3話
「さて、リンさんにはまず魔物討伐から始めていただきます」
そう言ってふわりと笑ったエルは依頼書と書かれた書類を読めと言わんばかりに差し出した。
「東アルネ村付近に出没しているジャイアントベアの討伐、ですか」
「はい。リンさんは元々戦うために鍛えていらっしゃるわけではありませんから、いきなり魔族と戦うなんてしたらすぐ死んでしまいます。戦いに慣れる為にまずは魔物の討伐から、という訳です」
「戦いに、慣れる、、、、」
「ええ、リンさんは端的に言うとクソザコなので」
「クソザコ、、、?」
にこにこと笑いながら聖女には似つかわしくない言葉でリンを罵倒する。
実際、リンは用心棒として雇われてはいたがどちらかと言うと普段の仕事は保育士だ。
孤児院の職員は教会に籍を置く者や貴族の婦女子だけ。それも院長であり大神官の一人であるルークによって選ばれた者だけなのだ。そのルールだけは変えることはできない。それが故に職員としてリンは働くことができなかった。
しかし、それでもリンは成人の年まで育ててくれた孤児院へ少しでも恩を返せるようにと毎日毎日やんちゃ盛りの子どもたちを朝から叩き起こし、遊び倒し、まだ寝ない、眠くないとグズる子どもたちを寝かしつける。そんな生活を続けていた。
それを知っているエルは戦闘訓練なんて一切したことがないリンを突然魔族との戦いに突撃させるつもりはない。
(リンさんがどこまで出来るのかお手並み拝見ですね)
人好きのする笑みを浮かべたエルはリンの手を見つめていた。
泊まり込みになるかもしれないからと言われ荷物を纏めた次の日。
東アルネ村まで馬車で片道約三時間の道のりをエルと普段の生活の話なんかをしつつ向かった。
エルの伝手で用意された馬車は質素ではあるがしっかりとした作りで座席は柔らかく揺れも少ない素晴らしい馬車だった。
しかし貴族や王族が乗る馬車は座席は尻が沈み込むような柔らかさで揺れも全く感じない物らしい。今乗っている馬車よりも上があるのかと恐れ慄いてしまう。
そんな話をしているうちに着いた東アルネ村は豊かな村だった。
村の入口から森の方へと目をやるとたわわに実った様々な果実、村の畑には小麦が風に吹かれて黄金の波のようになっている。
目の前の光景に興奮が隠せていないリンを見て東アルネ村の村長ライズが嬉しそうに笑いながらエルへと話しかけ始めた。
「いやぁ、わざわざ聖女様が来てくださるだなんて光栄ですわい」
「困っている民を救うのは光星教会の者として当然のことですから、そんなに畏まらないでください」
「いやいや、聖女様のように徳のある御方にお会いできただけで末代まで語り継げますわい。あっはっはっは!」
「もう、御冗談を」
珍しくエルが困ったような顔をしながらも村を見て回りつつ村長と談笑を続ける。
「聖女様ー!」とエルを呼ぶ声や家から出てきてエルを一目見ようと集まる人々に応対しながら大体村を一周した辺りで集会所に通された。
座るように言われ、エルの横に腰を下ろす。全員が座り終えると村長は先程までの朗らかな表情から一変、険しい顔で今回の依頼の内容について詳しく話し始めた。
「元々この村は普通の熊はよく出るのですが十数年に一度の間隔でジャイアントベアが出るのです。普通の熊であればまだ我々だけで対処のしようもあるのですがねぇ、ジャイアントベアにもなると手も足も出ないのですわい。数十年に一度というのも厄介でしてねぇ」
「出てくる時期が正確に分からないから領主に討伐隊を要請するのも難しい、ということですね」
エルの言葉に村長は深く深く頷いた。
「そうなのです。要請しても討伐隊が来る頃には冬が終わっていますから、自分たちで依頼するしか無いのですよ。
それでもこの時期は普通の熊もジャイアントベアも凶暴ですからあまり依頼を受けてもらえるわけでもなく、どうにか冬がすぎるのを待つばかり。
しかし、その間にも死傷者は増えるばかりで我々にはもうどうしようもないのです」
つらそうに眉をひそめたエルは村長の手をそっと包み込んでリンの方へと視線を向けさせる。
「ご安心ください。勇者であるリンさんが必ずジャイアントベアを討伐します!ね?」
勇者、という単語に村長が目を見開きリンへと駆け寄る。興奮を隠せない様子であった。
「勇者、勇者ですと!?あぁ、ありがたや、ありがたや。勇者様どうかよろしくお願いいたします」
「えぇ、必ず俺が倒します」
深々と頭を下げる村長の必死さにリンは(元々討伐するつもりではあったが)引くに引けなくなってしまった上に、勇者と呼ばれる恥ずかしさでどうにかなりそうだったがどうにか返事をしてみせた。
4話は12/11の0:00に投稿予定です。




