Last song
歌は私の全て。私、桐生優衣奈の全て。
一人っきりの病室。個室だから仕方ないんだけど、心電図の音だけが寂しく聴こえ、消毒薬の匂いが漂っている気がする。寂しい空間のせいか、バンドをやっていたことが遠い昔のように感じてしまう。
ガラガラとドアの開く音が聞こえ、振り向いてみると毎日お見舞いに来てくれる幼なじみの彼がやってきてくれた。
「優衣奈……」
「毎日お見舞いご苦労さん!」
彼はギター担当で幼少から一緒に過ごしている棗 玲央。相変わらず無愛想と言うか、感情を表に出さないんだから。
そんな彼でもここに来て、私に会うたびとても悲しい表情になっている。私はあえてそこには触れないようにしているけど、ゴメンね。みんな……。何事もない振りをしているけど、私の病気がもう治らないって気付いているから。
違和感を覚えたのはちょっとくらい前だった。頭が痛いからもしかしたらって思っていたけど、玲央の様子からして、やっぱり私の頭に腫瘍があったんだ。
それに妹が気を使ってか、ドアの隙間から様子を伺った後、病室に入ってこないのとベースのみっつんとドラムの壮君がお見舞いに来ないこと。きっと私に悟られたくないからだけど、これじゃあ逆に気付いちゃうよ。
手術とかの話がないところを見て、手遅れだったのか元から手が付けられないかのどちらかだろう。
今更だけど別に驚きはしていない。ただ、みんなを悲しませてしまった。もう、私自身の道に終わりが見えていたこと。
死が近いと感じたからか涙すら出ず、本当の私を出さずに、いつも通りの私を演じている。
痛みは薬のお陰で大分痛みが和らいでいるけど、近頃は目がかすんでしょうがない。たぶん、これも脳腫瘍が原因だと思う。ただ無情に時間が過ぎていく。
毎夜、私は思う。死ぬまでこの場所にいるのか。私にとって一番の恐怖は死ぬこと? 違う。私にとって一番の恐怖は二度と歌えなくなること。今は目がかすむ程度だけど、もしかするとしゃべれなくなるかもしれないし、耳までも聴こえなくなるかもしれない。
そんなのは嫌だ。歌は私のすべてなの。
やっぱり…………ここは私のいる場所じゃない。私の立つべき場所はステージの上。
私の最後は私自身が決める。
私は病室を抜け出し、私たちが歌う予定だった、ライブ会場へと向かった。
一人だけライブ会場に来ても意味がない。メンバーが居なければ、歌うことはできない。
『召集! 楽器を持ってすぐにいつものライブハウスに集まるべし♪』
これでいい。運が良かったのかちょうど今日のライブはちょうど一組分の空きがあって、そこに入れさせてもらった。後は皆が来るのを待つだけだ。
楽屋の椅子に座りながら、しばらくすると。
「優衣奈!」
と声が聞こえ、声のするほうに振り向くと、息を切らしながら、メンバーが楽屋の扉に立ちすくんでいた。
「遅い! もうすぐ私たちの出番よ!!」
「遅いじゃない。何で病室を抜け出したんだ」
「まぁ、あんなところで一人で居たら暇で死んじゃうわよ。それにしばらく歌ってなかったし、パァーっと歌いたくなったの」
「パァーと歌いたくなったって、無茶よ! そんな身体でできるわ――――!!」
妹の優夏は思わず口を押さえる。
周りも優夏が口も滑らせたことにそわそわとし始めた。
「安心しなさい。どっちみち気付いていたわよ。私の頭の中にある爆弾にね」
「お姉ちゃん……」
優夏は口を押さえたまま泣き崩れてしまう。
「ゴメン。優衣奈……。俺は…………」
「玲央も、それにみんな。もうすぐ本番よ。そんなくらい顔じゃ舞台に立てないでしょ」
「優衣奈ちゃん。自分の病気を知ってて歌うのか?」
と言うみっつんの言葉に笑顔で返す。
「優衣奈さん。やっぱり病院に戻りましょう」
「壮君。それはできない相談ね」
みんなが心配してくれるのは充分わかる。でも、私は心に決めたの。私は歌う。今日と言う日が最後になっても。
「ほら、涙を拭きなさい。そろそろ私たちの出番だから急いで準備しなさい!」
係りの人に呼ばれるまで私たちは簡単な音合わせをし、そして遂に私たちの出番が来た。
今までにない緊張感が私を襲うが、それ以上に激しい頭痛が襲い、さらに目がかすんでいく。
笑顔を繕い、痛みを決して顔には出さない。顔に出してしまったら皆がさらに心配してしまう。
大丈夫。歌えないわけじゃない。
マイクスタンドの位置は確認済み、マイクを手に取り、指を鳴らす。
私たちのライブの始まりの合図。
ドラムを勢いよく鳴らし、ギターとベースが追っていく。さらにそこにキーボードが加わって美しさを奏てくれる。
この音が私に力を付けてくれる。次第に視界がはっきりしていき、私は歌う。
ここにいる皆と一緒に奏でたい。私の最後の歌。