10話「真っ向勝負・前編」
アルクスギアでの初の依頼を達成した四人は、依頼完了の報告をしにそのまま討伐組合へと向かった。
その道中で、シータは未だに剣が魔物の体液塗れになってしまったことに泣きべそをかいており、それを見てチカが嘲笑い、それをリンが止める。
と、いった風にいつものようにふざけ合いながらであった。
ついに到着した討伐組合でエルがふわりと微笑む。
「私が受付してきますのでお疲れでしょうし皆さんはゆっくりしていてください」
「お疲れなのは聖女様もでしょう?俺が行きます」
「アタシも着いてくー」
「オ、オレも一緒に」
「いえ、邪魔なので私だけで大丈夫ですよ」
「あ、はい」
邪魔だと言うエルの辛辣だか正しい言葉に、三人は思わず声を揃えて頷いた。
エルが受付まで向かっていくのを眺めながら、三人はそれぞれやりたいことをし始めた。
リンは今回の戦いでついに剣として使えないほどにヒビが入り、次使えば壊れるであろうそれを撫で、チカはフラフラと組合内のポスターや依頼書などを眺め、シータは汚れた己の戦斧を手入れしている。
普段はふざけ合って騒いでる三人も、人の多い公共の場所では大人しく出来るようだ。
待つこと数分。本来はもっとかかるであろう受付を数分で終わらせたエルは、いつもの笑みを浮かべながら三人のところにまで駆け寄る。
「みなさん、報酬を受け取りましたのでご確認をお願いします」
それぞれが確認し報酬を受け取る。
そうしてこの報酬を何に使おうかと考えていると、チカが『お腹すいた!』と声を上げた。
「なぁなぁ、ゴハン食べに行こうぜ!」
「たしかに朝早くからずっと張り込んでいたし腹は減ったな…」
「それなら近くにとっても量が多くてお値段も手頃なお店があるんですよ。どうでしょう?」
「いいですね。二人はどうだ?」
エルのその言葉に少し思案してリンは応える。
「アタシはイロンなーし!」
「オレもです」
「それでは早速行きましょう~」
元気の良いチカとシータの返事に嬉しそうに顔を綻ばせながら、リン達一行は目的の店へと足を進めた。
◇◆◇
「あ~ハラいっぱい。めっちゃ美味しかったぜ」
そう言い膨らんだ腹を擦るチカを眺めながら、リン自身も満腹感を感じながら息を吐いた。
量が多いとエルが言っていた通り、一皿に乗っている量からしてとても多く十分、いや十二分に満足出来るものだった。
というか、満腹を通り越して少し腹がきついくらいだ。
空になった皿を前に、微笑みながら口元を拭ったエルが口を開く。
「さて皆さん、少し出るのは早いですが近い内に次の街へと向かおうと思っています」
「ンム、たひかに、ゴクン。まだ三日くらいしか経ってないもんな」
「お前、いつの間にパフェなんて頼んだんだ?」
いつの間にか頼んでいたパフェを頬張りながらもエルの言葉に疑問を抱くチカ。
リンもエルの言葉に思案する。
当初の予定では半月程この街に滞在し、依頼を達成しながら鍛錬を積む予定だった。
しかしそれを大幅に縮めての出発、それの意図をリンは測りかねていた。
「なぜ、という顔をしていらっしゃいますね」
「…はい。なぜそこまで急いでいらっしゃるのか、分からなくて…」
「ふふふ。急いでる理由は簡単です」
目を伏せたエルはそこで言葉を切った。
沈黙の空間に三人のゴクリと唾液を飲む音が響く。
「至厄舟が動き出したからです。先日のルークさんからの報告でも言われておりましたでしょう。このまま街に居るよりは、」
「できる限り早く進んだほうがいい、ってことですね」
「はい、そうです」
リンの言葉にふわりと微笑みエルは肯定する。
「できれば…そうですね、準備もありますし四日を出発予定にしましょう。問題はありますか?」
「俺は大丈夫です」
「オレも問題ありません」
「アタシもダイジョーブだぜ!」
もぎゅもぎゅとこれまたいつの間にか頼んでいたコーヒーゼリーを食べているチカと、真面目に話を聞いていたシータもリンの言葉に肯定する。
「それじゃ、チカが食べ終わったら店を出ようか」
「リョーカイ!ムグ、うま。お前も食べる?」
「いやオレはいい。お前が食べるといい」
「ン」
「あらあら仲良しさんですね」
三人はチカが食べ終わるのを雑談をしながら眺め、チカは幸せそうにコーヒーゼリーを頬張るのだった。
◇◆◇
四日後。
馬車に食料等の荷物を詰め込み終えた一行は、次の街への興奮を胸に通行許可の列に並んでいた。
次にリン達が向かう街は《第一の砦の街アルクスメア》。
ラベライト王国の最北端にあり、もっとも北の大地に近く魔物の影響を受けている街だ。
場所はそこまで酷く遠くはないが、それでもそれなりな距離があるその街へと向かうには許可証がいる。
本来であれば、その許可証を申請してから申請が許可されるまで一ヶ月ほどかかるのだが、そこはエルの聖女様パワーと王から街の領主へと送られていた手紙が功を成した。
この街に来てから早六日。許可証を申請してから五日。
本来かかるであろう日数よりも三週間近く早く、許可証をリン達は手に入れることが出来た。
待つこと三十分、やっとリン達の番になり代表してエルが門番へと許可証を提示する。
荷物の確認、人員の確認をされ通行が許可される。
エルが聖女だと気づかれ一悶着あったが、そんなこんなでリン達一行は第二の砦の街アルクスギアから出ることが出来たのだった。
「いぃよっしゃあ!それじゃあ行くぜー!」
「落ちないようにね」
「分かってるぜ~」
「地図を見るとこのまま道なりに進んで、ここら辺で補給するのが良さそうですね」
「そうですねぇ。あ、ここに川がありますしここでもう一回くらい野宿することになりそうですね」
賑やかな雰囲気で話しながら四人は馬車に揺られて道を進んで行く。
王都から離れたからか、道のりが多少ガタついているが、その振動すらもアトラクションの様にチカは楽しんでいる。
そうして進んでいる林道で、馬車を御している御者が林の中で一筋の光を見た。
カラスか何かが集めている光り物が光ったのだろう、と思いしっかりと手綱を握り直したその時だった。
その手綱を握り直したほんの少し、ほんの一瞬の間に馬車の屋根が消えた。
「は?」
「んな!?」
「敵襲か?!」
「あら…」
「え、な、ひぃいいい」
いや、消えたのではない。切り落とされ後方へと飛ばされたのだ。
一歩間違えば皆死んでいただろう。
何が起こったのか分からず御者は混乱し、震え、蹲る。
しかし、状況が理解できていないのはリン達も同じであった。
エルが同じ馬車に乗っているが故、馬車自体も御者も魔物から攻撃されることは本来ない。
ならばこれは人間の敵襲か?
そう考えつつも四人は馬車から飛び出て戦闘態勢へと移行する。
散開し周囲を見回すが不審な人影はない。
であれば今の攻撃は…?
そう思ったときだった。
「お前が《星の聖女》か?」
気づかぬ内にエルの隣に現れた重厚な鎧を身に纏った兵士。
しかしその体躯は一般の兵士よりも大きく、リン達四人の中でも一番大きい体躯のシータよりも大きいものだった。
そして、ジトリとエルを見る瞳はリンと同じ爬虫類の、例えるのであればまるで蛇のようなもので——。
「聖女様にィ、近づくなぁああ!」
「うぉぉぉおおおおおお!」
「どォりャァァァアアア!」
危機感と恐怖を感じた三人が一気に攻撃を仕掛けるが、それはやすやすと敵であろう鎧を纏った兵士の剣に受け流された。
リンがエルを抱え、シータが御者を抱えてすぐさまその場から離れる。
リン達が離れたのを確認したその兵士は、声を張り上げ名を上げた。
「吾輩は至厄舟が一人《将軍ヒヨドル》。そこな《星の聖女》を殺しに参った。何も言わずにその聖女を受け渡して貰えればよいのだが、」
「そんなことする訳がないだろう」
「であろうな」
ヒヨドルと名乗った存在のあまりにもな言い分に、思わずリンが凄む。
「であれば戦うしかあるまいな」
そう言葉を放ったヒヨドルは、リンへと剣を向け振るう。
リンもすぐさま魔法で己が腕を夜空色に染め、その剣に相対する。
二人の戦いを離れた場所で、チカと共に見守るエルが一人呟く。
「早すぎます。至厄舟がこんなに早く出てくるだなんて…」
「おいおいセイジョ様、一旦アンタは引いたほうがいいって!アイツは魔物じゃないからセイジョ様に攻撃できるんだろ?死んじまうって!」
「私が引くわけにはいきません…貴方は先に街へ戻り討伐組合と光星教会へと報告を」
「は、はぃぃい」
御者へと冷静に指示を出し、歯を食いしばりながらヒヨドルの猛勢にリンが押されていくのをただ眺めるエル。
眺めることしか出来ないとも言えるが、それでもエルは祈る。
このような場所で、序盤で、リンは負けてはいい存在ではないのだ。
ただ我が仕える月の尊き神に、ただ、祈る。彼の生還を。
その祈る姿を見て、チカも一瞬の悩みを振り切り戦場へと身を投じた。
(一撃一撃が重い!一振り一振りが強い!魔法で強化しても全然足りない!)
全力で魔法で強化した腕が痺れる程に重い一撃を、無理やり強化した剣で受け止めるリン。
剣を新しくしておいて本当に良かった、と心の底から思いながらも頭の中は恐怖と焦りでいっぱいいっぱいであった。
ヒヨドルと名乗った敵の攻撃は、全て型にハマったもので受け切る事自体は可能だ。
しかし、洗練されたその型には我流で戦ってきたリンでは反撃することも叶わず、戦斧を構えたシータも加勢することはできそうもなかった。
振り下ろされる一撃一撃が、着実にリンの体力を奪っていく。
激しい鍔迫り合いの最中で余裕気なヒヨドルが口を開く。
「よくここまで吾輩の剣撃を受け止められるものだ。流石月の勇者と言うべきか…」
「どぅおりゃぁあああ!」
「ふッ…力はあるようだが一撃が軽い。まだまだだな」
「あっ、がぁ…」
「シータ!」
リンを助けようとシータが放った一撃も軽々と打ち返され、シータ自身も蹴り飛ばされる。
蹲り嘔吐くシータに駆け寄ろうとするリンだが、それもヒヨドルによって阻まれた。
「じゃ、ま、だぁああ!」
「吾輩の剣から逃れられもしないというのに、仲間を助けられるとでも思っているのか?」
心底不思議そうに問うヒヨドルの言葉に、思わずリンは米神に青筋を立てる。
奥歯が割れそうな程歯を噛み締め、ヒヨドルの剣を押し返そうとするがなかなか押し返すことが出来ない。
せめて、一瞬でもコイツの気を引く何かが起これば、そう思わずにはいられない。
「逃げられはしなくてもケガさせることは出来るぜ?」
「なっ!」
不意にチカの声が何処からともなく聞こえた。
ハッとして目の前のヒヨドルを見ると、パキリと音を立て鎧の兜の部分が外れていた。
そうして露わになった首筋に短剣を突きつけているチカ。
しかし、そのチカも直ぐに腕を捕まれ投げ飛ばされる。
でも、チカがそうして短剣を突きつけたことで一瞬の隙が生まれた。
「うらッ!」
その一瞬の隙に剣を振るう。初めて戦ったあの日と同じ様に、無駄な力は込めずただ”振るう”。
そうして、今まで幾度となく敵を屠ってきた一撃はヒヨドルの首を切断——。
「危ないな…少し油断したか」
「あがッッ?!」
することはなかった。
腹に響く衝撃に、思わず蹲る。
吐き気に苛まれながらも見上げたヒヨドルの首筋には、一筋の赤い線。
しかし、それは子猫が爪を立てた程度のもので、攻撃としては弱々しいものだった。
蛇のような瞳孔と鱗を纏った頬。そして長い舌がぺろりとその首筋の血を舐め取っていた。
明らかに人間だとは思えないその容姿に、本能的に恐怖を覚えてしまう。
それでもリンの頭にあるのは仲間達の安否で、衝撃による涙で滲んだ視界がふらふらと周囲を見回す。
そんな歪んだ視界がチカとシータを捉えた。
(シータ、チカ、無事...か。なら、良かった。聖女様も...無事そうだ)
投げ飛ばされたチカは、しっかり受け身を取れていたのか短剣を構え、ヒヨドルから視線を一切外していない。
蹴り飛ばされていたシータは、こちらも無事のようで少し顔色が悪いようだが、それでも戦斧を構えヒヨドルを見ていた。
しかし、それでも三人は満身創痍。
こんなに苦しめられているのは初めてであった。今までの依頼でここまでダメージを受けたことは殆どなかった。
それは、リン自身に戦いのセンスが少なからずあったのにも加え、チカの魔法の力もあることやシータがどんな攻撃でも受け止めていてくれたこともある。
何よりエルが敵の強さをしっかりと見極め、依頼を受けていてくれたのだ。
だからこそ挫折を味わうことなくここまで四人は進んでこれたのだ。
しかし、今回は話が違う。
あまりにも酷いランダムエンカウント。最悪が過ぎる敵。
質実剛健が鎧を纏って歩いている、とまで言われる存在ではあるが、それでも魔族の中で最強格と呼ばれる至厄舟の内の一体、匕ヨドルが初めてのリン達の障害として立ち塞がった。
至厄舟戦開始!




