12:くしゅん×10回
「なぁ、相澤」
「なんだよ、倉上」
「くしゃみ連続十回だといい噂か、悪い噂か?」
「……お前、それ気にするくらいなら風邪の再発を気にしろよ」
「くしゃみ二回がいい噂なのは知っている」
倉上がまた懲りずにそんなことを言った。
「あぁ。確か一回は悪い噂で、三回は風邪ってやつだろ」
「漫画やアニメでよく使われる表現だ」
「場面が変わる時とかによく見るかもな。いま、噂されてた気がする、とか」
「なぁ、十回は三回のループでだろうか」
「だとしたら、いい、悪い、風邪、いい、悪い、風邪、いい、悪い、風邪、いいだな」
「いい噂だ」
指を折って数えてやれば、その結果に倉上は満足げに笑う。
それから、思いっきり咳込んだ。
微かに涙目なのがなんか不憫だ。
「いや、お前の場合は言うまでもなく思いっきり風邪気味だろ」
「おかしい。いい噂のばすなのだが」
「いや、こんな花占いみたいのを信じるな」
「いや、花占いの偉大さを相澤は知らない」
「は?」
「重要なのはあのお手軽加減だ。例え[嫌い]になっても、もう一度やるか、こんなもの気にしなくていいと思えるだろう。[好き]になればそれだけで背中を押された気になれる」
説得力はなくはないが、拳をきかせて男子高校生が力説することではないと思う。
花占いをする倉上を想像してみる。
嫌だ。よくわからないけどすごく嫌だ。
「つまり人間は好きなことを信じればいい。くよくよ悩んで、思い込みの自己暗示にかかるほうが阿呆のすることだ」
「へぇ、今日の倉上はいつもより数段とまともに見えるな」
「俺がまともでなかったことがあるか。いやない」
「おー、今日は反語も出来てんな」
素直に驚く。
めちゃくちゃな屁理屈もいつもよりはまともだし、反語も出来てるし。
なんだ、風邪気味ではないようだ。
と、倉上が俺を見て口を開く。
「ところで、相澤」
「なんだよ、倉上?」
「俺はどうやら風邪のようだ。早退する」
「……いや、ばりばりの健康体だろ」
「いや、ほら、くしゅんくしゅんくしゅん」
「……だから?」
「なんだ。三回は風邪だと相澤が言っただろう。自分の言った言葉に責任を持て」
「その言葉、そっくりそのままお前に返す。三回で風邪とか信じんな、そっちを信じるなよ馬鹿!」
とりあえず、早退するのは阻止した。
ただ唯一ちょっと心配だったのは、無駄に屁理屈な言論を弾き出す思考回路の知恵熱だったりした。