11話「真っ向勝負・中編」
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バルドの容姿に関する文を追加。
三歳の頃に両親に捨てられ、孤児院に入るまでのほんの少しの間、俺は一人で生きていた。
見様見真似でゴミ箱を漁り、風で飛ばされてきた新聞紙を集め、それで体を覆って寝る日々。
そんな日々が院長に出会う日まで続いていたのを覚えている。
流石に三つの頃なんて朧気な記憶で、それでも寂しかった思いもたしかで。
でもそんな朧気な記憶の中、出会った誰かに一つの言葉を覚えるよう言われた事だけはたしかにはっきりと覚えている。
「いいですか、人の子。貴方の為の、貴方だけの魔法の言葉です。よく聞いて、よく覚えてくださいね。―――――。」
誰が言ったのかもそれがどんな人だったのかも、そして何処で出会ったのかも覚えていないというのにたしかにその言葉だけは鮮明に記憶していた。
「—————。」
そんな言葉を不意に思い出していた。
◇◆◇
至厄舟の一人ヒヨドルとのギリギリの戦いで、傷つきつつもリンは剣を構え立ち上がる。
その立ち上がる姿に、チカとシータも奮い立つ勇気を与えられる。
そんな勇気を与えているとも知らず、リンは無我夢中で駆け出しヒヨドルへと剣を振り下ろす。
それは初めてチカに会った時に使った《月光・韋駄天》を使ったもので、飛び跳ね、走り回り、連続して攻撃をしかける。
跳ねて、飛んで、駆け寄って、そして敵の背面に回り剣を振るう。
「フンッ」
しかし、軽いと一蹴され続けたリンの剣撃はやはり軽く、少しの凌ぎ合いの後にヒヨドルは剣ごとリンを切り飛ばした。
「リン様!」
「シータ!」
吹き飛ばされたリンを間一髪でシータが受け止める。
そして、ヒヨドルが剣を振り切ったその隙にチカが仕掛けた。
瞬時に魔力を染み渡らせたチカはじわりと世界に溶け込み、気づかれぬように短剣を振るう。
しかしそれもヒヨドルには効かない。
「姿は見えずとも呼吸音は聞こえるぞ」
「そうか、よッ!」
チカの姿は見えぬままだと言うのに的確にチカの攻撃を避け、ヒヨドルは見えぬチカの体を掴みそして投げ飛ばす。
身軽なチカはそのまましっかりと受け身を取り、なおも反撃の隙を伺い続ける。
つぅーっと三人の背には冷や汗が伝う。
あまりにも実力差がありすぎるのだ。
それぞれが出せる最大の力で攻撃しようともやすやすと返され、隙を見て攻撃を仕掛けても見破られる。
苔にされているとも言えるこの攻防では、一切リン達はちゃんとした攻撃をすることが出来ていなかった。
だが、もしかしたら、とも思う。
一人一人の力では叶わなくとも、三人で力を合わせた場合なら?
今までもそうだった。三人で、いや四人で力を合わせて最後の最後には勝ってきた。
ならば今回も、例えどんなに強く勝ち目のない相手でも四人で力を合わせれば勝てる。
そう今までの経験から確信があった。
さっとアイコンタクトし、各自が己のすべき動きを理解する。
リンは足に回していた魔力を腕にも回して全体を強化し剣を構え、シータも戦斧に硬化魔法を掛ける。
チカも瞬時にその場から離れ、全体を確認出来る位置へ。
そして数瞬の間に準備を済ませ、リン達はすぐに攻撃へと転じる。
弾き飛ばされていたリンは愚直とも言える程、真っ直ぐにヒヨドルへと突撃していく。
先程と同じ魔法を使った無鉄砲な突撃に、この程度であれば何度でも受け流すことができる、とヒヨドルは思いながらもリンの剣を受けようと構えた。
しかし、今回は違った。
リンが剣を振り下ろしたその瞬間、リンの姿が空気の中に掻き消える。
いきなり消えたリンの姿に、思わずヒヨドルは素っ頓狂な声をあげた。
「む?」
そして、掻き消えたリンの代わりに現れたのは——。
「うぉぉぉぉおおおお!」
雄叫びを上げ、戦斧を振り上げるシータ。
いきなり消え、いきなり現れたその姿にヒヨドルも驚きを隠せず、戦斧を受け止めんとする腕も動作が遅れる。
(これがローパー殿が厄介と言っていたチカとやらの魔法…本人以外も隠せたとは。たしかにこれは、厄介だ!)
そうして掻き消えたリンは、シータが雄叫びを上げている間にヒヨドルの後ろに回り込み、シータと共に剣を振り下ろしていた。
(これで、決まった!)
そうリンもシータも思った。たしかにシータの振り上げた戦斧はヒヨドルの甲冑を切り裂き、リンの一撃は切り裂かれた甲冑から現れた背中を切りつけた。
その程度で倒れる匕ヨドルでは勿論ないことは百も承知。
だからこそのこの作戦だ。
背中の痛みに若干呻きながらも、ヒヨドルは目の前のシータに剣を持っていない方の手を伸ばす。
「ダレが触らせるかよッ!」
「ぐぁッ…!」
しかし、シータの首を掴まんとして伸ばされたヒヨドルの腕を、チカが止めた。
幻覚魔法によって隠れていたチカのその剣はヒヨドルの腕に突き刺さり、その動きを止めさせていた。
急に現れたチカの攻撃に、思わずヒヨドルも声が出る。
そうして一瞬動きが止まったヒヨドルの足を払い除け、リンはヒヨドルを打ち倒す。
「ふぅ、はぁ、ここで、止まってくれる、なら。俺も、もう何もしない…」
息も絶え絶えな様子でそう告げるリン。
愚かとも言えるリンのその一言に、流石にチカやシータ、遠くで見守っていたエルも驚愕の表情を浮かべる。
しかし、そのリンの気持ちも分からなくもなかった。
たしかに魔族とは、人為らざる特徴を持っているモドキよりも更に人とは思えぬ存在だ。
それでも同じ言葉を話し、多少の蛇のような特徴に目を瞑れば、人間と同じにしか見えないのだ。
初めにエルを殺しに来たと言ったのだって、言ってくれるだけまだ優しいだろう。最初の一撃で全員を殺すことだって可能だったのだ。
つまりコイツには、ヒヨドルにはまだ対話の余地が残っている。
それが例え魔族だとしても。
目を伏していたヒヨドルがまっすぐとリンを見る。
「まだ、対話の余地があると思っているのか」
「ああ」
「吾輩はお前らを殺そうとしているのだぞ?」
「それなら最初の攻撃で殺せただろう」
「それは、そうだな…」
覚えているだろうか、モドキというものはチョロいのだと言うことを。
エルが勇者としてリンを魔王討伐の旅へと誘ったあの日、リンがチカを仲間へと引き入れたあの日を、覚えているだろうか。
モドキは周りの人間から迫害されて生きているが故、に自分を認める言葉に弱い。
だからこそ、自身がそうだからこそリンも敵であろうとももしかしたら、とそう思ったのだ。
「だから、「お前達は」……?」
しかし一つ忘れている事がある。たしかにリン達はモドキだが、目の前に居るヒヨドルは、
「お前達は真っ向からの勝負では命をかけることをしないと言うのだな」
「いや、そんなことは、」
この敵は、魔族なのだ。
だからこそリンは非道になるべきだったのだ。例えどれだけ泥臭く醜い戦い方をしたとしてでも。
もしかしたら、なんて甘い考えを持つから負けるのだ。
「ならば吾輩は捨てよう。正しさを真っ向からの勝負を」
「は…?」
「チョ、待て、オマエなにしようとしてッ」
周囲の魔力の揺らぎを感じ取ったチカが声を上げたが、不意に視界が歪む。
「あ”?ゲホッゴホッ…」
「うぇぇぇ…キモチワリィ…」
「ガヒュッ、ゴヒュッ」
三人が一斉に咳き込み、リンとチカに至っては嘔吐くようにして血を吐いている。
浴びた返り血が、魔力を持ってナニカ作用していることだけは分かる。
そして、恐らくこの血が三人に起こっている異常を引き起こしている原因なのだとも。
リンに足を払われ押し倒されていたヒヨドルがいつの間にか立ち上がり、三人を見下ろしていた。
それは奇しくも先程と真逆の立ち位置。
リン達は知らず知らずの内に絶体絶命へと追いやられていた。
◇◆◇
時は同じくして神星カリオルデ国。
品の良い調度品で纏められた一室で、二人の男女が談笑していた。
談笑していると言っても一方は険しい表情、もう一方は愉快そうな表情なのだが。
二人の視線の先にある音映送受信機がリン達の戦いを映し出していた。
談笑している男女、バルドとログスは会話しつつもその視線を戦いへと集中させている。
「これは…死ぬのではないか?」
「死にませんって!まあそれでもドキドキしますけど~!命を賭けた戦いなんてそうそう見れないですし…」
二人だけの空間だからかローブを脱ぎ去り、普段は隠されている姿を露わにしたバルドがそう言い笑う。
フードの下の素顔は、モドキの様に人外的な特徴を持つわけではなく、普通の人間のものであった。
綺麗に整えられている長い髪が、興奮しているバルドの動きに合わせてソファーの上にばら撒かれる。
どきどきしています!と周りに知らせるようなその姿を見て、ログスはため息を付いた。
「性格の悪い女だな、お前は」
「性格悪くなきゃ生きていけないですよ。大人になるっていうのはそういうことでしょう?だからリンさんのことが羨ましいんですよねぇ」
「……これは甘いだけだろう。戦いにおいては性格の悪さは大切であろう?」
ちらり、とリンがヒヨドルへと話しかけているのを見て辛辣な評価をログスは下すが、そこにバルドが噛みついた。
「言っときますけどエレミヤさんみたいな性格の悪さは話が変わってきますからね?あれはエレミヤさんの師匠”が”頭おかしいくらいに性格悪かったのを学んだ”結果”なんで」
本来のエレミヤの性格は悪くないのだと、しっかりと念を押してバルドは告げる。
「あら?」
「…..本当に死ぬのではないか?」
少し目を離した隙に倒れ伏している三人を見て、思わずログスは呟いた。
対称的に、毒に侵され倒れている三人を微笑みながら見るバルド。
「何のための聖女だと思ってます?一応聖女ってのは貴方の部下でしょうに覚えてあげてくださいよぉ。それに、」
「?」
「彼には秘密兵器がありますから」
映像越しにバルドは指を伸ばし、エルの治癒を受けているリンに触れる。そうして口を開いた。
「見て、聞いて。映して、話して。貴方に思い出して欲しい。貴方に知っていて欲しい。この思い、この愛を」
慈愛を含んだ声色と瞳を携えて、バルドはふわりと微笑んだ。
しかし、ログスはそんな様子のバルドにため息が止まらなかった。
◇◆◇
離れた場所で戦いの行く末を見守っていたエルは、ヒヨドルの力で倒れ伏した三人を見て息を飲んだ。
何が起こったのか理解できずに思考が止まりかけるが、すぐに自分の今までの経験と知識をフル活用し己に出来ることを考える。
そして、数瞬の間ですぐに症状への辺りを付ける。遠目からでも分かるリン達の症状に、先日討伐した毒蛇型の魔物を思い出していた。
毒だ。そう思考が行き着いた瞬間に、エルはリン達を救う為に集中を始める。
(もう少し、もう少しだけ耐えてください!すぐに治しますから!)
祈る、祈る、祈る。ただひたすらに月の神に祈り続ける。
血を吐きながらも、毒が回っているのかふらつきながらも戦っているリン達を視界に捉えながら、エルも自身の視界が歪み始めている事を感じる。
エルの扱う《星の奇跡》は使用者の精神力や体力を使い、行使する力だ。
しかし、精神力や体力というのは生命力とも言い換えることが出来る。
確実に本来人間が扱えるレベルではない出力をしようとしているが故に、エルの体にもガタが出始めていた。
それでもそんな体の不調信号すら無視し、エルは祈る。
ただ、リン達を救う為だけに。
そうして、長いような短いような時間の集中で、ついに準備が整った。
「リンさんっ!」
エルがリンへと叫ぶ。
「聖女様!」
その叫びにリンも応える。
リン・チカ・シータの三人を囲むように、眩く優しい光が降り注ぐ。
そうして眩い光が消えた頃には三人の傷は消え去り、毒の影響も消えていた。
「っ!せいじょさ、」
「私のことはッ、気にせずにはやく!」
ふらりと倒れ掛けたエルに、リンが駆け寄ろうとするがエルはそれを言葉で制す。
強い意思を持つエルの瞳に頷き、リンはヒヨドルの元へと走り出した。
そして、ヒヨドルもまた倒れそうになっているエルを殺さんとして駆け寄る。
そうしてヒヨドルとリンはまた相対した。
「うぉおおおおおおおお!」
「じゃ、まだぁあ!」
お互いに咆哮にも似た雄叫びを上げ、切り結ぶ。
刃がギャリギャリと不快な音を立てながら火花を散らせるが、ヒヨドルとリンはそれについて全く気に留めることもなく、ただお互いの顔をしっかりと見つめ睨み合う。
リンは今まで以上に全力で魔力を巡らせ、両腕両足共に夜空色に染め、刀身も月色に染めさせている。
そして、今まで以上に全力なのはヒヨドルも同じであった。
自分を救ってくれた王に見合うようにと誇れるようにと捨てた、己の恥ずべき毒魔法を使ってまで戦っている。
しかしその毒はエルの力によってすぐさま浄化され、逆にリンが全力で強化し振るっている剣はヒヨドルが今の今まで鍛え続けてきた膂力によって阻まれる。
基礎的な筋力の差がリンが押しきれない原因であった。
そうやってヒヨドルをリンが止めてくれている間に、シータとチカが攻撃を仕掛けようとするが、それはヒヨドルに毒魔法によって上手く攻撃できないままでいた。
本来であればエルの力で無力化することが出来るのだが、エル自身も満身創痍でリン一人の毒を無効化し怪我を治すので精一杯なのだ。
誰もが己の無力感を心苦しく思いながらも、出来ることをし続ける。
チカは時にリンを隠し、シータを現れさせる。
シータは機を伺い、時に現れ攻撃を仕掛ける。
そしてリンは出来うる限り、ずっとヒヨドルと戦い続けていた。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
「ウゥ…はぅ…ゲホッ」
「う、ゴホッゴホッ」
「ふぅ…ふぅ…ここまで吾輩相手に粘るとは…実に天晴だな」
「はな、す、っげほ…よゆう…あんの、はぁ…かよ…」
流石のヒヨドルも息も絶え絶えな様子だが、それでもリン達よりは余裕が見て取れた。
エルの治癒の光を浴びながらもリンは剣を構え、決してヒヨドルの一挙手一投足を見逃さないようにする。
そうしていると、ぐらりとまたリンの頭が揺れた。
昔の記憶を思い出すように、蓋していた箱が開かれるように。
じわじわと記憶が溢れ出す。
溢れ出す、と言っても思い出したのはたった一言。
しかし、リンにはこの一言で状況を変えられるという謎の自信が溢れ出していた。
「いいですか、人の子。貴方の為の、貴方だけの魔法の言葉です。よく聞いて、よく覚えてくださいね」
「「美しき黒夜に輝く白き月。優しく照らすその傲慢さを忘れずにあれ。そして今一度世界の時を止めてみせよ」」
思い出したその言葉を、リンは口の中で転がすように呟いた。
次回至厄舟ヒヨドル戦最終回。
2月20日0:00に投稿いたします。




