サイバーテロ
ネットニュースを開いてみると、自らを「ヘパイストス」と名乗るテロリストの犯行声明が流れていた。
『我々の名はヘパイストス。先ほど我々がネットに放ったウイルスにより、贅沢な料理のデータを破壊することに成功した。疑うならフードプリンターをネットに繋いでみたまえ』
私は一度動画再生を停止させ、試しにマメシバフードプリンターを起動させた。
今の時代、衣服、車、建物、家財などを始め、ありとあらゆる品物が電子データを元に三次元プリンターで作られている。
料理も例外ではなく、ほぼ全ての料理が電子データ化され各家庭にあるプリンターで再生できる。
特に、このマメシバフードプリンターは料理再生に特化したプリンターだ。
いつもならネットから料理のデータをダウンロードして、いつでも食べたい料理を出来立ての状態で再生できるのだが……
「NO Data?」
思わず私は呟いた。ネット上に保存されていた料理のデータがすべて消えていた。ステーキもパスタもラザニアもお寿司も……
どうなっているの?
いや、消えていないデータもあった。非常用食料などのデータは残っている。
どうやら、ヘパイストスは私達を餓死させる気はないようだ。だが、美味しい物は食べさせないらしい。
私は動画再生を再開した。
『……堕落した人類に警鐘を鳴らすために行った。手始めに君達の生きる楽しみである美食を奪う。美食を味わいたければ自分の手で作るがいい。物を作る事の大切さが少しは分かるだろう』
ここまで聞いて、私が呼び出された理由が分かった。なぜなら私の職業は情報省職員。こういう事件は私達の担当になる。
それにしてもヘパイストスとやらは考えが甘い。情報省がこのような事態を想定していなかったとでも思っていたのだろうか?
私は手早くシャワーを浴びると、スキャナーに私の体型を読み取らせた。
ヤバ! ちょっと、お腹が出てきたかも……
「Pちゃん。私の体型データを送るから、外出用の服を用意しておいて」
「かしこまりました。どの服にいたしますか?」
「情報管理官の制服。基本データを情報省からダウンロードしたら、私の体型に合わせてプリントできるようにしておいて」
Pちゃんに指示を出してから、私はBMIに接続した。
アクセスしたのは情報省に置いてある私専用の人型ドローン。私は自分の部屋にいながらにして、ドローンを起動させていた。
「各務原 瑠衣出頭しました」
執務机の向こうにいる中年男性に挨拶した。人間にように見えるがこれも人型ドローン。これを操作しているのは私の上司だ。
「ニュースは見てきたかな?」
「はい。見ました」
「では手順通りに頼むよ。今、君の部屋にドローンが向かっている。ドローンからデータカードを受け取ったら出発してくれ。何か質問はあるかね?」
「ヘパイストスとは何者でしょう? そのような組織初めて聞きますが」
「私も初めて聞いた名前だ。ただの愉快犯だと思いたいが、情報省のセキュリティーを突破した手口は侮れない。今回は料理のデータを消されただけで済んだが、やり方によってはもっと深刻な事態になっていた」
確かに。もし、ウイルスが医療関係のシステムにダメージを与えたら、大勢の病人が命を落としていた。交通インフラが攻撃されたらと思うとゾッとする。
「とにかく、犯人については警察に任せるとして、我々は一刻も早く破壊されたデータの復旧をしなければならない。そのためにも頼むよ」
「了解」
私はドローンからログアウトした。
「お帰りなさいませ。マスター。お荷物が届いています」
Pちゃんの差し出した封筒には、データカードが入っていた。
私はプリンターから出力されたばかりの制服に身を包むと、カードをポケットに入れ数日ぶりに外出する。行先は情報省データセンター。
情報省には万が一に備えて、ネットから完全に隔離されたデータセンターがあり、そこのコンピューターにはあらゆる情報が蓄積されていた。料理のデータも含めて。
ただ、その場所はネットから完全に隔離されているためにドローンも入ることができない。
情報のやり取りは、アナログなやり方だが、情報省職員が直接行って行う。アナログだが、データを守る確実な方法だ。
コンピューターに記録するデータを数日に一回、情報管理官がデータカードを持って行って直接入力している。
今回のようにテロによってデータが失われても、データセンターのコンピューターからデータを取り出せば復旧できる。
できるはずだった……
「そんなバカな?」
私は我が目を疑った。データセンターのデータまで消されていたのだ。それも料理のデータだけを選んで。
ヘパイストスはネットから隔離されたコンピューターにウイルスを送り込んでいたのだ。いったい、どうやって?




