6話「悪魔の子」
時は進み、リン達一行は城へと戻ってきていた。
ロイバスに先導され、少し暗い地下へと続く階段を降りていく。
「な、なんか、オバケとか出そうな雰囲気だよな…」
「明かりがなければ足元も見えませんね…」
「落ちたりしないように気をつけてくださいね」
一歩一歩、踏みしめるようにゆっくりと降りていき、五人はついに地下牢へと到着した。
そのまま奥の方まで歩いていくが、人影は一切なく、覗き見た牢の中も抱いていたイメージとは違い、それなりに綺麗に掃除されてある。
牢屋というのは、勝手なイメージだが薄汚れているものだと思っていたので少し意外だ。
そうして、地下牢の最奥までたどり着いた時、ロイバスの持つ明かりに照らされていない牢の奥で、リン達の存在に気づいた一人の男が声をかけた。
「誰だ、お前ら」
声のした方向へとロイバスが明かりを掲げる。
ランタンの光に照らされ現れたのは、猫のような耳も、しっぽもない、普通の人間。
強いて言えば、髪の色がエルマと同じ、ただそれだけの普通の人間の様相をした男だった。
それとは別に、リンは思っていたよりも年若いな、という印象を抱いた。
「ロイバスさんか。あんたが、なんでこんなところに…それに、そいつらはなんだよ」
「久しぶりですね、レムス。お元気そうでなによりです」
「こんな俺様を見て元気、ってバカみたいなこと言わないでくれよ」
そう言ったレムスは、壁から自身の四肢に繋がっている鎖を、ロイバス達へと見せつけるように身じろいだ。
リンだけが見ることが出来たが、手錠に繋がれたレムスの手首は、身動きして擦れたのか赤く腫れ、血が滲んでいる。
しかし、レムスはそんな手首の傷を気にもとめずに、ロイバスと話し続けていた。
「ふーん、そいつらが噂の勇者様御一行ってわけか...…」
「いつも思うんですけど、俺達がその、勇者一行だっていうのは、どこからバレたんでしょうか…?」
勇者という言葉を出す事に、未だに恥ずかしさを覚えるのか、リンは言い淀みながらもエル達にそっと耳打ちする。
そのリンの言葉を聞いていたのか、レムスは呆れたように鼻で笑う。
「俺様は警備兵が話してるのを聞いたぜ?ていうか、人の口には戸は立てられないって言うし、どんだけお前らが隠してても、普通にバレるだろ」
「そ、そういうものなのか…」
「そういうもんだろ」
「どんまい、リン」
レムスの言葉に思いっきり項垂れた様子のリンの肩に、ぽんっと手を置いてチカが慰める。
それにしても、チカ達も行く先々でリンが勇者だということはバレていた為、まさかリンが隠そうとしているとは思ってもみなかったことだ。
リンがチカ達に慰められている間に、レムスが出来うる限りリン達に近づいてくる。
牢の檻の部分まで近づこうとしていたが、それはレムスの体を壁と繋げている鎖が阻んていた。
「チッ。…なあ、ロイバスさん。あの竜の討伐はどうなったんだよ。あのガイアのやろーになってから何か動いたか?」
「...…いいえ。全く何の動きもありません」
「そーかよ…」
『竜の討伐』という言葉に、心苦しそうにロイバスは首を左右に振る。
竜といえば、とアルクスギアで太陽の英雄の劇を見た時のことがリンの頭に思い浮かぶ。
竜、というのはそんなに数いるものなのだろうか?
そんな疑問が、リンの頭にふと浮かぶ。
疑問を頭の隅にやり、ロイバスとレムスの会話を聞いていると、昔パンテラが皇帝の命で討伐しに行ったが失敗し、命からがら帰ってきたそうだ。
二人の表情を見ていると、レムスはそのことに深い恨みというか、嫌悪というか、そういった悪い感情を抱いているようだった。
しかし、そんな暗い表情がパッと明るくなる。
それも、リン達を見た瞬間に。
とても嫌な予感がする、と四人は言葉にせずとも同じ事を思った。
「なあなあなあ!お前達、至厄舟倒したんだろ?!お前達があのクソ竜倒してくれよ!」
「いえ、レムス。それには陛下の許可がいります。あの竜は北との国境ぎりぎりにいますし…」
「えー?なんかよく分かんねぇけど、あのヤローと仲良いんだろ?どーにか許可取ってぶっ飛ばしてきてくれよー」
「いや、全然仲良くないです」
「真顔で否定すんじゃん...…」
リンにとって、ガイアと仲が良いといのは絶対否定したいところだ。
何があろうとも仲が良いとは思ってほしくない、という確固たる意思を見せるリンの真顔に、思わずレムスも引いてしまう。
しかし、そんなレムスとリンの様子を気にせずに、チカが会話へと割り込んできた。
「なあ、その竜をトーバツするのに許可がいるのって、なんでなんだ?」
「ああ。それはですね、北の大地との国境線にあるので、魔族に侵攻しようとしていると思われる可能性があるからです。それで魔族との戦争になっては面白くない話ですので…」
「ほへー。ありがとな」
理解しているのか理解してないのか、微妙な返事をロイバスへと返す。
そうこうしている内に、レムスとの面会を許可されたの時間が、終わりを告げようとしていた。
その事に気がついたレムスが、声を荒げるようにしてリンへと話しかける。
「おい勇者!一応、聞くだけ聞いてくれよ!あのガイアのヤローまじで気に食わねぇし、ウザいから俺様は行きたかねぇけど。あの竜のこと、なんかお前になら任せられるからよ!」
そう言って笑ったレムスに牢の中から見送られながら、リン達は地下牢を後にした。
◇◆◇
その道中、リン達はやはりレムスの事を話していた。
「あんな人が悪魔の子と呼ばれているのも、パンテラの第一部隊長さんを殺したっていうのも、なんだか信じられないですね…」
「人間、パッと見ではどんな人か分からないものですね」
リンの言葉にエルが同意する。
しんみりとした空気が流れ始めたその瞬間、ロイバスがリンの疑問の一つへと答え始め、すぐに空気を変えた。
「彼が悪魔の子、と呼ばれているのは、モドキしかいない村で唯一、モドキの特徴を持たない子だったからだそうですよ。まあ、そんな彼がパンテラでも最強になったのは、彼らにとっては皮肉でしょうね」
「皮肉、ですか?」
「......パンテラの部族は、元々その強者の血を残すために同じパンテラのモドキとのみ結婚し、子を成していましたから。彼は、片親が何者なのか分からないですがね…」
とても突っ込みづらい内容に、思わずリン達四人は口をつむぐ。
そうこうしている内に、五人はついに地下牢から通常の廊下へと戻ることが出来た。
「もう、夜になってしまいましたね」
「そうだねぇ…早くご飯食べて部屋にもどr…って夜?!」
シータの夜、という言葉にリンは驚きを隠せない。
そして、驚いているリンの様子に、他の四人もあることを思い出していた。
そう、夜は”エルマ”の時間なのだ。
「——♫。———。—♪」
廊下の奥から朧げだが、子守唄が聞こえてくる。
しかし、あの日と違うところが一つ。
今日ぼリン達はパンテラの村に行った帰りが故、武器を持っているのだ。
怪我をさせたくはないので、勝てるということはないかもしれないが、この間のように瞬殺されることはないだろう。
そう思いながら、戦えないエルとロイバスを庇うようにして、三人は武器を構え、前に出る。
「い——♬。かわ——子♪」
少しずつ近づいてくる歌声に、あの日の痛みを覚えている体が震える。
「いィッ...…でェッ!」
そうして、エルマがこちらを認識したと気づいた瞬間、リンは自分でも意識しないままに、エルマの拳を弾き返していた。
重い義手の一撃が、ライガに借り受けている剣からリンの腕まで伝わってくる。
痺れる腕に耐えながら、シータとチカがすぐさまエルマへと連撃を重ねていくのを見る。
「ウワッッッ!」
「あがッ….…ぐぅぅぁ…!」
「「シータ!」」
しかし、それも完璧に弾き返され、シータは特に念入りに蹴り飛ばされ、更に一撃まで叩き込まれる。
シータに叩き込まれた一撃を見た瞬間に、チカとリンはすぐに駆け出した。
リンはエルマの注意を引き、チカは魔法でシータと己の姿を隠した上で、すぐにエルの元までシータを引きずり連れて行く。
この間とは違い、エルマの攻撃にもどうにか食らいついていけている。
それでも周りを気遣う事ができないほどに、エルマの攻撃は過激で苛烈だ。
それでも、月の魔法でどうにか後ろに回り込み『一撃でも入れてやる!』、そう思い剣を振り下ろした。
「うぁ…ぎゅゥ...…」
剣は弾き飛ばされ、驚愕した隙に腹に拳を叩き込まれる。
思いっきり吹っ飛び、あまりの衝撃でどうにか息をして天井を見つめることしか出来ない。
息をしている間にも、少しずつ瞼が下がっていく。
少しずつ暗くなっていく視界で、最後に映ったのは——————。
◇◆◇
「おはようございます、リンさん。お加減はどうですか?」
「…エル、さん」
「はい、エルです」
温かな光が顔に当たっている感覚で目が覚めたリンは、薄らぼんやりと視界に入ったエルの名前を、無意識に呼んでいた。
そうして、ゆるく頭を振ってからやっと、また己がエルマに負けたのだと思い出す。
ゆっくりと負ける直前までの記憶を、鈍い動きの思考を出来うる限り働かせながら思い起こしていると、ハッとして勢いよく口を開いた。
「エ、エルさん。ロイバスさんは大丈夫ですか!?」
ガイアは、エルマは出会った帝国兵を殴り殺してしまうと言っていた。
ならば、ロイバスはどうなった?
帝国兵としてのバッチを身に着けていた彼を、エルマは目が見えなくとも帝国の存在として認識できるだろう。
もしかしたら、あのまま彼は…。
そんな思いから、エルへといつにも増して早口になってしまいながらも話す。
そんな様子のリンに、一瞬目を丸くしながらもすぐにいつものような微笑みをエルは携えた。
「彼は怪我一つありませんよ。五体満足で今日も城中を駆け回っておいでです」
「そ…うですか。よかったぁ...…」
エルの言葉に、微笑みに、リンの肩の力が抜ける。
たとえ知り合ってほんの数日だとしても、知っている人が怪我をするのは、死んでしまうのは、想像するだけでも苦しくなる。
だからこそ、エルの怪我一つないという言葉に、リンはとても安心してしまった。
それこそベットの上でなければ、腰を抜かしてへたり込んでいたであろう程には。
そんな様子のリンに、エルは少し申し訳なさそうに口を開く。
それと同時に、とある事を思い出したリンも話そうとして、二人の声が揃った。
「「あの、あ」」
気まずそうに笑いながら、リンはエルの言葉の続きを促す。
そのリンの気遣いに感謝しながらもエルは話しだした。
「リンさん、そろそろこの国を出ませんか?なんでしたら、この城ではない別の場所に宿を取る、などでも良いのですが...…」
「そ、れは...…」
「ライガさんが作ってくださっている武器は、アルクスギアに送ってもらう形にして頂きましょう。ね、リンさん。お願いです...…」
思ってもみなかった言葉を吐いたエルに、リンは驚きを隠せない。
エルが言いたいのは、この城から離れたい、ただそれだけなのは分かる。
一瞬、リンは悩んだ。
それでもリンは、自分が話したい内容ともエルの話は近しいが故、自分の言いたいことをたどたどしくも話しだした。
それは珍しい、リンとエルの意見の応酬だった。




