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第126話エピソード・ユーイチ2

 俺は、アカリによって猛勉強させられていた。


 「違います、そこは29です」


 「え、えーっと、どうすれば29になるんだ」


 「ですから、ここはこの公式を使って」


 やっぱり、算術の勉強は俺にとっては死ぬと同じくらいの苦行であった。これが得意な人間というのは本当に訳が分からない。


 「わからない……」


 俺は、アカリに算術をそれからずっと教えてもらっていたのだが、まったくもって身につかなかった。その代わりに身についたものと言えば、歴史、そして文語の勉強だ。そのどちらにも共通するものというのは本を使って読む教科であるだ。どうも、俺は本が好きなようだ。昔からとりわけお父様に蔑まれていた時から俺にあったものは昔話の本だけ。そういった環境で過ごしたことで本だけは好きになったようだ。

 

 「本を読むのもいいですけど、算術もしっかりやってくださいよ」


 ……算術が読むものであれば俺も得意になっていたのだろうけど、そんな甘いことはないんだよな。

 はぁ。

 俺は、算術をがんばって勉強しその日は寝た。


 ◇◇◇


 翌日。

 俺は、学校へと通っていた。

 俺が通っているのは、いずれ帝都ヴァリオン大学に合格するために貴族の子弟たちが通ういわば、大学準備校ともいうべき学校だ。7から15歳までの幅広い年齢の貴族の子弟が集まっている。ちなみに蛇足的であるが、平民の子もヴァリオン大学に才覚があるのならば入学することができる。しかしは、このような準備校には平民は通うことができないので独学が強要される。大学に入学できる才覚あるものとはほんの一握りの天才しかいないのだ。

 学校では、俺は落ちこぼれだ。

 理由は今までのことで分かると思うが算術のせいだ。


 「やーい、ユーイチのバカ!」


 「こいつやっちまえ」


 学校では横暴貴族の子弟によっていじめられていた。

 逆らうことなどしない。できないという点もあるがそれ以上に俺にはそのようないじめには無関心であった。どれだけ嫌なことをされたとしても俺が平然としていればそいつらはそれ以上はしない。

 いじめられ続けて学んだことだ。

 それに反撃でもしたら迷惑がかかる。主に両親と兄たちに。

 だから、俺は逆らうようなことをしない。

 俺が殴られてもずっと黙ってひたすら殴られ続けていると、向こうもこれ以上俺の反応がないことに不満を感じたのか舌打ちをして言った。


 「ちっ、何も反応しないのか」


 そう吐き捨てるように言うと、そのまま俺の元から去っていった。

 俺は、その場で倒れる。

 くぅ、相変わらず殴られ続けるのは痛い。

 本当に腹立つ。

 本当は反撃をしたい。殴りたい。殺したい。しかし、そういった私情によって周りの人に迷惑をかけることだけはしたくない。

 だから我慢する。我慢は俺に何も解決する手段を産まない。でも、こうすることでしかこの場をしのぐ手が浮かばないんだ。だから、我慢することにしている。

 その場に倒れてからしばらく動けない。

 力が体に入らない。

 殴られ続けられても変わらないことがある。それは、殴られることはとても痛いということだ。体が痛いというのはもちろん不思議なことに心も痛い。この痛み晴れないかな。

 それから、しばらくその場に倒れていた。


 コツンコツン


 足音がした。誰かが俺の方に近づいてきた。

 

 コツンコツン


 確かに俺の方へと近づいている。足音がどんどんと大きくなってきている。

 誰だ? 俺は倒れているので顔を動かして上の方を向かない限り誰が近づいているのか確認することができない。


 「ユ、ユーイチか?」


 「この声はタカタクにい?」


 「ああ、そうだが。ユーイチそのけがはどうしたんだ?」


 俺の元へとやってきたのはブリッツ家の長男であり、俺の兄貴タカタクであった。

 年の方は、17である。すでに帝国中央政府内において働く始めており時の宰相にあたる筆頭大臣ヨシキにその才能を認められて筆頭大臣書記官を務めている。

 これは異例のことらしい。父上も母上もそのことをとても喜んでいるようだ。


 「ちょっと、派手に転んでしまってね。ははは」


 嘘がとても下手であった。

 おそらくタカタク兄は気づいているのだろう。俺の傷の正体に。どうして傷つけられたのかも。


 「なるほど……なら、次からは気をつけろよ」


 タカタク兄はそれ以上俺を追求しなかった。

 やっぱり気づいている。その言葉で俺は確信した。あえて追求しなかったことが本当にうれしかった。

 

 「それより、歩いて帰れるか? 何なら負ぶって帰ってもいいぞ」


 「いや、大丈夫だから」


 よっこいっしょ


 そう言って、まだ痛い体を無理やり起こす。

 

 「痛っ!」


 あまりの激痛に叫んでしまう。


 「やっぱりダメそうじゃないか。ちょっと我慢しろよ」


 そう言ってタカタク兄は俺を背中におぶった。


 「ごめんなさい、タカタク兄」


 俺は申し訳なさそうに謝る。


 「気にするなよ。兄弟なんだし、これぐらい遠慮の内に入らないぞ」


 「そう言ってくれるだけでうれしいよ」

 

 そのまま俺とタカタク兄はたわいもない話をして家に帰った。

 家に帰った後にナヲユキ兄に何があったんだと俺の傷を見て追及してきたが、それをタカタク兄がのらりくらりといい加減な問答をして誤魔化していた。その様子が俺にとってはとても微笑ましいものであった。

 その日の夜は早く寝た。

 タカタク兄が俺が寝る直前に。


 「ごめんな。俺がお前を守ってやるから」


 と、言ったことだけ覚えている。俺を守ってくれる2人の兄がいて本当にうれしいと思った。

 その言葉を最後に俺の記憶は消えた。

 その日はいい夢を見た。ぐっすりと寝ることができたのだった。




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