9話「勧誘」
暗い石畳の道を、歩く音がする。
その軽い足音は、その真っ暗な地下牢のある最奥にて止まった。
最奥の地下牢に囚われた罪人であるレムスは、薄暗い部屋にぼんやりと浮かぶシルエットに戸惑いながらも話しかける。
「誰だ、お前...…?」
「は、はじめましてー。わたしはローパーといいますー。えと、あなたたちのいう”まのくに”で、はたらいてますー…」
「つまり、そんなちいせぇナリで人類の敵ってわけかよ」
魔の国で働いていると言う目の前の存在は、雨合羽を被り、おおよそ四、五歳ほどの子どもの姿をしていた。
身を縮こまらせて話す姿は頼りなく、魔族であるのかどうかすら疑わしい。
「わたしのからだをどうおもうかはー、その人によってかわるものかなーっておもいますー」
どこか間延びした語尾と、レムスの一挙手一投足に怯えている姿はどこかアンバランスだが、魔族なのであればそんなこともあるか、と思う。
しかし、魔族がわざわざ己に会いに来た目的は検討もつかず、レムスは厳しい目で少女を見つめる。
何をしにきたのだ、と動向を探っていると目の前の少女は己のポケットをがさごそと漁り、目的の物を見つけるとレムスに見せつけるようにして掲げた。
「おま、それ...…」
その小さな手に握られていたのは、一つの鍵。
「あなたをー、ま王ぐんにかんゆうしますー!」
フードから少しだけ見える口元は三日月のように歪んでいた。
◇◆◇
執務室にて、ガイアはロイバスと共に大量の仕事を片付けていた。
皇帝になってから日は浅く、皇帝になった事による書類や、他国へ送らなければいけない手紙に、兵士達への命令書など。
やることはあまりにも多く、リン達がオンロス帝国に来ていた数日間も仕事でほとんど執務室に籠もりきりだったのだ。
カリカリと、ペンを走らせる音のみが部屋に木霊する。
先代皇帝の側近であったロイバスを、ガイアが処刑しなかったのには幾つか理由があった。
一つ目は、この大量の仕事を任せられるのがロイバスのみであったこと。
二つ目は、他の貴族達との緩衝材にするためだ。
はっきり言って、ガイアは貴族からも帝国兵からも、なんだったらほとんどの国民からも信頼されていない。
オンロス帝国は血を第一とした皇政のため、先代皇帝を殺して皇帝へとなったガイアへ貴族達も直接の文句を言えはしないが、それでも不満は溜まるものだ。
そこで先代皇帝の側近であったロイバスがいれば貴族も多少は溜飲を下げる。
それ以外にも色々理由はあるが、全てはロイバスが優秀であるという一点に帰結した。
少しずつ時間をかけて机上に山積みになっている書類が減っていく。
そうして山が半分ほどになった時、ガイアがふと、顔を上げた。
そのまま鋭い目線でじっと地面を見つめ始めたガイアに、ロイバスが声をかける。
「いかがなさいましたか?」
「んー、なんか変な気配が、」
そうガイアが口を開いた瞬間、城中にけたたましい轟音が響いた。
轟音がしたよりも少し遅く、婦女子の悲鳴と兵士が駆け出す音が聞こえ始める。
その音にガイアは魔砲を手に取り、ロイバスを伴って音のした方へと歩き出した。
そして着いた先は地下牢へと続く扉。
しかし扉は無惨にも破壊され、幾人かの兵士が傷を負い倒れ伏している。
「こ、皇帝陛下!」
「やあ、お仕事ご苦労。そこの倒れてる兵達はすぐに医務室へ連れて行ってね。後は、他の誰もこの先に入れないように」
「は、はぁ...…?」
すぐさま指示を出し、困惑する兵を置いてガイアは地下牢へと進んでいく。
中に入った兵はいないようで静かな階段を降りていく。
そのまま最奥まで近づくと警備兵が倒れ伏しており、駆け寄ったロイバスが脈を取るが首を左右に振った。
見るからに酷い傷を負い、大量の血を流して絶命している警備兵をガイアは観察する。
「まるで大きな爪を持つ動物に斬られたみたいな傷跡だね。まさか鎧を貫通しているとは」
「魔物の仕業でしょうか?」
「どうだろうね~」
何か思い当たる節がありそうなガイアは、ロイバスに何も伝えずに最奥の牢へと進んでいく。
ズンズンと進んだ先にはこれまた破壊された牢の檻。
そして、そこに本来収容されていたはずのレムスの姿も無かった。
警戒しながら二人が牢の中に入ると、鍵が刺さったままの手錠が一つ、ポツンと落ちている。
その手錠に鍵が刺さっているという異常事態にロイバスは顔を青ざめさせる。
なぜならば、本来皇帝、もしくは側近が許可した場合のみ、使用が許可されるはずの囚人の手錠の鍵がこの場にあるということは、ガイアかロイバスがこの自体を引き起こした、もしくは反逆者がいるということにほかならないからだ。
しかし、ロイバスは鍵を使いレムスを出せ、などという指示は一切出していない。
つまり、ガイアが引き起こしたか、反逆者がいる。
そう思いつき、引き攣った顔でガイアを見た。
そんな顔のロイバスに見つめられたガイアが、不貞腐れたような顔をする。
「言っとくけど、僕はこんなこと、指示もなーんにもしてないからね?」
「...…本当ですか?」
「本当だってば」
ならば反逆者が、それも厳重に保管されていたはずの鍵を盗めるほどの実力者がいるということか。
そう思い、こんな事を起こせそうな人物へと思考を巡らせ始めたロイバスに、ガイアは顔も向けずに話しかける。
否、それはロイバスへではなく、瓦礫の山へと隠れていた人物へ向けた言葉だった。
「そろそろ出てきてほしいな。僕は面倒なことは嫌いでね」
そうして出てきた人物は——。
「こ、ころさないでくださいー。おねがいしますー」
幼い少女、レムスを勧誘したローパーであった。
なぜローパーがこの場にいるのか。
理由は単純だ。
レムスに置いていかれたのだ。
待って、と言う間もなく手錠を外されたレムスは牢を飛び出していった。
そして飛び出していったことにより鳴ってしまった轟音で、兵が集まってしまいローパーは出られなくなってしまったのだった。
そんな事を知らないガイアは、両手を上げて降参しながら命乞いをするローパーに、問答無用で魔砲を打ち込んだ。
「ぁ、?ぇ?.…いぁあ”あ”あ”あ”!?」
正しく絶叫。
ほとんどノーモーションでローパーの足を撃ち抜いたガイアは、つんざく悲鳴に耳を抑える。
年端もいかぬ子どもの見た目をしているローパーが叫んでいる様に、ロイバスは思わず目を逸らしてしまっていた。
「こ、ころさ、ないでくださぃー。わ、わたし、わたしは、めいじられたこと、をしてただけなんですー」
撃ち抜かれた足を抑え、震える声で命乞いを続けるローパーだが、抑えている足から一切血が流れていないのをガイアは見逃していなかった。
いつものように笑っているガイアは、指を折り何かを数え始める。
「不法侵入に鍵の窃盗、逆賊として捕らえていたレムスの逃亡への手助けに…あー、後は殺人の幇助とか?色々付け足せそうだし捕まえてみよっか、ロイバス」
「御意に」
ローパーがどれほど幼い見た目をしていたとしても、罪からは逃れられない。
例えそれが別の国の住人でも、このオンロス帝国にいるのであれば、オンロス帝国の法を絶対守らなければいけないのだ。
ガイアが指折り数えていた罪は事実であり、ロイバスはガイアの決定に従う他ないのである。
そうして、自身を見て痛ましそうに顔を背けたロイバスすら助けてくれぬのだと気付いたローパーは、じりじりと後退していく。
しかし、ローパーが後退していく先にあるのは壁と死した警備兵の死体のみであり、外へと逃げることは叶わない。
ローパーが何をするつもりなのか、とワクワクしながら銃口を向けるガイア。
そうして、ローパーが警備兵の死体の横にまで後退した時、ローパーは遂に声を上げた。
「や、やですー。いたいのはいやー!」
血を流して倒れ伏している警備兵に、震える手でローパーが触れる。
そっと死体に触れた幼い手が、雨合羽に覆われた腕が溶けて、解けて...…?
解けていく手をガイアはすぐに撃ち抜いたが、熱線により丸く開いた穴はすぐに閉じてしまう。
知る者が見れば触手だと言うであろうその腕は、警備兵の体をどんどん覆い隠していく。
「これも魔法の一種なのかな。いや、どちらかと言うと生物兵器の類か...…?」
ガイアの言葉に答えることなく、ローパーは触手を伸ばしていく。
「うー、おいしくないですー。で、でもしにたくもないですー」
解け、触手へと変貌したローパーの腕には幾つもの口が生まれ、そして鎧ごと警備兵の死体を貪っていく。
最初にガイアによって付けられた傷が癒えたかと思うと、今度はローパーの姿が一回り。
否、二回り以上大きく成長し始めた。
「い、生きなきゃいけないんですー。その為に、たべて、食べて、喰べなきゃなんですー。だからー、貴方達も、私に食べられてくださいー!」
今までの舌っ足らずな口調はどこへ行ったのか、流暢に話し始めたローパー。
そうして十二歳程に成長した敵は、ガイア達の方へと駆け出した。
成長したために更に出せるようになった触手を、ガイアとロイバスへと伸ばす。
しかし、伸ばされた触手の動きは緩慢であり、ガイアを庇うように前に出たロイバスが切り落とすことが出来る速度だ。
切り落とされた触手はくたり、と動きを止め、ローパーは若干の痛みに顔をしかめながらもガイア達の方へと歩み寄り続ける。
「わー、これ面白いねぇ」
「わけの分からぬモノを触らないでください!陛下!」
「はいはーい」
落ちていた触手は時間が経つと黒い砂のようなものに変わった。
叱られたことで黒い砂を触るのを止めたガイアは、姿の成長したローパーへと視線を向ける。
成長したローパーは雨合羽はさすがに小さかったのか消えさり、太ももの付け根ギリギリの所までしか裾のない服を纏っていた。
フードで見えなかった顔は雨合羽が消えたことで露わになっており、人為らざるものの特徴を持つ瞳でガイア達を見つめている。
しかし、何よりも異質なのはその触手だろう。
切り落とされても血は流れず、ただ砂になる。
ガイアが触ってみたところ、触感はまるで石を粉にしたかのようにザラザラとしている。
魔族だとガイアは結論づけたが、それにしても何とも面白い生物だと観察する。
その高みの見物は、ローパーの言葉ですぐに終わることになってしまうのだが。
触手の本数が増えていき、ロイバス一人では対処が難しくなってきた頃。
「早く帰って月の勇者を殺さなきゃいけないのにー……う、痛いですー」
ローパーが独り言のようにポツリと零した言葉が、ほんの少しガイアを苛立たせた。
月の勇者とは聖女がリンのことを呼ぶ名前。
つまり、目の前の女はリンのことを殺そうとしているのだ。
そう分かった瞬間のガイアの行動は単純だった。
「アぎュッ!…い、いたいですー!それ、なんで貴方が、それで持って?いだ、い”だ”ぃ!」
痛い、痛いとのたうち回るローパーの目には、一本の魔砲が映る。
先程の幼い姿であった時にはフードで見えなかったもの。
しかし、雨合羽の消えた今は見えるもの。
そして、己の腹を撃ったモノ。
その魔砲を見た瞬間に、ローパーは血相を変える。
ローパーは目を丸くして、ガイアがふわりと浮かべ、ローパーの全ての触手を切り刻み、そして地面に貼り付けにするために使っている複数の剣には目もくれず、ただその魔砲のみを見つめていた。
「なんで、?なんで!?そ、それ、あ、あの人の、あの人、え?なんで、組合のでも、教会のでもない人が持ってるんですかー?!わ、わけ分かんないですー!いギゥッ」
「お前に出来るのは僕の質問に答えることだけだよ。君達は、勇者君を殺そうっていうんだね?」
魔砲によって傷を負った腹を踏みつけられ、痛みと恐怖でガチガチと歯を鳴らして震えているローパーは、ガイアの質問に答えずに顔を背ける。
「答える気はない?うーん、なら別に指の一本や二本くらいは切り落としても良いんだけど、ってこんなよく分からないのに変貌してたね」
幾本にも分かれた触手の内の一本に、ガイアは魔砲の銃口を押し付けた。
リンが魔族共に殺されてしまっては、エルマが”リンで”遊ぶことができない。
それでは駄目なのだ。
リンは必ずこの先強くなる。
エルマの遊び相手になれるくらいに。
だから、今殺されてしまっては困るのだ。
エルマを優先した考えでしかないそれは、ガイアの今の原動力であった。
そんな本心の読ませることのない笑みを浮かべたまま、ガイアはまたローパーに問う。
「君の本体は何処だ?話がしたい」
「...…」
何も言わずにガイアを睨みつけるローパー。
その答える気のない様子に、ガイアは称賛の拍手を送りながら腹に乗せていた足を踏み抜いた。
「ア…パぎゅゥ...…」
そのままローパーは息絶える。
「な、なぜ殺したのです陛下!?何も情報が…」
その姿に、思わずロイバスは口を出してしまう。
しかし、ガイアはそのロイバスの口を指で制止した。
踏み抜いていた足を退かし、ふわりと浮かせていた武器を収めて踵を返すガイア。
そしてロイバスの方を振り返らずに疑問に答える。
「拷問しても何も話してくれないだろうし、『本体は私』、だそうだよ。ロイバス、これから忙しくなるよ~」
脈絡のない答えを出すガイアに、ロイバスは首をかしげる。
ロイバスの視線の先には、ローパーの死体はなく、真っ黒な大量の砂だけが残っていた。
いつの間にかガイアは牢の中にまた入っており、今度は檻を観察している。
「レムスは北の大地に向ったみたいだね。僕達には簡単に手の出せない場所に」
「…ですが、あいつはモドキではないのですよ?」
ロイバスの言葉に、ガイアは分かってないな~とでも言うように首を竦める。
一歩間違えば馬鹿にしていると言われそうな仕草。
否、ロイバスを馬鹿にしているのは間違いではないのだが。
「パッと見は、だよ。モドキは先祖に魔物を持つなんて言われていたのは知ってる?」
「ええ。市民の間で流れている噂ですよね」
「そうそれ。でもさ、不思議に思わないかい」
わざとらしくそこで言葉を切ったガイアの続きの声を、少し頭を捻らせながらロイバスは待つ。
「人間と動物が子どもって作れるわけなくない?ということは魔物が人間の姿になったか、人間が魔物になったかのどっちかになるんだけど。
まあ僕もこの通り人間の姿をしているのだから前者だ」
『もし人間が魔物になったんだったら今の僕のほとんど人間みたいな姿は可笑しいもんね』、とガイアは続ける。
その言葉に思わずロイバスは目を見開く。
ガイアがこの先に言いたいことを理解したからだ。
そのロイバスの表情に、ガイアも頷く。
「そう。ならば人間が魔物の姿を取れる可能性はあるよね。というか、魔法というものが存在するんだから出来る可能性は高い。
まあ何が言いたいのかって言うとさ、」
牢から出たガイアは、壁に走った数本の爪痕をなぞる。
その巨大な爪痕が表すのは——。
「レムスは魔法で獣に姿を変えることが出来るんだよ。そんな力を持っていれば、半端に動物の姿を持つパンテラなんか瞬殺できる。
謎だったんだよねぇ。あんな若いただの人間がパンテラ最強を殺せるだなんてあり得るわけないから」
ケラケラと笑うガイアとは相対的に顔を真っ青通り越して真っ白にしているロイバス。
ガイアの言葉が持つ意味とは、普段横で笑っている普通の人間が実は魔族だった、もしくはモドキだった、という可能性があるということだ。
そうなれば、もう誰も信頼出来ないではないか。
その可能性に行き着いたロイバスの顔を、ガイアが覗き込む。
「ね、忙しくなりそうでしょ?」
そう言うガイアの顔には、とても嫌な予感しか感じない嫌な笑みが浮かんでいた。
今までに出てきたキャラのまとめなどをしたほうが良ければコメントを頂けると幸いです。
そのうち細かい設定は出す予定ですが、何年後になるやら。




