2話「パンテル」
「うぉぉ…この街、ケムリすごいな」
「そうですね。オンロス帝国自体が鍛冶で有名な国ですが、帝都オリベルアにある鍛冶街は、帝国の中でも最大級の鍛冶街だそうですよ」
「それにしても、あまり活気はありませんね」
「そう、だね…」
追い出されたような形で城を飛び出した四人は、ガイアに言われたままに帝都の鍛冶街を歩いていた。
工房からの煙は消えていないが、本来もっと人が多いであろう街は人通りも少なく、城と同じ様に道行く人々の顔は暗く沈んでいる。
そんな沈んだ空気の街を歩いているから、リン達の気分も自ずと沈んでしまう。
どこもかしこも『Closed』の看板が下がっており、ヒヨドルとの戦いで折れた剣を買い直そうと思っていたリンは、所在なさげに視線を彷徨わせた。
剣を買いたくともまず、売っている所がなければ見ることすらできない。
「せめて、どこかお店が開いていたらいいんですけどねぇ…」
「そうですね…」
「どこの店もゼーンブ閉まってるもんな」
「この調子では、リン様の新しい剣も見繕えなさそうですね」
「だね」
そう言いながら、殆ど人通りのない道を歩いていると、突如として後ろから声を投げかけられる。
「おい、お前さん達。剣を探してんのか?」
「え、あ、はい」
振り向くと一人の老人が、リン達を上から下までしっかりと見定めるように見ていた。
「使うのは、そこの黒髪の兄ちゃんだな?」
答えも聞かずに老人は、ずかずかとリンに詰め寄り、いきなり掴んだ リンの手の平をじっくりと見始めた。
手の平を触られ、握られ、そして目を皿のようにして見られるその視線に、リンはくすぐったくなってくる。
そうすること数十秒。
じっくりとリンの事を観察し終えた老人は、にっかりと笑う。
「儂の工房まで来てくれよ。儂の打った剣を見て欲しい、噂の”勇者”様にさ!」
言われるがまま、手を引かれるがままにリン達はその老人の工房まで行くことになった。
◇◆◇
「わ…すごい」
連れて行かれた老人の工房には、様々ば剣が置かれており、そこまで剣に詳しいわけではないリンも思わず感嘆の声を漏らした。
「リン様!見てください。この剣のグリップの装飾、繊細で美しい…!」
「なあ、リン!この剣の形、オモシレーぞ!…あれ。でもこれ、刺せなくね?」
「はっはっはっ。これは毒を塗って掠らせるものなんだよ、嬢ちゃん」
「ここまで細かい細工が成されている剣、初めて見ました…本当に素晴らしい技術力」
工房に入るやいなや、他の三人もそれぞれ飾られていたり、乱雑に置かれている剣を眺めて、その卓越した技術力に驚愕していた。
ラベライト王国で見せてもらっていた剣の性能が悪いわけではないのだが、それでもこの国の、いや、この人物の作る剣があまりにも抜きん出ているが故、皆驚きを隠せないのだ。
興奮して剣を見ているリン達を見て、嬉しそうに頬を緩めていた老人は、思い出したように自己紹介を初めた。
「儂はこの《へパイ・ストス工房》の工房長、ライガ・ストスだ。いきなり連れてきて悪かったな」
「いえいえ、こんなすごい剣をたくさん見せて頂けてるのに、文句なんかありませんよ。謝らないでください!」
「へへへ…そんなに褒めてもらえると職人冥利に尽きるぜ」
照れて頬を赤く染めるライガを見ながら、四人も自己紹介をした。
三人が名前と自分が使う獲物を言い終えると、ライガは真面目な顔へと戻り、チカとシータの手のひらも見始める。
「ふむふむ。シータ、お前さんは今使ってる戦斧よりも重い物の方が良いかもしれんな。チカ、お前さんは…使う数を増やすのもアリだろうな。予備にもなるし、牽制もできる」
「ここには戦斧もあるのですか?!」
「もちろんだ。このへパイ・ストス工房は、この国の最強戦闘部隊《パンテル》御用達の工房だからな。なんでも揃うぞ」
ふんす、とでも言いそうなくらいに、誇らしげな顔でそう告げるライガ。
しかし、エル以外の三人は《パンテル》という名前に聞き覚えがなく、最強戦闘部隊という言葉に『なんか、すごくかっこいい!』という感想を抱くことしか出来ていなかった。
そんな三人の思考を読んだのか、ライガは呆れ顔でため息をつく。
「お前さん達、あんまりよく分かってねぇな?まあ、今この国でパンテラの名前出したらリンチに遭うから、分かんなくてもいいんだけどよ…」
「リ、リンチに遭うのか?」
「…お前さん達、ほんっとに何も知らずにこの国に来たのか?この内戦を引き起こしたのはパンテラの隊長なんだよ。壊滅したけど…」
衝撃の発言を二回もライガが繰り出す。最強戦闘部隊というかっこいい存在が出てきたと思ったら、何も知らないままに壊滅してしまった。
しかも、この国の内戦を引き起こしたのが、その部隊の隊長?
あまりの情報量に思考が止まる。
「え、と…?」
「儂もよくは知らんが、いきなりパンテラの隊長が反逆したとかなんとか…今の皇帝の嫁さんも、パンテラの所属でなぁ。ありゃあ、いい女だったよ」
そう言い、ライガは過去の情景を思い出し始めた。
◆◇◆
「なあ!お前がここの店主か?」
「あ?なんだお前。儂はここの工房長だが…」
「そうか、私の武器を作って欲しいんだ!金は…パンテラに請求してくれ!」
「パ、パンテラぁ?!お前さん、パンテラの隊員なのか?…たしかに、猫みてぇな耳としっぽがあるけどよ…」
「嘘だと思うのか?ふむ、どうしたら信じてもらえようか…」
今よりも十歳以上若そうな見た目のライガの目の前には、猫のような耳とゆらりと垂れる一本のしっぽを持った、勝ち気な表情の女性が立っていた。
うんうんと悩み、眉を顰めた女性は戦闘部隊の隊員とは思えないほど細身で、皇帝が新設した皇帝直属の戦闘部隊の隊員とは思えない見た目だ。
モドキと呼ばれる存在が、その部隊に集められているとは伝え聞いたが、モドキの特徴があるとは言えども目の前の女は、戦いなど知らぬ存在に見えて、何だったら家で裁縫でもしている方が似合いそうである。
そうして思い悩んでいた女性は、部屋を見回して何かを見つけ、そしてライガを嬉しそうに見つめた。
「なあ、そこの戦斧を持ち上げられたら、信じてくれるか?」
「…馬鹿言え。この戦斧が何kgあると思ってんだ?それは実戦用じゃなくて飾り用の、しかも作った奴のこだわりのせいで、馬鹿みてぇに重いやつだぞ?そんな細腕で持てるわけ…ッ!?」
「うーん、思っていたより軽いな?もう少し重い方が、兄上の好みな気もするなあ」
ライガが驚愕の視線の先には、その戦斧を軽々と片腕で持ち上げている女の姿があった。
試し切りなんかもする職人として、多少なりとも鍛えているライガでも力を入れ、両手で持ち上げる重さのその戦斧を、普通の剣のように片腕で素振りしているその女に、さすがにライガでも何かが可笑しいことに気がつく。
「お、お前さんは…」
「自己紹介を忘れていたな。私は《皇帝直属戦闘部隊パンテラ》の第二部隊隊長を拝命したエルマだ!よろしく頼もう」
そう自信満々に告げた女、エルマは思わず腰が抜けてしまう程のカリスマ性を持っていた。
「おいライガ!この人が私の旦那だ!かっこいいだろ?私が世界で一等愛している人だ!」
「やあ、始めまして~」
「…エルマ!お、お前、この方は…皇弟殿下じゃねぇか!」
「ライガー!見てくれー!」
「はいはい、何だ?お前さんがそうやって呼ぶ時は大体ろくなことが…」
「私とライガの子どもだ!抱いてやってくれ!…可愛いだろう?」
「お、お前ぇ…こういうのは早く言え!」
「おいおい、泣くなよ。兄上達だって泣かなかったぞ?」
◆◇◆
「本当に、いい女だったなあ」
そう涙を浮かべ、噛み締めるように言葉を零すライガに、思わずリン達は何も言えなかった。
はっとしたライガは涙を乱雑に拭い、リン達に向き直る。
「お前さん達、ここにはどんくらい滞在するんだ?」
「…どのくらい滞在するんだ?俺はできればすぐに帰りたいんだが…」
「たしかにな。なんかあの皇帝ヤベーし」
「今回はバカ狸に同意だな」
「ハ?」
「あ?」
いつもの様にメンチを切り始めた二人を横目に、エルはそっと口を開く。
「もし、我儘が許されるのであれば、私はこの国に一週間ほど滞在したいです。この国の聖女の死体も確認したいですし、皇帝陛下が仰っていた《星の使者》についても調べたいのです」
「…たしかに気になりますね。俺は大丈夫ですよ」
「我儘なんてアタシがいつも言ってるし、いくらでもセイジョ様も言ってくれよ」
「そうです!鍛冶街に行きたいと俺も我儘を言いましたし、誰が文句なんて言えましょう!」
「皆さん…ありがとう、ございます」
嬉しそうに破顔するエルに、リン達も嬉しそうな顔で頷き返す。
それを見ていたライガも頷き、どこからともなく一本の剣と、戦斧、そして何本かの短剣を取り出した。
「一週間じゃさすがに三人分の武器は作れねぇけど、一旦の代わりとしてこいつらを使ってくれ」
「いいんですか?!」
「うわ~!カッケェ!」
「た、しかに、普段使っているのより少し重い。ですが、振りやすいです!」
それぞれの獲物を渡された三人は喜びに目を輝かせる。
「ありがとうございます!」
「ありがとな、ライガのオッサン!」
「こんなにも素晴らしい斧を使わせて頂けるとは、感謝いたします!」
嬉しそうにしながらもしっかり感謝の言葉を忘れない。
そんな三人の様子にライガも嬉しそうに笑い、そこで四人と一人は別れることになった。
ほくほくとした顔で城へと戻る道を歩いていたリンがふと、言葉を零す。
「…え?もしかしてライガさん、俺達の武器を作るって言ってなかったか?」
「言ってましたね」
「そういや言ってたな」
「仰られてましたね…」
最後の最後に残された爆発発言に驚愕しながらも、四人は活気のない街を、来た時と真逆の嬉しそうな、楽しそうな顔で進んでいった。
◇◆◇
城へと戻った四人は、ガイアに言われていた通り侍従の人々に連れられ、風呂に食事、そして部屋までしっかりとお世話され一日を過ごした。
至れり尽くせりなその時間は、一人からすれば至福のような、また一人からすれば地獄のようなひとときであった。
四人はそれぞれ一人部屋が与えられていたが、やはり四人一緒が落ち着くようで気づくとリンの部屋に集まっていた。
まるで修学旅行の夜である。
「なあなあ、この城タンケンしないか?」
「探検?良いのかなぁ。さすがに怒られそうじゃない?」
「陛下は『好きに過ごしてね~』とは言っておられたが、どうしたものか…」
リン、チカ、シータの三人が城の探検をするかしまいかと悩んでいる。
広い場所を探検したくなる心理は分からなくもない。
だが、さすがにこの城を探検するのは下手するといきなり殺されたりしそうで怖い。
エル様が止めてくれるだろうと思い、リンがエルの方を見ると、丁度エルが言葉を紡ぎ出したところだった。
「私も、調べたいことがあるので探検に賛成しますよ。四人で行けば大丈夫でしょう」
「まじで言ってますかエルさん?!」
「まじです」
驚愕から普段しない言葉遣いで話しかけてしまう。
しかし、それ以上にリンの”エルさん”呼びに突っ込む声が一つ。
「エル”さん”?いつの間に呼び方変わったんだよリン?」
「お、それは、その…えっと…」
「私がそう呼んでくださいってお願いしたんですよ」
「ふ~ん?」
「うぁぁ~…この話止めませんか…」
にまにまとリンとエルを眺めるチカ。
シータは感激の涙を溢しながら祈るようなポーズを取っていた。
そんなこんなありながら四人は夜の城の廊下を歩く。
さすがに見つけた部屋に忍び込むような真似はしないが、道中で図書管理室と銘打たれた図書館のような巨大な一室を見つけた。
入口には立て看板があり、『立ち入り自由』と書かれている。
「実は罠だったり、とかありそうですよね」
「さすがにあの陛下でもそのようなことはされないでしょう…しないことを願います」
そっと中を覗きながらエルとリンはひそひそと話す。
多少の不安感はあるが、恐らく資料がある可能性が高いのはここだろう。
欲を言えば、皇帝の書斎や私室にこそ重要な情報があるだろうから、その二部屋こそ入りたくはある。
しかし、さすがにその二部屋は入った瞬間に即、死刑であろう。
「めっちゃ本あんな。頭イタくなってくるぞ…」
「『初心者でも簡単!めちゃくちゃ美味しい宮廷料理の作り方』…こんな本が城にあっていいのか?」
中に入り込み、本の背表紙を読んでいるチカとシータを呼びつけ、エルは口を開く。
「私は、ここで資料を探しますから、御三方は好きに城を探索してきてください」
「ラジャー!」
「四人で行けば大丈夫、って言っていたのに…」
「聖女様が襲われたりする可能性が…」
「自衛程度はできますし、」
一度言葉を切り、エルは三人にふわりと微笑みかけた。
「何かあったら駆けつけてくださるでしょう?」
その言葉に、一瞬、言葉が出てこなかったが、信頼されているのだと理解した瞬間に、三人は大きく首を縦に振る。
「任せてください!必ずエルさんを助けに行きます!」
「あたぼうよー!アタシら居たら誰にも負けねェからな!」
「ええ、新しく武器もありますし!」
「いや、部屋に置いてきたよな?」
「…そうだな?!」
「少し、声が大きかもしれません…」
そうやって、いつもの様にワチャワチャとしながらも三人はエルと分かれ、また城の探検を初めた。
夜の城は最初に来た頃よりも静かで、寂しい雰囲気を更に増幅させていた。
「なんか、オバケとか居そうだよなー」
「そう言えば、幽霊に剣って効くのかな?」
「ああいうのはすり抜けるものですし、物理は効かないかもしれません…」
特に意味もない会話をしながらも、リン達は昼にも通った庭園の前まで来てしまった。
それなりな距離を探検し、一旦戻ろうか、と話をし始めたときだった。
「——。————。——」
「ん?何の音だろ?」
「ンー?人の声?メイドさん達とかか?」
「一体どこから…」
どこからともなく聞こえてきた、何か音がなっているとしか言えぬ声に、リン達は耳を済ませる。
その声は、謁見の間の方向から聞こえるようで、恐怖感を感じながらもリン達はその方向へと進んでいく。
「——。—こに———」
「わた——。ど—に——の」
「わたしの—。どこに——の」
その声は近づく程に鮮明になり、そしてその声を発している人物もまた、月明かりの下で少しずつ鮮明になっていた。
薄暗く、明かりは月明かりのみとなった廊下で、一人の女性が佇んでいた。
彷徨うにして壁に手をつき、時に床に手をやり、ふらふらと歩くその女性は頭に耳を持ち、ゆらゆらとしっぽが揺れている。
「なあ、アレって…」
「うん。多分モドキの人、だと思うけど…」
「体調でも悪いのでしょうか?オレが少し行って、」
「ぁあ、敵か」
衝撃がリンの体に走る。
「...ッ!?」
音もなくリンは地面に倒れ伏す。
「「リン!/リン様!」」
気絶し、倒れ伏したリンの目の前には、先程の女性がいつの間にやら佇んでいた。
目は包帯で隠されており、服に隠れていない腕は月の光によって金属の光沢を見せており、恐らく義手を嵌めているのだろうと分かる。
その義手の拳が、リンの腹があったであろう場所で打ち上げるように握りしめられていた。
目は包帯で見えていないであろうに、顔をシータの方へと向ける。
「私の子ぁどこ?ガイアは、?てき、こぉさなきゃ」
「な、にを…ッ?!」
「オマエ!…アガッ……」
その女の一撃は的確に、そして目にも見えぬ速さで二人の意識を刈り取った。
三人の意識が消えたことを感じ取ったのか、三人を床に捨て置き、女はまたふらふらと城の中を歩き始める。
そうして女がふらふらと彷徨って数時間、女の前に一人の男が現れた。
少し眠たげな様子の男、ガイアは彷徨う女の手をそっと握り、頬を撫でる。
「あらら。エルマってば、お客様に手を上げちゃ駄目じゃないか。仕方のない子だなぁ」
しかし、女は手を握られていることは感じ取れておらず、頬を撫でているガイアの存在も正確には認識できていない様子であった。
「ぁの子はどぉ?かえぃて、ぁたぃの..」
「あれ、今日はもうおねむさんなの?それじゃあ、お部屋に戻ろうか。あの三人には僕が謝っておくからさ。聖女が居たし、あの程度じゃ死なないよねぇ」
「がいぁ。どこ?てきぁどこに…?」
「大丈夫、もう敵は居ないよ。この国は僕達の物になったんだから」
どんどん呂律が回らなくなっていくエルマの手を引きながら、ガイアは自分の私室へと進んでいく。
日が昇り始める頃、エルマは完全に意識を無くし、エルマを寝かせたベットでガイアも同じ様に横になるのだった。
ずっと書きたかったこの夫婦、最高に好きです。
ついでですが、カッコいいリン君の技名募集中です。




