特別な日
あたしは夢。8才、小学2年生よ。今髪を伸ばしているの。まだ肩まで届かないからポニーテールは出来ないの。
一番仲が良いのは駆けっこの速いビュン太君。家が隣同士だからいつも一緒に下校する。
あのね、みんなは絶対に真似しちゃだめだよ。あたしとビュン太君は学校の帰りに公園に寄っちゃうの。それは学校から禁止されていること。遊びたい時は一度家に帰って、家族に相談してから。当然だよね。
――――「夢ちゃん。揚羽蝶がお花に留まっているよ!」
小さめの、けれど必死の声で隣の夢ちゃんに注意を促すビュン太君。
ここは小学校の帰り道にある公園。黄色とピンクの小花がま~るい花火のように模られ出来上がったお花、ランタナ。別名・七変化は万華鏡の中身のよう。
「わー、綺麗だね! チョウチョもお花もとても綺麗」
あたしはビュン太君に囁き揚羽蝶がランタナの蜜を吸うのをじっと見ていた。
キアゲハ蝶だ。理科で習った。艶やかな羽。黄色に黒い筋があり、少しだけオレンジと水色がある。あたし、あの水色がキアゲハのチャームポイントだと思うな。
「あ」
30秒ぐらい経ったかな、お花を離れひらひらと舞う揚羽。ビュン太君と追いかける。
大きな声を出したら蝶が余計に逃げる気がして、黙って追いかけた。先を行く足の速いビュン太君も静かに素早く追う。
キアゲハ蝶を追った末、あたし達は公園の隅のこんもりした緑の集まりに到着した。
オシロイバナが群生しているところ。
日中なので濃いピンクでラッパ型のお花はしぼんでいる。不平不満を言っている人の唇のようだ。
キアゲハ蝶は蜜でおなかが膨らんだのか、ひと休み。羽を閉じたり開いたりするのはなんだか自分が団扇になって風を起こしているかのよう。
「ウフフ、可愛い」
あたしはビュン太君と腰をかがめて見守っている。
そうしているとビュン太君が虫博士のように、蝶に近づき過ぎぬよう色んな角度からキアゲハを観察し始めた。
今は地面に手をつき四つん這いになり、下から蝶を見ているよ。
「夢ちゃん!」
「な~に! あっ……チョウチョがびっくりして行っちゃったじゃない」
大きな声を出すんだもの、ビュン太君。
「オシロイバナの集まりの奥になにかあるよ?!」
ビュン太君、ひざや手につく砂などお構いなし。そのままの姿勢でそう言って来た。
「なにがあるの?」
見ると、オシロイバナが密集している1か所にぽっかりとすき間があった。あたしは覗き込んだ。
すると、木製のドアがある。大きさは大人の人間がギリギリ入れるか入れないかというほど。
え、これっておとぎの国?
お城の入口かな。
「あたし、オシロイバナの中に入ってみたい」
「ええ! なんだか怖いよ、夢ちゃん。やめとこう」
「ううん。お姫様になれるかも知れないわ。ビュン太君、行かないならここで待っていて」
ビュン太君は立ち上がりひざと手の砂を払った。
「わかった。僕も行く」
モゾモゾモゾ……。オシロイバナの草むらを、うんと腰をかがめ潜って行くあたし達。意外と扉まで距離がある。
――――ドアまで辿り着いた。
するとジャングルみたいに生えていたオシロイバナの茎がサーッと一瞬にして消えちゃった。
「あたしがノックする」
コンコン。
隣には緊張した表情のビュン太君。
すぐに家の中から美しい女性の声が返って来た。
「はーい」
ガチャリ。
扉が開いた。
わ! お姫様だ。あたしはそう感じた。
色とりどりのお花で編まれた花冠で飾られた、長い黒髪。真っ白な肌。苺のような唇。クリームイエローの煌めくドレスを纏っている。首元には青い宝石のペンダント。
「いらっしゃい」
女性はあたしのママよりうんと若いわ。お姉さん。
「あ、あたしは夢と言います」
「僕はビュン太だよ」
あたしとビュン太君は自己紹介をしたの。すると、その見目麗しいお姉さんが「こんにちは、夢ちゃん。そしてビュン太君。わたしはキアゲハ蝶のフォンディーです」と言ったよ。
「えええ!」
ビュン太君と驚愕の声が揃っちゃった。
「ンフフ、驚かせちゃったかしら。ここはわたしの秘密のお家なの」
「秘密のお家?」
あたしは目を丸くして尋ねた。
「ええ。普段のわたしのお家は日当たりの良い葉っぱの上よ。今日は特別な日だからここにいるの」
蝶のフォンディーはちょっぴり恥ずかしそうに頬を染め俯いた。
「今日ある特別なことってなあに?」と不思議そうにビュン太君。
「それは、言えない」
フォンディーはなんだか嬉しそう。
あたしとビュン太君はフォンディーに、紅茶とケーキをごちそうになった。
蜂蜜をたっぷりと使った生地にホイップクリーム・クランベリー・焼きりんごやチェリーの載った素敵なケーキ。
「ねえ、フォンディー。フォンディーはチョウチョなのに人間そのものの姿なのね」
リラックスして来たころあたしはフォンディーに、その神秘を口にしてみた。
「うん、そうよ」
フォンディーはニッコリ笑うだけ。そして少しし言った。
「あたしのこと、綺麗と想ってくれたのよね。夢ちゃん、ビュン太君、ありがとう。とても嬉しいわ」
キバナアゲハのフォンディーには、虫を愛する優しい心の持ち主がわかるみたい。
***
「ごちそうさまでした。あたし達、帰らなきゃママが心配するわ」
フォンディーはうんうんと頷いた。キラキラしたお顔。
「じゃあ、さようなら。フォンディー。ありがとう」
ビュン太君もご挨拶。
扉を開け、フォンディーの秘密の家を出ると、お家がサッと消えた。あるのはオシロイバナの森。
来た通りにあたしとビュン太君は姿勢を低くしておひさま降り注ぐ広場まで戻った。
また逢いたいな、逢えるかな。魅力的なフォンディー。美味しいケーキを振る舞ってくれた、幸せそうな秘密を持っているフォンディー。




