4話「所詮■らは■■モドキ・中編」
ガラン、ガランというあの鈴と全く同じ音が深夜のリギラ村へと響き渡る。
それと同時に何処からともなく聞こえてきた狼の遠吠えが家々の窓を震わせた。
村に響き続けるその二つの音に子どもたちは怯え母親のもとで身を寄せ合うことしか出来ないのだった。
◆◇◆
リン達がリギル村を出てから早三日が立とうとしていた頃、村はリン達が来る前と変わらぬ様子であった。
今までと変わらぬ子どもたちの日常、今までと変わらぬ労働の様子、今までと変わらぬ生活。
しかしそんな今までと全く変わらぬ日常はリン達が旅立ってから三日目の深夜に突如として終わりを告げることになる。
夜も更け明かりがついているのは村にただ一つの食堂だけとなったリギル村では酔っ払いたちの騒ぎ声がしていた。
「いやあ、でも勇者様一行にモドキがいるだなんて思わなかったよなあ?」
「おいおいその話何回目だよ。昨日も一昨日もしただろ?まあ俺も驚いたけどよ」
「それにしても聖女様の仲間にあんなケモノがいるなんてなあ」
ゲラゲラと下品な笑い声を上げる男達。
本来であれば人をそんな風に言うだなんて、と言われることだろうがそれがモドキなのであれば話は変わってくる。
そういう風に嘲笑われても酷い言葉を投げかけられてもそれがモドキに対してなのであれば『まあモドキだからな』で御仕舞なのだ。
だからこそ彼らは人の集まる酒場兼食堂でそんな話をしていたのだ。
酒を飲み、つまみを食べながら駄弁る。
その中で誰かが鈴の音を聞いた。
ガラン、ガランというあの音だ。レイラを見つけたときに使われた天使が授けたという鈴の音。
あの鈴はいつだって使って良い訳では勿論無い。村の長老などの権力者が使って良いと判断した時にしか使われぬものであるし、レイラを見つけるために使ったのも冬眠している魔物共が目覚め始める春だから仕方なしに使ったのだ。
それがこんなにも短期間で使われることはそうない。
使われるのであれば村の中ならば誰かが理由を伝えに来る。しかしそれも無い。
であればこの鈴の音は何だ?
その思考が酒で茹だっていた頭に冷水を浴びせたようにマトモにさせた。
「…俺がちょっくら見てくるぜ。オメェらは飲んでな」
村一番の強者である男がそう言い食堂から出る。ああアイツが出るならば安心だなと皆が止めていた酒を飲む手をまた進め始めた。
しかし酒を飲む手をすぐに止まることになる。
ガラン、ガランという鈴の音がどんどん食堂へと近づいていき、先程出ていったばかりの男の話し声が聞こえ始める。
そして声が聞こえなくなったかと思うと食堂の扉が重みに耐えられずに倒れるようにして開けられた。
倒れ伏す扉と共に男の体もゴトリと落ちてくる。
おいおい酒でも飲みすぎたのかよ?なんて茶化そうと男の方へと目をやり、皆が気づいた。
「あ?……ア”!?」
倒れ伏した男の体には頭が無く、本来首があったであろうところからはおびただしい量の血が流れ出していたのだ。
そのむせ返るような血の香りに、信じられない光景に一気に酔いも覚め、皆それぞれが手元に置いていた獲物に手を掛ける。
何が来る?冬眠から目覚めた魔物か?
そんな思考がぐるぐると巡る。足音が扉の先から聞こえ何が来てもすぐに倒せるようにと皆が剣を構えたときだった。
本来扉があった場所から鈴の音と共に現れたのは一人の女だった。
潰れたような形の男の頭を片手で引きずりおそらく返り血なのであろう赤い液体で全身が濡れた女。
その女の頭上には一対の角に動物、恐らく牛のものであろう耳に人のものとは思えぬ瞳孔をした目を持っていた。
明らかに人とは思えぬ姿に本能的に恐怖を覚える。
リン達モドキ四人は身体の一部分に人外の、正確に言うと動物的な特徴を持っていた。
しかしそれも一部でありチカであれば尻尾、エルであれば体の一部に鱗といった様子で動物的特徴も一つなのが基本だ。
では目の前の女はどうだろう。角に耳、そして瞳。動物的特徴が三つ。
明確な基準があるわけでは無いが、ただ一つ動物的特徴があるので《モドキ》と呼ばれるのであれば三つも特徴を持つものは《魔族》と呼んで差し支えないのではないだろうか。
というよりも目の前の女は人間が《魔族》と呼ぶもので間違いは無いのだ。
魔王直属の配下。魔王軍でも指折りの強者である四体の魔族《至厄舟》
それは厄災に至る方舟という名の通りそれぞれが人間の歴史の中で厄災と呼ばれるレベルの力を持つ者ばかりだ。
しかしそんな力を持つ存在がただの村を一人で滅ぼしに来るだろうか?
確かについ先日まで勇者一行がほんの少しの間であるが滞在していた。であればその勇者を始末しに、もしくは情報を取りに来たのだろうと考えられる。
であればこの女は雑用として赴いた至厄舟の配下の者なのか?
普通に考えるのであれば正解であろうが、今回に限っては全く違う。
この女は———。
「…少し来るのが遅かったな、まあ良いか。とりあえず全員殺して帰ろう」
魔王が側近にして魔王軍最強の名を欲しいままにする存在、名を《ソーレ》。
本来ならばこんな手前も手前の村で相見えることは無い者。
使い古されたような例えかもしれないがこの現状を簡単に例えるならばこの例えしか無い。
こんな手前の、しかもまだ国から出てすらいない村でソーレに出会うというのはチュートリアルの村で魔王に出会う、そんな事態であった。
本人に上記の言葉を伝えれば私を魔王と例えるとは王に対して不敬だ、などと言われるであろうが普通の人間からすればソーレの強さは魔王が降臨したと言われてもおかしくないものである。
だからであろう。食堂に居た者はほんの少し、この例えをしている間に血に塗れ床に倒れ伏していた。
ソーレに傷は一切無く彼女を穢したのは返り血のみ。
剣も使わずに素手で食堂に居た強者たちが振り降ろした剣をへし折り、へし折ったことに気づかれるより先に首を引きちぎり、潰し、殺す。
悠然とした動作であるが誰一人として敵う者は居なかった。
食堂の中に人がもう居ないことを確認するとソーレは片割れである扉を無くした出口へと踵を返した。
外へと向った足音に隠れていた食堂の主人は安堵から息をつく。
しかしそれを見逃すソーレではなかった。それにこれを見逃していては魔王軍最強などと呼ばれてはいないだろう。
ソーレの一対の角の間から赤、いや白ともいえそうな光の球体が現れ熱を発し始めた。
じわりじわりと大きくなりこぶし大くらいになると光の球体の周囲は陽炎のように揺らめいて見える。
触れば灰にでもなりそうな圧倒的熱量を感じさせるソレは微かな呼吸音のした方へと一筋の熱線を伸ばす。
そうして伸びた光は隠れている食堂の主人を壁ごと焼き、貫通した。
そして壁も主人もその熱線のあまりの温度に燃え上がりこんがりまっ黒焦げな死体へと変わった。
「面倒だが村ごと燃やすとバカに文句を言われるんでな。細かい操作をするのは手間なんだが、仕様がない。というか色々注文付けるなら自分でやれば良いというのに。上司を雑用扱いしやがって」
ぶつくさと文句を呟きつつも本当に人が居なくなった食堂から出たソーレは村の家々を回る。
家々を回り虐殺を続けながら文句を言うソーレに反論する声が一つ、どこからともなく聞こえてきた。
「そんなに文句を言うくらいならこんな村、来なければいいだろう?文句を言っておきながらも結局やってしまうからあの子も助長して雑用みたいな扱いするのさ」
「これに関しては常識的な話だと思うが、貴方の方こそ妹可愛さに反論しているようだぞ?」
「妹可愛さ、ねぇ。まあ間違いではないよ。あの子は可愛い妹だもの。それはそれとして君の力も評価しているからこんな雑用なんて誰かに命じれば良い、と言ってるのさ」
「自覚があるならば叱ることくらいしてくれ。あと手が空いてるのが私しかいなかったし、他の奴らみたいに直営の部隊があるわけでは無いのは知っているだろう。そう言うのであれば貴方が代わりにしてくれても良いのだが?」
「ああ、それは最高な考えだね。命じれば良いと言ったし確かに僕も君の部下の一人に入るだろうけど言わせてもらう。
嫌だね。僕は城でぬくぬくお仕事していたいんだ。というか人避けの結界張ってあげてるんだから仕事自体はしてるし?」
「兄妹揃って言い訳ばっかりだな。面倒な奴らだ。…で、残りはどの方面にいる?」
「南の家に集まっているみたいだね。人間としてはまあまあな強さの奴が数人いるみたいだけど君なら赤子の手を捻るより、何だったら瞬きするより簡単な奴らさ」
「瞬きするより簡単ってなんだ。頭大丈夫そうか?」
ソーレの一言により繋がっていた通信は切れた。仲間だというのに仲の悪さが垣間見える会話ではあったがまるで周回プレイでもするかのような素早さと効率でソーレは村人達を殺していた。
通信相手が言っていた通り南の家へと向かうソーレ。
そしてその道中で一組の母子にであった。
それはこの村にリン達が滞在する理由となったライナとレイラであった。
(あいつ、集まり損ねた人間がいるとか言っていなかっただろうが)
涙を溢し震えながらソーレを見る二人へとソーレも視線を向ける。
「ば、バケモノ…」
「娘だけでも、どうか、どうか…」
そんな正反対な様子の母娘を前にソーレは思考を巡らせていた。
この二人に見覚えがあったのだ。
(パッと出てこないということは別に重要な人間でもないだろうが…あ、)
「お前、ローパーのとこの奴と遊んでた子どもか」
「?」
「なら生かしておいたほうがいいか...?」
「ほ、本当ですか!?」
ソーレの言葉に母子は喜びの声を上げる。
一度何処かに避難させるか、と思い母子を抱えあげようとした時だった。
ばくり、と目の前でレイラの首が消え、ライナの口から血を溢れる。
その様子にソーレは呆れたようにため息をついた。
「本当にあいつは面倒な女だな…」
ソーレの前にはレイラの頭を噛み砕き飲み込んだ1匹の狼。
その大きさは二mを優に超えており子どもの頭を一飲みできるほどであった。
体に見合う大きさの爪は母親の身を切り裂き、見るも無惨な姿へと変貌させていた。
しかしそんな様子の母子を塵でも見るような目で眺めながらまたもソーレはため息をつく。
「まあ、何か言われていた訳では無いからいいか」
呆れつつも目の前で事切れている母子を殺した狼を先行させ、同じように逃げ遅れた人間がいないかを確認しつつも言われていた南の家へと向った。
逃げ遅れていたのは本当に先程の二人だけのようで、誰も村から逃げぬように村自体を囲わせていた何匹もいる狼達を呼び寄せつつ目の前の扉に手をかける。
一瞬、普通に扉を開けるか蹴破るかと悩んでから結局扉を蹴ると思いの外固く、誰かが扉が開かないようにと抑えていることに気がついた。
家へと近づくソーレに気がついて急いで扉を固定したのだ。
まあそれもそうだろうと思う。趣味や舐めているという理由ではないのだがソーレは俗に言うカウベルを身に着けている。
それはもうガランガランとそれなりな音がするカウベルを。
自分の場所をほんの身動ぎしただけで伝えるそれを付けたソーレは間抜けとも言える姿で、しかしそれで弱ければ最強などとは言われていない。
中にいる人間の重みで開かぬ扉に先程食堂の主を焼き殺したときと同じ熱線をぶつける。
瞬く間に扉は焼け落ち、体で扉を支えていたのであろう人間は先程と同じように焼け焦げていた。
六人の人間が体を寄せ合い怯えているのが見えた。
「獣達、中にいる人間は好きに殺していいぞ。終わったらお利口さんに外で待っていろ」
ソーレが命じると狼達は怯えて動けずにいる村人たちへと駆け寄りその大きな牙を見せつけながら喰らい始めた。
その悲鳴と血が舞い上がる様を横目に他の部屋へと向かう。
さくさく部屋の扉を開けて中を確認し、人がいれば問答無用で殺す。
薄暗い廊下を抜けて最後の部屋へと向かおうとしたときだった。
視界の端、殆ど死角の場所から斧が振り下ろされたのをソーレが知覚したのはその斧が首元まで迫ってからだった。
ソーレを、このバケモノを必ず殺すという強い殺意を持って振り下ろされた斧は哀れにも髪を掠める程度にしかならず、ソーレは斧を振り下ろした男の腕ごと首まで一太刀で切り落としていた。一太刀といっても手刀ではあったが。
「それなりの強さ、だったな」
手に付いた血を振り落としながら最後の部屋を覗く。
中に居たのは事切れた女達。先程の男が殺したのか諦めて自死したのかは定かではないが、呆れてため息すら出てこない。
狼達を従えて村の端の方まで進んでいった。
「さあお前達、もう帰ろうか。全員死んだみたいだし…ん?」
「遅くなりましたソーレ殿。全て終わったようですな」
「ヒヨドルか。誰か来ることは期待していなかったんだがな」
森の奥から現れたのは筋骨隆々な重厚な武装を纏った戦士。兜の部分から覗く瞳は蛇のような目であった。
ヒヨドルと呼ばれた戦士は跪きソーレの指示を待つ。
少し悩んだ様子のソーレは良いことを思いついたとでも言いたげな悪どい笑みを浮かべる。
「ヒヨルド、勇者共は《第二の砦の街アルクスギア》に向かうらしい」
「ふむ、我らの国に来るのであれば妥当な行き先でしょうな」
「ああ。お前もアルクスギアに向かい勇者共を殺してこい。勇者が殺せなくても聖女だけでも殺せれば良い」
「顧問官殿からの情報では今代の勇者はそこまで危険性はないのでは?強さもそこそこだと…」
「《月の魔法》を使えるのが問題だ。月の勇者があの人間モドキと一緒にいられると流石に面倒だからな。片方が消えれば尚安全というだけだ」
「了解致した。であれば今からアルクスギアへと向かうことに致しましょう」
「ああ、お前は本当に話の分かる奴だな。アイツらとは大違いだ」
「ははは…」
乾いた笑みを浮かべるヒヨルドを連れ添って自国への道を歩き始めるソーレ。
これはリン達勇者一行と魔王軍が本格的に戦う原因となった日の出来事であった。




