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盆踊りで囁いて

作者: 紡里
掲載日:2026/08/10

 今日は町内会の盆踊りだ。

 待ちに待った日。

 私は下駄を鳴らして歩く。

 ……アスファルトの上だとカコカコと軽快な音がなるけれど、土の上だとそうでもないみたい。


 綿あめやたこ焼き、数年前からはハットグの屋台なんかも現れた。

 それらを流し見て、私は盆踊りの櫓へ向かう。


「あら、あなた。浴衣の合わせが逆よ」

 親切なおばさんに話しかけられた。

「あ、いっけな~い。……合わせを直すのを、許してくださいます?」

「場所がないってこと? おばさんの家が近くだから、貸してあげましょうか」

「ふふ。ありがとうございます」


 親切なおばさんに着付けを直してもらった。

 おばさんの家の猫は、私を見てシャーッと毛を逆立てた。

「嫌われちゃったみたい」

 しょぼんとそう言うと、おばさんは目尻を下げた。

「警戒心が強くて、たまにああなるの。あなただけじゃないのよ。ごめんなさいね」


 和室に通された。場所を貸してくれるだけではなく、帯を解いて着付けをしてくれた。

「おばさん、少し着付けを習っているのよ。孫に着付けてあげたくて」

 おばさんは飾ってある写真に視線を向けた。

 若い夫婦と子どもの写真。

 そこに、おばさんは映っていなかった。


 一度逃げたはずの猫が、もう一度戻って来てシャーッと鳴いた。イカ耳になっているのに、健気なことだ。

「ママの毎年の楽しみだから、一時間だけお留守番しててね」

 優しいおばさん。

 猫ちゃんは精一杯頑張っていると思う。


 おばさんと連れだって会場へ戻る。

「ふふ。若い子は知らないと思うけど、盆踊りには亡くなった人が紛れているという言い伝えがあるのよ」

「……そうなんですか」

「夢があっていいでしょ? 両親や旦那さんに会えたらいいなって思いながら、参加しているの」

「素敵ですね」

「そう言われると照れるわ。踊り始めるとすっかり忘れてしまうから、会えたことがないの」

 おばさんは、信じているのかいないのか――その口ぶりからは、判断できなかった。

「今年は会えるといいですね」

「どうかしら? 会えても老けたな、なんて言われたらひっぱたいちゃうかも」

 そんなおしゃべりをしながら会場に着き、もう一度お礼を言ってわかれた。


 私が会いたい人――家族も彼氏も来ていない。

 いえ、もう元彼と言うべきね。

 ……悲しいけれど。


 そして会場には、目的の人物がいた。

 ぶわっと憎悪が広がる。

 悔しさで、思わず自分の胸元をぐっと握り込む。

 ――いけない。しわくちゃになってしまう。

 そう思った次の瞬間に、先ほどのおばさんの顔を思い出した。


 楽しみに来ている人に水を差しちゃいけないわよね。


 私も、送り出してくれた人に叱られるようなことをしたら、いけない。

 深呼吸を繰り返し、頭の中で数を数える。怒りを抑えるアンガーマネジメントね。


 では、作戦を練りましょう。

 あいつが一番嫌なことは?

 きっと悪事がバレること。

 では、誰にバレるのが怖い?


 まず、職場の人でしょ。

 今、粉をかけている相手。

 それから、悪友たち……。


 踊りの輪に入り、その人たちに囁くの。

 犯人は、あいつです――


 伝統的な盆踊りの曲と古めかしいアニメの曲。

 運営委員の好みで、今どきの曲も混じる。

 会場をぐるりと囲む提灯は、ろうそくではなく電球で――本当のところ明るすぎる。

 腕を広げ、片足を出し、身体を傾け……音楽に導かれて、みんなが踊る。

 私は気力を振り絞って、未練を残さないように踊る……。



 一か月後、犯人の職場に警察官が来たらしい。

 母が涙を流しながら、そう教えてくれた。


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― 新着の感想 ―
さらっとおばさんの孤独さに気づいたり、浴衣のシワを気にするの、 生活感と情感豊かで良きですね!素敵なお嬢さん。 他作品だけど、お嬢様が失礼男の胸を扇で「トン」と突く仕草とかも、たまらんですね。うまい。
まぁお盆ってそういう時期ですしおすし。 猫さんその子は君んちの奥さんには危害を加えないから許してあげて。
これって浴衣を着たお嬢さんが幽霊ということですね。
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