空回る疑問
翌日、重々しい空気の朝がやってきた。
篤史達が起きた時は、午前八時を回っていた。
すでに朝食を取っていたドラマ関係者に遅れて来た事を謝り、用意されていた朝食に手を伸ばした。
旅館の人が気を遣って真輔の席を用意しなかったが、どこかポツリと穴が開いているような感じだった。
大広間では誰一人として言葉は交わさず、重い空気だけが流れている。
圭子は昨夜も泣いていたのだろうか、目がとても腫れていて赤くなっている。
そんな母を気にして、望が口を開いた。
「刑事さん、いつになれば犯人がわかるんですか? このまま犯人を待っているとお母さんがダメになっちゃう」
望は泣きそうな声で町田警部と水野刑事に訴えた。
「もう少し待ってて欲しいんや。僕ら警察も事件が早く解決するように努力するから…」
水野刑事は優しく望に言う。
「早く犯人を見つけて下さい。この中に犯人がいるだなんて信じたくないけど、私達みんなどんなことでも耐えますから…」
望は自分が言った言葉の中に決意のような気持ちが含まれていた。
「望さん、大丈夫やで。みんなが辛い事は警部だってよくわかってるから…」
留理は望を勇気付けるようにして言った。
被害者の周りの人間が、精神的に辛い事や肉体的にもたない事は、篤史が一番知っていた。
よく知ってるからこそ、被害者の周りの人間が早く事件を解決して欲しいと言われるのは、とても辛い事なのだ。
「なるべく早くしてよね。私だって他の仕事が入ってて忙しいんだから!」
映子は昨日より更にイラつかせた口調でプンプンしながら言った。
「オイオイ…それはないだろ? 人一人亡くなっているんだから…」
透は映子の言い方に釘を刺すように注意する。
「知らないわよ! みんなも監督が殺されてせいせいしてるんでしょ!? はっきり言ったらどうなの!?」
映子ははっきりと自分の意見を言いつつ、真輔が亡くなって良かったと思っているんじゃないかと言わせるために誘導する。
「内村さん、そんな言い方はないでしょ? 場をわきまえなさいよ!」
我慢がならなくなっためぐみは映子に怒鳴る。
「うるさいわね! アンタに何がわかるっていうの!? ただのカメラマンに説教なんかさせたくないわよ!!」
映子も負けじと大声で怒鳴る。
「二人共やめないか。内村さんも言って良い事と悪い事がある。自分の意見を言うのはいいが、少し反省したほうがいい」
雄也が映子とめぐみの間に入り、映子の言い方を注意する。
「なんで私ばかりが悪者なのよ!? ちょっと一言言っただけじゃない!」
次に映子は雄也に向かって大声を出す。
「内村さんの一言にはトゲがあるんや。だから、悪者になってしまうんや」
黙っておこうと決心していた篤史だったが、映子に一言言ってしまった。
「もう少し優しい丸い言い方のほうがいいんと違うか? オレだって人が亡くなってみんなのストレスが溜まってるのぐらいわかる。それを人にぶつけるのはよくないで」
篤史は自分の感情を抑えるようにして映子を諭す。
「小川君…」
篤史の言葉が胸に響いたのか、映子は素直に篤史の言葉を受け入れた。
「内村さんの気持ちもわからへんでもないけどな」
映子の気持ちを理解した上で言った事を告げた篤史。
「篤史の言うとおりやと思います。とにかく内村さんも落ち着いて朝食取りましょう」
里奈は空気を変えるようにして言う。
「みなさんが帰るまで沖縄でゆっくり過ごしましょう。沖縄県警から何かわかったら連絡あると思うので…」
町田警部がそう言った後、圭子は立ち上がった。
「圭子ちゃん、どこに行くんや?」
町田警部は圭子を心配して聞く。
「部屋に戻ろうかと思って…。あまり食欲がないから…」
消えてしまいそうな小さな声で答えた圭子は、そそくさと大広間を出て行った。
午後になると、篤史は里奈と二人で何も話さずに部屋にいた。
留理はめぐみと望の三人で散歩に出ている。
篤史は留理に距離を置かれていることくらいわかっていた。
こうわかりやすく距離を置かれると、篤史はどう対応していいのかわからない。
篤史は留理の事を後悔しつつも、事件の事を考えていた。
「篤史、事件の事考えてるんやろ? ちょっと休憩したら?」
里奈は持ってきた飲み物を部屋にあるカップに入れて、篤史に渡した。
「お、サンキュ。しかし、沖縄まで来て事件か…。今まですぐに解決するって思ってたのに、今回はどうもな」
篤史はため息交じりで頭を掻く。
「…らしくないねぇ」
「それ言われると痛い」
苦笑いの篤史。
「留理の影響も多少あるんやろ? まったく留理も頑固なんやから…」
里奈は腕を組んで呟く。
「オレに汚染されたんや。オレが頑固者やからな」
「それはそうかも…。でも、最近、留理って変わったやんな。一昨日だって篤史の事諦めたなんて言うしさ。少し前の留理なら自分の思いを口になんてしなかったもん」
里奈の脳裏には、今までの留理が蘇った。
「留理は留理のペースで変わっていかないとアカンって思ってるのかもしれへんな」
「私、どこかで期待してたのかもしれへん。篤史と留理がもっと仲良くなってくれること。留理って遠慮がちなところがあるから…」
「まぁな。大人しくて内気なところ、人に尽くすところ。それが留理のいいところやと思うけどな」
「そうだよね」
里奈は頷くように返事した。
ひとしきり里奈と話した後、篤史は真輔の部屋に向かった。
事件に関して何もわからないからだ。
全員の動機があるにもかかわらす、アリバイがきちんとある。
トイレに行った四人が怪しいが、犯行に十分な時間ではない。
一体、どうなっているのかわからないまま篤史は、真輔の部屋に着いた。
部屋の前まで来ると、中から人の話し声が聞こえてきた。
「小川君じゃないか。事件の事で来てたんや」
ドアを開けると、部屋に着いた篤史を待ってましたと言わんばかりに町田警部が篤史に話しかけてきた。
水野刑事は勿論、川田刑事と竹中刑事も部屋にいた。
「何かわかったことはあったのかい?」
遠慮がちに部屋に入ってきた篤史に、川田刑事は聞いてきた。
「いいや、全然です。証拠も残してへんから犯人は頭の良い奴や」
「今のところ、さとうきび以外何もないもんな。まぁ、さとうきびは証拠といえるかどうかだが…」
川田刑事はため息交じりになる。
「証拠があり、トリックも全て解れば、いくらアリバイがあっても犯人を割り出せるんやけど…」
篤史は途方に暮れた表情をする。
「小川君が悩むのも無理もない。今回は全員に完璧なアリバイがあるのだから…」
竹中刑事は篤史の心中を察して言ったが、篤史の事をあまり期待していないようだ。
これは篤史も気になったが、そんなことを気にしないフリをしながら部屋の中を物色し始める。
その姿を見た町田警部は背広の内ポケットから予備の白の手袋を篤史に渡した。
「ありがとう。それにしても、監督に恨みを持ってる人、芸能界で多いみたいですね。オレら五人と望さんを除いては動機が十分あるみたいですし…」
篤史はなるべく敬語を使い、町田警部から聞いた動機を出してしまい、しまったと思ったが、沖縄県警の二人の刑事は気にしていないようだった。
「今回のドラマ関係者以外にも他の役者達も草中監督のドラマや映画には出たくないと言う人も多いみたいだ。何かにつけて役者の演技に文句をつけると業界内では有名らしい。もっと良い演技をしろ、とね。それなのに、ドラマや映画はあまりヒットしない。話題性はあるみたいなんだがね」
川田刑事は圭子達から聞いた話を篤史にもした。
「そうなんですね。役者の中で唯一、寺野さんくらいですよね? 監督のドラマや映画に出演してるのって…」
篤史は何度か圭子が出演しているドラマや映画を観た事があったため、よく憶えていたのだ。
「そうだ。草中監督にとって寺野さんは今まで出演した中では一番に信頼が置ける役者だと事務所の方が言っていたよ」
「ここではなんですから、別の場所に移りませんか?」
竹中刑事の提案で、フロントの隅にある五人がけのイスがある場所に移った。
フロントにはちょうど誰もいなかった。
「寺野さん達の経歴を教えて欲しいんやけど…」
最初に篤史が口を開いた。
川田刑事はわかったというふうに頷くと手帳を取り出した。
「まずは寺野圭子。中学の時に養成学校に入所し、高校卒業後、すぐに芸能界入り。初めの五年、二十四歳まではドラマの脇役、再現ドラマの役ばかりだった。その翌年の二十五歳の時、‘小さな生命’というドラマで大役を演じ、注目をされるようになった。二十七歳で結婚して、一人の女の子と儲けた」
川田刑事はあまり手帳を見ず、雑誌で読んだのを憶えたかのようにスラスラと圭子の経歴を言った。
「女の子を儲けたって…望さんだけなんじゃ…?」
町田警部はかつての同級生の経歴に疑問を感じた。
「実はバツ一らしいんです。結婚した二年後に離婚、その娘は養女に出された。そして、離婚した二年後に再婚して、その娘が望さんっていうことなんです」
「そうだったんですか…」
竹中刑事の説明に、ショックを受けた町田警部。
いくら圭子と中学時代の同級生だとはいえ、中学卒業後の生活の事は当然のごとく知らなかったからだ。
「ちょうど再婚した頃からです。草中監督率いるドラマに出演するようになったのは…。次に内村映子です。高校二年でモデルデビュー。みるみるうちに若い女性の憧れの的になり、二年前から女優業もしてます」
次もまた手帳を見ないで川田刑事は言った。
「山田透は三人のダンスユニットを組み、歌手活動をしています。デビューは今から五年前で、山田さんはデビュー当時から人気があり、歌唱力もピカイチ。三年前から役者として活躍してます。幼少から歌やダンスをしていて、高校生の頃から歌手を目指していたそうです」
次に竹中刑事が言う。
「森本めぐみは幼少の頃からカメラマンを目指し、専門学校卒業後、カメラマンとして活動。バラエティ番組やニュース番組を担当していて、今回初めて、ドラマのカメラマンを担当したらしい。市原雄也は脚本家として有名。彼が書いた作品は高く評価されています」
竹中刑事はめぐみと雄也の二人まとめて篤史に伝えた。
「寺野さんが再婚してたなんてな。一番最初に結婚した時に出産した娘は現在二十二歳か。寺野さんに養女に出された事実を知ってグレてへんかったらいいけどな」
篤史は人の過去を心配してしまう。
「それは言えてるな。市原さんは脚本家の活動に関してだけしかわからないんですか?」
水野刑事は雄也の事が気になったのか、二人の沖縄県警の警官に聞く。
「市原さんは過去を誰にも明かしていないそうなんです」
「そうだったんですか」
水野刑事は雄也の事が簡単だった事を納得した。
「芸能界ではよくありがちなことですな」
町田警部も納得している表情だ。
「そういえば、思い出した事があって、寺野さんが離婚歴があるってテレビで知ったんや。なんか引っかかるような気がする」
篤史は呟くように言う。
圭子が始めてバラエティ番組に出演した時、離婚歴があるという話を圭子自らしていたのを思い出したのだ。
「引っかかるといっても芸能界では当たり前だぞ? それに一般人だって…」
川田刑事は圭子の離婚歴に何の違和感を持たずにいるようだ。
「離婚歴は当たり前なんですけど、相手の事が…。寺野さんは一番最初の結婚相手を公表してなかったんやろ?」
「相手に迷惑がかかるからっていうのが一番の理由だそうだ」
「それならなおさらテレビにいうのはおかしいような気がするけど…」
篤史はなんだか納得出来ずにいた。
(迷惑がかかるから、か…。わからないでもないな。でも、犯人の目的は明らかに監督だけや。これだけははっきりしてる。犯人はオレらの中にいると踏んだけど、オレや警察関係者を除いては殺害する動機も必要もあるわけや。中でも内村さんの金をゆすられていたっていう動機が一番引っかかるけど…)
一、真輔の部屋にさとうきびが二本もあったこと。
二、殺害動機は篤史達と望以外全員にあること。
三、脚本家の雄也の経歴が曖昧なこと。
四、殺害動機はあるのに犯行時刻には全員のアリバイがあること。
五、直接的な死因が絞殺じゃないこと。絞殺は何のためにしたのか?
五つの疑問がわからないし、篤史の脳裏には朝までの全員の行動が動き回っていた。
(やけの冷静すぎる市原さん。第一発見者で何事もないような様子の森本さん。イライラが募り言い方がキツイ内村さん。幾度となく泣きまくっている寺田さん。動揺している山田さん。母親を心配する望さん。全員、怪しく見えるといえばそう見える。そうじゃないといえば普通に見える。この中で犯行を行えたのは誰や…?)
篤史は事件の事を考えるが完全にお手上げ状態だ。
「報告しないといけないことがあるので、署のほうに電話してきます」
竹中刑事は何かを思い出したように離れた場所で携帯で署に電話をかけた。
「川田刑事、一つ質問が…」
「なんだい?」
「竹中刑事って何かあった?」
「何かって…?」
川田刑事は篤史の質問の意図がわからず首を傾げる。
「警部達に対する態度とオレに対する態度が違うなって…」
「そのことか…」
川田刑事は篤史の言葉に頷くと、タバコに火をつけ重々しく口を開いた。
「今、彼は二十六歳で四年目なんです。彼の父親も警察官で、上司の言う事も聞かず、一度、探偵と協力していた時期があったんです。しかし、二十年前に起こった殺人事件でその探偵の裏切り行為があり、彼の父親は殺害されてしまったんです。それから彼は探偵という職業を嫌いましてね。僕と彼の父親は同い年で同期入社だったので、家族ぐるみで付き合いをしています。彼が幼い頃から父親代わりになっていました。幸い、妻も自分が父親代わりになることを承諾してくれていたので良かったんですがね」
川田刑事は苦笑しながら語ってくれた。
しかし、これには篤史は笑う事は出来なかった。
「竹中刑事にはそんな過去があったんですね」
町田警部は携帯で話している竹中刑事の姿を見つめながら呟いた。
「えぇ…。彼はよく頑張っていました。父と同じ警察官になる、と幼い頃からずっと言ってましたからね。やっと夢が実現したという頃、今から四年半前にことでした。彼の母親が交通事故で亡くなってしまいまして…。母親を失くして辛いのは彼のほうなんですが、気丈に振る舞っていたのを今でも思い出します。見てるほうが辛かったですよ」
川田刑事はそう言った後、辛そうな表情をした。
「そうだったんですか…」
水野刑事が静かに呟くと、しばらく沈黙になった。
それから少しすると、竹中刑事は篤史達の元に戻ってきた。
「川田刑事、そろそろ署のほうへ…。会議が始まるようです」
「そうか。では、我々はここで…」
竹中刑事の返事を聞いた川田刑事は急いでタバコの火を消すと立ち上がった。
「ありがとうございます」
三人は沖縄県警の警官を見送ると、ホッとした表情を見せた。
真輔の部屋に舞い戻ってきた三人は、無言のままでいた。
篤史は川田刑事から聞いた竹中刑事の過去の話で複雑な気持ちになっていた
(探偵が嫌いで態度が違うか…。オレも留理にしてた。竹中刑事と同じこと。自分がされてわかる辛さ。まぁ、オレと竹中刑事の状況は全く違うけどな)
篤史は遠い記憶のようにボーっとして考えてしまう。
「…小川君?」
水野刑事が篤史を呼ぶ。
「え…?」
「さっきから呼んでるのに…」
「スマン。事件の事を考えてて…」
とっさに考えた嘘を言った。
「今回は厄介な事件や。何か証拠があればな」
「そうやな。川田刑事達も大変そうやったしな」
「やっぱり有力な犯人は内村さんでは…」
水野刑事の一言に、篤史は首を横に振った。
「確かに内村さんの態度からして一番怪しいのは確かや。でも、全員怪しいで。全員のあの態度を見てたらわかるで」
「しかし、内村さんの動機が最有力や」
町田警部は映子が犯人に一番近いと思っているようだ。
「警部、早まるなって言うたやん。監督には金をゆすられてたっていうのには何か裏があるはずや」
篤史は映子が真輔から金をゆすられていたと聞いて、金をゆすらないといけない何か事情があるのではないかと考えていた。
「何か裏って…?」
「それは考え中や」
篤史はそう言うと、深いため息をつく。
(内村さんが金をゆすられていた理由がわかればいいんやけどな。それに監督の犯行の時刻の犯人のアリバイを崩すには、どういう犯行を行ったかが重要。大広間から十五分以上も席を離れた人間はいなかった。どこかに何かがあるはずや)
篤史はまだ何もわかっていない全てをどうわかっていくかを考えていた。
「監督の向かいの部屋って市原さんやっけ?」
「そうや。いつでも打ち合わせが出来るようにってな」
「打ち合わせ…。ホンマにそれだけやったんか?」
「どういうことや?」
「ドラマ以外の事もあるなって思って…。内村さんのようにゆすられてたとかな。だっておかしくないか? ドラマ撮影の現場に脚本家がついてくるもんなんか?」
「業界の事はよくわからないが、言われてみればなんか変な感じがするな。小川君の言うとおり、市原さんも草中監督にゆすられてたっていうのも一理あるかもしれないな」
町田警部は腕を組んで頷いた。
そんな会話をしているうちに、誰かが部屋のドアをノックした。
「あの…昼食の時間ですよ」
めぐみが昼食が出来たと部屋まで呼びに来てくれた。
「もうそんな時間か…」
水野刑事は腕時計を見て呟いた。
四人は真輔の部屋を出て大広間に向かう。
「なんで監督の部屋にいるってわかったんですか?」
水野刑事は不思議に思いながらめぐみに聞いた。
「なんとなくですよ。事件の事を探っているんではないかなと思って…」
めぐみは疲れているがはっきりとした声で答える。
「そうだったんですか」
水野刑事は事件が起こったんだから当たり前か、と思いながら聞いていた。
「でも、またあの大広間か…。オレ、あの空間にいるのは嫌や。みんな、事件の事でピリピリしてるし…。特に内村さんなんか…」
篤史は大広間に行くのが気が重いといった口調だ。
「まぁ、そう言わずに…。内村さんって普段は優しくて良い人なんですよ。子供が好きらしくて、保育士の資格も取ったくらいなんですから…」
事件が起こって一番口調がキツイ映子を嫌がる篤史にフォローをするめぐみ。
「マジで? 子供好きには見えへんで」
あまりのイメージの違いに、動揺してしまう篤史。
「まぁね。テレビの前では強くてキツイ女性になりきっているのよ。そんな女性に憧れてるっていうわけよ」
「強くてキツイ女性ねぇ…」
篤史はテレビと実際の映子は違うんだと思っていた。
「森本さんの仕事のカメラマンって大変でしょ?」
水野刑事は話題を変えてめぐみに聞いた。
「力仕事が多いので大変といえば大変です。専門学校を卒業してからは色んな下働きがあったけど、夢のためだと思ってたから全く苦じゃなかったです」
めぐみは嬉しそうに答えた。
「オレもそんなふうになれるかな」
篤史はボソッと呟いたつもりだったが、めぐみの耳にはしっかり届いていた。
「大丈夫よ。諦めなければ夢は叶うわよ。こんな私だってカメラマンに夢を叶えたんだから…」
「そうやんな。オレも頑張ろうっと…」
篤史はめぐみに励まされてホッとした。
大広間に着くと、圭子がいないのに気付いた篤史達。
「あれ? 寺野さんは?」
水野刑事は圭子の姿を探しながら大広間にいた全員に聞いた。
「お母さん、食欲がないからって部屋で寝てます」
水野刑事の質問に、元気のない疲れた声で答えた望。
「そうだったのか…」
「刑事さん、あとどれくらいで事件は解決しますか?」
雄也は不安そうに聞いてきた。
「どれくらいっていう答え方は出来ませんが、みなさんが帰るまでにはなんとかします。ご心配なく」
町田警部は真剣な表情で答える。
きっと、篤史目当てなのだろう。
自分がいなくても篤史が事件を解決してくれる、篤史はそう直感した。
そして、昼食を食べ終えると、全員、各部屋に戻った。