爆走野郎
第十三話:爆走野郎
草薙ヤマトは不良であった。
社会人になった今でも頭はうっとおしい程のリーゼントで、背中に竜が描かれたスカジャンを羽織り、口調は粗暴。
義理人情に厚く、悪い奴が絶対に許せない性格だ。
そして能力者。
能力名は朝倉さん命名『駿足』。
瞬間的に脚力を上昇させる能力をもつ。
今回の話はこんな彼がちょっとだけ活躍した話。
***
少女連続誘拐事件から一月たったある日、俺に再び事件が舞い込んだ。
学生連続襲撃事件。
なんだろう、所長は事件をこういうまとめ方でしか表せない残念な人なのだろうか。第一、ここに来る事件の大半が連続して起こった事件なのだから一々連続なんて入れ無くても分かるというのに。
なんて言っても伝わる訳ではないので心中に収めておく。
しかし、この内容は俺よりも草薙さん向けだ。
なぜなら、被害者の多くが不良だから。
「草薙さーん。居ないんですか?」
狭い事務所でそれなりに声を出して呼びかけるが反応がない。
「草薙さんならもう犯人を探しに行きましたよ」
音里ちゃんがいつも通りの口調で、そう教えてくれた。
スタンドプレイはするなっての。
「せっかく仕事をしようと思ったのにな。仕方ないから音里ちゃん。これからデートしない?」
「何が仕方ないのかまったく見当がつきませんが、今は仕事中なのでと断っておきます」
仕事中じゃなかったら良いみたいだ。
「だったら一緒に捜査しに行こうよ。草薙さんがもう行ってるなら俺も行かなきゃいけない訳だけど、一人じゃ寂しいんだ」
「そう言う、訳なら」
ああ、意外と乗り気だったんだ。
ちょっと意外だ。
「という訳で言ってきますね。お義母さん」
「あーはいはい、いってらっしゃい」
***
さて、草薙さんが何処に居るのかも、犯人の場所も分からないので町を探索することになった。
「出雲さんは草薙さんも犯人も探す気ありませんよね」
「そう見える?」
「はい。こんなファンシーショップに草薙さんが居る訳ないじゃないですか」
居る訳ないって、それは結構酷い言いようだよな。
「分からないよ。あの人が勝手に一人で行ったのは、俺とこんな所に入りたくないからかもしれないじゃない」
まあ、適当な理由だけれど、意外ともっともらしい理由になった。
「なるほど、素晴らしい推理です」
「ありがとう。あ、これ似合うよ」
「そうですか?」
音符、確かト音記号だったかな、が付いたヘアピンを見つけた。
名前に音が入っているからか、音符が似合ってる気がする。
「こういう物を買った事がないのでわかりませんが、出雲さんがそうおっしゃるなら買ってみます」
「え、そうなの? なら俺がプレゼントするよ」
「ですが……」
「ほら、今は気に入っても、後々付けてみてあまり好きじゃないってなったらもったいないじゃん」
「いえ、悪いですよ」
「こういう時は男を立ててよ。あんまり遠慮されても恥ずかしい」
「出雲さんはお金にルーズですから心配なんです」
ルーズってもしかして先月の制服の事を言ってるのかな。アレはアレで仕方ない状況だったと俺は思ってるんだけど。
「だったら俺と結婚した時に財布を握ってくれれば良いんじゃない?」
「結婚は、出来ません」
またこれか。
「結構気になったり傷付いたりしてるんだけどさ。それってなんで?」
「それは……」
と、口ごもってしまった。フィクションならここで何らかのトラブルが起こり、話が流れてしまうのだろうが、そんな奇跡は起こらずにただ時間が過ぎた。
正直なところ、まだ出会ったばかりで結婚なんて考えられないと言われるのだと思っていたけれど、どうやらそういう事ではないらしい。
「……もしかしてさ、歳を取らないことを気にしてたりする?」
「えっ!?」
おっと、どうやらこれが正解のようだ。
可愛らしい驚き方するもんだ。
「自分だけ歳を取るって、女の子が気にする話は聞いたことあるけれど、まさか逆でも気にするなんてね……」
「だ、だって、結婚するってずっと一緒に居るって事ですよ? それなのに、私だけ歳を取らないって事は相手が死んでも生きて行かなきゃならないなんて」
「なんだ、そんな事を気にしていたのか」
安心した。
嫌われていた訳じゃなくてよかった。
「そんな事って」
「そんな事だよ。だって……」
突如、ガラスが弾ける音が響いて、店先から土煙が舞い上がった。
ここでかよ。
どうやらバイクが突っ込んできてしまったようだが、何があったらあんな爆音で店に突っ込めるのだろう。
まあいいや。
「それでね、俺は……」
「後で聞きますから働いて下さい」
「……」
厳しい彼女だ。
というか冷たい。
渋々警備員の証明書を辺りに見せながらバイクに近づいた。
バイクは、まあ、直せば走れない事もないだろう。しかし乗っていた人間の方はもう走るどころか、歩けそうにない。
かわいそうに。
見た所ブレーキをかけた様子はないから普通なら自業自得だけれど、そうじゃないだろう。なぜなら、被害の様子が学生連続襲撃事件と同じなのだから。
店から外を見渡すと、野次馬に紛れてる草薙さんが見えたので、とりあえず呼んでおこうかな。
「草薙さん、ちょっと」
「ああ……」
この感じからして明らかに何かあったな。
「言い訳どうぞ」
「……現場目撃した。無理にでも止めよう思ったんだが、全然止まんなくてそのまま突っ込んだ」
「草薙さんが止めたのはゲームをですか? 罰ゲームをですか?」
「罰ゲーム?」
ああ、この人はゲームを止めたんだな。
というか本当に資料読まない人だな。
「犯人はまずゲームを仕掛けます。まあ、町内一周をどっちが速く走れるかですけど、これに勝つと何もありません。ただ、途中放棄か負けると罰ゲームを受けます。罰ゲームと言うのはこのバイクみたいにどこかに突っ込むとかですが。つまり、草薙さんが余計な真似をしたからこの人の死期が早まったんですよ」
死んではいないけど。
こんな不謹慎な事言ってるのに草薙さんの反応は無かった。
「あの、この人死んでませんから大丈夫ですよ?」
なんだか哀れでフォローしてしまった。草薙さんなんかに。
しかし、人の厚意を無下にするように落ち込んだままだ。
「ちょっと、いい加減にしてくださいよ草薙さん。落ち込んでる場合じゃないでしょ?」
「だがよ」
「なんですか」
「こいつが事故ったのは、俺のせい……なんだろ?」
「だからなんですか。どいつもこいつも細かい事気にし過ぎなんですよ。第一、事故が起きたのは犯人のせいでしょうが」
「…………」
「さっさと捕まえに行きますよ」
「ああ……」
調子狂うな。
出来ればバレたくないんだけど、ムカつくから使っちゃおう。
「音里ちゃん、ちょっと来て」
「はい」
「これから救急車が来ると思うけれど、間違いでした。って伝えておいてくれる?」
「えっ?」
「どうしたの?」
「さっきまでお店壊れていましたよね。なんで元通りになってるんですか?」
「後で聞いてよ」
別にさっきの仕返しじゃないけど、そう言って、逃げる様に草薙さんと外へでた。
***
さっきまではもちろんデートのつもりであんな店に行ったけれど、犯人がどこに居るのかは分かっている。
駅だ。
犯人は駅でターゲットに声をかけ、それから町内を走り出すという手口だからそこに居るはずだ。
「草薙さん。草薙さんの能力を手に入れたのは何があったからですか」
「……」
「別に聞きたくて聞いた訳じゃないからいいですけどね」
普段ガサツなくせに、ちっさいこと気にしやがってムカつくな。
「……かし」
「はい?」
「昔、自分より大事なダチが居たんだよ」
「……」
言うならさっさと言えっての。
「他のチームと喧嘩するってなって、俺達は圧勝だったんだ。したらあいつら鉄パイプとか使いやがって、俺を狙って来たんだ。だがダチが俺を庇ってくれて、もちろん奴らはボコボコにしてやったんだが、ダチがやばいくらい血流してて、バイクで急いだんだが渋滞に巻き込まれて、足で走った方がはええと思ってバイク捨てて走ったんだよ。だけど」
一呼吸。
若干涙ぐんでるかな。
「だけど俺、昔から足遅くてなあ、必死になって走ったんだが病院には全然間に合いそうになくて、病院に着いた頃には、もう……手遅れだったんだ」
そうか、それで能力は脚力を上げる物なんだ。
納得した。
「そんでよ、そいつの最期の顔がよ、俺の事心底軽蔑したみたいだったんだ」
ああ、だから俺の軽蔑したって言葉に過剰なまでに反応してたのか。
「……それ、本人は軽蔑したって言ったんですか?」
「いや」
「なら分からないでしょ。貴方は馬鹿なんだから変に考えちゃダメですよ」
「…………」
ムカつく。
なんか言い返せよ。
「草薙さん……」
「よお、あんちゃんら今暇か?」
「あ?」
おっと、容疑者に声をかけられたのに、うっかり素で返しちゃった。
「俺とゲームしようや、あんちゃんらが勝ったらええもんやるで」
なんちゃって関西弁がスゲー腹立つけど、向こうから仕掛けて来てくれて願ったり叶ったりだ。
「良いでしょう。ただし出るのは俺じゃなくてこのヤンキーだけど大丈夫?」
落ち込んだ様子の草薙さんを指差した。
「……かまへんよ」
***
「なあ、なんで俺なんだよ。お前がやりゃ良いだろ」
いや誰だよ。このやさぐれ具合は俺の知ってる草薙さんじゃない。
「ほら、俺ってヒッキーで、かつモヤシっ子なんで」
「能力で止めときゃ良いんじゃねえのか?」
若干頭も良くなってるし……。
「相手の土俵で戦って、勝ってこその喧嘩じゃないんですか?」
「そりゃあ……」
ホントにムカつく。なんで俺がこんな、昔の熱血先生みたいな真似しなきゃいけないんだろう。
「だったら戦えよ。あんたの過去も、馬鹿な行いのせいで起こった事故も、あいつに勝ってから考えろ」
「……それで発破かけてるつもりかよ」
「…………」
こっちの気も知らないで偉そうに。
「だけど分かったぜ。やってやんよ!」
ああ、これで元通りか。……これはこれでムカつくな。
「覚悟は決まったんか?」
「もちだぜ!」
「で、バイクじゃなくてええんか?」
「あたぼうよ。俺にはこの足があっからな」
バイク対足なんて普通なら馬鹿にしか見えないが、実際に馬鹿なんだからしょうがないだろう。
「レディ、ゴー」
「だあ!」
「はあ!」
俺のやる気のない合図に、二人の馬鹿は気合い一杯走り出した。
もう姿が見えないや。
「出雲さん」
「やあ、良く此処が分かったね」
音里ちゃんはいつの間にか俺の後ろに来ていた。
「ええ、私の携帯のGPSで出雲さんの携帯の場所を調べました」
「いつの間に……」
というか携帯持ってたんだ。
「もう既に私の番号とアドレスは登録済みなので安心してください」
「……もしかしてこの身に覚えのないハニーって人かな?」
「もちろんです。因みに私の方にはダーリンって登録されていますよ」
「まあ、いいんだけどね」
こんなキャラだったなんて知らなかった。
これはこれで面白いから結構好きだな。
「ところで出雲さん。現在の状況はどうなっているんですか」
「走り出した時は拮抗してたから、良い勝負してるんじゃない?」
「いえ、女子中学生とイチャイチャしたいと思ってませんか、って」
「……ぼちぼちかな」
なんか出会った頃より性格変わり過ぎじゃないかな?
「私、これでも、出雲さんのこと大好きなんですよ」
「そうなんだ」
「信じていませんね。ではこれから出雲さんの好きなところを挙げますので聞いてください」
「いや、恥ずかしいから良いよ」
というか、同僚が真剣勝負をしている時にラブトークは良心が痛む。
「まず、顔が可愛らしいです」
「どうも」
褒める時に顔からって、なんだかそれ以外取り柄がないみたいだ。
「それから、誘拐犯から私を助け出してくれた時、とても頼もしかったです」
「……」
普通に褒められたし、普通に照れ臭いし、すごく嬉しい。
「金の羽振りが良いのもポイントだとお母さんが言っていました」
「それはあまり嬉しくないなあ」
というか所長はかなりくだらない話を吹き込んでるな。迷惑極まりない。
「というか音里ちゃんは金にルーズな男は嫌だったんじゃないの?」
「結婚するなら、ですよ。付き合うなら羽振りが良くないと、が我が家の信条です」
「不安しかないよ、その信条は」
俺の記憶が正しければ、所長は闇無さん一筋で独身を貫いているのに、一体何を偉そうに言ってるんだろう。ソースは何処?
「それから、なんだかんだ言って面倒見の良いところも好きです」
「面倒見? 俺が?」
「はい、草薙さんの為にあれ程熱くなっていて、素敵でしたよ」
この一言で草薙さんに対する不満はチャラになった。
結局ラブトークしているし。
「いわゆる、ギャップ萌えって奴だと思います」
「そんな細かいところまで解説しなくて良いから」
「まとめると、出雲さんのこと大好きだと言うことです」
「ありがとう」
白昼堂々こんな話をしているけれど、どうだろう、あまりにも淡々と話すから俺が言わせてるみたいになってないだろうか。
「出雲さんは私の何処が好きですか?」
「何処って、顔かな」
「なるほど、私は顔だけで出雲さんに選ばれた訳ですか」
「選んだって表現は好きじゃないけど、最初はそうだったよ」
不思議そうな顔で見られてしまった。
変な事は言ってない、よな。
「それで、一緒に居て、話してみて楽しいから好きだよ」
「そうですか」
嘘が分かる彼女だから、真意は伝わってると思うけど少し心配だな。
「出雲さんのお気持ちはよく分かりました」
「なら良かった」
「ですが、私の目をしっかり見て大好きと言ってください」
よく表情を見ると、なんだか不安そうだった。
なんだか少しだけ変な感じだ。
だがまあ、こんな愛らしい少女の頼みとあらばぜひやらせていただこう。
なんてことないと思ってたのに、改めてしようとするとなんだか気恥ずかしいな。
しっかりとした瞳に気負いしてしまう。
「……大好きだよ。音里ちゃん」
「言われずとも分かってますよ。出雲さん」
「だよね」
ならなんで言わせたんだろ。なんとなく恐いから聞かないけどさ。
「しかし、実感がわきません」
「ほう」
「なので態度で示していただけるとさいわ……嬉しいです」
なんかこの短期間で俺好みの表現まで身につけ始めてるし。
「態度って、言葉じゃダメなの?」
「ダメだから言ってるんですよ」
そうだろうね。
分かっていたよ、そのくらいの事はさ。
「何すれば良いの?」
「そうですね……ハグしながらキスしてください」
「えっ」
いきなり何を言い出すんだこの子は。
「ああ、もちろんフレンチですよ」
「分かってるよ。いや、何を考えてるか分からないけれど」
「何を考えてるって、出雲さんの事ばかり考えてしまいますよ」
「ありがとう。ついでに人目も考えてくれるとありがたいんだけど」
「次は一体どんなコスプレを要求して来るのだろうかと」
「俺の認識そんな物しかないの?」
「はい」
即答された。
別にそこまでコスプレにこだわりをもってるわけでもないんだけどな。
「なので、これから色んな出雲さんを見せてください」
「……うん」
そんな可愛いお願いされたら、頷くしかないじゃないか。
「いくよ?」
「はい」
とはいっても、俺は初めてだから緊張するな。
えーっと、注文はハグしながらのキスだっけ。
両手で軽く抱き寄せて、うっすらと唇に触れた。
「……どう?」
「……そういうこと聞かないでくれますか」
「ごめん……」
なんか経験ないの丸出しで恥ずかしい。
「まあ、引きこもりのくせに経験あるようでも気分悪いので良いですけどね」
「そう。不安はなくなった?」
「はい。おかげさまで安心出来ました」
これも、結果オーライという事にしておこう。
「出雲さん」
「次は何かな」
今日だけでキス以上の何を経験しようと言うのだろうか。
「いえ、犯人と草薙さんが戻って来ました」
指を差した方向を眺めると、砂煙が上がっていて確かにきたようだ。
同じくらいの速さに見えるけど、草薙さんも頑張るなあ。
「『引き篭り』」
別に邪魔する訳じゃない。俺達を砂煙から守るための発動だ。って誰に言い訳してるんだろう。
「だありゃあああ!!」
「うおりゃあああ!!」
「ゴール」
ああ、掛け声は必要無かったか。
それよりも、果たして勝負はどうなったのだろう、速過ぎて全く分からなかった。
「はあ、はあ、……どうだ俺の走りは!」
「なかなかやるやないか、あんちゃん」
なんか、こう、やり切ったぜみたいなノリがすごく嫌だ。
「で、勝負はどうなったんですか?」
と、あえて空気の読まない発言で水を差させてもらった。
「そうやな、罰ゲームが発動してへんとこみるとあんちゃんの勝ちみたいやで、ほんますごいなあ。まさか足で勝つなんて」
「へへっ、気合いって奴だ……」
「違います」
なんかまた熱苦しい展開になりつつあるので、解説は俺がやろう。
「同じ速度を維持できれば、細かく調整しやすい分足の方が有利なんですよ。お分かりですか」
「…………」
「…………」
うん、良い具合にシラケる事が出来た。
後は逮捕するだけか。
「じゃあ草薙さん、逮捕してください」
「えっ?」
えっ? じゃねえよ。本筋見失っちゃって本当に馬鹿だな。
「元々その為に来たんでしょ? まさかだだをこねたりしませんよね」
「でもこいつよ、悪い奴じゃねえよ。戦った俺は分かる」
「じゃあ同じ台詞を五人の被害者に言ってくださいよ」
そこで草薙さんはようやく気づいた様に目線を下へ落とす。
「それから一人は死んでしまってるんで、遺族にそう言ってくださいね」
ギリギリと歯軋りをして、何か思い付いた様に顔を上げた。
「お前の言い分は分かった。だがな、お前もこいつと走ってみろ」
「は?」
「それで勝ったら煮るなり焼くなり好きにすりゃあ良い。だが、もしこいつが勝ったら、許してやってくんねえか? もちろん謝罪にも行くから」
まったく、だから嫌なんだよなこういうノリ。
すぐ感情移入するし、根性で語るし、何より汗くさい。
だけど……。
「分かりました。では今回は草薙さんの顔を立てて、俺も戦いますよ。ただし、俺が勝ったら大人しく捕まってくださいね」
「了解や。あんちゃんら、ほんまにおおきにな」
仕方ないからこのノリに付き合おう。
「町一周は長いんで駅前の交番までの百メートルで良いですか?」
「かまへんけど、あんちゃんはそれで大丈夫なんか?」
「ええ。それから俺も足で走りますが、遠慮はいりませんよ」
俺がそう言って微笑むと、真意を分かってくれたのか犯人もニッコリ笑った。
「では延長戦を始めます。位置に着いて、よーい……ドン」
音里ちゃんの可愛らしい合図で、俺は軽く走り出した。
「なんやねんこれ!?」
「少し行ったところで、犯人はそう騒ぎだした。
「あんちゃん! なんか変やで」
「……『引き篭り』。貴方を中心に空間を浮輪の様に隔離し、その場に固定しました」
「はあ?」
「どうしました? 遠慮せずにその輪を突破してみてくださいよ……出来るもんならね」
ぎゃあぎゃあうるさいなか、俺は悠々と百メートルを走りきった。
記録二八秒。
***
「出雲さん、流石の私でも最後のアレは引きましたよ」
「ふうん」
引かれようが押されようが、俺は俺の仕事をするだけだ。
それに、朝倉さんが言っていたように闇無さんが今のUPを望んでいたなら、どうやっても犯人を許してはいけないだろう。
なんてね。
俺にこんな素敵な出会いのきっかけを作ってくれた事への礼儀として、犯人は絶対に捕まえようと思っただけさ。
恩返し、というわけだ。
「出雲、今日は悪かったな。色々と……」
「そう思うなら今度から資料をしっかり読んでくださいね。それからスタンドプレイは慎んでください。事件が今回みたいに面倒になるんで」
「……分かった。約束するぜ」
拳を胸に当て、俺の方に突き出してきた。
だから嫌いだって、そういうの。
「じゃあ後の書類お願いしますね、俺これからデートなんで」
「はあ!?」
「よろしくです」
不満そうだが、今日の事に何かを感じてか、文句を言いながらも書類を持って行った。
義理堅さを利用してるみたいで若干心苦しいな。
これは俺も何かして草薙さんを支えなくてはいけないだろう。
………………なんてね。
ちっとも苦しくない。
むしろこのくらいの事はもって然るべきだろう。
帰宅しようとドアを引くと、後ろから叩き付けるように閉じられた。
「……えっと、なにかな音里ちゃん」
「私デートのお誘いは受けていませんが、誰に会いに行く気ですか?」
この台詞を怒気に満ちた声で言われたら恐いんだろうけど、無表情で淡々と言われた方がより恐い。
「あれは草薙さんに仕事押し付けるための口実だよ。今日は朝倉さんから飲みに誘われてるんだよ」
「……私も行きます」
「や、流石に未成年を連れ出す訳にはいかないよ」
朝倉さんと音里ちゃんの組み合わせを見てみたい気はするが。
「大丈夫ですよ。いざとなったら出雲さんが守ってください」
この後何を言っても着いてくると言い続けそうだったので、早々に諦めて連れていく事にした。
***
「それにしても、社会人と中学生が路上でキスしてる場面はダメだったんじゃないかな? 絵面的に」
「何を言ってるんですか出雲さん。私達はどう見ても初々しい中学生カップルでしたよ。若干男がへたれ気味の」
へたれか。もっと男らしくなりたい。
「って、俺も中学生に見えたってこと?」
「はい、身長や顔などの外見上では中学生に見えると客観的に判断出来ます」
「……そうだね」
***
いつもの飲み屋に到着し、朝倉さんの指定席である店の一番奥のカウンターの隣に腰掛けた。
そして音里ちゃんは何故か俺の膝の上に座る。
「音里ちゃん、普通に座ろうか」
「ですがこの座り方なら席が一つ空いて効率的ですよ?」
「こんな空気の読めないバカップルの隣に座ろうなんて奴いないよ」
そもそも客なんてそんなに来ない、とは流石に言えない。
マスターはとてもいい人なんだ。ツケといてくれるし。
「……そうですか、では普通にお座りしましょう」
そう言って俺の膝から降りて、俺に向き合うように座り直した。
「音里ちゃん、普通ってなにかな」
「普通とは自分次第で色々と変わる物です」
「おお」
ちょっと納得した。
「私達にとってこの状態が座る時の普通というわけなんですよ」
「いや、それはおかしい」
私達って言ってるのに俺の普通が含まれてない。
「なんですか、お母さんが言ってましたよ? 良い夫婦は総じてかかあ天下だって」
「所長独身じゃん」
なんか雑誌とかテレビで見ただけの情報を体験談みたいに語る人だな。
「そう言ってやるなよ。あの人はあの人で大変何だからさ」
「朝倉さん……」
言い合いも終わらないままに朝倉さんが到着してしまったようだ。
「ああ、そのままで良いよ。君達のそれを皆普通に思うようにしたから」
暗に面白いからそのままでいろと言われているようだから、非常に仕方なくこのままでいるとしよう。
「じゃあ報告します。今回の能力は他人をゲームに巻き込むという物でした」
「うん、そうかい。さしずめハッキリ勝負をつける能力か、名前は意地っ張りと書いてチキンレースで良いかな」
「了解です」
いつものように犯人の能力を報告すると、朝倉さんは適当に名前を付けた。
誘拐犯の時は確か『現実逃避』だった。
朝倉さんは能力にいちいち名前を付けたがる人なんだ。しかも単語をカタカナの読みといういかにも中二病くさいもので。
ちなみにこの名前は後日書類に記載され、裁判所から報道関係各所まで当然のように使われる。
「それで、ああ……聞いても意味なさそうだけど一応聞いておくね、どうだった?」
「んー、大体は草薙さんがやってくれましたよ。正々堂々勝負して、気合いで勝ってました」
すると朝倉さんは意外そうな顔をした。
「君が他人に任せるなんて……一体何があったんだい?」
「そこまで意外ですかね。あれは草薙さんがどうしてもと頼むから任せたんですよ」
そう適当にごまかそうとすると、朝倉さんは嬉しそうに音里ちゃんの方を見てきた。
「と、彼は言ってるけど、本当かい?」
「いえ、落ち込んだ草薙さんに発破をかけるように呼びかけて勝負させていました。その姿はさながら、普段はクールぶっているけれど、実は熱い思いを秘めている一昔前の学園ドラマの教師の様でした」
そんな風に冷静に人の様子を描写するのは顔から火が出るほど恥ずかしいのでやめてほしい。
「なるほどねえ。じゃあ今回は出雲くんの出番はなかったんだね」
「いえ、最後に草薙さんが情状酌量の余地ありと判断したのに、犯罪者は皆死刑と言って出雲さんは再戦を申し込み、能力で動きを封じて卑怯にも勝利いたしました」
確かにそうだけども。
そんな言い方したら俺がどうしよもなく酷い奴みたいじゃないか。
事実だから特に否定はしないけどさ。
「へえ、それも意外だね。君はそんな男ではないと思っていたのに」
責める訳ではなく、楽しげだ。
「まあ、君達のやり方だから僕は何も言わないけど、頑張ってね」
「はあ……」
やはり何でもかんでも一人で勝手に納得しないで、少しは説明してほしいな。
「よしよし、今日の支払いは全部僕が持つよ、だから早く帰りなさい」
「ですが朝倉さん、まだほとんど話していませんよ?」
音里ちゃんが食い下がった。
「ふうん。音里ちゃんは一体僕と、何を話したいんだい」
あれ、なんだこの感じ。
こんな朝倉さん初めて見るぞ。
というか音里ちゃんのこんな感じも初めてだ。まあ音里ちゃんの場合初めての感じは結構あるけど。
「私、出雲さんと結婚したいと考えているのですが、……よろしいですか」
「ああ、そういうのは君の親に話しなさい。僕としては……」
表情が安堵したように崩すと、まるで本当の父親のように優しく微笑みながら言った。
「ぜひそうするべきだと思うよ」
***
結局、あの後すぐに帰されてしまった。
音里ちゃんが居るからあまり遅くならなくて良かったと言えるけど。
「で、真剣に考えてくれてたんだね」
「……一応、確認しておこうと思っただけです。後は出雲さん次第ですよ」
「俺?」
「はい、永遠に中学生の私と死ぬまで添い遂げる覚悟がおありですか?」
「うーん……その話はしっかり時間を取りたいし。明日一〇時に駅前へ来てくれる?」
「デートですか。構いませんよ」
「ごめんね」
「いえ、出雲さんがただ単にごまかしている訳ではないと分かりましたから。楽しみにしていますね」
「うん」
その後は特に会話もないまま音里ちゃんを送り届けた。
……嫌だなあ。
第十三話 完




