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覚醒者大戦  作者: 世死
1/1

序章 覚醒

「夢を諦めずに追い続けていけば、それは必ずつかめるもの」


よくそんな言葉を聞く。


言ってしまえば、それは後出しジャンケンみたいなもんだ。

夢をつかんだ成功者だから言える台詞じゃないか。

才能のある奴がその才能を更に磨いたごくまれなケースでしかない。

結局は元から持っている才能に運良く気づいて、それの上乗せが幾らできるかって事だ。

その土台がない奴が一般ピープルだ。

大部分はこの部類にあたる。

そんな奴には大きな夢を追い続ける事なんて無意味だ。

くだらねぇ・・・


午後の日差しが窓から降り注ぎ、頭蓋骨を突き破って思考を焦がしていく。

彼は高校生でありながら、既に人生の何たるかを悟った気分でいた。


成績は良くも悪くもない。

運動神経も良くも悪くもない。

彼は努力が嫌いなのだ。

友人も多くも少なくもなく、口の悪いクラスメイトは「Mr.標準」と彼を呼ぶ。


特徴を強いて言うなら、バイクに乗っている事。

高校から家までの距離がかなりあるため、両親へのおねだりとアルバイトの金を合わせて買った中古の原チャリだ。

しかし比較的校則の緩いこの高校ではそこまで珍しい事ではなかった。


教師が黒板に数式を書いていく。

この授業にしたって将来なんの役に立つっていうのだ。

そう思いながらもノートに書き写していく。

こうやって適当に勉強して適当に流されていく。

この先待っているのもそんな人生の連続かと思うと、彼は一人大きな溜息を吐いた。


周りを意識するともなく見渡す。

教師に隠れて漫画を読んでいる男子。

小声でお喋りをする女子。

堂々と寝ている奴。

それを注意もする事もなく淡々と授業を進める教師。


特に風紀が乱れた学校ではないのだが、怠惰な雰囲気が蔓延しているように見える。

皆が皆、流されていくだけの為にここに通っているのだ。

そして多分、俺がその最も真ん中にいる存在なのだろう。


チャイムが鳴る。

これで今日の学校での生活は終わりだ。


部活にいく用意をする奴、大あくびをしながら伸びをする奴、友達と更に喋る奴。

一応の開放感に教室は溢れた。

また明日になれば同じ教室に軟禁されるというのに。


彼は帰り支度を始めた。


「早瀬ぇ、何授業中大きなため息なんかついちゃってんの?後ろだから聞こえまくりなんだけど」

前の席の葉月セリナに声をかけられた。


才色兼備とは彼女の事を言うのだろう。

長い黒髪は枝毛も一本もない程艶やかで、一重の切れ長の瞳は一見冷たそうにみえるが、誰でも気さくに話すという性格の持ち主。

成績も常に上位をキープし、剣道では全国区レベル、家はなんとかという居合の流派らしい。

おまけにスタイル抜群。

彼女の席が近くにあったのは、あまり楽しくもない学校生活の中では行幸だったと言えるだろう。


「あぁ、別になんて事ねぇよ」

胸の豊かな膨らみに目が行きかけたのをなんとかそらす。

「あ~、また無愛想!そんなんだから顔はちょっといいのにモテないんだよ?」

・・・んじゃ俺と付き合えよ。

はにかみながら声を発してくる。女性にしては少し低音。

それがより一層魅力的だ。

「へいへい、どうせ俺は無愛想なMr.標準ですよ」

「ってかさぁ、早瀬も部活とかしたらいいのに」

「やってんよ。帰宅部。俺、中学校からエースよ?」

葉月とのこんな何気ない会話は楽しい。


「でもさ・・・もしかしたら早川、何もやってないだけで、実は凄い才能が眠ってるかもよ?」


そんな訳はない。

生まれてからこの16年間、全くの標準でやってきたのだ。

自分の事は自分が一番分かっているつもりだ。


「ぉっと、もうこんな時間!私、部活いくね。じゃねぇ~ト・キ・オ・ミ♪」


言うだけ言っといて彼女はさっさと剣道部へと行ってしまった。

俺は溜息をついた。

今度のは小さく、ちょっとした幸せを噛み締める程度のものだった。


クラスメイトに帰りの挨拶代わりに軽口を叩きながら教室を出て階段を降りる。

校舎の裏側にあるバイク置き場に向かう途中、ブタ山を連れた関川と目が合ってしまった。


関川・・・典型的なクラスの何処でもいる問題児。

身長180cmの筋肉マッチョ野郎。

俺よりも10cmも高く、ボクシングをやっている。

そいつに連れられているブタ山こと中山は典型的ないじめられっ子。

そのニックネームの如く太っていて、運動勉強全てが標準以下。


嫌な奴に嫌なタイミングで会ったな・・・


「よぅ、トキオミィ、お帰りでゴザイマスカぁ?」

語尾を変に伸ばす独特の口調はまさに典型的ヤンキー。

俺は関川の後ろにいるブタ山とも目を合わせないように話した。

どうせコイツ、今日も金でもとられるんだよなぁ・・・

おどおどして汗をかいている様子が哀れでもあり無様だった。


「あ、ぁ、うん、関川クン、今帰るところ」

触らぬ神に祟りなし。

早々に会話を切り上げてこの場から逃げたかった。

「ヘェ、そぅ、俺、いま困っちゃってるんだよねぇ」

さよならの挨拶をしようと思ったら奴はそう切り返してきた。

帰りのタイミングを失ってしまった・・・

更に関川は続ける。


「5万でいいからぁ、貸してくれって言ってんのにさぁ、このブタ、金がねぇとか言いやがんのォ」

関川はブタ山を一瞥すると彼の汗の量は更に加速し、顔はもう真っ赤だ。

そんなブタ山と目が合ってしまった。

無理無理、俺に助ける事なんかできるわけないじゃん。


「そ、そうなんだ・・・大変だね」

適当に相槌を売っておく。

本当に大変なのは明らかにブタ山の方だ。


「なぁ!ブタ山ぁ・・・金、どうすんのぉ?」

一瞬体をビクつかせてブタ山は答えた。

「ダ・・・ダレかに借りてでもヨ、ヨ、ヨウイシマス」

若干裏声気味なのが更に哀れを誘う。

「おめぇ友達いねぇべよぉ?誰に借りんだよぉ?」


今度はハッキリとブタ山は顔を上げ、哀願するように俺をみてきた。

関川も下からすくい上げるように俺をみてきた。

そしてニヤリと笑う・・・まるでカエルを見つめる蛇の様に。


「ぁ~、そういうコトぉ?なんだぁ、君たち、仲良しなんだねぇ?」

「ぇ?チョ、チョット待ってよ!」

ブタ山を一瞥する。ナニこっち見てくれてんだよ!俺まで巻沿いにするつもりか!!

「んじゃトキオミクン、そういうわけで明日持ってきてくれるぅ?」


世界が一瞬停止した。

グランドで部活をしている生徒の声が聞こえてきたのは暫くしてからだ。

その暫くがどれくらいの時間なのかはよく解らないが、多分一瞬だっただろうけど一時間にも感じられた。


「んじゃ明日よろしくぅ、Mr.標準くぅん」

気がつくと関川はポケットに手を突っ込みながら歩いていった。

残されたのは俺とブタ山。

おどおどした様子でチラチラと俺をみてくる態度が怒りを煽った。

「おい!ブタ山!お前、なんで俺なんだよ!?」

「ぅ・い、いや、僕何も言ってないし」

「言ってないって・・・あの状況からしたら俺に頼んだみたいじゃないか!!」

「で、でも、決めたの関川君じゃないか・・・」

「ざけんなよ!」


強い立場で金を取ろうとする関川。

弱い立場で何も言えないブタ山。

なにも出来ずに弱い立場にあたっている俺。

なにもかも最悪だ。

そう考えると怒りの代わりに虚しさが暗雲の様に立ち込めてきた。

空はこんなにも馬鹿みたいに晴れているというのに。


どうでもいい気分になり、まだオドオドしているブタ山を無視してその場を離れる。

その時携帯がメールの受信を知らせた。

母さんからだ・・・「クリーニングに出した布団もってかえって。じゃないと今夜トキくんの寝場所ないから(ハート)」

・・・あのババア、息子がこんな状況なのに人の気も知らないで。

溜息をつきながら原チャに乗る。


クリーニング屋で布団を受け取って後ろの荷台に簡単に縛り付ける。

固定がしっかりしてないせいか、安定が悪い。

大体、原チャで布団を運ぶのっておかしいだろ。

またほどいて縛りなおすのも今の気分的にも面倒なんでそのままでいく事にする。

まったく・・・こんな事でさえ俺の味方をしてくれない。


そんなに大きくない布団ではあるが、流石に運転には少し邪魔だった。

ケツの位置を少し前にずらして原付を走らせる。

夕焼けが眩しい。

夕日に照らされたビルが長い影を帯びているが自分のいる場所までは届かない。

今度グラサン買おうかな・・・そう思ったのだが、関川の5万円問題をどうにかするのが先だなと思い直した。

欝な気分がビルを巨大な墓標に見せる。


赤信号になったので交差点で停り、そんな物思いにふけっていた時だった。

隣に並んで停車していた黒い車の助手席の窓が開いた。

「あれぇ?早瀬クンじゃないのぅ?」

・・・関川!

「布団なんか載せちゃってぇ・・・お使いぃ?偉いねぇ」

まともに顔が見れない・・・が、ニヤニヤしているのは雰囲気で伝わってくる。

早く・・・青に・・・青になれ!

「おぅ、関ぃ、知り合いか?」

運転している男が関川に声をかけていた。

真っ黒に焼けた肌は黒人と見間違うくらいで、日本語を喋ってるのに違和感を感じる程だ。

大柄の関川よりもうふたまわりも分厚い体だ。

笑う口からは冗談かと思うくらい金歯が覗いている。

「そうなんす、先輩。明日はコイツから金、貰う事になってますんで!」

関川らしからぬハキハキとした口調で答えた。

「スマンなぁ、あんちゃん、よろしく頼むわ」

運転席からダミ声で俺に凄んでくる。

「・・・・・」

どう答えていいか解らないまま黙っていると真横で関川の怒声が走ってきた。

「おぃコラぁ!!標準、先輩にちゃんと答えんかぃい!!!」

・・・ップチ。

「っるせぇ!ボケぇ!!」

自分の声が信じられなかった。

キョトンとする車の化物達。

やべ・・・逃げなきゃ。

アクセルをフルスロットルにした。


原付の車体が加速していく。

それよりももっと心臓の鼓動は高鳴っていく。破裂しそうだ。

ミラーで後ろを確認する余裕もないほど突っ走る。

早く逃げなきゃ・・・ヤバイヤバイヤバイヤバイ。

緊張のあまり耳鳴りがする。

耳鳴りと心臓の音のハーモニーが外の音を拒絶しているかのようだ。

しかしそれは視界の横に入ってきた。

黒い車・・・化物達だ!

非力な原付に追いつくなんて訳のない事で、並走してくる。

助手席の関川が何か叫んでいるが、意味のわからない言語としてしか脳までは届いてこない。

ふと手が伸びてきた。

うゎ・・・つかまる!つかまってたまるか!!

咄嗟に左に避けた。


瞬間。


激しい衝撃と共に空に投げ出された。


空が紅い。


ビルの墓標。


あぁ、そうか、俺はこのまま死ぬのかな?

死ぬ前は人生が走馬灯の様に流れるっていうけど・・・意外と静かなんだな・・・

側溝のフタが開いてる。

ここに前輪がハマったんだ。

全く運が悪い。

突然切れてあんな事言わなかったらこんな事にはならなかったのに。

近くには大破した原付も飛んでいる。

その様子に驚き顔の関川がやけに滑稽に写った。


ふと気がつくと静寂から音が漏れていた。いや・・・声?音楽??


その音で我に返った。


『時間が停止している』


なんなんだ・・・コレ・・・体も動かない。

そのくせ、意識は全く混濁してなく、周りの状況が手に取るように解る。

空気の厚さまで解るくらい五感が冴え渡っている。


ゆっくり・・・超ゆっくりだが景色が動いている。

自分の進行方向を見ると橋の欄干があるのが解る。

このままではアレにぶち当たって・・・死ぬ!


布団・・・そうだ!コレをクッションに出来れば・・・!

手を伸ばそうとする。

動かない体。

いや、こっちもゆっくりと動いている。

届くか届かないか微妙な距離。

お願いだ・・・動け!動け!動けぇ!!

・・・届いた!


欄干が迫りつつある。

超スローでしか動かない体がもどかしい。

布団を丸め、衝撃に備える。

そしてゆっくりと欄干へと迫っていく。

10cm、5cm、1cm、1mm・・・


接触。


ゆっくりと布団に衝撃が食い込んでいく。

徐々に体にくる圧迫感。

万力で徐々に締め付けてくるような圧力、共に痛みが襲ってきた。


激痛。


いってぇ!!


バツン!


まるで太いゴムが切れたかの様に世界が急激に速度を上げた。


少年は仰向けになり、空を眺めていた。

傷だらけになりながらも、その顔には笑みさえ浮かんでいた。

原付が壊れた。金を脅し取られそうになった。

彼にとってそれは既に些細な事となっていた。

もうビルは墓標ではない。

今日という日の記念塔だった。


少年の名前は「早瀬時臣」

時を臣とする者の誕生であった。

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