名残
第十一:名残
【思い出1】
「ところで、そのタコさんとかって一体なんだ?」
いつも通りの昼休みに、目の前で楽しげにご飯を掻き込む月見にそう聞いてみた。
「うん? ああ、ほら、タコさんみたいな形してるでしょ」
「いや、そうじゃなくて、タコにはさんつけで、海老はさま呼びなのに、蟹だけは蟹だなって」
その呼び方に多少なりとも差別感があるのは否めないというか、こいつらしくない気がしていた。
「んー、タコさんは皆タコさんって呼んでるからそう呼んでるけど、蟹はさ、作るのが大変なんだよ」
「へえ」
まあ、見れば分かるというか、めんどくさそうだなとは思っていた。
「だけど作れてもそんなに嬉しくないし」
「海老は?」
「海老さまはもうね、感動しかないわけよ。一匹作れたら奇跡、みたいな?」
なるほど、それで感動と敬意をこめて様つけか。
「ああ、でもね、夜明が作ってって言えば毎日作ってくるけど?」
「いらない」
「…………」
俺にはやはり海苔弁当が一番だ。
海苔から薫る磯の匂い、噛めば噛むほど味がでて甘みもます白いご飯。
この二つの融合だけがこの俺の満腹中枢を満たしてくれる。
ウインナーなんて子供にでも食べさせておけば良いんだ。……しょんぼりした月見がかわいそうだから、これは言わないようにしよう。
***
【思い出2】
「ところで委員長、委員長の能力って結局なんなんすか?」
正義くんは今更そんな事を思い出したように聞いてきた。
「僕の能力ねえ。設定を見る事が出来る能力、『真実の《・》愛』と、設定を好きなように変更する能力、『虚偽操作』の二つだよ」
この子なら特に聞かれて困る訳ではないので素直に教えた。
「……えー、具体的に言うと?」
まったく、理解力がないなあ。
「例えば漫画とかには、公式ファンブックとかキャラクターブックとかみたいな設定資料集ってあるだろ? 僕は現実の世界のそれを持ってるようなものなんだ」
かつて月見に、同じような質問をしたことがあり、その時こう言ってたのでそのまま伝えた。
「なんでも分かるって事ですか?」
「まあ物を見ればね」
つまりなんでも分かる訳だけど、ハードルを自分から上げる必要はない。
「じゃあ『虚偽操作』の方は、具体的に言うとどんな?」
「その設定資料集のページに、自分で設定を書いた付箋を貼り付けるって感じかな、あたかも追加されたみたいに。だから自由に取れるし、何枚でも貼れる」
これが俺の能力に対するイメージ。感覚としてはそんな感じのはず。
でも確か月見は、既にある設定に、夜明が命令してそう変更させてるとか言ってた。
命令なんて偉そうで嫌だったな。
「その二つはセットで手に入れたんすか?」
「いや、『真実の《・》愛』は相棒から授かったものだよ」
「譲渡って出来るものなんですね」
「さて、どうなんだろうね。もしかしたら僕は、僕自身にそれを使える設定を追加してるだけかもね」
と言ってはぐらかし、そういえばどうして俺が『真実の《・》愛』を使えるのか、今まで考えた事がなかったと気が付いた。
なんとなく、月見が最期に俺にくれたものだと思っていた。
「そんな委員長は女々しいですね」
「あの経緯を聞いてそう言える君は男らしいね」
「どーも」
皮肉だと分かったうえでへらへらしてるんだから、たち悪いよね。
「……君も何か能力が欲しいと思っているのかな?」
「いえ、なくて良かったって思ってますよ。だって……」
彼は相変わらずへらへらしながら答えた。
「だってないのが普通ですから」
それを誇れるように言えるまでに彼はどんな経験をしたはさて置き、俺はそんな風に言えないほど能力に魅了されていることに気が付いた。
俺は弱いな。
***
高校の一角にある学園管理室。結婚するまではここが僕の住居だった。そして引っ越しした今でも、いくつかの荷物を此処に置いたままにしてある。
あの子には見られたくない写真や、物がほとんどなんだけれど。
そして、その際たる物がこれ、中学の卒業アルバムだ。
これは一年生の頃に目の前で相棒を亡くした俺のために学校が作らせた物で、一年生の頃の写真がふんだんに使われている。もちろん月見も闇無も居る。
久しぶりに二人の写真を見ていたら、驚く程虚無感を覚えた。
部屋の壁一面に映しだされた学園内の様子は、時間が時間なだけに静寂していて、余計に感傷的になってしまう。
「お前がいればな……」
少しはこの気持ちも楽になっただろうか。と、言いかけて、それでも同じくらい哀しくなっただろうことに気づき口を紡ぐんだ。
「おい」
最近はめっきり取られる事のなくなった背後を、いとも簡単に取られてしまった。まあ、誰かくらいは、振り返るまでもなく検討がつくけれど。
「……夫の職場に来るなんて珍しいね。どうしたの? マイハニー」
「気持ち悪い呼び方をするな。……帰りが遅いから心配したんだぞ」
あ、デレてるのかな。
あまり表情に出す人じゃないから、その辺が分かりづらいな。そこが好きでもあるんだけどさ。
「ごめんね。出雲くんと飲んでたんだ」
「なら連絡くらい寄越せ。夕飯ももう作ってしまったのに」
「ああ、いや、夕飯はいただくよ」
急いでパソコンの電源を落とし、これ以上機嫌を悪くしないようにして帰り支度を済ませる。
「……ほら」
正面に立ってこちらに左手を差し出して来たけれど、うん。流石に握手を求められている訳ではないことは理解出来る。ただ、もう少し色気というか、空気を変えて差し出してくれないかな。
……月見に言ったら怒られそうなわがままか。
破顔を無理に止めることなく、静かに右手で差し出された柔らかくて温かい手を握りしめた。
離さないように、しっかりと。
***
「そういえば朝倉さん」
「なんだい出雲くん」
人の言った言葉にわざわざ対応させてくるけど、これも陽目さんの意志をついでるってことなのかな。どうでも良いけど。
「あの指輪ってなんなんですか?」
「指輪? ……ああ、星河さんに渡した奴のこと?」
「はい、それです」
「だから、闇無の遺品だって」
「悪魔どうこうって言ってませんでした?」
悪魔の指輪って、中二臭いと思ったとか余計なことは言わない。
「形のことだよ。普通にしていれば普通に問題ない」
「じゃあ普通にしなかったら?」
「別に隠したい訳じゃなくて不安にさせたくないだけだから言わないだけだからね」
「隠される方が不安なんですよ」
どうもこのことを教えたくないらしい。
「……誰かが死ぬわけじゃないから、って言えば安心してくれるかな」
「それは……」
死ぬわけじゃないなら誰か傷つくんじゃ? と言いかけたら、いつも通り朝倉さんは先んじて答えてくれた。
「誰も傷つかない。誰も死なない。で、良いかな」
「分かり……ました。ただし、なんか有ったらすぐに来て下さいよ?」
「オフコース」
イマイチ今だによく分からない人だけど、うちの所長が一応信頼しているんだから、部下である俺も信用しておこう。
その時が来るまでは。
***
夜は更け、俺は町外れに造られた小さな墓に来ていた。
この前の事もあるので、家に、というかまひるさんに連絡は入れた。
墓の主は言わずもがなかも知れないけれど我が友人、闇無暗黒だ。
流石に堂々と墓を作る訳にはいかなかったので、設定を適当にカムフラージュしてから町を一望出来るこの寺に墓を作った。
この場所に闇無が眠っていると知っているのは、俺を含めて三人。俺とまひるさんと星河さんだけだ。
一々嘘つきたくないからまひるさんにはバラしたんだがな。他の誰にも教える気はない。
ふと見ると、花がまた新しくなっているのに気がついた。
まあ、星河さんだろう。
この墓を建ててしばらく経つけれど、飾られた花が枯れているのを一度も見たことがない。
いや、別に毎日来てる訳じゃないから本当にそうなのかは分からないけど、少なくとも俺が来たときに枯れていた事はなかった、ということだ。
「……俺は、すごく酷い奴だよな」
口の聞けぬ石に向かって呟いた。
何も知らない。知ろうとしないでいてくれるのを分かっててやってるのだから。
「……なあ聞いてくれよ。出雲くんが今日も悪人を捕まえたんだって……お前が欲しがってた警察、自警団に近づいてるかな?」
涙は、出ない。
「なあ、闇無。これから何があっても悪いのは全部俺なんだ。だから、星河さんのこと怒らないでくれ」
やめれば良かったとか、よせば良かったとか思ってない。
だから悪いのは全部、俺なんだよ。
よく手入れされた墓を軽く撫でて、愛する人の待つ家へと歩き出した。
「ビギニング」 完




