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『白い結婚』で放置された私、双子の義子を育てていたら氷の辺境伯が溶けました  作者: 九葉(くずは)


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第5話「侍女頭の告白」

夜驚症の夜から一日が経った。


子供たちは少しずつ落ち着きを取り戻している。リリアは相変わらず私の後をついてくるし、ルシアンも——まだ照れくさそうにしているけれど——私と目を合わせるようになった。


昼食を終えて自室に戻ると、扉をノックする音がした。


「奥様。ハンナでございます。お話があるのですが、よろしいでしょうか」


いつもより硬い声だった。私は居住まいを正して、「どうぞ」と答えた。


扉が開き、ハンナが入ってきた。その表情は真剣で、どこか覚悟を決めたような色を帯びている。昨日の朝、子供部屋で見せた表情と同じだ。


「座って。お茶を——」


「いえ、お構いなく。立ったままで結構です」


ハンナは私の前に立ち、深く頭を下げた。


「奥様。私は、お詫びを申し上げなければなりません」


---


「お詫び?」


「はい。若様とお嬢様のことでございます」


顔を上げたハンナの目には、長年溜め込んできたものが滲んでいた。罪悪感と、苦しみと、そして——ようやく口を開ける安堵。


「私は……見て見ぬふりをしておりました。若様たちのご様子がおかしいことに、気づいていながら」


「……どういうこと?」


「半年前のことでございます。若様たちの養育係を務めていたモード老婦人が、病で倒れました」


ハンナの声は淡々としていたが、その奥に押し殺した感情があった。


「私は旦那様に、後任の養育係を手配するよう進言いたしました。ですが、旦那様は……人事に関する書類を、後回しになさったのです」


「後回しに?」


「はい。軍務を優先され、屋敷内の人事は滞りがちでした。養育係の件も、そのまま放置されて……」


私は黙って聞いていた。


「使用人たちは、旦那様のご様子を見て空気を読んだのでございます。若様たちのことには関わらない方がいい、と。旦那様が子供部屋を避けておられることは、誰の目にも明らかでしたから」


「それで、最低限の世話だけになった」


「はい。食事を運び、部屋を掃除する。それ以上は——誰も踏み込まなくなりました」


ハンナが再び頭を下げた。


「言い訳にはなりません。私は侍女頭として、もっと強く進言すべきでした。ですが……旦那様のお心を思うと、口を出せなかったのです」


---


「旦那様のお心……?」


私は尋ねた。


ハンナは顔を上げ、少し迷うような表情を見せた。それから、意を決したように口を開いた。


「奥様は、先の奥方様——マリアンヌ様のことを、どこまでご存知ですか」


「……名前くらいしか。三年前に亡くなられたと聞いています」


「左様でございます。マリアンヌ様は、ご出産の後、お体を崩されました。魔力病の兆候があったのですが……奥方様は、それを隠しておられたのです」


「隠していた?」


「はい。旦那様を、戦場からお呼び戻ししたくなかったのだと。『任務を優先して』と、使用人たちにも口止めをなさいました」


私は息を呑んだ。


「旦那様が魔獣討伐からお戻りになった時には……もう、手遅れでございました。奥方様は、旦那様の帰りを待たずに息を引き取られて」


「……」


「旦那様は、ご自分を責めておられます。『もっと早く気づいていれば』『家にいれば』——そう、ずっと」


ハンナの声が震えた。


「若様たちは、マリアンヌ様にそっくりでいらっしゃいます。同じ銀の髪、同じ紫の瞳。旦那様は……あのお二人を見るたびに、奥方様のことを思い出されるのです」


私は黙って、その言葉を噛みしめた。


「旦那様は、若様たちを憎んでおられるのではありません。怖いのだと思います。また失うことが。また、守れないことが」


怖い。


あの冷たい目をした男が、怖がっている。


「だから……距離を置かれた。関わらなければ、傷つかないと。そう思い込もうとなさっているのだと、私は考えております」


---


長い沈黙が落ちた。


私は窓の外を見た。雪が降り続いている。灰色の空、白い大地。この辺境の冬のように、カイドの心も凍りついているのだろうか。


「……それでも」


私は口を開いた。


「子供たちを放置していい理由にはならない」


「おっしゃる通りでございます」


ハンナは頷いた。異論はないという顔だった。


「私も、そう思います。だからこそ……奥様にお詫びを申し上げたかったのです。そして、お力添えをいただきたいと」


「力添え?」


「奥様がいらしてくださったことで、私は自分が恥ずかしくなりました。長年、見て見ぬふりをしてきたことが」


ハンナが真っ直ぐに私を見た。


「奥様のなさっていることは、正しいことです。若様たちに必要なことです。私に何かできることがあれば、何でもお申し付けください」


その目に、嘘はなかった。ようやく声を上げられる相手を見つけた、という安堵があった。


「……ハンナ」


「はい」


「私は、この屋敷を変えたい。子供たちが笑って過ごせる場所に」


「……」


「でも、私一人じゃ限界がある。名目だけの夫人で、この屋敷のことも、この土地のことも、何も知らない」


私はハンナの手を取った。


「力を貸してほしい。あなたの知識と、経験と、人脈を」


ハンナの目が潤んだ。


「……もったいないお言葉です」


「もったいなくなんかない。私たちは同じ目標を持ってる。子供たちの幸せを願ってる。それだけで十分でしょう?」


ハンナは深く、深く頭を下げた。


「奥様のお力になります。何でもお申し付けください」


---


その日から、屋敷の空気が少しずつ変わり始めた。


ハンナが使用人たちに指示を出し、子供部屋の環境が改善されていく。暖炉には常に火が入り、食事は温かいまま運ばれるようになった。


侍女たちの態度も変わった。最初は遠巻きにしていた彼女たちが、少しずつ子供部屋に顔を出すようになった。


「奥様、お茶をお持ちしました」


「ありがとう。ルシアン、リリア、一緒に飲もうか」


「うん!」


リリアが嬉しそうに跳ねる。ルシアンも、侍女に小さく頷いて見せた。


小さな変化。でも、確かな変化だった。


---


夕方、自室の窓から外を眺めていた。


雪は相変わらず降り続けている。でも、その向こうに、わずかに夕焼けの色が見えた。


「……変わり始めてる」


呟いた。


この屋敷は、変われる。時間はかかるかもしれないけれど、少しずつ、温かい場所になっていける。


でも——。


胸の奥に、小さな不安が芽生えていた。


このまま、平穏が続くのだろうか。私のような余所者が、この屋敷に口を出して。夫の許可もなく、勝手に動き回って。


いつか——誰かに、咎められる日が来るのではないか。


「……考えすぎ、かな」


首を振って、不安を追い払おうとした。


今は、目の前のことに集中しよう。子供たちのために、できることをする。それだけだ。


窓の外で、雪が強くなり始めていた。まるで、何かを予感させるかのように。

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