死神さん世界を語る
村の外れでボロボロのコートを着た男性が何か話している。フードを被っているので顔は見えないが、体格や声から恐らく男性だろうと分かる。
娯楽の少ない村なので、みんな何だろう?と集まっている。実は私もその中の一人だ。
どうやら彼は旅の吟遊詩人のようで、ここで一つの話をしてくれるようだ。
話が始まる頃には村のほとんどの人達が集まっていた。これは今がちょうど昼休憩だったというのもあるだろうが、みんな刺激が欲しいんだろう。
人がある程度集まったのを確認して、吟遊詩人はゆっくりと語りだした。
――これはとある村人が体験した話なんだけどね?
・・・
男は貧乏だった。貧乏だったが、自分の畑を持っており、食べるのには困らなかった。
娯楽品等は買う余裕などなかったが、酒もタバコもやらない男にはあまり関係のないことだった。
そんなある日、男の母親が病気になった。
しかし男は貧乏なので薬を買うことなどとてもできない。
彼は母親が死に向かっていくのをただ眺めているだけしかできなかった。
勿論出来るだけ栄養のある物を食べさせたし、薬草を煎じて飲ませたりもした。
しかし母親は良くならなかった。
ある日の晩、男が仕事を終えて家に戻ると寝ている母親の上に大鎌を持った骸骨がいた。
男はそれを見た瞬間、骸骨が何者なのか理解する。
―あれは死神だ。
骸骨は男の予想通り死神だった。
今日の内に母親の魂は神のもとに行くらしい。
男は必死に死神に頼んだ。母を連れて行かないで欲しいと。
「お前の母親は人生を全うした。これは運命だ。」
死神は言った。しかし男は納得できなかった。
母親はまだ40歳だ。となりの家には70歳のおじいさんがいる。何故母親が先なのか。
「お前の母親は随分と充実した人生を送ったのだろう。だからだよ。」
男は理解できなかった。母親は確かに何時も笑顔だったが、ずっと貧乏だった。
充実なんかしていたはずがないと叫ぶ。
死神は自分と対峙して、怯えるどころか真っ直ぐに睨んでくる男に興味を持ち、この男に少し世界の真実を教えてやろうと思った。
「青年よ、世界とはなんだと思う?」
青年は突然の死神の問いかけにキョトンと首を傾げた。
それを見て死神は面白そうに話を続ける。
「世界は作りかけの物語なのだよ。神が暇つぶしをするための娯楽なのだ。ではお前たちはなんだ?」
「……登場人物ですか?」
死神は男の答えに満足そうに頷くが、それを否定する。
「違う。いや、正解かもしれないが、違う。お前たちはペンだ。本を書くための神の道具。では時間とはなんだ?」
男はうーん、と頭を捻るが答えが出てこない。
死神はそれを面白そうに見ながら答えを言う。
「正解はインクだ。生き物は人生というインクを魂に染み込ませて神の元に帰り、そのインクを使って神が本に物語を記すのだ。この私の下にいる女性はそのインクが一定以上魂に染み込んだ。だから一旦連れて帰る。」
男は納得できなかった。まだ母が死ぬのは速いと思ったからだ。
だから死神に見逃してもらうように頼んだ。
しかし死神はダメだという。
死神が母親に向けて大鎌を振り下ろそうとした瞬間、男は死神に向かって花瓶を投げつけた。
予想外にも花瓶は死神の頭に当たった。しかも死神の頭は砕け、砕けた部分から死神はサラサラと砂になっていく。
死神の全てが砂に変わった。その死神だった砂も家の入口から吹いた風に乗って何処かに消えてしまった。
母親を守ることができたと、男は安堵した。
だけどその瞬間、死神の笑い声が聞こえる。
「かはははっ!ありがとう。苦節2380年、これで私は解放される。次の死神はキミだよ、青年。」
男は頭の中に死神の言葉が聞こえたと思った瞬間、膨大な量の知識が入り込んでくるのが分かった。
頭に激痛が走る。頭が壊れる……いや、これは作り替えられている感覚に近い。
激痛が収まったとき、男は死神になっていた。
まだ生きているので骨ではないが、彼は正しく死神になったのだ。
彼は涙を流しながら母親へと鎌を振り下ろした。
・・・
吟遊詩人の話はそこで終わりだった。
あまり聞いてて気持ちのいい話ではなかったが、吟遊詩人の話し方が上手くて誰も途中で帰ることはしなかった。もう夕暮れ時だ。
「だから、皆さんも死神がいたとしても手は出さないほうがいいですよ。次の死神を任されてしまいますから。」
吟遊詩人はそう言って何処かへ去っていってしまった。
村の皆も吟遊詩人がいなくなるとバラバラに帰っていく。
私は少し不安になった。私の家には病気の父親がいる。
吟遊詩人の話と重なって不安になったのだ。私は急いで家に帰る。
家の扉を開けて父親のもとに向かう。
父親の部屋にノックもしないで入る。
私の視線の先には寝ている父親と
――大鎌を持った吟遊詩人がいた。