1話「オンロス帝国、皇帝ガイア」
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父は幼い私に言った。
「お前が行う全てを愛を持って行え」と。
だから。
だから私は愛を持って、愛するあの人の為にこの国を、この世界を滅ぼすのだ。
◆◆◆
《オンロス帝国》
世界でも有数の鍛冶大国。
街を見れば工房の炉から出る煙は途切れることなく、灰色の空が国全体を覆っている。
しかし、そんな国だからこそ、この国で作られる武器は素晴らしいものが多く、他国よりも素晴らしい武器が他国よりも安く買うことが出来る国だ。
それ以外にも、不思議な力を持った武器もあるという噂があり、武器を扱うものなら人生で一度は行けと言われるほどである。
しかし、そんなオンロス帝国ではここ数年、内戦をしており、国内外への移動の禁止や 武器の輸出が出来ないなどの問題があった。
そんな内戦も皇帝が殺され、皇帝の弟であったガイア・オグレイス・オンロスが新しく皇帝の座についたことにより終戦した。
もっとも、その事に意義を唱える者達は多くいるのだが。
そんなオンロス帝国の皇帝が、なぜ俺達に手紙を?という疑問でリン達の頭はいっぱいであった。
エルから言わせて貰えば、全く関わったこともない国の皇帝、しかも最近まで内戦をしていたような国の新皇帝からなど、策謀の気配しかしない。
それに、オンロス帝国所属の聖女からは何の情報も来ていないのだ。
確実に何か嫌な予感がする。
流石にこれは断ったほうが良い、と思いリンに声をかけようと、口を開いた瞬間だった。
「あ、ありがとうございます…?」
顔を上げた先では丁度、リンが使者から手紙を受け取っているところであった。
一足遅かったか、が正直な感想だ。
「リンさん、それ…受け取ってしまわれ、たんですね…」
「…は、い」
二人の間に気まずい空気が流れる。
エルも一瞬表情を固まらせていたが、気を取り直し、リンへと微笑みかけながら手紙を受け取り、中を開けてみる。
すると、ふわりと春の花の香りが辺りに漂い初めた。
そういえば、他の国では手紙に香水を振りかける文化があると聞いたことがある。
「….…オンロス皇帝は本当にただ私達を国に招待したいだけ、なのですね?」
「ええ、勿論そうでございます」
手紙の内容を一瞥し、使者に問いかけた。
内容も平凡な時候の挨拶に始まり、いきなり送った手紙への謝罪、至厄舟討伐への祝の言葉、そしてぜひとも国に来て欲しい、という内容だった。
最後の締めの挨拶に至るまで平々凡々であるが、全く意図が読めない。
しかし、断るというのも、後ろでわくわくした雰囲気でこちらを見てる三人の視線が背中に突き刺さって心苦しい。
少しため息のように息を吐き、使者へと向き合う。
「オンロス帝国へと向かうには馬車も壊れていて時間がかかりますので、あと一ヶ月程待って頂けませんか?」
せめて国へと赴く時間を遅らせよう。そう思っての言葉だったのだが、その思いは使者からの返答でバキバキに砕かれた。
エルと向き合い、微笑んでいる使者が口を開く。
「いえ、馬車をお使いに為られなくても我が国が開発しました《飛行船》で国までお送りいたしますので、どうぞご安心ください」
「ヒコーセン?!なんだそれ?!」
「こちらの窓から見えます、あちらの物体です。森の木々や魔物関係なく、空を飛び進めるので早く国につきますよ」
「ほぅ、そんなものが…」
「聖女様、すごいですよ!」
「フゥー……そうですね、すごく大きい船ですね…」
キラキラと輝かせた瞳で窓に張り付き、その飛行船とやらを見る三人に、口が裂けても馬車で行きましょう、とは言えなかったエルであった。
◇◆◇
「ふぉぉぉ!スゲー!森が上から見れるぜ!」
「チカ!落ちるって!身を乗り出すな!」
「シータさん大丈夫ですか?とても寒そうですが」
「空の上とはこんなにも寒いものなのですね…油断していました。あと三枚くらい上着が欲しいです…」
リン達一行は、飛行船の甲板から見える景色を楽しそうに見るチカと、落ちないように見守るリン、それなりの速度と高度故に気温が低く、寒さで震えているシータを心配するエル、といった風に二組で飛行船を楽しんでいた。
「しかし、鍛治大国とは聞いていましたが、このような技術も持っているとは…」
「先代皇帝が計画し、本来ならば先月あったはずのパーティでお披露目の予定だったのです。それらの予定も全て、内戦で白紙になってしまいましたが」
思わず感心し、零れたエルの言葉に使者が答える。
気落ちした様子でそう話す使者に、エルは『いわく付き、ということですか……』と言いかけたが、どうにか飲み込んだ。
普段、リン達と話している時と同じようなテンションで話すほど、エルだって馬鹿ではない。
たしかに、初めて見た飛行船、というものに少なからずテンションが上がっているのは嘘ではないが、それでもリン達ほど表には出していなかった。
ふと、エルを見た使者が問いかける。
「震えていらっしゃるようですが、寒いのでしたら中に入られますか?」
「……いえ、別に寒いわけではありませんので、どうぞお気になさらず」
「アレだろ?実はセイジョ様、高い所が怖いんだろ?」
「そんなことは全くありませんよ。本当に、全く、ありませんからね?」
いつもよりも少し強ばった顔で微笑みかけるエル。
別に高い所が苦手だとかそんな事は一切ないのだ。
そう、一切。
船の縁に一切近寄らず、チカに誘われても絶対に外を見ないエルが言うには、些か説得力にかける言葉だった。
◇◆◇
そのまま飛行船での空の旅を楽しむこと、早数時間。
リン達はついにオンロス帝国へと到着した。
飛行船が着陸したのはオンロス帝国の王城で、『そのまま真っすぐ皇帝へと会っていただきます』という使者の言葉にリン達は声を上げる。
「嘘だろ…え、俺達今からこの国の皇帝陛下に会うのか?」
「心の準備が全く出来ていないのですが、ど、どうすれば…」
「ア、アタシ、飛行船で待ってちゃダメか?」
「私も、とても行きたくな…いえ、緊張しています」
「皆様、とてもお嫌そうですね…」
あまりにも皇帝に会うことへの拒否感が感じられるリン達の言葉に、思わず使者もツッコんでしまう。
前回ラベライト王国で国王陛下に謁見した時は、エル以外の三人が緊張と不安感によってあたふたしていたが、今回はさすがにエルも含めて気乗りしない様子だ。
しかし、飛行船が着陸したのは王城である故、逆にここから離れてしまえば皇帝も不信感を抱くだろう。
そんな事を考えつつ、四人は使者に先導されるがまま、足取り重く皇帝の待つという謁見の間まで向った。
その道中には庭園などもあったが、王都の討伐組合の庭園のようには手入れされておらず、内戦でそこまで手が回らなかったのだろうと察せられる。
ラベライト王国とは違い、活気のない城内に、庭園に、時たまにすれ違う人々の暗い顔に、なんだかリンの気持ちも重苦しくなっていく。
戦争というものは、ここまで人の内面すらも傷付けることができるのだな、とぼんやりと思う。
歩いていく道で周りを観察している間に、リン達は荘厳な文様の刻まれた大扉の前へと到着していた。
しかし、その文様もどこかホコリを被っているようで、寂れた雰囲気を感じさせる。
使者が大扉を開け、指し示されるがままに部屋へと足を踏み入れる。
広く、寂しい大広間の奥に人影が一つ。
玉座に座っていたその人物は、リン達が部屋に足を踏み入れた瞬間に椅子から立ち上がり、両手を広げてリン達を歓迎した。
「やぁ、君が噂の《月の勇者》君だね?」
「は、はいっ!」
ふわりと微笑み問いかける皇帝の言葉に、リンは緊張しつつもどうにか言葉を返す。
鳥の羽根で出来たコートを纏った皇帝は、リン達が想像していたものよりもとても若く見える。
温和な笑みを浮かべた皇帝に対しリンは、やはり身分の高い人は微笑むものなんだろうな、なんて現実逃避で考え始めていた。
そんなリンの考えを読んだのか、更に笑みを深めて皇帝は恭しく礼をする。
「僕はこのオンロス帝国の新皇帝、ガイア・オグレイス・オンロスである。四人にはぜひとも僕と仲良くしてほしいな」
「オ、オゥ…」
「よろしくお願いします…?」
「は、はい」
「よろしくお願いいたします、皇帝陛下」
それぞれ返事を返すが、思うことは一つであった。
”なんか、凄く信用できない…”
わざとらしいくらいに温和な笑みも、柔らかな言葉遣いも、少し大げさ過ぎる身振り手振りも、全てリン達四人を油断させ、狼のように丸呑みするための準備にしか見えない。
できることならば、あまり仲良くはしたくないタイプの人間だと四人とも思う。
いや、ろくに相手のことを知らないのにそんな風に思うのは良くないことだとは分かっている。
リン達も、モドキとして偏見を受けて生きてきたからこそ、偏見でモノを言われるのは辛いということはよく知っている。
しかし、それはそれとして、だ。あまりにも目の前の人物は怪しすぎる。
例えば、目が細目で、俗に言う関西弁なる方言で話す人物が仲間になりたい、と言ったとする。
そこで最初に思うのは、『怪しい…』『こいつ、裏切るんじゃないか…?』『なんか、刀身を13kmくらいに伸ばしてきそう…』などだろう。
もうこういうのは経験則であるが、ガイアはそういう事を思われそうな感じの雰囲気を纏っているのだ。
そういう雰囲気のガイアに怯えている四人の気持ちを感じ取ったのか、ガイアはいきなり震え、笑い出す。
そうして一頻り笑った後、笑い涙を拭いながらガイアは口を開いた。
「そこまで怯えないでくれ。ただ僕は聞きたいことがあったから、君達を呼んだんだよ。
要件が終わったら好きに国を見ていってくれ。剣も先の戦いで折れてしまったみたいだしさ。
あはは。あー、おもしろ」
ガイアの聞きたいこと、という言葉に四人は首をかしげた。
至厄舟について聞かれるのだろうか?と思いながら四人を代表してリンが問いかける。
「聞きたいこと、ですか?」
「うん、聞きたいこと。簡単な一つの質問だよ」
そう答えたガイアは雰囲気を一変させ、真面目な顔でエルを見つめた。
「ラベライト王国の聖女、エル・ストロム。君は《生命の秘術》、というものについて、何か知っていることはないかい?」
《生命の秘術》という言葉にエルは一瞬、何かを思い出すかのように沈黙した。
しかし、その沈黙も本当に少しの間でエルはすぐにガイアに向き直り、答えた。
「聞いたこともない言葉ですね。生命に関することなのであれば、恐らく星の神に関するものだとは思うのですが。…この国の聖女にはお聞きになられました、よね?」
「ああ、勿論、と言いたいところなんだけどね。色々あってこの国の聖女は死んじゃったんだ。僕が殺したと言っても間違いじゃないんだけど…」
「は?」
ガイアの『聖女は死んだ、僕が殺したと言っても間違いではない』という言葉に、皆の顔から色が消える。
空気のように佇んでいた使者もこうなることを予想していたのか、眉を顰め、リン達から顔を背けた。
すぐに気を取り直したエルが、焦ったようにガイアへと言葉を投げかける。
「そ、れは、教会への報告は…?」
「してないね。何分、急だったものだからさ。死んだのもほんと二、三日前なんだよねぇ」
「神の使者である聖女を殺すなど、神への不敬になりますよ?!」
「神とかどうでもいいし、あの聖女邪魔だったからさ。仕方ないよね」
「…こ、この国に絶大な被害が出るかもしれなくても、ですか…?もしかしたら、この国が滅んでしまうかも…」
振り絞った言葉の数々を、非道な言葉で返され、やっとの思いでエルは最後の質問を口に出す。
それは、あまりにも信じられない発言の数々に、掠れ、喉から締め出したようなか細い声であった。
しかし、そんなエルの様子など気にもとめず、ガイアはふざけたように答えた。
「え?別にいいよ、こんな国。早く滅びないかな~って思ってたくらいだし?」
「…ッ!」
絶句。
あまりにも酷すぎるガイアの言葉に、思わず誰しもが言葉を失った。
何を考えているのか全くわからない。
皇帝として以前に、人として、理解したくもない。
それでも、リンは一筋の光に縋り、疑問を投げる。
「…じゃ、じゃあなぜその《生命の秘術》、というのを聞いたんですか…?」
もしかしたら、誰か大切な人が病に倒れて自暴自棄からの発言なのかもしれない。
もしかしたら、この国は重篤な飢饉に襲われているのかもしれない。
そんな一縷の望みに掛けて、ガイアの返答を待つ。
「…勇者君、君は《生命の秘術》が何なのかすら知らないんだよね?」
「…はい」
「であれば簡単に説明しよう。聞いたところによるとね、《生命の秘術》は蘇りの秘術なんだって。死した生命を生き返らせ、本来、人間に平等に来るはずの死を長引かせる力」
「蘇り…?」
ならば、もしかしてガイアは、大切な人を——?
珍しく声を荒らげたエルの声が、ガイアの言葉に噛みついたことで、思考の海へとダイブしていたリンの頭が現実へと戻る。
「蘇りの力なんて、そんなもの存在しません!存在してはいけないものです!人を蘇らせるなど、月の神も、太陽の神も、星の神ですら出来ない芸当!人が人として生き、死ぬのであれば絶対に覆せない理なんです!」
その言葉に、リン達ははっとした。
そう言えば最初、初めて四人で集まった日にエルは言っていた。
星の聖女だとしても人を生き返らせる事はできないのだと。
シータが大怪我を負ったときもそう言っていたのを思い出す。
声を荒らげたエルを落ち着かせるように、ガイアは優しく話す。
「でも、この話を教えてくれた人はこう言ってたんだよ?『星の使者の名において断言する。《生命の秘術》はある』、ってね」
「その、星の使者が嘘を言っている可能性は?」
「信頼できる地位のある人だからなぁ。まあ、ないんじゃない?」
「…その星の使者が《生命の秘術》について教えなかった、という時点で怪しすぎます」
「たしかにね。まあ、調べたりしても何も分からなかったから君達に聞いてるんだけどさ。これで嘘だったら骨折り損だね」
くすくすと笑うガイアは、本当は《生命の秘術》なんてどうでも良さそうな印象をもたせる。
そうやって笑っているガイアを見て、リンはやっと気がついた。
(この人、”モドキ”だ…)
リンの視線の先には鳥の羽根を使ったコート、ではなく、体が震えると一緒に震えている本物の羽根。
恐らく背中から羽根が生えており、それが体全体を覆っているのであろう。
全く気が付かなかった。
基本的に、モドキは自分のモドキとしての特徴を隠す傾向にあるので、まさかファッションのようにしているとは思わなかったのだ。
じっとガイアはリンを見つめ、また話し始めた。しかし、今度はお開きな雰囲気を纏わせて、だ。
「さぁて、これで僕が聞きたかったことは終わったし、君達は好きに街を見てきてくれ。宿はこの城を使ってね。侍従達には話は通してあるからさ」
有無を言わせないその物言いは、皇帝に相応しい威圧感を纏っていたが、それの使い道が些か間違っているのではないか、と謁見の間を出たリンは思った。




