瞬間少女
第十二話:瞬間少女
今から一〇年前。この世界の常識は綺麗さっぱり破壊された。
闇無暗黒というたった一人の犯罪者の演説に世界の人々は魅了され、その思想に同調した。その結果、犯罪者は徹底的に排除されるようになり世界の事件数は激減。泣き寝入りする被害者ももういない。
ただし、それに反比例するように犯罪の質は急激な上昇をみせた。
罪を犯すことに対する覚悟が向上したと、前向きな言い回しをしてもよい。
それから、警察という組織も崩壊し、民間での自衛。自警団という形で犯罪者は取り締まられるようになった。当初は警察よろしくその組織の名を借りて悪さを働く輩もいたけれど、そんなのはすぐに別の自警団によって消されていく。
より正しく。より強く。
より悪く。より強く。
両者の願いは相対するようで同じなのかもしれない。
闇無暗黒の演説はネットによる生配信で全世界に発信された。その最初の演説を聞いた人間は、心の底から強く何かを願ったときにそれに準ずる特殊能力を手に入れることができる。
ここ最近の犯罪者は皆能力者だ。
対して自警団に能力者は少ない。
両者の願いは相対するようで同じはずなのに。
***
今回の事件を簡単に表現するなら、物事には必ず、反対勢力が存在する。ということ。
大仰に言っている訳ではない。ただ人類のほとんどが、それを理解せずに過ごしていて、理解しようとしてなかったからあえて、そう言ってみた。
では始めよう。俺の話を。
***
まずは自己紹介。
俺の名前は出雲時雨、二四歳。
つい一ヶ月前まで中卒ニートだったが、運悪く星河っておばさんに見つかって、怪しげな会社に就職させられた。
初任給なんと五〇万。
正直恐い。
そして今から一週間前、朝倉夜明という闇無さんの親友を名乗る男が訪ねてきて、おばさん。もとい、星河所長に怪しげな指輪を持ってきた。所長の初恋の人。闇無さんの形見だそうだ。所長と闇無さんは本当に知り合いだったのは驚いた。
朝倉さんは闇無さんと同じように生まれ持っての能力者で、設定を見て、変更するという能力を持っている。
簡単にまとめると、なんでも分かって何でも自分の好きなようにすることができる能力のようだ。
そして、今日から本格的に仕事が始まる。
「おはようございます」
「はい、おはよう。早速だけど仕事入っているから、資料読んどいてね」
この人が星河所長。本名、星河朱莉。三四歳で元刑事。今は警備会社の所長をやって、日夜悪と戦っている。
職員は所長以外の人とはまだ会ったことがないので詳しくは分からないが、今日紹介してくれると言われていたので、多少緊張している。
「さて、と」
渡された資料と地図をパラパラとめくってみる。
こういう無駄に文字ばかりの物は、頭が痛くなるんだよな。もっと短く纏められるのにと。
まあ、表紙の事件名で大方の予想がつけられるから今回はまだ良いけど。
連続少女誘拐事件。
少女誘拐か。許せないな。純真無垢で可憐な少女達を誘拐なんてして、一体全体なにをやっちゃおうというのか。
ああ、なんだか犯人に対して、無性に怒りがこみあげてきた。さっさと犯人を逮捕して少女達を安心させなくては。
人が気持ち良く決意を固めたところで、誰かがこの事務所に来たようだ。
「出雲、紹介するわ。彼が今回からあなたと組む、草薙ヤマトよ」
所長の隣には、とてもとても厳つい、いかにも元ヤンキーみたいな人がいた。
嫌いなタイプだ。
しかも今回からという事は、この人が殉職でもしない限りこの人と組み続ける事になってしまう。
「俺が草薙ヤマトだ。特技は走り! よろしくな」
……心なしかよろしくが、夜露死苦と聞こえた。
「出雲時雨です。よろしく」
「声ちっせえな。特技はなんだ?」
「特技は現実逃避ですよ」
「暗っ!? こいつ大丈夫なんすか?」
と、聞かれた所長は適当に大丈夫と言って自分の部屋に戻ってしまった。
こんなのと二人っきりにしないでほしい。
「よーし、とりあえず害者の家行くぞ」
「とりあえずって言うところが馬鹿っぽいですね」
「ああん?」
うわっ、輩だ。
「……行きましょう」
「てめえ話しそらしてんじゃねえ! ……ははあ、お前さては俺が手を出すんじゃねえかってビビってんな?」
ただの馬鹿じゃないんだな。
「だが安心しろ、俺は手を出さん!」
気持ちの悪い馬鹿だ。
「キモッ、全然決まってねえよ馬鹿」
「ふんっ」
「がはっ」
躊躇なく、鳩尾を殴られた。
「嘘……つき」
「るせえ、失礼すぎんだろうが」
「……草薙さん」
「なんだ」
「よく失礼なんて言葉知ってましたね。あなた如きが」
素直に感動した。
「如きってなんだ!?」
「あなたみたいな馬鹿でもって意味ですよ」
「そういう事言ってんじゃじゃねえよ!」
ああ、この人はこうすると楽しいかも。
なんて交流を深めていると、所長に怒られたので渋々聞き込みへと向かう事にした。
***
事務所から数分歩いた所にある住宅地の一角。被害者の女の子の家にやってきた。
「草薙さん」
「なんだよ」
「中には俺だけで行ってくるんで、外で待ってて下さい」
「はあ? なんで?」
「ホント馬鹿ですね。草薙さんは毎朝鏡見ないでその素晴らしい頭をセットしてるんですか?」
「褒めんなよ。照れるべ」
そう言いながら、嬉しそうに髪をモサモサと弄りだした。
褒めてねえよ。
まあ、わざわざ言わないけど。
「ん? ああ、確かにこのイカス頭はちいとばっかし刺激的か」
「そういう訳で、見張りお願いします」
「おうよ! ……あれ、お前引きこもりだったよな?」
「ええ、しかもニートでしたけど、それがどうかしましたか?」
なんだ急に。
「人としゃべれんのか?」
「貴方は人じゃないんですか? 第一、別に人と話したくないから引きこもってた訳じゃないですから」
「そう、なんか?」
「はい。いずれ話す機会があれば話して差し上げますよ」
話をこの辺で打ち切って、チャイムを押し……あれ、これってチャイムなんてとぼけた名前であってたっけ。
まあ、とにかくボタンを押した。
「どちら様でしょうか」
「こんにちは。お嬢様の件で伺いました。警備会社UPの出雲時雨と申します」
出来る限り威圧感を与えないように、全力で馬鹿みたいに爽やかな笑顔で話しかけた。
「あら? 刑事ごっこはもうやめた方がいいわよ。僕中学生でしょ?」
……。
「本物です。ほら」
裁判所発行の証明書を見せると、ご婦人はあら失礼。と言って、中に招いてくれた。
ごく普通のテーブルがあるごく普通の部屋に通されごく普通の茶を出した。
「それで、確認なんですが事件が起きた時の事を教えていただけますか?」
「はい。二日前のことです。あの子が早退して帰るって言ってたから窓から様子を見ていたのですが、突然男が現れて、美穂を抱えて煙みたいに消えたんです」
「なるほど、確かに我々UPのターゲットのようですね」
俺が所属しているUPは、アンノウン・ポリス……つまり未知のモノに対する警察という意味で、所長が略称をUPにするためにつけられた。
仕事内容は、先程ご婦人が言ったような、人間には物理的に不可能な事件を解決すること。物理的に不可能なのに何故捜査するのかと言えば、今はそれがまかり通ってしまうから。
一〇年前、闇無暗黒という犯罪者がとある演説を流したのが始まりだと言われていて、彼の演説を聞いた者の中には、特殊な能力に目覚める人もいる。
俺とか。
実際に今まで捕まった人は皆聞いたと言っていたそうだが、そんなのはまったく資料にならない。今時、現職の総理大臣の名前は知らなくても闇無は知っているという若者達がほとんどなのだから。
ともあれ。
「お嬢さんの写真などは拝見できますか?」
「ちょっと待っててください」
母親はテーブルいっぱいに家族で撮った何枚かの写真を並べた。
うん。
「いやあ、可愛らしいお嬢さんですね」
「あ、どうも」
「だからこそ狙われた」
「はい?」
「ロリコンという奴ですね。電話とかないでしょ?」
「…………はい」
露骨なまでに青ざめてしまった。
言わない方が良かったかな。
「まあ、任せて下さい。犯人の目星は付いてるんで、すぐに解決しますから」
「ありがとうございます」
一番写りの良い写真を一枚携帯に送って貰いさっさと家を出たら、草薙さんが仁王立ちしていた。
嫌に様になってるな。
「なんですか」
「てめえ、どういうつもりだ」
「何がですか?」
「犯人の目星なんて付いてねえだろうが」
「俺は付いてます。草薙さん分からないんですか?」
わざと笑って聞いたのがいけなかったのか、見る見るうち顔を真っ赤にして、鬼みたいな顔になる。
赤鬼だ。
「ざれ言ぬかしてんじゃねえよ!!」
草薙さんが地団駄をするように力強く足を振り下ろすと、地面にひび割れをいれた。
馬鹿力が。
というか、失礼は冗談にしても、ざれ言なんて言葉よく知ってるな。
「……草薙さん、資料とかちゃんと読みました?」
「ああ? ざっとな」
予想以下。
「最低ですね」
「あん?」
「ちょっと資料読んで、ここいらの事調べれば分かることですよ。正直軽蔑しました」
がっかりした。の方が正しいのかもしれない。
「なっ……」
この反応は言った意味もしっかり理解してくれたと取って良いだろう。
「まずですね……」
ここで刑事ドラマばりに推理をひけらかしても良いが、疲れたな。
帰ろう。
「事務所まで戻りましょうか」
「……ああ、そうだな」
軽蔑が効いたのか、うるさく言わないで受け入れてくれた。
何か有ったのかな。
***
「あれ?」
事務所に戻ると、見たことのない女子中学生が淡々と事務仕事をしている。
「誰ですか、あの子」
「ありゃ所長の娘だな。名前は確か……音里だったか」
音里ちゃんか。
超可愛い。
「はじめまして、音里ちゃん」
「はじめまして出雲さん。仕事はちゃんと出来てますか?」
表情を崩さないというか、あの所長から産まれたとは思えないくらい大人しい子だ。
「出来てるよ。今だって事件を解決するところさ」
「そうですか」
なんか嫌われてる?
「……草薙さん、そっちに地図広げておいてください」
「お、おう」
やっぱり同年代の子が巻き込まれているから愉快じゃないだろうと、なるべく離れて草薙さんに説明をすることにした。
「良いですか、まずこの通り道は、この中学校の通学路なんですよ」
「ほう」
「そして被害者の家を地図上に示すとこの三ヶ所です」
通学路上にある家ばかりだった。
偶然ではないだろう。
「分かりますか? 被害者はいずれも、この十字路の西側に家があるんですよ」
つまり十字路から西側に住んでいる子だけしか、犯人は狙えない。
「ここまでいいですか?」
「……なんとなく」
ホントかよ。
「でです。今の時代に能力を使うと言えばあの人ですよ」
「闇無さんか」
こんな不良でもさん付けで呼ぶんだから、あの人のカリスマ性のすごさが伺える。
「はい、そして闇無さんが演説を流したのは一〇年前なので、影響を見るには遅くともその時に六歳を越えている必要があり、破棄された元の映像ではないと能力は生まれないと朝倉さんが言っていました。そこから犯人は一六歳以上であることが予測できます」
「なるほど」
「そして、さっき行った被害者は早退する途中に誘拐されました。他の子も遅刻と部活で遅く帰ったと時間がバラバラなのですが、ここから犯人が時間に自由な人間だと分かりますね」
「ああ」
絶対分かってないだろうな。
「……普通会社員なんかだったら、朝早くに会社に行って夕方に帰って来ますので、この時間のばらつきは会社員ならありえないですよ。しかも事件が起きたのはここ二ヶ月の間なので、ピンポイントで有給休暇をとれるなんてありません」
「おお!」
「漫画家や小説家なら話は別ですが、この辺りにそんな人はいません。なのでその可能性は無しです」
「それで」
「つまり、高校生以上で、少なくても最初の事件が起きてから二ヶ月間は引きこもりだった奴が犯人です」
「…………」
急に無表情になって俺を見てきた。
本当にキモいな。
「なんですか?」
「両手出せ」
「はい?」
素直に出してやると、何故か手錠をかけられる。
「星河所長、犯人自供しました」
「いやいやいや、俺が犯人な訳無いでしょ」
「条件ピッタリじゃねえかよ」
「いや、でも」
「それに、お前妙に女子中学生に反応してたよな、被害者の子も所長の娘も」
「可愛いんだから仕方ないでしょうが」
「はい、証言ゲット」
「誘導尋問です。それに、俺の家は中学校の東側ですよ? 条件に外れます」
「それはお前、嘘ついたんだろ」
「そんなこと言い出したらきりないでしょうが」
「ま、冗談はこれくらいにしておいて」
意外と器用に手錠を外して、そんな風に言い出しやがった。
「草薙さんの分際で俺をからかうなんて、頭良くなったんじゃないですか?」
「あんだと!?」
おっと、声に出てしまっていたようだ。
「で、その条件に当て嵌まる人を見つけているので捕まえるだけですが、明日でも良いですか」
「理由は」
「疲れました」
言うと同時に蹴りが飛んで来たが、何回も馬鹿にやられる俺じゃなかった。
「避けんな!」
「馬鹿ですか。疲れるのは嫌だけど、痛いのはもっと嫌ですよ」
「コミュニケーションだろうが」
「横文字使ってればなんでもゆるされると思ってんじゃねえよカス」
「ああん?」
また声に出してしまったみたいだ。
「と、言うのは冗談じゃないですが、こんな時間ですよ? 今から行って迷惑じゃありませんか」
「冗談かよ。って時間? もうそんな遅く……まだ昼過ぎたばっかじゃねえか!」
「ちっ」
「舌打ちすんな!」
「そんなに毎回怒鳴らなくても良いでしょ。分かりました分かりました。今から犯人の所に行くんですね?」
「おう」
まあ、馬鹿らしい単純な発想と言うか、警察じゃないことがこうさせてるのかな。
だったらやはり、この事務所を作ったのは間違いじゃないかな。
なんてね。
「草薙さん、あれこれ言っておいてなんですが、まだ状況証拠だけで、物的証拠はなにもないんです」
「は?」
うーわ、本気で分かってねえよこいつ。
「つまりまだ捕まえられません」
「でもお前さっき、後は捕まえるだけって」
「言いましたけど、今日とは言ってないでしょう」
「何が違うんだよ」
「見張って、今度誘拐しようとしたところを抑えようと思ってます」
めんどくさい上に長期的な作戦だけど、これが一番だろう。
「……出雲よお、お前の言う今度ってのはいつ来るんだ?」
「さあ、俺が知ってるわけないでしょ」
「だろうな、だったらその今度とやらが来なかったらどうすんだ」
「それは」
へえ、意外と頭回るんだ。……いや、情があると言っておこうかな。
「分かりました。でも、実際問題どうするつもりですか? ただ行っただけじゃ、しらをきられて終わりですよ」
「そりゃあ……」
ま、さすがに思い付く訳無いか。
「なら囮捜査なんてどうかしら」
と、今まで居たんだか居なかったんだか分からない所長が口を出してきた。
「囮なんて誰がやるんですか」
「もちろん音里よ。囮捜査だけに」
いらっとくる。
くだらない親父ギャグも、うまいこと言ったみたいなドヤ顔も。
というか、自分の娘に何を言ってるんだ。
「あら、心配はいらないわよ? 音里は私の能力で作った子だから」
「え?」
「だから私の能力よ。能力名は……朝倉さんが付けてくれたんだけど、忘れちゃった」
じゃあ、本当に音里ちゃんは星河所長の子じゃないんだ。
どうりで似ていないはずだ。
「……音里ちゃんは良いのかい?」
「はい、私もその方が効率的だと思いますので」
いい子だな。
というかまてよ、能力で作られたということはもしかして不老不死? やべえよ正真正銘永遠の中学生じゃん。
やる気が漲ってきた。血が滾ってきた。
これはもう俺が全身全霊をもって守るしかないだろう。
「おっほん、では音里ちゃん、制服を買いに行こうか」
「ええ、もちろんです」
おっと、さっきまでと全然対応が違う。
「出雲さんがやる気になってくれて嬉しいです」
「あ、その子嘘見抜けるから気をつけてね」
嘘を見抜ける。
それはきっと所長の能力で作られた、所長の望みが絡まった、娘としての仕様なのだろう。
かつて闇無さんの嘘を見抜けずに見殺しにしてしまった過去が、願いが能力に現れて嘘を見抜けるようになったのだろう。
しかし、音里か。
「……行こうか」
***
街の外れにあるちょっとアレな店。
いつか女の子とこれたらと良いなと思っていたが、まさか叶うとは思っていなかった。
「嬉しそうですね」
「まあね。あの中学校の制服ってどんなのだっけ」
「……いえ、ここはあえて別のタイプで行ってみては如何でしょうか」
「なんで?」
「あの場所を今まで通らなかった子が歩くなら、別の制服を着て、転校生を装った方が自然かと」
「なるほどね。それで行こうか」
別、今思い出したけれど、確かあの学校の女子はブレザーだった。そうなるとここはやはり……。
「セーラー服が妥当でしょう」
「……そうだね」
どんどん先に言われちゃうな。
「どうかしましたか?」
「一応試着して見ようよ」
「はあ……」
お、これは予想外だったみたいだ。
セーラー服を一着もって、試着室に入った。
「ねえ」
「なんでしょうか」
「覗いて良い?」
「……ダメです」
今の間はなんだろう。
「なんで?」
「女の子の裸を見ていいのは旦那様になる人だけです」
なんだか妙に引っ掛かる言い方をしているけれど、自分が何に引っ掛かっているのか分からない。
「じゃあ結婚しよう」
「……出来ません」
「俺の事嫌い?」
「いえ、私は誰とも結婚出来ません」
「え? それってどういう……」
俺が言葉を言い終える前にカーテンを開けられて、最後まで言えなかった。
しかし。
「超可愛い。すごく似合ってる。絶対領域嬉しいです」
興奮して、余計な事まで言ってしまった気がするけど、そんなことどうでもいいくらい可愛い。
「……まあ、褒めていただいていると判断します」
「ありがとう」
うん、本当に助かった。
「ではこれにしましょう」
「ちなみに経費で落ちるのかな」
「……その場合、制服は備品扱いとなり、持ち出し出来なくなりますが」
「俺の自腹で買うね」
せっかく堂々と買えるのにそんな勿体ない真似したくない。
ならばここは自費で買うのが得だろう。
「いくらかな」
すると、すかさず店員がえらく渋い声で答えてくれた。
「一〇万です」
……良いさ、こっちはやばい仕事で稼いでるんだからたかが一〇万円くらい。
「ただし鞄は別売りで、ひとつ五万です」
良い素材使ってるのかなあ。
一五万か……。
「ちなみに、ローファーとハイソックスと上履きと冬服(セーター&カーディガン二色ずつ)と体操着(半袖にブルマ&ハーフパンツ長袖長ズボン込み)とスクール水着(旧型、新型。ゼッケン二枚付属)がありますが、お客様如何でしょうか」
「…………」
結局、四五万使ってシリーズをコンプリートしてしまった。
自費で。
***
「さて、出雲さん、ここに今日着てきた私の服がありますが、買いますか?」
「……ちなみに、いくらかな」
「今月なら五万円で」
「…………来月まで待ってください」
***
さて、俺達はなんとか変装道具をバイヤーから受け取る事に成功し、この戦場まで戻ってきた。
しかし、大変なミッションだった。追っ手の男は下っ端のくせにあれ程まで強いなんて、やはり裏社会は侮れない。
ともかく死線をくぐり抜けてきた俺達は、常人の何倍もの修羅となりえてる事だろう。
力を試せるのが待ち遠しいばかりだ。
「……出雲さん、嘘はいけませんよ」
「俺まだ何も言ってないよ?」
「いえ、嘘を考えていました」
「そんな事まで分かっちゃうの?」
まるでエスパーダ、いやエスパーだ。
「つまらないボケですね」
「もはや嘘関係ないよね」
なんと言うか、想像していたより人間味のある子だなあ。
「それよりも、草薙さんはどうして準備体操を?」
「え、ああ、あの脳筋は犯人を捕まえようとしてるから、出て来たら走り出せるようにしてるんだって」
煙りみたいに消えるって言ってたのに、どこまで馬鹿なんだか。
「ではそろそろ」
「うん、確認だけど音里ちゃんは転校生で、初日だから早く帰ってきたって設定だから」
「朝倉さんでなくても設定は変えられるのですね」
「うん。あの人はそれが他人より優れてるだけだからね」
とか、本人には絶対言えないけど。
「……行ってきます」
「いってらっしゃい」
例の十字路から、音里ちゃんだけ歩き出した。
そして、聞き込みに行った被害者の家の前に着いたとき、突然男が現れ音里ちゃんに迫った。
「草薙さん」
「おうよ!!」
同時に草薙さんがものすごい速さで駆け抜けて、通り過ぎた。
お約束である。
しかしなるほど、あの人の能力は脚力の向上、といった所か。
あ、戻ってきた。
「やいやいやい! てめぇ女をいきなり捕まえるたあ悪い根性してんじゃねえか! 神妙にお縄につきやがれ!」
いやいや、良い根性で当ってるよ。
そんなのも分からないのに神妙なんて知ってるし、時代劇とかで聞いたのかな。
「ひいっ!? つ、捕まるもんかあ!」
と、男は音里ちゃんの腕を掴んでどこかへ消え去った。
まさに煙の如く。
「てか草薙さん、何逃げられてるんですか」
「つってもよお、俺は消えるなんて聞いてないぜ?」
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
資料読んどけとはツッコまない。
「どうすんだ」
「もちろん探しますよ。今すぐ」
「お、いつになくやる気じゃねえか! で、家に突撃か?」
「馬鹿ですね。居るわけないでしょ。第一そんなことしたら不法侵入です」
「はあ!?」
いかにも納得いかないといった感じだが、まあ無視して進めよう。
「もうこんな時間ですか。では事件を解決しましょうか」
手口を実際に見て実感できた。
***
住宅街のすぐ外れにある工場跡地に駆け付けた。
まあ、距離が距離だからすぐだったのだけど。
「おらぁ! クソ野郎!」
草薙さんは粗暴に扉を蹴り開けた。
「な、なんで、こんなに早く!」
おー、いたいた。
美少女達は制服姿のまま縛られ、横に並べられて震えている。
一人音里ちゃんだけは縛られもせず、ジッと正座していた。
「そうだ! なんで分かったんだてめぇ」
草薙さんまでこっちに食らい付いてきた。
うるさいなあ。
「あんな飛び方するからですよ」
俺は精一杯探偵の身振りをしながら話を始める。
「貴方は前回、被害者の家の前に現れて連れ去っていますね。それは手口。もしくは気まぐれだと思ったのですが、今回で貴方の能力を理解しました」
「は? そんな馬鹿な」
「ところで、何故貴方はあの場所に今日も現れたのですか?」
少し反応があった。
あっているかな。
「貴方の自宅の一階には十字路を一望できるほどの窓がありますよね。だったら十字路からすぐに彼女を確認出来たはずなのにそれはしなかった」
「ゆ、油断するまで待ってたんだ!」
「今更そんな弁明しなくて良いんですよ。それに、そうでなくても貴方はあそこに人が来なければ飛べませんよ。だって…………貴方の部屋からはあの家の前からしか見えないじゃないですか」
犯人はさっきより汗をかいてきた。走った訳じゃないのに。
「そして、それこそが貴方の能力の根元ですね」
「は?」
「は?」
……馬鹿が二人になってしまった。
この辺りの説明はめんどくさいから省略してしまおう。
「とにかく、貴方の能力は単なる瞬間転移ではなく、見ている場所への転移だったんですね」
「……だからどうした。俺は絶対に捕まらない!」
……恐らく能力を使おうとしたのだろうが転移することなくその場に留まった。
「あれ?」
「草薙さん」
今度は何も答えることなく、飛び出した。
しかし、やはり攻撃は当たらない。
草薙さんの背後に転移したようだ。
今のうちに。
「ほら、皆さん逃げますよ。ついて来て下さい」
少女達の拘束を解き、奮闘虚しい草薙さんを後に部屋を変えた。
「あの、出雲さん」
「なんだい音里ちゃん。君が犯人を押し切って一人だけ縄を逃れてただろう事は気にしてないよ?」
「いえ、そこではなく、何故部屋を変えたんですか? このまま逃げればよかったのではないかと思うのですが」
犯人を押し切って一人だけ縄を逃れたことは否定しないんだ。
「だって逃げたら逃げられちゃうよ?」
「はい?」
ちなみに、少女達とは少し離れた所で会話をしている。
「やっぱり捕まえたいからね」
「……出雲さんの能力ってなんですか?」
「それは……」
「何勝手に逃げてんだあ君達い!」
間が悪い男だな。
退場願おう。
「なんっ」
扉が閉まり、誘拐犯の男は草薙さんが居る部屋へと戻った。
「俺の能力は引き篭りって書いてエリア。って朝倉さんが名付けてくれたんだけど、空間を閉鎖する能力だよ」
引きこもりって、確かにその通りだけど直球過ぎるだろう。と、言ったら設定を滅茶苦茶に変えると脅された。
「ざっくりと的を射る名前ですね。詳しく説明してください」
「うーん、部屋に居たらさ、里親が仕事探せってうるさかったんだよね」
「はあ……」
「だから静かになればいいなあって思っていたら、静かになったんだよ」
相変わらず分からないといった様子だ。
そんな姿も可愛い。
「部屋の中を外から隔離したんだよ。能力を使ってる間はどっちからも干渉出来ない」
「なるほど、それで犯人は外に瞬間転移出来ない訳ですね」
うん、理解力があってすごく助かる。
「この部屋ももう閉じてるから安全だよ」
「…………」
なんだろう、最初に推理を披露した後の草薙さんと同じ目をして俺を見てくる。
「なに、かな」
「いえ、出雲さんはロリコンでしたので、身の危険を感じました」
「いや、大丈夫だよ。俺は合意を得なきゃ手を出さないから」
「ロリコンを否定して下さい」
「否定できないね」
俺が無駄に自信満々に答えると、更に冷えきった目をした。
冗談なのにな。
「死んで下さい。変態」
「……」
どうしよう。気分がとても良い。
「で、犯人をここに拘束出来ても、あのままじゃあ捕まえられませんよ」
「そうだね。だから俺がこの事件に当てられたんだと思うよ」
「え?」
「あんなゲス野郎と俺を同じロリコンだと思わないでよね」
***
キメられたかは微妙だが、それだけ言い残して草薙さんの戦う部屋に移動した。しかし、草薙さんは今だ戦っている。
犯人もタフだなあ。
いや、犯人の力が弱すぎるだけかな。
「草薙さーん。まだ片付かないんですかあ」
「てめぇ! 見てるだけでごちゃごちゃ言うんじゃねえよ!」
無駄な蹴りを繰り返しながら文句まで言ってくる。
いやいや当たる訳ないじゃないですか。
「じゃあ代わって下さい。すぐにすみますんで」
「ああ!?」
草薙さんは納得いかないようだが、犯人は恐れずに俺の所へ飛んできた。
そして、俺の目の前で動きを止める。
「なん、だ?」
「『引き篭り』。君の周りの空間をこの空間から隔離する。って言わなきゃダメなんだって」
朝倉さんと前に飲んだ時に言われていたんだけど、今の今まで忘れてしまってたから今更付け足した。
「で、逮捕。ああ、能力で逃げても良いけど手首がちぎれちゃいますからね」
犯人が戸惑っている隙に手錠をかけた。
自分が触れている物も同時に転移出来るようだけれど、空間を丸ごと転移出来る訳ではないらしいので、手錠を空間として封鎖させてもらった。
さて、と。
「じゃあ、今日は草薙さんの奢りで飲みに行きましょうか」
「意味わからねぇから」
工場の閉鎖を解いて女子中学生を家に帰した。草薙さんは一足早く事務所に犯人を連行した。
「なんで私が捕まった時に能力で犯人を捕まえてくれなかったんですか」
「それはほら、推理力あります。ってアピールするためだよ」
音里ちゃんに嘘をつく意味がないので、正直にそう言った。
「……出雲さん」
「な、なに?」
あれ? もしかして無意識に嘘ついてた?
いや、そんな事でみすみす誘拐を許した事を怒ってるのかも。
「かっこよかったですよ」
「……ありがと」
デレた?
……あ、そういえば言い忘れてた事があった。今なら言える。
「音里ちゃん」
「なんでしょう」
一応しっかりと顔を見えるように移動してから伝えた。
「おかえりなさい。無事でよかった」
「……ただいま、帰りました」
たどたどしく言うのはきっと、言い慣れてないからだろうか。
***
事務所に戻ると、既に犯人と草薙さんの姿はなく、所長が一人寂しく調書をまとめていた。
犯人はこれから裁判所の判断で罰を定められる。
一応弁護士はつくが、無罪になることはほとんどない。と言うのも、もともと特殊能力による犯罪のため、それが証明された上で捕まえられたのだから冤罪は起きえない、らしい。
もっとも、現代的には犯罪者に人権はないので、捕まえる際に殺しても構わないらしいけど。
犯罪は絶対悪。
警察は無くていい。
それが皆の共通意思だ。
海外は知らない。
「まったく、こんな時間まで何処で遊び歩いてたの。草薙くんはもう仕事終えて帰っちゃったわよ?」
「そうは言ってもねえ、こっちは大変だったんですよお義母さん」
「誰がお母さんよ」
「女子中学生と歩いてたら皆不審がりやがりますから」
「ちゃんと日本語で話しなさい」
「義母ちゃん細かい」
「母ちゃん言うな。え、なに? もうそんな関係なの?」
さて、どう返したら面白いかと思っていたら、音里ちゃんが口を開いた。
「こんなロリコン野郎は私の趣味じゃありません」
口が悪い。というか好感度が地の底まで落ちているんじゃないか、ってくらいの言われようだ。
「……何かあった?」
所長も娘の急成長に、若干困惑気味だ。
「この人はここまで帰ってくる間ずっと、被害者の方々が捕まってる様子が素晴らしいと言っていて、不愉快でした」
「……そう」
「所長引かないで下さいよ。あの姿はカメラに納めておきたかったって言っただけなんですよ」
「今の台詞で完全にアウトよ。明日裁判所行く?」
「まだ罪を犯してません」
「いずれ犯すのかしら」
「私をですか」
「やばい、純真無垢だった音里ちゃんが下ネタを言い出した」
「私は何ネタだろうと構わずボケられます」
「考えを読まないで、恥ずかしいから」
「いえ、声に出ていましたよ」
「重ね重ね恥ずかしいよ……」
引きこもってたから口が無意識に動いてしまっているらしい。
気をつけないと。
「そうねえ、まあ、話を戻すけど、出雲くんを野放しにしていたら、今回の犯人より厄介よね」
「やりませんから」
「そういえば、今回私の着ていた衣装は出雲さんの私物です」
音里ちゃんがまた余計な事を言った。
俺ってそんなに嫌われてるのかな。
「要注意人物認定ね。今なら罪は軽く済むわよ」
「犯してもいない罪が軽くでもあったら事ですよ」
「何か出雲くんを抑止出来る人が居れば良いのだけどねえ」
話が勝手に進んでる。
そうか、冤罪はこうして起こるのか。
「草薙さんに見張らせる、というのは如何でしょうか」
「地獄じゃん」
「それも有りね、まあ本人次第だけど」
「本人やだって言ってるんですが」
「草薙さんはきっと嫌がりますね」
「あれ、本人ってそっちなの?」
「まあいよいよってなったら引き受けてくれるわよ。きっと」
もうダメだ。俺の心は粉砕された。
「と、冗談はこの辺にして、出雲くんは実際どうなの?」
冗談にしては重た過ぎる。
「どうって?」
「音里のこと好きなの?」
「可愛いと思ったし、大分大好きです」
「そう……」
二人とも妙に深刻ぶった顔になった。
人が人を好きになって、何を考えているんだか。
「音里は?」
「……お付き合いする事は出雲さんの抑止。と言うことでやぶさかではありません。ですが……」
好感度が行ったり来たりしている。
いや、体よく言ってるだけで好感度はずっと底辺かも知れないけど。
「ですが、結婚は出来ませんよね?」
音里ちゃんは淡々と所長にそう尋ねた。
いや、そんなことも言ったけれど、それは後々考えれば良いのに。
「それは私に聞くような事じゃないし、決めるのは出雲くんよ」
二人は俺の方を静かに見てきた。
先ほどまでとは違って、とても穏やかな視線だ。
「……星河音里さん、どうか俺と付き合って下さい」
正解が分からないけれど、付き合うまではやぶさかじゃないなら、今はこう言っておこう。
「はい。よろしくお願いします」
いつもと変わらず淡々と言った。
しかし、何処か悲しげであった。
***
「悲しげって、君まで相手の考えが読めるようになったのかい?」
某所にあるバーである。
驚いたような口調でそう言った朝倉さんの表情はまったく驚いておらず、むしろ新しいおもちゃを見つけた子供の様に輝いた。
「何と無くですよ。人の感情を察するなんてそんなもんでしょ?」
「そんなもんだね。その感度の良さが男女交際の長続きの秘訣だよ」
良い事言ってるんだろうけれど、全然そんな風に聞こえない。
やっぱり普段からの行動って大事だな。
「なんだか失礼な事考えてるみたいだけど、真面目な話犯人の能力はどうだった?」
「……まあ、普通でしたね。普通に勝てました」
すると、朝倉さんは満足したみたいに笑った。
「なんですか、いきなり」
「あははっ、ごめんごめん。瞬間転移能力を相手に普通なんて言ってくれて、なんて頼もしいんだろうと思ってね」
「はあ」
「いやさ、瞬間移動ならともかく、瞬間転移なんて厄介極まりない相手だよ? それを普通に勝ちましたと来たもんだからさ」
「……どうも」
「こりゃあ、しばらくの間僕が活躍する暇なんてないなあ」
「活躍したいんですか?」
この人は表舞台に立ちたがるような人じゃないと思ってたんだけど、意外とそういうのが好きな人だったらしい。
「まあ、ぼちぼちね。だけど君が居たらその必要はなさそうだけど」
「買い被りすぎですよ。めんどくさい事になったらすぐに呼びますから」
「僕は便利屋じゃないんだけどなあ」
くるくるとグラスを回して、ワインを飲んだ。
様になるな。
「この世界にはさ」
「はい?」
時々中二みたいな話をしだす所さえなければカッコイイ人なんだけどな。
「似たような能力ってあるんだけど、やはりその人の性格で性質が変わってくるんだよ」
「…………」
「そこだけは覚えておいてね」
「例えばどんなのがあるんですか?」
「例えば、か、君は闇無の能力って覚えているよね?」
「はい」
確か他人と自分の意思を同じにする、だったかな。行き過ぎて、演説を聞いた人が能力に目覚めてしまったのもその効果だ。
「うん。アレの能力も突き詰めていくと僕の『虚偽操作』と同じような能力なんだよ」
「へえ」
まあ、確かにどちらも人を変える能力だけど、レベルの差が有りすぎる。
「あいつは人類皆平等だと考えてたから、言葉を聞くという行程を踏まなければならなかったけど、俺の場合とにかく目立ちたくなかったから。同じような能力でも行程に差が生まれたんだと思うよ」
なんともまあマイナス思考の勝利と言う残念な話だった。
いや、俺の能力の根源も大した理由じゃないから人の事とやかく言えないけれど。
「で、ここからが大事な話。俺らみたいなくだらない理由で得た能力は、自然と漠然とした物になる。それが一番厄介なんだよ。例えば星河さんの『愛偽娘』みたいにちゃんとした理由がある能力は、娘を作り出すだけしか出来ないからね」
そう長々と付け足して、財布から颯爽と野口英世を一枚取り出し帰って行った。
いや全然このワインの値段に届いてないんですけど。
そう言う前に姿をくらましていた。
そう言えば、指輪について聞くのを忘れてた。いつか聞かないとな。
…………給料前借り出来るかな。
財布の中の五人の福沢諭吉は、旅立ちを前に寂しそうにしている。
第十二話 完




