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13話「遠き地からの手紙」

吾輩は幼い頃から城で過ごしてきた。


魔王猊下は救った子どもを城に住まわせてくださっていたようで、吾輩もその一人であった。


そうして、城での生活の中で様々な戦いの話を聞いた。


月と太陽の勇者の話。太陽の英雄とその仲間達の話。それ以外にも様々な話を読み聞かせるかのように教わってきた。


その話の中で、いつの間にか月の勇者という存在に憧れを抱くようになっていた。


己の身と武器のみで戦うその勇者は、数多の戦いの話の中で何者よりも格好良く見え、気づくと吾輩は己の生まれ持った魔法の力を恥ずかしく思うようになっていた。


月の勇者の使う月の魔法は、なんと素晴らしいのだろう。


身体能力や五感の強化、そして、自分自身が使う獲物の強化をして真っ向からの勝負で打ち勝つ月の勇者と、そんな月の魔法の使い方は何よりも格好良かった。


しかし、己の持つ毒の魔法はどうだろうか。


はっきり言って、卑怯だと感じる。


自身の体液を毒へと変えるこの力は、不意打ちで敵を倒すのに最適だと皆は言った。


それが何より嫌であった。


なぜなら吾輩は、あの物語の月の勇者のように真っ向からの真っ当な勝負で敵に勝ち、あるいは死にたかったのだ。


自分を救ってくださった王にとって、誇れる戦いをしたかった。


それ故、己にとって恥であるこの魔法を使うことはできる限りしたくなかったのだ。


だからこそ此度の戦いは次代であるとは言えども、憧れの月の勇者に月の魔法を使われた上で負けたというその結果は、真っ向からで真っ当な勝負で死んだことは全く不満はなく、逆に嬉しいものであったのだ。


血が大量にあふれ出しているからか、異常な程の寒さに襲われながらもこれからの勇者の、そしてその仲間達の道程を案ずる。


トゥーラはまだ良い。聖女がいることもあるし、これから先良い師匠に出会うことができれば勝てる可能性はある。


しかし問題はアリイムとローパーだ。


魔王軍の最古参である二人にはあんなに甘い勇者が倒せるとは思えない。


死にゆく吾輩が出来ることなど何もないが、それでも憧れを壊さずに真っ向勝負をさせてくれた勇者の進む先に幸多からんことを、ただ祈ろう。


◇◆◇


「……ん」


眩い光でリンは目を覚ました。


目に飛び込んできたのは、知らない天井と窓からの暖かな陽光。


寝起きで鈍い頭が少しずつ冴えていき、リンは自分がどこかの一室に寝かされている事に気がついた。


「からだ...…いたく、ないな。エル様が、なおしてくれたの、か?」


それでも怪我をしたからか、疲労していたからか、頭がふわふわとする。


そうして怪我の無くなった己の体を見てから、ふと横にエルが座っている事に気がついた。


「んな、せ、せ、せせせ、聖女様...?!」


「おはようございます、リンさん」


ふんわりと微笑んでこちらを見ているエルに、リンは血の気が引いた。


今、自分は聖女の名を軽々しく呼んでしまったのだ。


例え敬称を付けていたとしても、仲間だとしても、偉大なる聖女の名前を呼ぶだなんて許されることではない。


冷や汗が止まらない。どうしよう、と悩み口を開こうとしたその時だった。


「エル、で構いませんよ。偉大なる勇者である貴方が私のことを聖女様なんて呼ばなくて良いのです」


「いや、俺は偉大でもなんでも、」


「今の今まで誰も倒すことの出来なかった至厄舟(しあくしゅ)の内の一体を倒した貴方が偉大でなければ誰が偉大と言えましょうか。貴方は、とても偉大ですよ」


「……」


そうだ、俺はこの手で敵を、ヒヨドルを殺したのだ。


リンが掌を見つめているのを痛ましそうに見つめて、エルはその手に自分の手をそっと重ね合わせる。


手を握りしめてきたエルを見つめると、彼女はいつものように優しげに笑いかけて来た。


「リンさん、エルです。ほら、呼んでみてください」


「え…いや…それはあの….…」


「エ・ル」


「えと…あう.….…エル様「エル、ですよ?」」


エルの圧の強い言葉と顔にリンはタジタジしてしまう。


しかしエルの名前を呼ばなければ許してくれなさそうな雰囲気に、リンは意を————、


「エル”さん”で許してください。本当にお願いします。俺には聖女様を呼び捨てで呼ぶとか出来ないです。本当にすみません」


「あらまあ。仕方ないですね」


決することは出来なかった。しかし、どうにか早口で(まく)し立て、もとい説得することでどうにか”さん”付けで呼ぶことで許してもらうことが出来た。


そうして照れて顔を真っ赤に染めたリン、が自分が寝ていた間の出来事を聞こうと思い、口を開いた瞬間だった。


「「リーン!/リン様!」」


扉を破壊しそうな勢いでチカとシータが、部屋へと飛び入って来たのだ。


シータは最後に見た記憶と同じ様に泣きべそをかいているし、チカは嬉しそうに恐らくお見舞いの品なのであろう果物を無理やりリンの口へと押し付けている。


相変わらず仲が良くて結構なことだ。


「チ、チカ。そうやって口に押し付けられても食べれないって!」


「だってオマエ、五日も寝てたんだぞ?!なんか食べねェと死ぬ!」


「いや、人間はそんな簡単に死なな...…え?五日?」


五日、という言葉にリンも目を丸くした。


たしかにヒヨドルとの戦いの後、魔法の影響か全身の痛みと疲労で意識を失ったことは覚えている。


覚えているのだが、まさか五日間も気を失っているとは思わなかったのだ。


あまりの衝撃に、先程と同じくらい顔を青白くさせている。


「ええ、事実です。ですからお二人も凄く心配して部屋の前を行ったり来たりしてたんですよ」


「ちょ、セイジョ様!言わないでくれよ!もー!」


「ふふ、そう言えばそういう約束でしたね。ごめんなさい」


「それにしても、グス、お目覚めになって本当に、ひぐ、良かったです……このまま、目を覚まさないのでは、と…」


「オマエまだ泣いてンのかよ…」


顔をべしょべしょに涙で濡らして喜んでいるシータに、ツッコミを入れているチカ。


そして、それを微笑ましそうに眺めるエルの姿に、リンも気づくと涙を溢していた。


「な、なんでオマエも泣いてンだよ?!」


「リ、リン様どうされたのですか?!ま、まさか傷が痛むとか、」


いきなり泣き出したリンに慌てふためくチカとシータ。


その様子にリンは更に涙が止まらなくなる。


「ちが、違うんだよ。皆が、元気でいるのが、生きてるのが、ぐす、嬉しくて……」


泣きながらどうにか笑った顔を作り、三人の顔を見つめる。


そのリンの表情に、痛ましさに、喜ばしさにチカとシータはリンに抱きつき、わんわんと泣き声を上げ始めた。


この五日間、二人も不安で不安で仕方がなかったのだ。


どうにか心の内に閉まっていたその不安が、リンの言葉と表情でつい飛び出してしまった。


「あらまあ、三人とも泣き虫さんですねぇ」


抱き合い泣き合っている三人の姿を、エルが微笑ましそうに見ていたその時、チカ達が突撃してきたせいか半開きになっていた扉を控えめにノックする音が響いた。


「はい。どなたでしょうか?」


「ご歓談中のところ失礼いたします」


エルの入室許可の言葉で入ってきたのは品の良さそうな、というより貴族然とした服装の美丈夫だった。


しかし、その美丈夫の事をリン達は誰一人して見たことがない。


よく見てみると、美丈夫の手には一枚の手紙を携えている。


「いきなりの訪問をまずはお詫びいたします。私はオンロス帝国の使者にございます」


「オンロスの…」


オンロス帝国、という言葉に四人は驚きの表情を浮かべた。


そして、オンロスの使者だと名乗った美丈夫は、そのまま言葉を続ける。


「悪名高き魔族の一人、至厄舟(しあくしゅ)《将軍ヒヨドル》を倒された偉大なる勇者様、とその御一行様に我が国の皇帝陛下から封書でございます」


「偉大なる勇者様とその御一行様にぜひとも我が国に来て欲しい、と」


その手紙は波乱万丈な次の旅への合図であった。

第2章【家に帰ろう】無事終了。

次話より新章に入りますので楽しみにお待ち下さい。


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