3話「所詮奴は、」
「……はッ!!」
勢いよく状態を起こしたリンは、思わず、といった様子で自分の腹と顎をさすった。
「砕けて…ない。良かった…」
ほとんど記憶がないが、ありえないほどの衝撃を腹と顎に食らったことを覚えている。
最後の記憶はモドキの女性がフラフラと歩いていたところで止まっており、なぜ衝撃で倒れるようなことになったのか、全くわからないのである。
「あ、皆は…!」
もしかしたら二人にも、離れていたがエルですらも何かしらあったかもしれない。
そう思うと居ても立っても居られず、リンは部屋から飛び出した。
すぐ真隣にあるシータの部屋に飛び込み、最初に目に入ったのは――。
「いやあ、本当ごめんね。僕の妻がオイタをしちゃったみたいでね」
「許されるとお思いですか?皆さんの怪我以前に、貴方の妻はもう死人なのです。なぜ、死人が動いているのですか?」
「実はさあ、と。勇者君も起きたみたいだね」
治癒の光を浴びているシータと、それを心配そうに見つめているチカ。
そして深刻そうな顔つきでガイアと話しているエルの姿だった。
いつも通りの飄々とした様子のガイアは、謝罪の言葉を吐きながらも本心ではどう思っているのか、全く考えられない。
しかし、ろくでもない事を考えていそうだとは、眠っているシータ以外の三人の総意であった。
「さっきの話の続きだけどね。実はエルマが動いてる理由、それはね…」
「それは?」
「…分からないんだよね!本当なんであの子動いてるんだろうね?」
分からない、という言葉に三人の思考が止まる。
しかし、そんな思考が止まった中で、リンは抱いていた疑問を聞き始める。
「あの、そのエルマ?さん?が動いてて、俺達をぶん殴った、ってことであってますか?」
「うん、あってるよ。本当にごめんね。まあ、君達がオンロス兵じゃなかったことも幸いしたんだよね」
「幸いって…?」
遠い目をして目線をリン達から逸らすガイア。
ふと溢したリンの疑問に、ガイアはため息をつきながら応える。
「いやあ、君達が来る前からずっと、エルマは深夜徘徊してるんだけどね。出会ったのがオンロス兵だと問答無用で殴り殺しちゃうんだよね。
君達はこの国の国民じゃないから無意識で手加減していたみたい。本当、死ななくてよかった」
『さすがに勇者様を殺したら、他の国から国ごと消されちゃいそうだもん』なんて笑いながら言うガイアに、思わずリン達は絶句する。
恐る恐るという様子でチカが口を開いた。
「あのさ。そのエルマ、サン?至厄舟のヤツより速かったんだけど?」
「俺も気づいたら気絶してたな…」
「話を聞いた限りだと、恐らく強さ順で撃破されたみたいですね。シータさんが目を覚まさないのは…恐らく、瞬間的に魔法で防御してしまったのを更に力でねじ伏せられたから、でしょうか」
「あはは、ボコボコにされたみたいだね」
自分達が今まで戦ってきた中で一番強い存在であった、至厄舟のヒヨドルを思い出す。
ヒヨドルは本当に強かった。
洗練された剣の流れは、例え軌道が分かっていても受けきることは出来ず、繰り出される一撃一撃は、それはもう重いものだった。
前に戦った狼型の魔物よりは遅かったが、それでも普通の人間からすれば素早かったのも覚えている。
しかし、あのエルマという女性は、そのヒヨドルの速さも、攻撃の重さも、洗練された動きも、その全てが超越していた。
魔族の中でも最強だという至厄舟の一人より強いのであれば、それはもうモドキではなく、魔族なのではないかとも一瞬思ってしまう。
いや、わからない。
もしかしたらヒヨドルは、他の至厄舟からしたら『所詮奴は、至厄舟最弱…』と言われる存在だったのかもしれない。…冗談だし、あんまり信じたくないけど。
あれで最弱だったら俺達はこれから先、出会うであろう至厄舟の面々とどう戦えばいいのだろう。
と、頭の中をぐるぐると思考が回るが、兎にも角にも今の一番の問題は、その至厄舟より強いエルマのことである。
まあ、恐らくあのエルマがこの国で一番強い存在なのだとは思うのだが。
「まあ、あの子はこの国での強さ比べでは四番目なんだけどね」
「ウソだろ?!」
「嘘でしょ?!」
「嘘だと言ってください…!」
まさかのガイアの発言に、思わず三人は声を揃えて仰天した。
いや、あれで四番目だったらこの国はもはや魔の国だよ。
「直近はどうだったんだろう…昔はパンテラの隊長・副隊長の座を賭けて殺し合いしてたんだけどね。さすがに死人出過ぎてすぐに禁止になったんだよね」
本当にまじで修羅の国だよ。頭が修羅過ぎる。
「いや、昔はだからね?ていうか、修羅だったのはパンテラ部隊だけだから」
「…声に出てました?」
「え、うん。びっくりするぐらい出てたね」
「すみません…!」
土下座して靴でも舐めそうな勢いで謝るリン。
『いいよいいよ~気にしないで』と笑いながらガイアは言うが、皇帝などという本来であれば遭うことも出来ないような存在に、修羅の国などと言ってしまったのは不敬が過ぎるだろう。
例え、それがどんなに頭がイカれてそうな王であったもだ。
顔面蒼白で震えているリンを横目に、チカはガイアへと話しかけ始める。
「なあなあ。皇帝ってさ、その嫁さん生き返らせるために、セイメーのヒジュツっての探してるのか?」
「うん、そうだよ」
「フーン。嫁さんのこと、大好きなんだな」
「ん~、別に大好きじゃないよ?」
ガイアの言葉に一瞬、空気が凍る。
「あ、愛してるから、大好きではない、とかって、やつ…ですよね?」
思わず声が震える。
肯定してくれることを望んで、どうにか絞り出したその言葉は、信じたくない言葉で否定される。
「違うよ?妻を守るのは旦那としての当たり前のことだろ?でも僕は内戦の時、色々あって守れなかったから生き返らせたいんだよ。それに、一緒に国を滅ぼすって約束したし…」
「そ、んな…」
絶句に次ぐ絶句。
本当に期待を裏切らず、ガイアは信じられない発言ばかりを繰り返す。
その日、リンは初めて本気で他人を嫌いだと思った。
「俺は、貴方のこと、嫌いです」
「奇遇だね。僕も君のこと嫌いだよ。」
ガイアは嗤いながらエルへと話しかける。
「ねえ、聖女。《生命の秘術》を見つけて僕に教えてよ。そうすれば僕はこの国を、この世界を壊さないであげる。もし見つけられなかったら、その時は——」
「……その時は?」
「こんな世界、ぶっ壊しちゃうから。それじゃ、僕は仕事に戻るね。君達はいい武器が見繕えるまで好きに滞在してね」
言いたいことだけを一方的に言うと、鼻歌を歌いながらガイアは部屋を後にした。
怒りからか、最後の宣言に恐怖心を抱いたのか、リンは腰が抜け、へたり込んでしまう。
「大丈夫ですか、リン様」
「え?あ、うん。起きてたんだね、シータ」
「…はい」
気まずそうにこちらを眺めるシータ。
起きたことは喜ばしいが、思わずチカがツッコむ。
「起きてたなら話に混ざれよな」
「いや、あんな話をしていて混ざれると思うか?」
「それは……絶対にムリ!」
「だろう?」
ドヤ顔で無理だと告げたチカに呆れ顔で答えるシータ。
どこか重い雰囲気を纏いながらも、四人はいつものような楽しげな空気へと戻っていった。
◆◇◆
「ふん、ふん、ふ~ん」
鼻歌交じりにガイアは静かな廊下を歩く。
道中に出会う兵や侍従達は頭を垂れ、道を開けているが、彼らの瞳に宿るのは敬意ではなく、畏怖であった。
しかし、そんな視線を気にもとめず自室へと足を進めながらも、リン達との会話からエルマとの出会いを思い出していた。
ガイアとエルマの出会いは十五年程前に遡る。
モドキとして、まるでフクロウのような羽根を持って生まれたガイアは、第二皇子という恵まれた生まれではあったが、疎まれ育ってきた。
普通のモドキとしては人並み以上の待遇ではあるが、一人で食べる食事は味気なく、道を歩けば侍従達は目を背け、兄以外の家族からは名を呼ばれる事も、抱きしめられることもなかった。
寂しい、といえば寂しかったのかもしれない。
ただただ日がな一日を図書室で過ごしていた。
十五になった年のある日、ガイアは兄に呼ばれ、大広間へと向った。
「ガイア~。今日来るお客さんはきっと、ガイアと仲良くできると思うんだよね」
「仲良くできるって...…向こうが僕のことを嫌ってると思うけど?」
「嘘じゃないさ。ほら」
兄に指を差された先には、ゆらりとしっぽを垂らした者や、耳を持つ者、縦長に伸びた瞳孔を持つ者など様々な、しかし一貫して一つの動物の特徴を持つ者達がいた。
大人から自身と同じくらいの年の者まで様々だが、皆一様に豹と呼ばれる動物と似たような特徴を持つモドキ達が一個小隊程の数いる。
モドキがここまでの人数いるのは珍しいことであった。
この時代のモドキは基本的に生まれてすぐ殺される。
ガイアは皇族であったが為に殺されることはなかったが、ほとんど人前へと出されることはない。
それ故、ここまでモドキに出会う事以前に、人に出会うことは滅多になかった。
「実はね、私直属の戦闘部隊を作ろうと思っているんだ。彼らは、私の国に昔から居たモドキの部族の方々でね、凄まじい戦闘能力を持つそうなんだよ」
「……戦争でもするつもりなのかい?」
「しないよ~。さすがに僕もそこまで馬鹿じゃないし」
兄は、ふわふわとよく笑う。本心に何を隠しているのかなど予想することは出来るが、興味もない。
それはそれとして、皇帝になる前から皇帝になったときのことを考えて、直属の部隊を作ろうと思うなんて用意周到だなとは思うが。
今回彼らに会わせたのもモドキの待遇の面を安心させるためだろうとは予想がつく。
呆れながらも並んでいる彼らの列の方へと目をやる。
上手いこと弱みを握ることができれば、この国を滅ぼす時に使えるかもしれない、という邪な思いで眺めていると、ふと、一人と目が合った。
しっぽを上に伸ばし、めいいっぱい目を見開いてこちらを見ている女。
細身で、腕も細腕とういう言葉がよく似合う有り様で、戦いというものを知らなそうな女が戦闘部隊として選ばれた場にいる、というのに違和感があった。
「な、なあ!」
いや、体の動かし方的に肉がないのではなく無駄な脂肪がなく、筋肉で構成されているのか。
「そ、そんなに見つめられると、困ってしまうんだが…」
「ん?ああ、ごめんね」
「え、と。あの、名前を…教えてくれないか?」
「たしかに、自己紹介を忘れていた」
ついつい思考の海に潜ってしまうのが僕の悪い癖だ。
自覚はあるのだが、どうしても治すことが難しい。
少し咳払いして、第二皇子として相応しい表情を作り出す。
「僕はオンロス帝国第二皇子、ガイア・オグレイス・オンロス。末永く、兄をよろしくね」
そうして礼をしたガイアの手を目の前の女はぎゅっと握りしめた。
さすがにガイアの思考が一瞬止まる。
「ガイア…わ、私と結婚してくれ!」
「は?」
「え?」
「ン?」
ガイアと兄と、女の隣りにいる男の驚愕の声が意図せず揃う。
「ちょ、ちょちょ待てよ。エルマ?お兄ちゃんはそんなの許さないぞ?てか一族の決まり的にも、」
「一族の決まりとか私は気にしない!文句を言うのであれば兄上であろうとも殺すし、文句を言う奴は皆殺しにしてやる。最強決定戦でもしようではないか」
「ええ…おい、ザイア。俺はものすごーく、妹がお前みたいな奴の弟に嫁に行くとか嫌だぞ?」
「例え弟のことはどれだけ馬鹿にしても気にしないけど、私のことを馬鹿にするのは許さないよ?」
「お前よぉぉ.…」
呆れ顔のエルマの兄とガイア。
さすがに兄の発言が冗談なのは分かっているが、兄はいつも真顔で冗談を言うから分かりづらいことこの上ない。
それとは別に、ずっとこちらを見つめているエルマという目の前の少女へと声をかける。
「ねえ、エルマさん」
「っ!ああ、なんだ?」
猫のような特徴ではあるが、目の前にいるエルマの様子に思わず犬を幻視する。
「僕と結婚したいのはなんで?どこかで会った事があるわけでもないし、お互いの事は名前しか知らないだろう?」
「一目惚れ、というやつだろうな。目を見た瞬間にビビビッと来たんだ。それに、私は貴方の羽根が美しいことも知っているぞ?」
「…もし、僕がこの世界を壊したいから手伝って、なんて言ったらどうする?」
「それは勿論…」
「…」
「勿論、私も手伝うぞ!貴方の為なら全て壊そう、全て消そう。貴方が望むのならば私は死んでもいい!好きに私のことを使い潰してくれ。だから、その代わりに、貴方の隣に、立たせてくれ…」
思ってもみなかった発言に兄は笑い、他のモドキ達も遠い目をしていたり、思っきり顔を背けていたりしている。
エルマは照れたような表情だが、普通であればドン引きである。
重いとかいうレベルではない。さすがに命を捧げようとしてこられると恐怖すら感じる。
しかし、普通であれば、である。
ガイアは今の今までほとんど外に出たことがなく、人と関わった経験も少ない。
それ故に、ガイアはドン引くこともなく、微笑んで承諾した。
「さすがに、そこまで言わせておいて結婚しないとは言えないかな。使い潰したりしないし、君を守ると誓うよ。だから、こんな僕でも良ければ、一緒に居てくれるかい?」
「ああ!こちらこそ、どうか末永く一緒に居てくれ!」
笑い合う二人に周囲は若干恐怖を感じながらも祝福する。
祝福の拍手を浴びながらも、ガイアは考え続けていた。
エルマの”皆殺し”という発言をした時の周囲の反応を見た感じ、エルマの強さはこのモドキの部族の中で三位の実力のようだ。
これは使える。
使い潰したりしない、などと言ったが存分に使わせてもらおうではないか。
この国を壊す、という目的の為に。
兄と同じような笑みを浮かべて、ガイアはエルマと笑い合った。
そうして一年後。兄が皇帝になり、皇帝直属の戦闘部隊《パンテラ》が生まれ、やっとガイアとエルマは結婚した。
二人がモドキだという理由から盛大な式は上げず、身近な親族のみのささやかな結婚式であったが、エルマはとても嬉しそうであった。
そうして結婚して一三年目、リン達が来る一年前。
オンロス帝国では内戦が始まることとなった。




