知らなかった真実
全員の前に立った篤史に圭子達は一体、何が起こるのだろうと不思議そうな表情をしていた。
「警部、川田刑事と竹中刑事を呼んできてくれへんか?」
篤史がそう申し出ると、町田警部は頷いて大広間を出て行った。
「小川君、今から何をするの?」
圭子が弱々しい声で聞いてくる。
「これから監督を殺害した事件の真相を話したいと思ってるんや」
篤史は神妙な面持ちで圭子の質問に答えた。
「犯人がわかったの?」
「そうや」
「刑事さんが来てから小川君の話を聞こうじゃないか」
雄也は早まる気持ちを抑えながら言った。
町田警部が連絡してから三十分後、沖縄県警の二人の刑事がやって来た。
「小川君、犯人がわかったって本当か?」
川口刑事は大広間に入った途端、篤史に聞いた。
「わかったで。まずは犯人は夕食時間を狙って、監督を殺害する事にした。監督は自ら進んで部屋に戻った。まだ夕食の途中やというのに、もう疲れてしまったから部屋の戻る、と言い出した。それはなぜだかわかりますか?」
篤史の問いに、全員はわからないというふうに首を横に振った。
「犯人に夕食の途中で部屋に戻れ、と指示があったからなんです」
「それはメールで何かで言われていたということですか?」
雄也が聞く。
「恐らく、撮影が終わってから一旦部屋に戻った時に手紙が入っていたんやろうな。メールやとアドレスで誰だかわかってしまう可能性が高いからな。そして、犯人は手紙でこうも書いていた。十時になれば注射器で自分の腕に液体を打てと…」
「液体ってさとうきびの液体ですか?」
望はさとうきびの液体が真輔の体内から見つかったということを思い出して篤史に聞いた。
「そうや。注射器は犯人が用意していたのではなく、監督自身が所持してたんや。監督は重度の糖尿病で、インスリンを打たなければいけない状態やったんや」
篤史は昨日、川田刑事が教えてくれた情報をこの段階で出した。
「そういうことはインスリンと偽ってさとうきびの液体が入った注射器を自分で打たせたっていうことになるの?」
映子は真輔が重度の糖尿病だという事に驚きつつも、篤史の推理に理解をした。
篤史は映子の言葉にそうだというふうに頷いて、
「絞殺はオレらと別れた後に犯人が監督の部屋に行き、ひも状のもので監督の首を絞めた。なんのためにすでに亡くなっている監督を絞殺したのか? それは絞殺に見せかけるためなんや。注射器で亡くなったなんてわかってしまったらアカンからな。でも、そんな工作しても警察には通用しなかった。あともう一つの疑問の二本のさとうきびがあったかというと、監督が持って帰るために持ってきたのだろう。それが犯人の目に留まり、さとうきびを使った犯行を思いついたっていうところや」
篤史はそう話すと険しい表情をした。
「絞殺後に用意しておいた注射器を回収した。絞殺時には監督は亡くなっていたため、これで犯人のアリバイが証明された。だけど、ここで一つの疑問が出てくるんや。犯人は重度の糖尿病だということをいつどうやって知ったかということなんや」
「それは言えてますね。これを知るには犯人の身近にいる人じゃないと知れないってことよね?」
めぐみは誰が一番真輔の糖尿病を知れるか考えながら言う。
「そう。警部から聞いたところ、望さん以外のドラマ関係者全員は動機があるそうですね」
篤史が圭子たちのほうを見ながら言うと、望以外は動揺し始めた。
「今はそんなこと関係ないでしょ!?」
映子は篤史の言った一言が気に入らなかったのか、再び怒り始めた。
「いや、関係なくはないんや。動機の面では、一番に内村さんが疑わしいけど、内村さんは犯人ではない。内村さん以外では犯人は誰なのか? 動機以外にもこの事件には裏側があるんや」
篤史はあらかじめ映子が犯人ではないと断言しつつ、全員に真輔を殺害する事は出来るというふうに言った。
「事件の裏側って…?」
透は事件が起こった背景がわからないでいる。
「それはあとで話したいと思ってる。その裏側を知った犯人は、この撮影が決定した時から犯行を実行しようと企てていた」
篤史はさっきとはうって変わってゆっくりとした口調で答えた。
映子は自分が犯人ではないと言われ、内心ホッとしているようだ。
「もし、監督が犯人の言うとおりに注射を打たなかったらどうするつもりだったんだ?」
川田刑事は首を傾げて聞いた。
「その場合は直接、背後から絞殺するつもりやった。監督を殺害すると決めた犯人には、ためらいや迷いはなかった。でも、監督は犯人の指示通りご丁寧にさとうきびの液体入り注射器をインスリンと思い打ってくれた」
篤史は全員の顔をゆっくりと見る。
「犯人って誰なのよ?」
映子は不安そうに篤史に聞いた。
「監督を殺した犯人は…寺野圭子、あんたや!」
映子の一言で何のためらいもなく篤史は犯人の名前を告げた。
篤史の衝撃的な告白で、大広間内がどよめいた。
「圭子ちゃんが…? ウソやろ? 小川君…」
町田警部は動揺した声で圭子を見てから篤史に圭子が犯人だということを否定するように聞く。
「そうよ! お母さんがそんなことするはずないもんっ!!」
望は何かにとり憑かれたように叫んだ。
「ウソでもなんでもないんや。寺野さんには表に知らされていない真実があったんや」
「知らされていない真実…?」
めぐみも圭子が犯人だと嘘だと思いたいのか、声が震えている。
「さっきオレが言ったこの事件の裏側なんや。それは寺野さんと市原さんが元夫婦やったっていうことなんや」
篤史は圭子と雄也を交互に見ながら話す。
「この二人が元夫婦!? ウソだろ!?」
透は信じられないという声を出す。
「今から二十二年前、出来ちゃった婚で籍を入れた二人はアパートで暮らし始めた。そして、二人の間に娘が生まれて、幸せが続くと思われていた。ところがその幸せはそう長く続かなかった。娘が生まれて二年後、二人は離婚して、娘は養女に出された。その娘が内村さんなんや」
篤史は映子のほうを見て言うと、映子はえっという表情になった。
「私が…寺野さんと市原さんの娘…?」
映子はウソだと思いたい気持ちとやっと自分の両親に会えたという気持ちが交錯していた。
「そう。監督は全てを知ってたんや。寺野さんと市原さんが元夫婦やったということも、内村さんが二人の娘やったということも…。それで内村さんをゆすり始めたっていうわけなんや」
篤史は一旦言い終えると、全体を見るように肩で息をした。
「でも、なんで山田さんと森本さんにまで嫌味のような事を言っていたんだ? 小川君の話だと事件には関係ないはずなのに…」
水野刑事は大体の事は理解した上で首を傾げる。
「三人だけだとバレるからや。多分、ここにいる人間じゃなくて他の芸能人にも嫌味な事を言ってたみたいやしな」
「バレないためにもわざとっていうだったのね」
めぐみは納得したように呟いた。
「篤史、さっき内村さんが一番疑わしいって言ってたけどなんで…?」
里奈は篤史が発言した言葉の意味がわからないようだ。
「金をゆすってたんや。内村さんには事実を告げずにな。そのことを知った寺野さんは娘の将来を守るために監督を殺害する事を計画した」
篤史は圭子を見る。
「小川君、私が監督を殺したっていう証拠はあるの?」
犯人だと言われた圭子は重々しく口を開いた。
「証拠ならあるで。この写真や」
篤史はズボンのポケットから真輔の台本から見つけた写真を取り出して全員に見せた。
「この写真は…?」
「二十二年前に撮られた写真で、市原さんと寺野さん、生後間もない内村さんの三人や。この二人を離婚に追い込んだのは監督自身やったんや!」
力強く言った篤史の言葉には離婚に追いやった真輔に対する怒りがこもっていた。
そして、川田刑事に写真を渡した。
「監督が二人を離婚に追いやったってどういうことなの?」
望はわけがわからなくなってしまっている。
「監督は寺野さんがずっと好きやったそうだ。監督は二人の結婚生活を見ていられなかった。だから、二人を離婚するような事をしたり、市原さんに離婚するようにお願いしたりした。違いますか?」
雄也は篤史に聞かれたが黙ったままだ。
何も答えない雄也に頷くと、
「監督のこの手紙が物語っているんや」
篤史は持ってきた手紙を読み始める。
「僕は今、好きな人がいる。二十二年前からずっと想い続けている人だ。その彼女は大女優で今は二度目の結婚生活を送っている。だから、僕は監督としてドラマ出演してもらって、ただ見ているだけだ。活躍する彼女に伝えたい。今でも貴女を愛していると…」
篤史は真輔の圭子への思いのこもった手紙を読み終えると、そっとため息をつく。
「いつか寺野さんにこの手紙を渡すつもりだったのか」
竹中刑事は少し切なそうに呟く。
「そう、監督が渡そうと思ってた手紙や」
「これだけじゃ、私が犯人だとは言えないわ。ちゃんとした証拠がないと…。写真と手紙だけで私を犯人にしようたって無理よ」
自信満々に圭子は言う。
そんな圭子をよそに目を閉じる篤史。
留理と里奈は不安そうに篤史を見る。
そして、篤史はゆっくりと目を開け、大広間に置かれた袋を取りに向かった。
「これは…?」
「注射器や。インスリンの注射器とは全く別の物や。小道具で使うはずやったと思うんや」
篤史が袋から取り出した注射器を沖縄県警の刑事に渡す。
「これはドラマで使う注射器よ。インスリンで打てと言ったのね? でも、なんでこの注射器になの?」
めぐみは注射器を見ながら聞く。
「いつも使用している注射器が手に入らなかったからだ。これを使用している注射器を抜いて監督のカバンに入れておけば大丈夫や。この注射器にさとうきびの液体が入ったまま入れたんではないかと思う。この注射器には寺野さんの指紋がついているはずや。恐らく、手袋とか何もせずに触ったのではないかと思われるからな」
篤史に推理された圭子は青ざめた表情をして、
「…調べなくてもバッチリ私の指紋がついてるわよ…」
独り言のように観念した。
「お母さん!? ウソよね!?」
「本当よ、望。市原さんと結婚していた事も事実よ」
圭子はため息交じりに答えると雄也のほうを見た。
「確かにそうだ。監督に頼まれて離婚する事にもなった。自分は嫌だと何度も言ったんだがね」
雄也も圭子と結婚していたことを認める。
「監督に離婚しろって言われた事をなんで私に言ってくれなかったの?」
圭子はかつての旦那に聞く。
「言えなかったんだ。当時、自分は売れない脚本家だったし、それを理由にしたんだ。でも、それだけではなかった。監督は圭子に…」
雄也の告白に圭子は涙目になるが、雄也は当時の真輔が圭子にしたことが言えずに言葉に詰まっていた。
「監督は寺野さんに何をしたのですか?」
川田刑事は雄也に詰め寄る。
雄也は言うか迷っていたが、自分が途中まで言いかけたので言う事にした。
「圭子は監督に襲われた事があったんです。一度ではなく何度も…。そういう事があってどうしても圭子と一緒に入れる事が出来なくて…」
雄也は真輔のしたことが許せなかった上に、圭子も真輔を受け入れてしまった事が許せなかったようだ。
雄也の言葉に、圭子は当時の自分がした事を今更ながら後悔していた。
「私、自分の娘がゆすられていたなんて信じられなかった。どんなことをしてでも映子を監督から守りたかった。そして、高校生の時にモデルとして雑誌に載っている映子を見つけたわ。名前を見ただけで自分の娘だってすぐにわかった。だけど、なかなか一緒に共演する事がなく、今回、初めて共演する事になってすごく嬉しかったわ」
圭子は映子を見て話す。
「市原さんは内村さんが娘だっていつ気付いたんですか?」
留理は雄也に聞いてみた。
「自分は二年前だ。初めてドラマを観た時、圭子の若い頃によく似ていたからな」
「今までに映子に悟られないようにしてた。それに何度も言おうと思った。だけど、言えなかった。だって今更どんな顔して会えばいいのかわからなかったもの。映子だって迷惑だろうし…」
圭子は言葉の中にもう少し早く自分が母親だと言えば良かったというニュアンスを込めた。
「どうりで…。デビュー当時からずっと寺野圭子に似ているって言われていたわ。でも、本当に親子だったなんて…」
映子は腕を組んで、わざとらしく迷惑そうな態度を取ってみせた。
「映子…」
そんな映子の態度に、更に涙目になる圭子。
「監督が寺野さんの演技に対して怒っていたのは、監督の愛情の裏返しやったんや。好きやけど気持ち伝わらへん。確かに過去に寺野さんにしたことはやったらアカン事やし、間違ってたかもしれへん。でも、監督は寺野さんの近くにいるだけでも良かった。怒る事で愛情を伝えていたんや。それが監督の正直な気持ちやと思うで」
篤史は真輔の気持ちを汲みながら圭子に言った。
「…お母さん…」
映子が小さな声で泣いている圭子を、初めて‘お母さん’と呼んだ。
「映子…?」
泣いている目を映子に向ける圭子。
「物心つく前から育ての親と暮らしてた。ずっと育ての親が本当の親だと思ってた。なのに、周りからは似ていないって言われ続けてた。私がモデルデビューしてから、育ての親から本当の親ではないと聞かされた。その時から私の本当の親は誰なんだろう、会いたいって思ってた。だけど、やっと会えて嬉しかった」
映子はさっきとは違う優しい表情で、雄也と圭子を見た。
「私、お母さんの分まで頑張るから…。絶対にお母さんを超える大女優になってみせるから…。それに私には本当のお父さんと妹もいるんだからね」
映子は泣きそうな顔を無理に笑いながら圭子に言った。
「私が出てくるまで待ってくれる…?」
圭子は不安そうに映子に聞いた。
「当たり前じゃない。私にとってお母さんは大切な人だもん」
映子がそう言うと、二人は抱き合って泣いた。
二人の姿にその場にいた全員の胸は熱くなった。
「寺野さん、行くぞ」
川田刑事は圭子の肩を叩く。
圭子は頷くと、沖縄県警の刑事と共に大広間を出て行こうとすると、
「待って!」
望が呼び止めた。
「お母さん、これ。お守り」
自分の首から提げていたお守りを圭子に渡した。
「望、ありがとう」
「手紙、書くから!」
圭子は頷くと、大広間を後にした。
初恋の相手である圭子が犯人だとわかった町田警部は涙を堪えていた。
そして、また今日も暑い一日が始まろうとする頃、事件が解決した。
午前十時、旅館を後にする一行。
車の中では誰一人として話そうとはしなかった。
事件解決後の沈黙は、篤史には耐える事が出来ない上に、窓の外を眺めて考え事をしていた。
(仲直りのきっかけ…。オレが謝ればいいんかな? 空港についたら謝ろうかな…)
一人でそう思っていた。
那覇空港に着くと、川田刑事と竹中刑事が待っていた。
「みなさん、お疲れ様でした」
川田刑事が頭を下げた。
「小川君、ありがとう」
竹中刑事は数日前の篤史に対する態度とは明らかに違う態度だ。
「竹中刑事…」
篤史は竹中刑事の態度に一人で感動していた。
「小川君、いつか逢えるまで…」
「うん。大阪来る時は絶対に呼んでや」
「わかったよ」
川田刑事は苦笑しながら頷く。
「色々迷惑をかけましたが、楽しかったです」
町田警部はドラマ関係者に礼を言う。
「留理さんと里奈さん、元気でね!」
望は淋しそうだがどこかほっとした表情だ。
「望さんもね」
「みなさんの活躍する姿を応援しています」
水野刑事は映子達に笑顔で言った。
そして、篤史達五人は大阪へ、映子達は東京へと向かう便に乗り込んだ。
全員の胸に何か物足りない感覚を残しながら…。