盆踊りで囁いて
今日は町内会の盆踊りだ。
待ちに待った日。
私は下駄を鳴らして歩く。
……アスファルトの上だとカコカコと軽快な音がなるけれど、土の上だとそうでもないみたい。
綿あめやたこ焼き、数年前からはハットグの屋台なんかも現れた。
それらを流し見て、私は盆踊りの櫓へ向かう。
「あら、あなた。浴衣の合わせが逆よ」
親切なおばさんに話しかけられた。
「あ、いっけな~い。……合わせを直すのを、許してくださいます?」
「場所がないってこと? おばさんの家が近くだから、貸してあげましょうか」
「ふふ。ありがとうございます」
親切なおばさんに着付けを直してもらった。
おばさんの家の猫は、私を見てシャーッと毛を逆立てた。
「嫌われちゃったみたい」
しょぼんとそう言うと、おばさんは目尻を下げた。
「警戒心が強くて、たまにああなるの。あなただけじゃないのよ。ごめんなさいね」
和室に通された。場所を貸してくれるだけではなく、帯を解いて着付けをしてくれた。
「おばさん、少し着付けを習っているのよ。孫に着付けてあげたくて」
おばさんは飾ってある写真に視線を向けた。
若い夫婦と子どもの写真。
そこに、おばさんは映っていなかった。
一度逃げたはずの猫が、もう一度戻って来てシャーッと鳴いた。イカ耳になっているのに、健気なことだ。
「ママの毎年の楽しみだから、一時間だけお留守番しててね」
優しいおばさん。
猫ちゃんは精一杯頑張っていると思う。
おばさんと連れだって会場へ戻る。
「ふふ。若い子は知らないと思うけど、盆踊りには亡くなった人が紛れているという言い伝えがあるのよ」
「……そうなんですか」
「夢があっていいでしょ? 両親や旦那さんに会えたらいいなって思いながら、参加しているの」
「素敵ですね」
「そう言われると照れるわ。踊り始めるとすっかり忘れてしまうから、会えたことがないの」
おばさんは、信じているのかいないのか――その口ぶりからは、判断できなかった。
「今年は会えるといいですね」
「どうかしら? 会えても老けたな、なんて言われたらひっぱたいちゃうかも」
そんなおしゃべりをしながら会場に着き、もう一度お礼を言ってわかれた。
私が会いたい人――家族も彼氏も来ていない。
いえ、もう元彼と言うべきね。
……悲しいけれど。
そして会場には、目的の人物がいた。
ぶわっと憎悪が広がる。
悔しさで、思わず自分の胸元をぐっと握り込む。
――いけない。しわくちゃになってしまう。
そう思った次の瞬間に、先ほどのおばさんの顔を思い出した。
楽しみに来ている人に水を差しちゃいけないわよね。
私も、送り出してくれた人に叱られるようなことをしたら、いけない。
深呼吸を繰り返し、頭の中で数を数える。怒りを抑えるアンガーマネジメントね。
では、作戦を練りましょう。
あいつが一番嫌なことは?
きっと悪事がバレること。
では、誰にバレるのが怖い?
まず、職場の人でしょ。
今、粉をかけている相手。
それから、悪友たち……。
踊りの輪に入り、その人たちに囁くの。
犯人は、あいつです――
伝統的な盆踊りの曲と古めかしいアニメの曲。
運営委員の好みで、今どきの曲も混じる。
会場をぐるりと囲む提灯は、ろうそくではなく電球で――本当のところ明るすぎる。
腕を広げ、片足を出し、身体を傾け……音楽に導かれて、みんなが踊る。
私は気力を振り絞って、未練を残さないように踊る……。
一か月後、犯人の職場に警察官が来たらしい。
母が涙を流しながら、そう教えてくれた。




