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天体の勇者~魔族《モドキ》は勇者足り得るか~  作者: 雨模様
幕間「滅ぼす為にアイするのか、アイする為に滅ぼすのか」
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10話「父」

リン達がオンロス帝国に向かう数ヶ月前。


王都にある討伐組合の一室にて、バルドがソファーの上で酔い潰れていた。


目元を赤く腫らし、癇癪(かんしゃく)を起こした子どものように唸っている。


「あ”ー、う”ー。頭痛いぃぃ……」


バルドは行儀悪く、ソファーに寝っ転がったまま、テーブルの上の水差しを取ってコップに注ぐ。


そのまま水を勢いよく飲み干すと、気だるげな様子で天井を見つめ、思考を巡らせた。


「何が良くなかった?どこが駄目だった?…いや、最初からか?本当にどうしよう。彼ならどうしたでしょう……」


いつもの飄々(ひょうひょう)とした様子は欠片もなく、焦燥を顔に滲ませている。


普段のバルドを知っているものであれば心配になる荒れ様だが、この姿をバルドが露出させることはなかった。


一瞬、ピタリと動きを止めたかと思うと、備え付けのクッションに顔を埋めて泣き出す。


「本当にどーしよー!エルマ死んじゃった!——が死んじゃったよ?!しかも何故かガイアが生きてるし?!」


バルドは嗚咽を漏らしながら泣き叫ぶ。


そのままワインの瓶を掴むと、浴びるように飲み始める。


バルドの衝撃の発言は誰にも聞かれることはなかったが、知られていれば問題となってしまう発言であった。


まるでガイアが死ぬことを望んでいたような言葉。


例えどれだけ周辺国の王がガイアの事をイカれていると言い、帝国の民達がガイアの事を嫌っていたとしても、言ってはいけない言葉というものはある。


なんだったら、あの内戦にバルドも一枚噛んでいたと思われても仕方のない言葉である。


それが出来るだけの権力を、バルドは持ち合わせているのだから。


しかし、本人はそんな可能性を気にすることもなく、ソファーの上で暴れまわる。


「う”ー。マジでしたくないですけど、リンさん達にもうちっと干渉しますか……。あーあ。あの人ならもっと上手に人を使えるんですけど、私は本当にその才能なさすぎて。何やっても上手くいかないです」


クッションに涙を吸わせながら、うじうじとしたバルドは次の計画を練り始めた。


◇◆◇


「何か雰囲気が安心しますね。帰ってきた、って感じします」


「帝国はどこもかしこもピリピリしてましたもんねぇ」


「うぉー!アレめっちゃウマそー!」


「おい、チカ!走っていくな!」


飛行船から降り立ち、ついに第二の砦の街アルクスギアに帰ってきたリン達は久しぶりの自国の空気を堪能していた。


屋台めがけて走っていくチカとそれを追うシータを遠目に眺めながら、リンはエルと共に談笑しながらゆっくりと二人を追いかける。


屋台の周りに集まる人々の笑顔が、帝国で疲弊していたリンの心を少しばかり癒やしてくれていた。


「オマエ、ジャーキー好きだよなぁ~」


「この噛み応えがあるのがすごい好きなんだよ」


「あ、顎が鍛えりゃれそうでふ」


新しく出来ていた屋台で食事を買い、いつもの楽しい日々が帰って来る。


そう思っていた。


リンが気に入っている燻製専門の屋台で買ったジャーキをシータと共に頬張っている時リンはふと、自分を見つめている視線に気が付き、後ろを向いた。


「ははは。何の連絡も入れずに、随分と楽しそうだなリン」


「…院長?」


明らかに怒っているルークが、リン達の後ろには佇んでいた。


口では笑った声を出しているが、目が一切笑っていない。


そんな表情のルークを見て、エルは『そういえば、ヒヨドルを倒した後も一切連絡を入れていませんでしたね…』と、ルークが何に怒っているのかを瞬時に理解している。


「まずは、組合にでも行って話をしようか」


ルークは、いいえとは言わせない圧を纏っていた。


◇◆◇


「何の連絡もせずに心配をかけてすみませんでした」


リンの謝罪に合わせて、三人も謝罪の言葉を述べる。


ヒヨドルを倒してからというもの怒涛の日々であった、というのは言い訳だろう。


それを理解しているからこそ、リンはただ何も言わずに謝罪した。


というか、完全に連絡することを忘れていたのだ。


言い訳のしようもない。


リン達の謝罪に、ルークは呆れたようにため息を付いた。


「まあ、無事なのであれば良い」


「実は帝国で死にかけてはいたのですがね...…」


「おい」


「すみませんすみません。本当にすみません」


ぼそっと零されたエルの言葉に、すぐにルークがリンを詰める。


リンはすでに半泣きだ。


そろそろリンのライフがゼロになりそうである。


「怪我自体は完治しておりますよ。多少お腹に傷が残ってはおりますが、後遺症などはありませんからご安心ください」


「そういう問題ではないのだが…リン、少し見るぞ」


半泣きのリンにエルが助け舟を出すが、先に梯子(はしご)を降ろしたのはエルだ。


エルの説明に、ルークはリンの服を捲り上げ傷の具合を見る。


腹に残っていたのは幾つもの裂けたような傷。


最後にエルマに打ち倒されたあの時、リンの腹部に入っていたエルマの拳は、リンの内臓の幾つかを破裂させ、肋骨を腹から飛び出させていた。


一歩間違えば死ぬほどの傷。


エルが近くにいなければ確実に死んでいたであろうものだ。


あの日、ガイアがエルマをすぐに向かえに来ていなければ、リンが助かることは無かっただろうと、今ならば思う。


しかし、それはそれとして、ガイアが自分を助けてくれたなどとは思いたくないリンであった。


リンの腹の傷跡に、思わずルークは顔をしかめてしまう。


「ダイシンカン様、あんまリンのこと怒らないでやってくれ。リン、めっちゃガンバってたんだぜ?」


「チカの言う通りです。もしもリン様がいなければ、オレ達は死んでいたかもしれません……」


エルマにボコボコにされた記憶や、ガイアと戦った記憶から二人はリンをどうにか庇おうとする。


若干怯えながらの二人の発言に、ルークは渋々といった様子で本来したかった話へと流れを戻し始めた。


真面目な顔つきへと変わったルークに、四人は襟を正す。


至厄舟(しあくしゅ)の内の一体を倒したそうだな」


「は、はい。本人はヒヨドルと名乗っていました」


「ふむ、組合長の情報通りだな。…そのヒヨドルの死体がアルクスギアに安置されていたと聞いたが、その死体が消えた」


「へ......?」


ルークの衝撃の発言に、四人の口が空いたまま塞がらない。


リンは五日ほど気絶していたため見ていないが、エルとチカ、シータの三人はヒヨドルの死体を確認していたのだ。


組合管轄の物件に運び込まれ、生命活動を完全に止めていたのをしっかりと見届けたエルは、信じられないと目を見開いてすらいる。


死体がひとりでに動くわけもないが故、誰かが動かしたとしか考えられないのだが、リンには少し思い当たる節があった。


エルマのことだ。


死んだはずの存在が動き、活動する。


それをしっかりと目で見たのはエルマのことだけだったのだ。


「もしかして、あの人が言っていた《生命の秘術》が関係しているとか......?」


「皇帝陛下が仰られていたものですね」


「….…そういえばオンロス帝国に行っていたのだったな」


何度目のため息であろうか。


呆れてものも言えないルークに、一瞬リンも気まずくなってしまう。


「どうやって死体が消えたのかは検討もつかないが、死体がなければ本当に殺したのかどうかも判別が付けられない、というのは理解できるな?」


リンは全力で首を上下に振る。


ルークの言葉に思わず噛みつきそうなチカを、エルとシータが止めていた。


チカ達からすれば、リンが命をかけてヒヨドルを倒したのは事実であり、自身の目で最後の瞬間まで見ていたのだ。


一緒に暮らしていたモドキの子ども達を救ってくれた大神官という存在であったとしても、噛みつきたくなるのも仕方がないのかもしれない。


「本来であれば判断が付かない場合は功績としては認められないのだが、今回は特例が出た。これを読んでみなさい」


差し出された綺麗な装飾と封蝋のされた手紙を開けて、四人で覗き込むようにして中身を読む。


————


神敵である魔王配下が一人、至厄舟(しあくしゅ)・将軍ヒヨドルを月の勇者リンとその一行が討伐したことを、神の名において承認する。


何者であってもこの認定を覆すことは出来ない。


意義を唱えるものは神への反逆と捉えよ。


                     光星教会 教皇ログス


                討伐組合 組合長トロバイリッツ


————


「怖いこと書いてないですか?」


「コエーことしか書いてねェな」


「光星教会...…キョウコウ...…?」


「討伐組合と教皇聖下には古くからの縁があるとは聞き及んでいましたが、当代の組合長と連名をするほどのものだとは思っても見ませんでいた…」


あまりの驚きに怯える者や思考の止まる者など、三者三様である。


リン達からすれば、一ミリたりとも関わったことのない教皇と組合長が、証拠が出せなくなったヒヨドルの討伐をなぜか(・・・)連名で認定しているのだ。


恐怖しか感じない。


怯えて震えているリン達を見て、笑いを堪えながらルークは別の紙を取り出した。


「こちらの手紙は我々、教会関係者に宛てられたものだ。内容はそちらの手紙と同一、そして同じ内容のものが各国の指導者にも送られている」


「それって...…」


「どんな国に行こうとも丁重にもてなして貰えるだろうな、ははは」


乾いた笑みを浮かべたルークの言葉に、リンは吐き気を覚えてしまう。


ただでさえ知らない人や大勢の人と関わるのが苦手だというのに、これ以上他の国になど行きたくもないし関わりたくもない。


想像するだけで胃が気持ち悪くなってきた。


顔色を悪くし始めたリンの姿に、ルークはそれはそれとして、と前置きをして話しだす。


「私は今日までの間に君達がどんな旅をしてきたのが聞きたい。話してくれるか?」


優しい笑みを浮かべたルークに、一瞬四人は呆けた。


しかし、呆けたのも束の間、すぐに破顔してヒヨドルとの戦いの話やオンロス帝国での出来事を話し始める。


「帝国にいた間、少しだけ兵士の方々の訓練に混ぜてもらったんです!ちゃんとした剣の振り方とか学べて本当に良かったです!それで、」


「聞いてくれよダイシンカン様!シータってばヘビ苦手なんだけど、依頼で倒したデッケェヘビが実はメッチャいるヘビの集まりでさあ!」


「色々ありまして帝国の皇帝と戦うことになったのですが、その時のリン様がもう本当に格好良くてですね?!」


「皆さんの武器を新しくしていただいたんです。素晴らしい物でして、必ずライガさんにはお返しをしなければ、と思っていまして、」


「待て待て待て。私は逃げずに話を聞くから、一人ずつ話してくれ」


四人の圧に気圧されながら、ルークは四人の話を一人ずつ聞き始める。


五人の夜はとても長いのだった。


◇◆◇


思う存分話をした四人と分かれたルークは、四人と再開する前の事を思い出していた。


話は神出鬼没のバルドが、アルクスギアへと到着したばかりのルークの所へと現れた事から始まる。


ルークの部屋にいきなり現れたバルドは、その手に二通の手紙を携えていた。


中身はリン達に渡したものだ。


「ハロハロハロー!みーんな大好きバルドさんでーす!」


「今日はまた一段とテンションが高いですね、組合長殿」


「そんな呼び方せずにバルドちゃん、とかでも良いんですよ?」


「遠慮しておきます」


えー?!なんでですか?!などと喚いているバルドを無視して、ルークは急な来客の為にお茶を注いだ。


テーブルに置かれた紅茶を飲みながら、バルドは本題に入る。


「大神官様、こちらを読んで頂けますか?」


そう言いバルドが差し出したのは二通ある内の装飾のない、ただ一つ、表紙側に教会の印が押されている方の封筒だった。


この教会印が押されているというのは、とても重要な内容であり、この書類の内容は枢機卿と教皇の名の下に作成された信書であるということだ。


そうそう作成されることのない手紙、そうそう使用されることのない教会印に、封を開けるルークの手も震える。


「中身まで破ったりとかしないでくださいね?」


「どのようにすれば中身が破れるのですか…?」


からかうように放たれたバルドの言葉に肩の力が抜け、手の震えが止まった。


震えなくなった手で広げた手紙の内容は、リン達が読み上げたものと同じものだが、その内容の意味を理解したルークは戦慄した。


「これは...…」


「このもう一通の方をリンさんに渡してきてほしいんです。もう少しで帰って来るはずなので」


冷や汗をかきながら思考を巡らせるルークを、先程の仕返しかのように無視して話を続けるバルド。


汗を拭いたルークは、思い詰めたような顔をしていた。


「貴方が直接渡しに行っても良いのではないですか?組合長殿(・・・・)?」


「いやーん、恥ずかしいから無理です~。......まあ会いたくない理由があるんですよ、バルドさんにも。なのでその『頭がイカれてるのか?』みたいな顔止めてもらっていいですか?」


「はぁ。もしや、昔のようにまた嘘でもついて怒らせたのですか?星に名があるなどと、星の神の敬虔な信者に不敬だと言われてもおかしくないのですからね。


偉大なる三神を象徴する物に名を付けるなど嘘だとしても......」


くどくどと説教をするように話しだしたルークの話を、てへぺろ、とでも言いたげな表情でバルドは左から右に流す。


二人はそのまま紅茶を飲みながら仕事の話を続けた。


そうして、それなりな時間が経ち、話すこともなくなり会話が途切れた頃、ルークはぽつりと、零した。


「貴方は、あの子に何をさせようとしているのですか…?リンを、ナニにしようとしているのですか…?」


怒られている子どもが怯えながら言葉を紡ぐのと同じように、ルークは震える声でバルドに問いかける。


どこか怯えた表情のルークの言葉に、一瞬だけバルドは驚いた表情をした、気がした。


いつものようにローブを着ている所為で表情は全く見れないが、それでも驚いた気配は感じ取ることが出来る。


「なぜ、そんな事を聞くんです?」


「あの子がどう思っているかは知りませんが、私は自分をリンの父親だと思っていますから」


「そ、うですか…」


言葉を震わすのは、今度はバルドの番であった。


フードの部分から見えるバルドの口元だけが微笑んで見える。


「彼を偉大な勇者にしたいんです。彼に…倒してもらいたいんです」


何を、とは明言しなかった。


リンを勇者にしたいのだと言ったバルドの手は、強く握りしめすぎたのか震えていた。

バルド回でした。

本日00:30にもう1話投稿予定です。

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