせは、いかにも闇取引だ。

なんとかした方が良いかな。

「あの、貴方達は何をしているんですか?」

 ちょっと目を離した隙をつかれ、八俣さんは男達の間に入り込んでいた。

「あ、誰だてめえ」

「おい。……いやあお嬢さん、何でもないから帰りなさい」

 雲行きが真っ黒になってきたようだ。俺はてっきりヤバい粉だと思ってたが、もっと直接的な何かかも知れないな。

 今のうちに帰って来い、八俣さん。

「そのケースの中身見せてください」

 なんでわざわざ自分から突っ込んで行くのかな。

「見せられないな。俺達にだってプライバシーってもんが有るんだからよ」

「そうですか……」

 そうだ、だからさっさと戻って来い。

「私は警備会社UPの者です。なので中身を改めさせていただけますか」

 言っちゃった。

 これは面倒臭い事になるパターンの奴だ。

「……なら、お嬢さんはやっぱりここで消すぜ」

「それしかないな」

 はいきた。

 やっぱりそうなるよね。

 とにかく二人組が八俣さんに手をあげる前に間に割って入った。

「…………」

「なんだ僕ちゃん、女の子が襲われているのを見てカッコつけに来たのか?」

 入ったのは良いけどなんて言おう。

 いや、言う必要ない。

 時間を止めてしまえば……でもカミングアウトしたとは言え、むやみやたらに使いたくないんだよな。

 なんだよ大人になりたくないって、ピーター・パン症候群か。

 ……うん、ここは『引き篭り(エリア)』で二人組を拘束しつつ、ケースの中身を確認してどうするか決めよう。

き《リ》……あれ?」

 俺が頭でごちゃごちゃ考えてるうちに、八俣さんが捕まってた。

 俗に言う人質だ。

 またこれかよ。

「ほら、お嬢ちゃんが大事なら両手を挙げてひざまずけ」

「……はーい」

 まあ別に俺のポーズはどうなっていようが関係ないから従っておく。

「出雲さん! 私に構わずこの人達を捕まえてください!」

 いや、わざわざポーズ取ってからそんな事言われても。

 というか、本当にそんな事言いだす奴いたんだ。

「へっ、僕ちゃんにそんな勇気ないみたいだぜ」

「可哀相にな」

 こいつらどうしてくれようか。

 脅してきてるけど、別にナイフや拳銃を出してきたわけじゃないし。

「出雲さん!」

「うっせー! 良いから僕ちゃんそのまま動くなよ?」

 二人組は八俣さんを連れたまま、ケースを大事そうにもって逃げ出せる位置まで歩こうとした。

 だが、無理矢理拘束から抜け出そうと八俣さんが暴れたせいで二人組は八俣さんとは別方向に倒れた。

 今がチャンス。

「『引き篭り(エリア)』。お前達二人を隔離する」


***


 早速ジュラルミンケースを開くと、見るからに毒々しい色をした液体が入ってた。

 ラベルもないし、特に説明書のようなものは入っていない。

 え、本当になんだコレ。

MADNESS-0(マッドネスゼロ)という薬品です」

「薬品……へえ、コレ薬なんですか」

「まあ、薬と言っても毒薬ですけど」

 やっぱりな。

「コレを飲むとどうなるんです?」

「名前の通り狂乱状態に陥り、死にます」

 おっかない薬が有ったもんだ。八俣さんでさえ心なしかさっきの会話よりシリアスになってる。

「しかも、効果的なワクチンもまだ出来てない毒薬です」

「本当に危ない薬だったんですね」

「コレの一番怖いところは、死体から反応がでないところなんですよ」

 まるで推理小説にでも出て来そうな便利な効果だ。

 ……ん? 死体からでない?

「八俣さんはなんでそんな事知ってるんですか?」

「えっ、それはですね……その、あれです。医者の世界でそんな噂があって、そうじゃないかなって」

「いやいや、さっきまで確信をもって話してたみたいでしたけど?」

 なんでこんなに隠そうとしてるんだ?

MADNESS-#(マッドネスナンバー)という似たような毒薬があって……」

「だからって0番があるとは思わないっていうか、だから詳しいのはなんでって聞いてるんですけど」

「…………」

 やばっ、泣き出しちゃいそうだ。

 後輩イジメるなんて酷い先輩だと思われちゃう。

「ま、まあ、それは置いといてですね、これどうします?」

「……ぐすっ」

 泣き出した。

「あ、すみません。その、責めるつもりはないっていうか……」

 目から大粒の涙を惜しみ無くボロボロこぼしているのに、口も目も無理に笑おうとして痙攣している。

 罪悪感が半端ではない。

 心臓をわしづかみされてるみたいに苦しくて、油汗が出て来た。

「あの、本当に……」

「ぐすっ、出雲ざん」

「はい」

「わだじの事、嫌いになりまじだ?」

「全然っ、むしろ好きになりました」

 鼻声酷くてほとんど言葉が濁ってるとかも全然気にならない。

 とにかく泣き止んでくれないと。

「ほんどうに? ぐすっ」

 うわあ、潤んだ瞳に赤くなった顔で上目遣いとか反則級だろ。

「本当です。だからどうか涙を拭ってください」

「はい……ぐすっ」

 するとゴシゴシと強く目を擦って、頑張って涙を拭った。

「あの、私も、出雲さんのこと好きですよ」

「ああ、ありがとう」

 近くの壁に石がぶつかった音がした。

 さっさと出て行けと、ここの人達が言っているのだろう。まだ若干ぐずる八俣さんを連れてその場から立ち去った。

 二人組はその場に放置で、薬だけ持って行く。


***


 アンダーグラウンドをもう少しで抜ける所で、八俣さんも大分治まった。なのでもう一度薬について聞こうと試みる。

「ところで、つい持って来ましたがコレどう処理しますか」

「そうですね、MADNESS・0は低温になると動きが鈍くなるので、冷凍庫に入れて置けば一安心です」

 だからなんでそんなに詳しいの、とは二度と聞かない。

「冷凍か……蒸発とかはダメなの?」

「ダメです。どんな形であれ体内に入ると発症するので、固体にするほかないのです」

 これは俺の勝手な予想だけど、この人がこのMADNESS・0を作ったんじゃないかな。

「じゃあ俺が責任を持って保管しときます」

「えっ?」

「ダメですか?」

「ダメっていうか、やっぱり私がやるべきかな……って」

「大丈夫、悪用なんかしませんから」

「そういう事じゃありません!」

 怒鳴られた。それに、若干白状した。

「…………」

「あ、ごめんなさい。大きな声出して……」

「いや、気にしてませんので」

「ごめんなさい……」

 ああ、この人苦手だ。

 どうしよう、草薙さん呼び出そうかな。

「では話を戻します。どういう理由でダメなんですか」

 一度泣かせているから必要以上に優しく聞いた。

 ……泣かないよね?

「…………ごめんなさい。私隠していたことがあります」

「…………」

「その薬を作ったのは私なんです、ある会社に依頼されて」

 作ったって、予想は当たったけどなんだってこの人がそんな事を依頼されるんだ。

「最初は完璧な毒薬って響きに惹かれて作ったんですけど、よく考えたら大変なものだと渡した後に気づきまして」

「取り返すのが簡単なUPに入った」

「はい、警備団体の中でも結構有名でしたから」

「今日薬を見付けたのは偶然かな」

「私も驚きました」

 その割には冷静に対処してたと思うんだよね。

 疑っても仕方ないし、我がUPには朝倉さんという怪しい男が出入りしてるから、八俣さんの意志に関係なく完全に偶然ではないだろう。

 とはいえ、そんなこと一々言う必要ないし朝倉さんを知っていれば言わずもがなだ。どちらにしろ言わなくて良い。

「八俣さんはどうするんですか?」

「何がかしら?」

「目的の薬はこんなに早く手に入って、UPを辞めてしまうんですか?」

「それは……そうなるかしらね」

 まあそりゃそうか。

 本人の素性は知らないが、UPに入ったのは薬を取り戻す為であって、別に町の平和を守り続ける気はないのだろう。

 せっかく知り合ったのにもう終わりか。

「……分かりました。では薬はこうしましょう、『引き篭り(エリア)』」

 俺は能力を使って薬を隔離し、そのまま自室のなにもない空間と入れ替えた。

「え!? 薬はどこへ?」

「隠しました」

「なんでですか」

「まだ知り合ったばかりで、入ったばかりでさようならは悲しいんで」

「っ!?」

「もう少し、一緒にUPをやってください」

 今までプルプル震えて怒っていたのに、うつむいてしまった。

 流石にわがままし過ぎたかな。

「……そう、ですね。じゃあ頑張って出雲さんから薬を取り返します」

 顔を赤くし、泣いた様に笑って彼女は言った。


***


「この女たらしが」

 俺とは無縁の事を言われながら右肩にパンチを決められた。

 人に殴られたとは考えられないくらいの激痛に襲われた。

「痛いな、音里ちゃん」

「私の心の方が痛いですよ出雲さん。私の事は遊びだったんですか?」

「本気だよ」

「では本気で怒ります」

「意味が分からないよ。何をそんなに怒ってるの?」

 細長く綺麗な指だったとしても、真顔で鳴らしていたら恐いもんだ。

「お二人で行くと聞いて心配してつけてみれば、そんなにおっぱいが好きですか」

「は?」

「後ろから見ていただけでも一〇回は凝視してましたよ」

「顔を見てたんだよ」

 間接的にセクハラを受けているみたいになった八俣さんは、再び顔を真っ赤にして胸元を隠していた。

 だから見てないって。

「じゃあ私の目を見て、愛してるって……」

「超愛してる。全世界のなによりも音里ちゃんを愛してる」

「………………私の誤解でした。お騒がせして申し訳ありません」

 少しだけ顔を赤くして、囁くように音里ちゃんはそう言った。

 薄目でこちらを見ていた八俣さんも、赤かった。

 ……二回目だけど恥ずかしい。


***


「で、落ち着いた?」

「はい、大丈夫ですよ時雨さん」

 呼び方が変わってる。

「八俣さんは?」

「なんとか……」

「八俣さん、先程は失礼しました」

「いえ、私も結構誤解されやすいので気にしないでください」

 と言いつつ音里ちゃんは八俣さんの胸ばかり睨んでいる。

 そんなに気になるものかな。

「さて、大通りに出てからしばらく歩きましたけど、事務所とは逆方向ですよね? 一体何処を目指しているんですか」

 しばらく歩く前に聞けば良かったけど、話し込んでいるうちにここまできてしまった。

「え、新人のスカウトにいくんじゃありませんでしたか」

 八俣さんはすごく驚いた様にそう言った。

 驚いたのはこっちだよ。

   第十五話 完

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