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留理の思い

翌日の早朝、時間でいうと、午前六時。

留理は午前五時に起床に、身支度をしていた。

昨夜、部屋にずっと泣いていた留理を里奈は心配してくれたが、篤史はずっと黙ったまま不機嫌な様子だった。

留理は篤史と里奈を起こさずにカバンを持ってそっと部屋を出た。

留理はフロントで旅館の人を呼び、一声かけて玄関を開けてもらい、とりあえずバス停まで歩いて向かうことにした。

バス停に向かう留理に、フロントの人はバスは早くても七時過ぎにしか来ない、と告げたが、そんなことは全く気にしない留理だった。

自力で帰る事を決心した留理には、大阪まで帰るお金はちゃんと持っている。

留理には帰るまであのメンバーと一緒にいる気力は到底なかった。

留理がバス停に来て一時間が経った。

時間は七時過ぎで、もうすぐでバスが来ようとしている。

(今頃、旅館では大騒ぎしているやんな。特に篤史は怒ってるやろうな。昨日の夜からずっと機嫌が悪かったし…)

ベンチに座りそんな事を思っていた留理の周りには、道と道を挟んでさとうきび畑が三百六十度繰り広げられている。

留理はさとうきび畑を眺めながら、篤史を好きになり始めた時の事を思い出していた。

(サッカーをしている姿…。これが篤史を好きになった一番の理由やけど、ホンマは違うのかもしれへん。事件を解決してる姿で好きになったのかも…。篤史の事、好きになった当初、何しても楽しかったんだよね。いつでもそうやったけど…)

ふと泣きそうになる留理の前に一代の車が止まった。

一番最初に出てきたのは篤史だった。

「留理! お前、何してるねん!? みんなどれだけ探したと思ってるねん!?」

車から出てきた篤史は怒った口調で留理を怒鳴る。

怒る篤史の言葉に、留理の目から大粒の涙が溢れてきた。

「…ごめ…ごめんなさい…」

泣きながら謝る事しか出来ない留理。

「とにかく留理ちゃんは無事やったんや。車の中に入ってくれ」

町田警部はホッとした声になる。

留理は車に乗り込み、里奈が貸してくれたハンカチで涙を拭いた。

しばらくすると、留理は落ち着きを戻し話せる状態になった。

「留理ちゃん、大丈夫かい?」

水野刑事は優しく気遣ってくれる。

水野刑事のその優しさに、また泣き出してしまいそうになる留理。

「うん。迷惑かけてごめんなさい」

素直に謝る留理。

「なんで帰ろうとしたんや?」

「昨日の夕食で監督に言われた事が辛くなって、これ以上ここにはいれない。来なければ良かったって思って、ついこんなことを…」

留理はゆっくりと説明をする。

「留理ちゃんの気持ちは察するよ。監督の言い方があまりにも酷かったから、留理ちゃんが部屋に戻ってから僕から抗議しておいたよ」

町田警部は留理の気持ちがわかるといったようだ。

「警部…」

「僕や山田さんだけじゃなく、恵子ちゃん達もあれはなんでも酷すぎる。他に言い方がなかったのか?って言ってくれていたからね」

町田警部は留理の味方だという口調で、昨夜、留理が部屋に戻った後の事を伝えてくれた。

旅館に戻ると、留理は真っ先に真輔に謝りに行った。

真輔はすぐに許してくれなかったが、昨夜の町田警部達が抗議してくれたのと留理の謝る姿を見て許してくれたのだった。

「服部さん、見つかったのね」

撮影が始まる前、めぐみがホッとした笑顔をしながら篤史達に言った。

「本当にすいませんでした」

「留理さん、大丈夫ですか?」

望が声をかけてきてくれる。

「はい、もう大丈夫です。心配してくれてありがとうございます」

「良かったらジュースでも飲んでよ」

めぐみは自腹で買ったジュースの缶を留理に手渡してくれた。

「気を遣ってもらってすいません」

「これで一件落着だ。午前十時に撮影を始める。十分前にこの宿の前に集合だ」

真輔はぶっきらぼうな言い方で言うと、一旦部屋に戻った。

「何よ? 服部さんがこんなことになったのは監督自身だっていうのに…」

めぐみは頬を膨らませて小さな声で文句を言う。

「そうよ。留理さんは何も悪くないのにね。人の将来が決まってないからって、今までどんな人生送ってきたんだとか言っちゃって…」

望もめぐみと同様に真輔の言動に文句をつける。

「二人共、それくらいにしなさいよ。撮影の準備をしないといけないから、部屋に戻るわよ」

恵子がピシャリとめぐみと望に注意すると、篤史達は解散した。






「留理、大丈夫?」

部屋に戻ってきてから里奈が聞いてくれる。

撮影が始まるまでの間、部屋でゆっくりと過ごす事にしたが、三人共口を開かないまま沈黙が続いたのだ。

「うん、大丈夫よ。ごめんね」

「何謝ってんのよ。昨日、私もフォローしてれば留理が大阪に帰ろうなんて思わへんかったのに…」

里奈は自分が行動を起こさなかったのに自分に腹を立てていた。

「そんなことない。私が将来の事を考えてへんかったから悪いねん。それにあの場で山田さんがフォローしてくれただけでも心強かったもん。後でみんなもフォローしてくれた事が嬉しかったし…」

留理はめぐみからもらった缶ジュースを見つめながら言った。

「篤史も何か言ってあげたら?」

里奈は未だ何も言わない篤史に、留理を気遣うように催促する。

「アホ。留理ってホンマにアホやな」

「酷い…。そんなこと…」

「何考えてるんかわからへん」

篤史はそれだけ言うと顔を横に向けた。

「そんなこと言わないでよ。もう少し違う言葉があるんと違う?」

次に里奈はカチンとなり篤史に腹を立てる。

「他の言葉なんてあらへん。せっかく監督がオレのドラマの企画立ててくれたのに、留理のせいで台無しやわ。あーあ、全国のみんなにオレの事を知ってもらうチャンスやったのになぁ…」

篤史は留理を気遣うどころか嫌味を言う。

まるで自分の事しか考えていない発言だ。

「それは酷すぎる。これじゃあ、留理が篤史に嫌がらせしたみたいやん?」

里奈は篤史のその言葉がさらに腹を立てた。

「…もういいよ…」

留理は小さく呟くように言うと立ち上がる。

「留理…?」

「どうせ私が悪いんやろ!? 将来の事、何も考えて私が悪いんやろ!?」

留理の叫ぶ声に、二人は目を丸くする。

「篤史は私の気持ちなんてわかってへんのやから!!」

「留理の気持ちをどうやってわかれっていうねん?」

篤史も負けないように留理に言い返す。

「二人共、やめてよ」

里奈は二人の中に入る。

「篤史は小学生の時から自分のやりたいことをやって将来の事を決めてるからいいかもしれない。でも、私みたいにやりたいことやってても将来の事を模索中の人だっているんやから! なんでも自分と同じやなんて思わんといてよ! 夢があるからって夢がない人を馬鹿にしないでよ! 馬鹿にするのもいい加減にしてよね!」

留理は思ってる事を全て篤史に言い放った。

そう言われた篤史はますます怒りがこみ上げてきた。

「小川君、草中監督が…」

そこに町田警部と水野刑事が部屋に入ってきた。

二人は部屋のただならぬ空気を察知した。

「私ね、ずっと篤史の好きやった。でも、育江の事があってから自分の気持ちにピリオドを打っちゃった。なんでかわかる? 篤史は幼馴染の私や里奈じゃなくファンの育江と付き合ってたんやもん。里奈と付き合ってるんやったらまだ諦めもついた。いくら私が頑張っても篤史にとって私や里奈はただの幼馴染。ただの幼馴染にしかないの!」

今の思いを全て言い切った留理。

自分の気持ちにピリオドを打ったというのには、里奈が一番驚いた。

留理の恋の相談を受けていた里奈は、このことは全くと言っていい程、知らなかったのである。

「篤史の事、諦めたってホンマなん?」

里奈は唖然としながら留理に聞いた。

「ホンマや。この思い、誰にも言わずに自分の中で抹消したかった」

何かを決意したように留理は、ドアノブに手をかけた。

「留理ちゃん、落ち着いてくれ。さぁ、ちょっと座ってくれ」

町田警部は留理の背中を押す。

篤史の胸中は、留理からの突然の告白に戸惑っていた。

そして、これから留理とどう接していくか考えていた。

「留理ちゃんが小川君の事が好きやった。しかし、坂本さんと付き合っていたので、自分の気持ちを言わなかった。そういうことやな?」

町田警部も留理の告白に戸惑いつつ、とりあえず整理しながら留理に聞くと、留理は頷いた。

「好きだという気持ちがあるのは自然な事だからね。片思いは一喜一憂出来るけど、なかなか相手には伝わらない。恋はそういうものだ」

水野刑事は留理の気持ちがわからなくもないという口調で言った。

「ちょっと部屋出てもいいか?」

「いいよ」

篤史は留理の気持ちをどうしたらいいのかわからず立ち上がり、部屋を出て行った。






フロント近くにあるロビーで、いつもは飲まない缶コーヒーを買って飲みながら、篤史は考え事をしていた。

(留理がオレの事が好きやった。近くにいるのに全然、気付かへんかった。なんでも自分と同じと思うな、か…。確かに留理の言うとおりかもしれへんな…)

一人になった篤史は改めて冷静になると、大人しくてあまり自分の気持ちを言わない留理の言葉の重みがよくわかった。

そして、深く大きなため息をついた篤史の肩を誰かが叩いた。

篤史が振り向くと里奈がいた。

「オゥ、里奈…」

篤史は何事もないように振る舞う。

「さっきのこと気にしてる?」

里奈は篤史の横に座りながら聞いた。

「うん、まぁ…」

「私は気にしてへんで。篤史が幼馴染に目を向けていなかったこと」

里奈は篤史の目をまっすぐに見て言った。

「ありがとう。なんか今思うと、留理は事件でオレが怪我した時や入院した時も看病してくれた。そんな留理の優しさに気付かへんかったんやろうって今更ながら思う。それにオレが盲腸の時だって、オレの代わりに途中まで事件を解いてくれた事もあった。事件の事は完璧やのに、幼馴染の事はまったくやな」

留理の事は何もわかっていなかったと気付いた篤史の脳裏には、留理が自分にしてくれた行動が浮かんだ。

「留理は全力で篤史に尽くしてたからね。それにしても、留理が将来の事を考える余裕がないってどういう意味なんやろう?」

里奈は留理の言葉の発言の意味がわからないでいた。

「今の自分には周りの事でいっぱい。あるいは今の生活を楽しみたいから未来の事は後回しってことなのかな」

篤史はそう推理する。

「そうかもしれないね。そういえば、警部が監督のとこに来るようにって言われたみたいやで。みんなは先に撮影現場に行ったみたいやで」

里奈は自分が何しに来たのか思い出したように篤史に伝えた。

「そうやったんか。じゃあ、行こうか」

二人は立ち上がり、撮影現場に向かった。

この時、沖縄に行く前に篤史が感じた嫌な胸騒ぎは着々と進んでいる事に誰一人として思ってもみなかった。

そう、嫌な胸騒ぎを感じ取った篤史自身でさえも…。






この日の夕食は篤史と留理以外は盛り上がっていた。

留理は篤史から三つも間を空けて座っていた。

今の留理には、今日一日、色んな事があったせいで篤史と口を聞きたくないという気持ちのほうが先行してしまっていたのだ。

「山田さん、飲み過ぎですよ。明日も撮影なのに…」

酒を豪快に飲む透をめぐみは注意する。

「たまにはいいじゃねーか。今日は撮影初日なんだしな」

透は赤らめた顔でそう言うと、グラスにビールを注いで飲み始めた。

そんな様子の透を見て呆れた表情を浮かべるめぐみ。

「小川君、今まで遭遇した事件の話をしてくれよ」

雄也は篤史が解決した事件の話が聞きたいようだ。

「いいですよ。何の事件がいいかな」

篤史は少し悩んだ後に自分が解決した事件の中で一番印象に残った話をしようとすると、

「そろそろ部屋に戻るよ」

真輔は自分の肩を揉みながら立ち上がった。

「せっかく今からいいところなのに…?」

映子は不満な声を出して真輔を見る。

「今日は疲れた上に明日も朝が早いからな。明日の集合は午前七時で、九時半から撮影開始だ。朝食は集合までに済ませておいてくれ」

真輔は出演者に伝言を伝えると大広間を出て行ってしまった。

しばらくして篤史は自分が解決した事件の話をし始めた。

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