けんちゃん
おなかすいたー。
けんちゃんが階段を下り、キッチンに入る。
お母さんが、けんちゃんの頭をなでる。けんちゃんはぼーっとして、それをうけとめる。
でもね、じつは。あれ?だれもいないよ。
けんちゃんはキッチンを出て、ごはんができるまで待つ。
居間のソファにすわって、まだかなぁ。すると、お父さんはいつもむつかしいお話してくれる。せえじ、とか、けえざいとか、そうりとか。
けんちゃんはお父さんのお話にあわせて、うんうん、うなずく。
でもね、やっぱり、だれもいないんだよ。
けんちゃんは、うなずいて、そのままうつむく。
どうしたの。けんちゃん。
けんちゃんは、テレビをつけて、チャンネルを回す。
テレビを指さして、おねぇちゃん、これ。という。
きのう。ぼくたち、事故にあって。ぼくいがい、みんなしんじゃったんだ。人はみんなしぬけど、ぼくはしぬより、もっと傷ついた。
けんちゃんは、泣かない。
だけど、誰もいないところを指さしたり、急に笑ったりする。
家のインターホンが鳴って、健太郎くん、と呼ぶ声。けんちゃんはクレヨンとらくがきちょう、あと大好きなマンタのぬいぐるみを抱えて、はーい、とお返事。私はけんちゃんのパジャマを持ってけんちゃんの手を握る。玄関で、けんちゃんは家族写真をじっと眺めたあとに、それも腕のなかに入れて、家を出た。
おねぇちゃん、ぼく、どこいくんだろう。
けんちゃんは、そんなことは聞かなかった。見当がついたんだと思う。自分が人と違うことくらい、けんちゃんでもわかったのかもしれない。
けんちゃんを車にのせて、県内某所に送る。
そこは、叫び声やうめき声が絶えない特殊な病院。しばらくは、そこがけんちゃんの家となる。