取るに足らない不条理
第十話:取るに足らない不条理
さてさて自分の事を語るのがこれで最後になると思うと感慨深い物がある。
中学、高校とかい摘まんでの話だったが、これが俺だ。
俺を作り、俺を支えてくれた出来事はこれで全部となるだろう。
だから優しく聴いてくれると大変有り難いんだ。
では語ろうか、俺が僕として生きていくと決めた出来事の最後を。
時代は前回同様、高校二年生の頃になる。
***
さて、二年生もまだまだ謳歌しようという時期なのだが、どうやらいよいよ潮時のようだ。
潮時というのは、僕の勝手なさじ加減で言っているだけであって、周りがどうこうと言う訳ではなく、良い引き際を演出できる案件が来たと言う事で、まあ僕としては悪い引き際と言い直すべきだけれど。
何であれ、この件が僕の、最後となるであろう。
昼休みの事である。
何時も通り海老さまウインナー丼を食べ、書類整理をしていると、本来ここに有るはずのない物が有ることに気付いた。
転入届けだ。
風紀委員会ではなく生徒会に有るはずの物なのに、だ。
それもおかしいだろうと言うツッコミはさておき、これについて大方の想像はつく。
生徒会長が居なかったのだろう。
それよりも。
この転入届けの人物の方が問題だ。
「光岡正希か……」
光岡正希。
転入生。
中学時代に風紀委員長であった彼を失脚させて、僕は風紀委員長の席を乗っ取った。
因縁深き相手である。
まあそれも僕の勝手な解釈だし、理由はなんであれ転入してくることはめでたい事だ。
従って、転入許可証を僕自ら発行してあげようと思った。だが、昔の事も有るし一応、念のため確認することにした。
真実の《・》愛発動!
なんてね、別に瞳に何か浮かび上がるわけでも、変な音がなるわけでもない。ただのごっこ遊びだ。
「………へえ」
すぐさま許可証を発行するべく、書類を殴り書きして理事会に提出した。
***
「で、聞きたい事とは?」
「息子さんの事ですよ」
許可証を発行してすぐに、僕は知人を呼び出した。
光岡征二郎。
光岡正希の実の父親で、彼を風紀委員長から失脚させた際に一役買っていただいた。
押し売りというか、脅し売りのようになってしまったけれど。
ただまあ、その時からこうして、ちょくちょく会って話すくらいの仲になっていた。なので、早急に話しがしたいと警察の刑事部長というお偉いさんである彼を軽くお呼びした訳だ。
「ああ、君の学校に転入する件かね」
「ええ、まあ」
「あれは君に執着していてな。中学を転校した時から君に、いつか一泡吹かせようと躍起になっていたのだよ」
「へえ、意外と努力家ですね」
「だろう? 私もそう思ったよ」
息子を悪く言ったつもりなのに賛同されてしまった。
この人の、こういう器の小ささを露見させてくれる所が好感が持てるんだよな。
大人の反応という訳ではない所が。
「負ける気はさらさらありませんが、なんで今になってなんですかね」
「ふむ……学生時代に決着をつけておきたいんじゃないかな」
「学生時代って、……どうせ大学行くんでしょ?」
「あれはそのつもりらしいがな、君もそうなのかい?」
「……いえ」
「という事だろう。大学生と高校生なんて構図は微妙だし、あれが高校生の今が最後のチャンスということ何だろう」
まるで他人事だ。
厳密には他人なんだろうが、いやはや親とは思えぬ口ぶりだ。
「ああ、そういえば」
ふと思い出したように征二郎さんは口を開いた。
「そろそろ弱っただろうとも言っていたよ。意味は聞かなかったが、なんにせよ気をつけたまえよ」
***
先人の有り難いお言葉もそこそこに、いよいよ転入の日を迎えた。
週明けとは言え、この半端な時期に転入してくる変わり種がいると、校内では既にちょっとした話題になってた。
当たり前のように正義くんは厳戒体制を取り当日の混乱に備え、生徒会長は何もしないつもりで居るがどんな奴が来るのかと落ち着かない様子だった。
征二郎さんの話を聞く限り、転入の目的が僕であるからやる必要性はないのだけれど、一応風紀委員長として呼び出しを入れた。
『前略、この度は御転入ありがとうございます。生徒会長不在のため代わりに風紀委員会委員長である私から御慶び申し上げます。つきましては、本校に関する説明会を企画しているため本日午後三時に本校舎屋上へとお越し下さい。草々 生徒会長代理風紀委員長 朝倉夜明』
と、まあ手紙の作法なんて曖昧で適当に書いたが、要は僕が呼び出していると伝われば良いのでこだわらない。
とにかく、手紙を渡して貰えるようにして屋上で待った。
待っている間に考え事をしていたが、思い出すのは月見の事ばかりだった。
俺に声をかけてくれた月見。
俺と弁当を食べてくれた月見。
俺の相棒として風紀委員会を担ってくれた月見。
目を閉じるまでもなく、まるでそこに居る様に月見の事を思い出した。
「やあ、お前から呼び出してくれるなんて嬉しいよ。朝倉」
憎たらしい客が来たようだ。
「ああ、俺も会えて嬉しいよ光岡」
「説明会なんて建前なんだろう? 本当は何の用なんだい」
「……陽目月見の事を覚えているか?」
「居たね、そんな子。君の彼女だっけ」
「相棒だ」
「そうだったね。元気にしているかい」
ニヤつく。
「死んだよ。お前を追い出した数日後に」
「へえ、残念だねえ」
イラつく。
「お前がやったんだな」
「はあ?」
しらばっくれる。
「証拠はあるのかい?」
「見えている」
少し顔をしかめる。
「まるで陽目みたいな事を言うんだね」
「ああ、目を貰ってるからな」
「どうやったんだかしらないけど、そんな物で捕まえられるとでも?」
「……捕まえない」
「……ああ! そういえば彼女が言ってたっけね。道徳的、だっけ? だったら教えてあげるよ、彼女が死んだのは……」
「うるさい!」
「くっ」
「理由なんて必要ない! 俺はお前をぶっ殺す為に呼んだんだ!」
距離を一気に詰めて顔を殴る!
「なん……で」
どうやら動けなくて困惑しているようだ。
仕方ない。
「『虚偽操作・ブロック』! お前の動きを止める」
正確には、筋肉の動くという設定を消しただけだがな。
「お前っ、どんな能力を……」
「『虚偽操作・0』! お前の能力を消し去る」
能力なんて使わせない。
即刻ぶっ殺す。
殺す!!
「ぐっ、は……」
動けず、その場に留まり続ける光岡をぶん殴る。
「お前なんかのせいで、月見がっ」
「ぐっ……」
「『虚偽操作・MAX』! 俺の強度を最高まで引き上げるっ!」
正真正銘全力を込めた拳を、光岡の心臓目掛けて叩きつけっ……。
「っ!?」
……られなかった。
「闇無……」
「やめろ」
止めたのは他でもない、闇無だった。
「……てっきり、三年間無干渉なのかと思っていたんだけど」
「俺もそのつもりだったがな、このクズが屋上に上がるのが見えて急いで来たんだ」
「……お前には関係ない、というかお前的に構わないだろ、コイツが死ぬの」
「まあ構わないな」
立ったまま気絶している光岡を見て、鼻で笑いながら吐き捨てた。
「だったら」
「だが、お前はそれで構わないのか?」
突然の疑問。
俺は?
「構わない……だろ」
「本当か? お前の目は本当にそうすべきだと見えているのか?」
「……」
なるほど、闇無が言いたい事が漸く分かった。
そうだな、今こいつを殺してしまいそうになったのは他の誰でもない僕だった。
「……ごめん」
「はあ?」
怪訝、というか露骨に不快そうだった。
「手間かけたね」
「……気にすんな」
「じゃあちょっと隠れててくれるかい」
とやかく言う闇無を急いで貯水タンクの裏に隠れさせた。
それから数秒して、沢山の足音が扉の内側に集まっり、勢い良く開ける。
「そこまでだ!」
副委員長。正義くんが声高々に怒号をあげて出てくる。
何人か風紀委員を連れてきたようで、あっと言う間に囲まれた。
「委員長、これは一体どういうことだ」
「どうとは?」
「あんたが偽の文書で転入生をリンチしていたということだ! 説明しやがれ」
風紀委員は一斉に武器を構え、攻撃体制に移る。
「この学園のルールを教えてただけさ」
光岡の拘束を一部解除して、その場に倒した。
「……調べたらあんた、かなりの数の書類を偽装し、好き勝手やっていたらしいな」
「よく、分かったね」
「現時刻をもって朝倉夜明の委員長職を解任する! 身柄を風紀委員室へ連れていけ!」
捕まった。
殺人犯の光岡ではなく、復讐者になった僕が捕まるというオチだった。
***
「これで本当に良かったんすか?」
「ああ、上出来さ」
風紀委員室でいつものように正義くんと向かい合いながら話しをする。
「君は委員長の悪行を暴き、この風紀委員会を絶対的な正義へと格上げしたんだ。おめでとう、次期風紀委員長」
「やめて下さいよ」
「ああ、辞めるけど」
「いやいやそうじゃなくて、辞めるのをやめて下さいって言ってるんすよ」
珍しく慌ただしい。
「良いじゃないか、どうせ三年になったら辞めるんだから。早いか遅いかの違いだよ」
「だったら、何もあんな風な引退の仕方じゃなくたって」
「さっきも言ったけど、次世代の風紀委員会は絶対的な正義であるべきなんだよ」
すると正義くんは不満げに声をだす。
「委員長とは逆に、ですか?」
「そう、僕とは逆に。その方が色々と後々都合が良いからね」
そんな話をしていると、どたどたと足音をあげて闇無が部屋に入って来た。
「ノックくらいしろよ」
「うるさい」
短い言葉で叱られた。
「……何の用かな。今取り調べられている最中なんだけど」
「これ」
そう言って突き出したのは一枚の文書だった。
退学届け?
「辞めるのか」
「ああ、やりたいことが見つかったんだ」
その決意に満ち溢れた目を前にして、俺は闇無の設定を見るのを止めた。
こいつにそんな事をするのは失礼だと思ったから。そして、退学届けをしっかりと受け取る。
「頑張ってね。あ、これあげるよ」
「なんだ?」
闇無に渡したのは、悪魔を象った一対の指輪だ。
「願い事を三つだけ叶える指輪。餞別代りに持って行ってよ」
「……ああ、貰っとこう」
何をするつもりかは知らないが、闇無はそれだけ呟いて、さっさと帰って行った。
さて、と。
「じゃあ俺からはこれ」
ペラッと一枚紙を差し出す。
「なっ」
それは卒業証明書だ。
この間理事会との交渉で手に入れた物で、卒業と就職を成功させた。
就職先はこの学校。
具体的には学校の経営や生徒、建物を管理するという仕事で、今現在管理を行っている外部機関や教師達の仕事を減らし、人件費が削減できると言って仕事を貰った。
「てなわけで俺は一応卒業。まあ三月までは一応籍はあるけど、明日からは学園管理者だからよろしく。それから闇無は退学で処理してくれ」
「ちょっ、委員長!」
「ああ、それから来年の新入生に面白い奴がいるけれど、気をつけてね。あと、俺の事は誰にも言わないでね、特に能力の事は」
「夜明さん!」
「じゃあね」
言いたい事を全部一気に言って、有無を言わさず部屋を飛び出した。
彼ならきっと大丈夫だろう。
***
「そんな訳で高校を途中で卒業して今みたいになったんだ」
ともすれば誇らしげに朝倉さんは話を閉じた。
いやどんだけ迷惑な先輩なんだよ。
「まあそれから色々あってね、五年前にその副委員長の妹さんとやっとこさ結婚したんだよ」
「ああ、おめでとうございます」
「今は副委員長が立ち上げた会社で兄妹仲良くやってて、時々僕も経営とかを手伝ってるんだ」
「学園管理は?」
「それもやってるけど、ぶっちゃけ能力使ってるから適当にやっても大丈夫なんだよね」
誇らしげで楽しげだ。
そして悲しそうだ。大切な人を二人も目の前で失っていて、悲しくなるなと言う方が無理だろう。
「大丈夫さ、妻とはラブラブだから」
「聞いてません」
やっぱり、設定が見えるだけとは言っても、考えまで読み取れるらしい。
万能というかなんというか。
「だからと言う訳じゃないけどさ、出雲くんも彼女を大事にしなさい」
「それは、分かってます」
「ふうん。なら良いんだけどさ」
そういうと、注がれたカクテルを一気に飲み干して店から出て行った。
まあ、家庭が有るだろうから遅くなっちゃダメなのかも知れないけど、どこか格好つける癖があるよなあの人は。
気をつけないと。
第十話 完




