あたしの話聞いてる?
「・・・チーちゃんが。おっことし(落とし)ちゃったのよ。そしたらお皿が割れて・・・」
「ふーん」
「それでさぁ、ケイちゃんのカバンに破片が飛んで、傷が付いちゃたのね・・・」
「ほう」
「ケイちゃんて、ブランド好きでしょう。(笑)それが、それがヴィトンのエナメルのカバンだったわけよ・・・」
「へぇえ」
「チーちゃん焦っちゃって、謝りまくって、ケイちゃんは『いいのよ~』とか言ってたんだけど、いいわけないじゃんねぇ」
「ああ」
「だけど、弁償するってのもねぇ。ほんのちょっとの傷だし」
「ふーん」
「それも切れたとかじゃなくって、表面に擦れたような跡が付いただけみたいだし」
「へぇえ」
「そこでシンちゃんが、みんなにミモザを御馳走して、とりあえずその場は収まったのよね」
「ほう」
「でもチーちゃん、気まずいでしょうねぇ(笑)」
「ああ」
恵美莉は、フォークでマドレーヌを突いて、頬張った。春樹は窓の外を眺めながら、アイスコーヒーのストローを吸っている。
(いつも詰まんない話ばっかりだな。チーちゃんて誰だっけ? ケイちゃんも分からないよ)
春樹は、恵美莉の話を聞きながら、なんとなく相槌を打っていたが、登場人物が誰か分からなかった。
「ねえ? あたしの話、聞いてる?」
恵美莉は口の中がいっぱいの状態で訊いて、アイスティーのストローを吸って、髪の毛をかき上げた。
「聞いてるよ」
「いつも『ふーん』とかばっかりだもん」
「ちゃんと面白いなって思って聞いてるよ」
「そうか。でね、そのあとリキ君は、ケイちゃんに気を使って、『何か歌う?』とか訊いてんの。普段そんなこと言わないのに、変な空気よね(笑)」
「・・・リキ君て誰?」
「あ、リキ君はチーちゃんの彼氏みたいな相手よ」
「彼氏みたいなって?」
「まだ正式には付き合ってないのかな。そんな相手よ」
「ふーん」
「ほら、また『ふーん』て」
「それくらい言うだろ」
恵美莉は機嫌よく笑った。
「それで、ヒデキさんがマイクの準備したんだけど、重い空気で誰も歌わないのよ(笑)」
「・・・ヒデキさんて?」
「もう、何言ってんのよ。ヒデキさんは、エルモのマ・ス・タ・ア」
「マスター? ああ駅前のカフェの?」
「そこはマリモ。エルモは、RSビルの3階」
「ああ、あのバー、エルモっていうんだ」
「St. Elmo's Fire BAR(セント・エルモス・ファイヤー バー)」
「長い名前」
「そんなことも知らなかったの?」
「いいや、よく行くバーだろ。俺誘われたことないけど」
「・・うん、ま、そのうちにね」
「で、そのカバンのコは・・・何だっけ?」
「ケイちゃん!」
「ああ、そうそう、ケイちゃん。いつものコだね」
「本当に分かってる?」
「もちろんだよ」
(あれぇ? 本当にそいつらの話、聞いたことあるのかなぁ? 全然思い出せない)
「結局、歌いだしたのはタカシ君だけで、みんなケイちゃんに気を使ってるのよね。笑っちゃうでしょ(笑)」
(また出てきた。タカシ君て誰だ?)
「・・・タカシ君は分かるわよね?」
「・ああ、分かってるよ(やばい、誰だっけ?)」
「じゃ、言ってみてよ、誰なのか」
「(今までの登場人物と状況から判断すると・・・多分)ケイちゃんの彼氏だろ」
「・・・・・・」
(あれ? 違ったのかな?)
「・・・そうよ」
「ほらぁ、ちゃんと聞いてるから」
春樹は心の中で、胸をなでおろした。
「でも正確には、彼氏じゃないんだけどね」
「え? そうなの?」
「ケイちゃんは、タカシ君のこと好きなんだけど、タカシ君はミモザが好きらしいのよ」
「サラダ?」
「何言ってんのよ」
「さっき、マスターが御馳走したって」
「奢ったのはシンちゃん」
「あ。 シンちゃんは、チーちゃんの彼氏で・・・」
「それはリキ君! シンちゃんは元カレ。・・・まだ別れてないらしいけど」
「ああ、そうか。そうだった」
「春樹君、適当に言ってるでしょ」
「そんなことないよ。ちゃんと理解してるよ」
「じゃ、テストするわよ」
「え? ああ、いいよ(やべぇ、答えられるはずない)」
「チーちゃんとリキ君が、付き合い始めたきっかけは?」
「(ええ? 分かるわけない。一か八か)それは、ケイちゃんの紹介」
「・・・・・・正解!」
(よかった)
「その店で初めにケイちゃんが、リキ君に声をかけたのね。じゃ、ケイちゃんのバイトは何でしょう?」
「(ケイちゃんの? ブランド好きだから・・・)キャバクラだっけ?」
「・・・・・・正解!」
「(ふう、勘が冴えてた)ああ。チーちゃんの元カレの・・・誰だっけ?」
「シンちゃん」
「うん、シンちゃん、解かってるよ。そのシンちゃんとチーちゃんは、どうやって知り合ったんだっけ?(先に適当なこと話して、テストを終わらせよう)」
「シンちゃんは、そのキャバクラのお客さんだったのよ」
「そうか。それもケイちゃんが、チーちゃんに紹介したんだったね」
「うん。そうそう」
(また偶然、話が当たった。うまく切り抜けたな)
「・・・・・・」
ジーっと春樹を見る恵美莉。
「なんだよ」
「今、うまく切り抜けたとか考えてるでしょ」
「な、なに・・そんなこと考えてないよ」
「今の答え、全部勘でしょ。目が泳いでたよ」
「ええー?」
「ほらぁ、やっぱり何も聞いてないじゃない」
「そんなわけじゃ・・・」
「でも、春樹君のそういうところが、扱いやすくって好きなんだけどね」
恵美莉は笑いながら、アイスティーを飲みきって、グラスの底をストローでズズズーと音をたてた。
「じゃ、サービス問題。ケイちゃんとチーちゃんが、好きなカクテルは?」
「どこがサービス問題なの? そんなこと聞いたことあったかな? マルガリータとか何か?」
「ブブー! ミモザよ」
「それサラダだろ? ケイちゃんの男が好きだっていう」
「シャンパンベースのカクテルがミモザ。ミモザサラダのことじゃないわよ。それにタカシ君が好きなのは、ミモザちゃん」
「人なの? 誰それ?」
「ヒデキさんの妹のミモザ。まだ高校生だけどね」
「俺、そんなの聞いたことないと思うよ」
「あれ? あたし、話したことなかったのかな?」
「俺以外の誰かと、勘違いしてない?」
「何言うのよ。春樹君しか、話す相手なんかいないわよ。ホントにホントに」
「そう? でも面白い人間関係だね」
「でしょう」
「じゃ、なんでチーちゃんは新しい男と来てるのに、元カレがその場にいるんでしょうか?」
(そりゃそうだな。その男とはまだ正式に付き合ってないとはいえ、別かれてない元カレが同じ席にいるなんて、おかしな状況だよな・・・)
「ね、変でしょ? なんででしょうか?」
「・・・それは・・・シンちゃん・・元カレ・・」
「シンちゃんが元カレ、リキ君がおニュー」
「解ってるよ。じゃ、ケイちゃんがチーちゃんに意地悪して・・・」
「妹がそんなことするわけないじゃん」
「えっ? 二人は姉妹だったの?」
「そうよ」
「あー、じゃ、シンちゃんがチーちゃんを誘って・・・」
「ブブー! チーちゃんがリキ君を誘って、内緒で飲みに来たんだけど、そこにミモザがわざと、シンちゃんを呼んだのよ」
「ミモザちゃんが、どうして?」
「ミモザはシンちゃんに気があって、チーちゃんと別れさせたかったんだって」
「こわっ! 彼女高校生なんだろ」
「そうよ。会ったことないけど。最近の女子高生は怖いわよね。それで、チーちゃん動揺して、お皿割っちゃったのよ」
「ああ。重い空気って、そういうことだったのか」
「うんうん」
恵美莉は面白そうに笑った。
「でも、その場に居ずらくなかった?」
「誰が?」
「恵美莉がだよ」
「あたしは、その場になんか居ないわよ」
「え? 一緒に飲んでたんじゃないの?」
「飲んでるわけないじゃない。見ず知らずのグループと」
「ええ? どういう話なの?」
二人は顔を見合わせながら、
「・・・ヒデキさんから聞いたのよ」
「ヒデキさん?」
「うん、マスターよ」
「・・・ミモザちゃんのお兄さん?」
「そう」
「やたら人間関係詳しいから、てっきり友達の話だと思ってた」
「聞いただけよ」
「でも、さっき妹さんのことミモザって、呼び捨てにしてたよね」
「ええ」
「会ったことないってのに?」
「ミモザは、年下だからよ・・・」
「マスターも店の客の秘密を、あっさり恵美莉に暴露するんだな・・・」
「え? ま、店で飲んでたら、ほかの客の面白エピソードって、結構聞くから・・・」
恵美莉の目が泳ぎだした。
「おまえ、そのマスターと浮気してないか!?」
「な? 何言うのよ。そんなことあるわけないじゃん。あたしには春樹君だけよ!」
(なんでこんなことだけ、しっかり言い当てるのよ?)
おわり




