10:弱酸性雨も滴るいい男
「なぁ、相澤」
「なんだよ、倉上」
「雨も滴るいい男をお前はどう思う」
「……とりあえずずぶ濡れなお前はアホだと思う」
「たくさん水分が滴ってればいい男なのか」
倉上がまた懲りずにそんなことを言った。
「さっきはつっこまなかったけど、正しくは雨でなく水だからな、倉上」
「あの場面では、水より雨のほうが分かりやすいだろう」
「確かに傘を忘れて、ずぶ濡れで学校に来た馬鹿なお前のことは多分よく分かる」
「理解難易度は低いに越したことはない」
馬鹿宣告を気にせず、倉上は俺が貸したタオルで頭をわしゃわしゃしている。
長い前髪を邪魔そうにしているが、それなら切ればいいと思う。
とりあえず、ぱっつんとかで。
「水の滴るような、というのはつやつやして色気のあるさまの形容らしいぞ」
「水が滴るのが色気って難しくだろ」
「普通はただの阿呆に見えるだろうな」
「それは雨の中をはしゃいで駆け回って、馬鹿の象徴である夏風邪をひく奴の事だな」
ん、雪の中をはしゃいで駆け回るのは犬だったか?
でも、倉上はどちらかと言うと猫に似ている気がしないでもなくない。
いや、断じて暗に倉上を馬鹿呼ばわりしているわけではない。
俺は毎回、明言している。
ただ本人には伝わらないだけで。
「だが、雨が滴るいい男は未来的によろしくないな」
「なんでだよ?」
「近頃の雨は酸性雨だろう。髪にはよくなさそうだ、禿げる可能性を考慮すべきだ」
「酸性雨は溶けるからまずいだろ。俺は弱酸性雨だと思うけど?」
「弱酸性」
「……とあるシャンプーを思い出すな」
ご家族みんなで使えるよ。みたいなファミリー受けする、目に優しい緑のパッケージを思い出す。
「弱酸性とは髪にいいのか」
「多分いいんだろ。シャンプーあるし」
「では、弱酸性雨は髪にいいのか」
「多分いいとは言えないけど、悪くはないんだろ?」
「雨も滴るいい男は髪がないと切ないと考察する。坊主で雨の下に佇むのは悲しいというか侘しい」
両手を上げて賛成はしかねる。
そしたら野球部の奴らは、みんなスリーアウトチェンジだろ。
というか、別に水滴らせてまでいい男アピールとか誰もしないだろ。
というかしないで欲しい。
と、倉上が急に目を輝かせた。
「相澤。あのシャンプーの名前の由来がわかったぞ!」
「は?」
瞳の中ををきらきらさせて興奮気味に倉上が言う。
「弱酸性の利点だ。利点は英語でメリ…」
「いや、多分それ違うから」
呆れて制止をかければ、倉上はむっと眉根を寄せてから連続でくしゃみをする。
……倉上、お約束に夏風邪ひくなよ?