5話「血」
「お、勇者の兄ちゃん達じゃねぇか」
食事を終え、リン達が店から出た瞬間に聞き覚えのある声が四人を呼び止めた。
「ライガのおっちゃん!」
「よぉ!嬢ちゃん、今日も元気そうだなぁ」
振り向いた先には、両手に食材の入った袋を抱えたライガの姿があった。
「丁度良かった。お前さんらに会いたかったんだ」
「俺達に、ですか?」
不思議そうに首を傾げるリン達に、ライガは頷く。
「そうだ。お前さんらの使う武器の柄の部分。お前さんらが使いやすいように調整したくてな」
「そんな事もできるのですか?!」
「勿論だ!グリップの部分が太いほうがいい、とか細いほうがいい、とか多少はあんだろ?」
驚愕の声を上げるシータに、誇らしげな表情のライガ。
たしかに、工房で見せてもらった武器は細かい装飾なんかもされていて、見事なものだと感じた。
だがまさか、そんなグリップの太さなどの細かい部分までしてもらえるとは思わなかった。
もしかしたら、あの細かい装飾はそういった細かな部分もできますよ、というアピールなのかもしれない。
オーダーメイドの剣だなんて、なんて嬉しいものだろうと、思わずリンの頬も緩んでしまう。
「なら、工房まで俺達が荷物を運びますよ」
「本当かい?ありがとな、勇者の兄ちゃん。じゃ、これ任せたぞ」
リンは嬉しそうな顔を隠せないまま、渡されたライガの荷物を抱え上げた。
「なら、オレがこちらを持ちますよ」
「ははは、儂の持つ分の荷物がなくなっちまった。ほんとにありがとな」
笑いながら感謝の言葉を述べるライガを横目に、チカは頬を膨らませ、シータとリンに向かって文句を言い始めた。
「アタシが持つ分もねーんだけど!どっちか持たせろよー!」
「ふん、お前はその膨れた腹でも抱えていろ」
「はぁ?!ウッザ!」
またまた喧嘩を初めたチカとシータの間に、リンは無理やり体を滑り込ませ、喧嘩を止める。
「はいはい、喧嘩しないの」
「ふふふ、本当にお二人は仲良しさんですよね。うふ、ふ、ふふふ」
そんなわちゃわちゃとした三人の様子に、食事の途中から少し暗い表情をしていたエルも、思わずといった様子で笑い始めていた。
「セイジョ様、めっちゃ笑うじゃん。別にこんなヤツと仲良くなんかねェし…」
「オレ達は…仲良く、なかったのか…?」
鍛冶街へと歩き進めながらも、言葉の応酬を繰り返していたチカとシータ。
仲良くない、というチカの言葉に、シータは叱られた子犬のような顔でチカを見つめる。
そのシータの姿は、それなりな大きさの体を持つ男であるというのに、垂れた耳と丸まったしっぽの幻覚を、チカへと見せる。
いや、自分より年上の、しかも筋肉ムキムキな男がそんな仕草をしたところで可愛げはないのだが。
「な、仲良く…なんて、」
「……」
じっと、シータが真っ直ぐな瞳でチカを見つめる。
その瞳に根負けしたチカは、深く、本当に深くため息を付いた。
「はいはい、アタシ達は仲良しですよーだ!」
「ふふん、そうだろう?」
「その顔がウザい」
正しく"ドヤ顔”と言える表情でチカを見るシータに、また皆で笑いあいながら、工房への道を五人は急いだ。
◇◆◇
ざりざりと、木を削る音が工房内に響く。
工房に着くやいなや、ライガは角材を切り出し、リン達の好みの太さに合わせてグリップ部分を、角材の太さを仮として削っていた。
削っている最中、ライガはパンテラの話を、思い出に浸るように、思い出すように話しだす。
「パンテラの部隊の奴らは、大体が血縁で構成してたそうだ。パンテラって名前も、元々は部族名だったんだと」
角材を削る手には一切の迷いはなく、時にリンに握らせながらも微調整を重ねていく。
「パンテラの奴に会うまでは知らなかったんだが、モドキってのは血縁だと同じような特徴が出るみてぇでな。だから全員、猫みてぇな気分屋が多くてなぁ。
自信満々なエルマに、あったけぇ所でいつも丸まって寝てやがる奴とか、気に入らないことがあったらしっぽ振り回す奴とか。本当、いろんな奴がいたなぁ」
リンの分が終わったようで、ライガはシータの手を観察しながら次の角材を削り始める。
「一回だけ、パンテラの奴らが魔物共と闘ってるところを見たことがある。あれは、正しくバケモンだった。
足が動かなくなれば腕で這いずり、腕も動かなくなれば歯で肉を噛みちぎる」
ふと、ライガの手が止まった。眉をひそめ、城のある方へと目線を向けている。
その瞳は、悲痛の思いを滲ませていた。
「...…だから、エルマは目も四肢もなくしたんだろうなぁ。仇を見れば、無理やり這いずってでも殺そうとするだろうから」
「仇、ですか…?」
思わずリンが声を上げる。
その声にハッとし、ライガはまた手を動かし始めた。
「そうだ。あの内戦の中でエルマは息子を殺された。多分、帝国兵に。仕方ねぇことではあったけどな。あいつらは、パンテラの血を恐れてたからな」
そうして、ライガは言葉を続ける。
「お前さんら、城に泊まってんだろ?日が落ちてからは廊下を出歩くなよ。エルマが、殺しに来ちまう。さすがの勇者様でも、あの義手付きのエルマの一撃はくらうとマズいだろうからな」
「あ、それはもうくらってきました」
「…まじかよ」
しかし、ライガの言葉にエルが疑問を溢す。
「ライガさん、なぜ貴方はエルマさんが義手をつけていると、いえ、四肢をなくしていると知っているのですか?」
「あ?…ああ、そりゃ、エルマの義手と義足作ったのは儂だからな。陛下に言われて作ったけど、初めてだったぜ。死んだ奴に作るのなんかさ」
ライガの言葉に、四人は唖然とした。
ライガによって削り出された角材を握り、大きさを確かめていたチカも、思わず手から角材をおとしてしまう。
工房の中の武器からして、ライガが高い技術力を持っているのは明白であったが、まさか義手等も作れるとは思いもしなかったのだ。
まあ、ライガに作られた義手によって思いっきりぶん殴られたので、少し複雑な心境ではあるが。
「なんか、あの皇帝、ホントーに変なヤツだな」
その地下の言葉に思わずライガ以外の三人は首を縦に振る。
ああ、そういえば、とライガが声を上げた。
「実はよ、最初予定してたよりもお前さんらの武器の完成、早くなりそうだ」
「へ?」
「勇者様の武器を作るって話をどこから聞きつけたのか、他の工房の奴らが手伝ってくれててなぁ」
そう言いながらライガが指さした先へと視線を向けると、そこには窓からリン達四人を覗き見ている男達がいた。
「おい、お前ら。入るなら入れ。怖がらせてんじゃねぇか」
「うっせぇぞライガ。よぉ勇者様、あとそこの兄ちゃん。ちょっと触らせてもらうぜ」
「え、う、わぁあ」
「な、なんだ!」
ライガに言われ入ってきた男達の内の何人かは、リンとシータを囲みじろじろと体を眺め、そして触ってくる。
触っている途中で『良い筋肉だな』とか、『お前さんはもうちょっと筋肉つけたほうが良いかもしれんなぁ』『お前の趣味だろそりゃ』などと話しており、とてもくすぐったい。
「お前らな、二人が困ってんだろ?!触んのやめろ!」
「はは、すまんな。やっぱ、俺達の作る剣を使うやつの体格は知ってたいだろ?」
「いきなりは良くねぇだろ、馬鹿共が」
一通り触り終わって満足したのか、ライガに叱られた男達は二人から離れていく。
リンはバクバクと拍打つ心臓を抑えながら、チカの方へと視線を向けるとチカもチカで二人の男に囲まれていた。
囲まれているといっても、一m程の距離を取っているのだが。
リン達の体を好き勝手に触っていた男達は、どこからともなく取り出した紙に、おそらくリン達の体を触って計測したのであろう数字を書き込みながら、何やら話し合っている。
「それにしても、エルマの話とか懐かしいよなぁ?」
「いやあ、下手に旦那がいる時にエルマと話すと怖いんだよな」
「ありゃ嫉妬してんだろ。皇弟の嫁に手ぇ出す奴なんかいねぇっての」
「あはは、違いねぇぜ」
そんな話が不意にリンの耳に入り、思わずリンは目を丸くする。
ガイアが『愛している訳ではない』と言っていたのを思い出したが、もしも今の会話が本当ならば、ガイアはエルマの事を愛していたのではないか。
いや、もしかしたら自分の物には触られたくない、とかってタイプなのかもしれない。
それはそれとして、リンは嫁を自分の物、なんて言う事自体に忌避感を感じてしまうが。
「リン様、そのパンテラの部族が暮らしていた村に行ってみませんか?」
「へ?」
そんな事をぼぅっとして考えているとシータが話しかけてきていた。
完全に意識が遠いところに飛んでいっていたので、一瞬反応が遅れてしまった。
パンテラの部族が暮らしていた村。
それは、たしかに気になるかもしれない。
同じモドキという存在と出会えること自体が稀であるし、モドキの村というのがあるのも初耳だ。
そう思うと、たとえもう誰もいないとしても、一度行ってみるのはありなのかもしれない。
そんな思いから、リンはチカとエルにも声をかける。
「うん、そうだね。俺も行ってみたいかも。チカとエルさんはどうですか?」
「いいぞ。アタシもなんか気になるし!」
「私もぜひ行きたいです」
二人の肯定の返事に、リンとシータも嬉しそうに頷く。
「あ、それなら出発は明日にしたほうが良いぞ。北との国境ギリギリの所にあるからな」
久しぶりの冒険の気配は、ライガの一言で明日へと持ち越しになった。
◇◆◇
もし、血縁でモドキの特徴が似るのであれば。
それが、本当であるのならば。
父さんと、あの敵は────。
いや、きっとそんなことはないと、チカは頭を振って悪い考えをかき消した。
◇◆◇
「それじゃ、パンテルの村まで、しゅっぱーつ!」
「「おー!」」
「おー…」
毒蛇型の魔物を討伐しに出かけた朝のようなやり取りを繰り返す四人。
だがその時とは違い、シータは寒さに動きは鈍っておらず、楽しそうに掛け声を上げているのだが、対称的にリンは眠そうだ。
しかし、リンが朝に弱いのはいつものことなので、チカ達は気にせずに馬車に乗り込んだ。
村の近くまでは馬車で運んでもらい、途中から徒歩で村まで進むというのが今日のプランである。
リン達一行はラベライト王国よりも綺麗に舗装された道を馬車で進んでいく。
街を出て森の方へと進んでいたが、本当に街の外まで道が舗装されており、とても揺れが少ないことに四人は気づく。
共に馬車に乗っている使者のロイバスが言うには、オンロス帝国では基本的にどの街へ行く道でも綺麗に舗装されているものらしい。
先代皇帝の政策の一つなんだだそうだ。
ここまで綺麗な道を作る公共工事というのは、とても時間のかかることだっただろう、とリンは自国の道を思い出す。
別に文句があるわけではないが、どうしても普通一般の馬車に乗っているのならば、あのガタガタとした道を通ることによる尻の痛みは付き物。
だから、この揺れの少ない道はほんの少し、羨ましいと思う。
村までの道中、ロイバスによる帝国の雑学や、チカが聞いた帝国特有の食事の話などをして時間を潰す。
そうして、ついにリン達五人は、パンテラの部族が暮らしていたという村に着くことができた。
「思っていたよりも寂れてるな…」
「廃墟も同然というよりも、血痕もありますし、意図して廃墟にされたのでしょうね」
足を踏み入れた村は、人が居なくなって長いからか家々は倒壊しかけているものが多く、畑だったであろう場所も雑草だらけになっていた。
窓から家の中を覗いているエルの肩越しに、リンも部屋を覗いてみるが、たしかに家の中には血痕が多数残っており、どこか恐ろしい雰囲気を感じさせる。
部屋の中には生活の後がまだまだ残っており、見ているだけでもとても苦しい。
「リーン!セイジョ様!見てくれー!」
分かれて村を探索していたチカの呼び声に、すぐさま二人は駆け寄った。
そこでチカが掲げていたのは、一つの手帳。
おそらく日記として使用していたのであろう物だった。
「チカ、それは…どこで?」
「家ン中に落ちてた」
「そ、それは不法侵入とか、盗難とかになっちゃうんじゃ…」
恐る恐るリンは、ちらりとロイバスの方へと視線を向ける。
その子犬のようなリンの視線に、ロイバスは笑いを堪えながら答えた。
「一応、帝国の法では二年間持ち主が不在の家は、所有権が持ち主ではなくなるので、まあ、ぎりぎりセーフですね」
「ふふん!」
「なんか、気持ち的にはアウトな気がするぞ…!」
どこか後ろめたい気持ちを抱くながら、チカに渡された手帳を開き、中を読んでみる。
パラパラと流し見した限り、書いてあるのは普通の日常生活のことで、〇〇さん家の息子が自分の子どもと馬鹿をやって怪我をしただとか、美味しいご飯のレシピを聞いただとか、主婦らしい内容ばかりだ。
斜め読みのような状態で、ふと目に付く単語があった。
《悪魔の子》
通り過ぎかけたページを戻り、内容を読み込んでみる。
それは丁度、今から一年程前の日記のようだ。
———
◯月△日
アマロを殺した悪魔の子が国の騎士団の団長になっちまった。
伯父を殺したような奴が、パンテラを壊したような奴が、皇帝に重用される意味がわからない。
最初はアマロが何か馬鹿なことをして反逆したなんて言われているのだと思ったが、もしかしたらこの内戦は、皇帝が企てたものなのかもしれない。
あたしらじゃ国相手には何も出来ないから、エルマの旦那に賭けるしかない。
———
「アマロ…?」
「悪魔の子、ですか…」
リンとエルが声を揃えて疑問を口に出す。
初めて聞く名前が二つ出てきたが、帝国の内戦の重要人物なようだ。
「アマロ、というのはパンテラの第一部隊の部隊長だった男です。そして、悪魔の子というのは、元帝国騎士団団長であったレムスのことでしょう」
「元、なんですか?」
ロイバスの言葉に疑問が浮かび、リンは不思議そうにまじろぎつつ、悩んだ様子のロイバスへとその疑問を投げかけた。
「ええ。現在はこの内戦の主犯の一人として、地下牢へと幽閉されています…パンテラの部隊員だった頃も隊員の中で浮いていましたが、まさか故郷でも悪魔の子などと言われているとは...…」
「ふーん、なんかコームインも色々面倒なんだな」
「あはは…そうですね、色々大変なことの方が多いですね」
飽きたのか、畑だった場所で草いじりを初めていたチカが口を出す。
少し目を逸らしたままで答えたロイバスが、何か思いついたようにあっ、と声を上げた。
「皆さん、レムスに会ってみられませんか。私も気になっていたので、ぜひ皆さんがよろしければ、ですが」
「地下牢に幽閉されているような人物に、我々のような部外者が、会うことができるのですか?」
いつの間に戻ってきていたのか、シータが会話へと入って来た。
思わず驚きでリンとチカは飛び上がってしまったが、エルだけはいつものように微笑みを崩さずに『おかえりなさい、シータさん』なんて話している。
「私の権限で面会できるでしょう。内戦について気になるのであれば、当事者に聞くのが一番かと」
「とても人権を無視している発言ですけど…」
「この国では犯罪者に人権はないので」
「あ、はい」
輝きの消えた瞳のロイバスに見つめられ、思わずリン達四人は震え上がってしまった。
時は進み、リン達一行は城へと戻ってきていた。




