だから私は忘れられない
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「ええっ!淳哉が好きなのって牧田?!」
「マジで?!ほんとに?!」
その会話が聞こえたのは偶然だった。
体育の授業中うっかり転んで怪我をしてしまった私は、体育館から保健室へやって来たところだった。しかし残念なことに先生は留守だったので、少し待つことにしたのだが…。
保健室に面した校庭の水飲み場の近く、おそらくサッカーの出番待ちであろう数人のクラスメイトが、中心にいる男子生徒をからかい倒している。大きな声で話している上に、すぐそばの保健室の窓が開いていたため、その内容がはっきりと聞き取れてしまった。
ここでクラスメイトが言う「淳哉」とは、岡野淳哉君のことである。二年三組、クラスで一番とは言えないもののそれなりに顔が良く、勉強もそこそこ、サッカー部、明るい性格で人柄も良い。クラスの中心グループでのムードメーカーといった感じだ。
対して「牧田」とはこの私、牧田紘乃で間違いないだろう。何しろ学内で牧田は私だけだから。二年三組、強情な癖っ毛が悩み、勉強はそこそこ、家庭科部、特に目立つ項目はない。強いて言えば、生徒会役員ということだろうか。
お分かりの通り、岡野君と私の間にはクラスメイトという点以外の接点はない。しかももう二学期の半ばだというのに、会話をしたことも数えるほどしかないはずだ。一体どこをどうしたら私なんかを好きになるというのか。
私が考え込んでいた間も校庭の男子グループの熱はなかなか治まらないらしく、まだ岡野君をからかっている。「なんで牧田?」「どこがいいの?」「もっと可愛い子いるじゃん」などの言葉に対しては黙秘を貫いていた岡野君だったが、しびれを切らしたらしいクラス一イケメンである橘君の「牧田さんにばらしちゃおっかなー」という発言を聞いた途端、「やめろよ!!」と顔を赤くして叫んでいた。
「牧田さんにばらされたくなかったら、ちゃんと質問に答えろよ。」
「だから何でお前らに言わなきゃなんねーんだよ。」
「だって淳哉の恋バナって初めてだから気になるし。なあ?」
「「「そうそう」」」
「…とか言っておもしろがってるんじゃねーの?」
「そんなことないって!!ほら、いいから言ってみろよ。牧田さんのどこが好きなんですか?」
橘君の質問にぐっと詰まった岡野君だったが、渋々といった感じで話し始める。
「最初は何とも思ってなかったんだけど…体育祭で牧田さんが朝礼台の上に登っただろ。俺、体育委員だから、クラスの列の先頭に並んでて結構近かったんだよ。そしたらさ、その…可愛かったんだよ。ひざが。」
確かに私は体育祭の開会式で壇上に上がった。生徒会から競技や熱中症の注意を呼び掛ける文章を読んだのだ。ただあみだくじで当たってしまった役割だったのだが、その時に、しかも…ひざが理由で好きになってもらえるとは夢にも思っていなかった。
「…知らなかったな。淳哉が膝フェチだったなんて。」
「違う!…いや違わないかもしれないけど!」
「どっちだよ!!」
「膝が可愛いなんてあの時が初めてだよ!なんていうか、うちのクラス異様に盛り上がってただろ?「絶対優勝」って女子がすごかったじゃん。」
「あー確かに。特に斉藤たちからのプレッシャー、半端なかったよな。」
「だろ?それでさ、女子の学年種目がむかで競争で、毎日放課後に自主練という名の強制練習があったのも覚えてるよな?」
「うんうん。あの時は男で良かったと思ったもんね。」
「牧田さんさ、女子で唯一毎回練習出てたらしいんだよ。他のやつらは部活だとか塾で時々抜けてたけど。牧田さんだって生徒会の仕事とか部活あったはずなのにさ。「ちょっとだけでも参加する」って頑張ってたんだよ。」
あれを知られているなんて…うわあどうしよう。恥ずかしいけどすっごく嬉しい。
「運動神経が特に良さそうな感じでもないし、真面目だからさぼれなかったのかもしれないけどな。んで、本番の前々日くらいに転んだみたいで、水道で足洗ってるところに偶然行き合わせたんだよ。その時の、痛いのがまんしてる顔が…意外といいかもって思ってて。そんで当日に絆創膏貼った膝見たら、なんか一生懸命なのも可愛いく見えたっていうか…。」
もういいよ。それ以上は言わないでほしい。
心臓がバクバクして、きっと顔も赤いはず。全身が熱くてどうにかなっちゃいそう。
「淳哉って結構純情なんだなー。」
「聞いてるこっちが恥ずかしいっつーの。」
「なっ…お前らが聞いてきたんだろ!!」
岡野君の声に被せるようにピーっという笛の音が鳴り、彼らは授業に戻っていったようだった。そのあとすぐに「あらごめんなさい。待たせちゃったかしら?」という保険医の声によって私もそちらに気を取られ、先程の会話はそっと胸にしまうこととなった。
ただ、教室に戻った時に私の絆創膏が貼られた膝を見て、橘君たちがにやにやと岡野君を小突いていたのは気のせいじゃないと思う。
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あれから時は過ぎ、もう高校生になってしまった。もちろん岡野君とは何があるわけでもなく中学を卒業し、ただ偶然にも同じ高校に通うこととなったのは良かったのか悪かったのか。
なにしろ、あの保健室で聞いてしまった会話から岡野君が私に好意を持っていることが分かってしまい、しばらくは岡野君とすれ違うだけでドキドキしたものだが、あの時からひと月もしないうちに岡野君には彼女ができてしまった。しかも相手は学年で一、二を争う可愛い子だ。お話にならない。
これでも期待していたのだ。真面目だけが取り柄の私を「可愛い」と言ってくれた男の子なんて初めてだったから。クラスの中心の派手な女子ではなく私を見つけてくれたことが嬉しかった。しかも私のことをちゃんと知って好きだと言っていたから。ずっと何の面白味もない人間だと思っていたのに、たった一人が認めてくれただけで、毎日が楽しかった。
今なら分かる。私は調子に乗っていたのだと。そもそも私のような地味人間を彼のような人気者が好きになるわけがない。きっとあの時の「好き」は興味とか関心という意味で、そこに恋愛的な意味は欠片もなかったのだと思う。
今日も岡野君は私の知らない女の子と手を繋いで正門を出ていく。もう何人目の彼女だろうか。高校に入ってからはだいたい二カ月ごとに彼女が変わっているから、十番目くらい?こんなことをいちいち考えている私は、たぶん馬鹿なんだろう。
だって、ずっと彼の「可愛い」という言葉が忘れられないのだから――――――。
今日も俺はあの子とは違う女の手を引いて学校を後にする。学校は楽しい。友達もたくさんいる。可愛い彼女だって。
だけどあの子のことがいつまで経っても忘れられない。
あの頃同じクラスだったのに恥ずかしくて全然話しかけられなかった。わざわざあの子の志望校を調べて同じ高校に来たのに、そこでもやっぱりあの子との距離は遠くて。もう忘れなきゃと思っていろんな子と付き合ってみても、どうしても違うとすぐに別れてしまう。
きっとあの子は俺のことを同じ中学だった同級生くらいにしか思ってないだろう。でも仕方ない、俺は何もしなかったんだから。
高校生になって少し大人びたあの子。コンプレックスだったらしい癖毛にストレートパーマをかけたら、途端にクラスの男から告白されてた。
いつもにこにこしていて、癒し系という言葉がぴったりの可愛いあの子。
どうにかして近くに行きたいけど、そういう時に限って邪魔が入る。
神様仏様、それから俺のご先祖様。お願いします。
せめて来年は同じクラスになれますように。