9話
《月光・韋駄天》
ジャイアントベアとの戦闘のときには無意識に両腕に回していた魔法を足に掛け、重点的に脚力を強化した使い方。
星の聖女に名称をつけてはどうかと提案されたためにリンが考案した名前だ。
問題点としては強化されたのは脚力だけのためあまりの動きの速さに本人が酔いをおこしてしまうこととリンのネーミングセンスの悪さ故に名前がダサいことの2つ。
しかし速度というのは戦闘において重要なものだ。
某黒光りする虫を思い出してもらえれば分かると思うが、目の前を凄まじい速さで小刻みに動き回られれば弓は当たり前に、剣ですら禄に当たらないだろう。
つまり今のリンは実質某黒光りする虫なのである。
じりじりと距離を詰めたいリンと距離を取りたいチカの間でお互いフェイントのような動きが続く。
「キ、キモ、、、えと、さ、財布を知らないか?スキンヘッドの男が持ってた財布」
「し、知るわけないだろ?!お前何なんだよ、まじでキモい!てかすきんへっど?ってなんだよ!」
「え”、、、ふぁ、ファッションで髪がない人、、のこと、、だな、、」
「じゃあハゲでいいじゃねェかよ!ハゲのくせにカッコつけてんじゃねェよ!」
「やめてやれよ、、、、かわいそうだろ、、、、、」
財布という言葉にチカは一瞬マントの中で財布を確認する。はっきり言って目の前の男はありえないくらいの不審者なのだがさっき盗んだ財布の持ち主の知り合いな訳でもなさそうだと思案する。なんでわざわざ財布の話を聞きに来たのかが分からないことに不安を感じる。
(ホントなんなんだよコイツ。さっきありえないくらい早く動いてたし、でもアタシ一人なら逃げれる)
少しずつチカは距離を取る。逃げようにもリンはしっかりとチカのことを知覚し続けているし今いるのは直線の道。
しかも先程のありえない超加速もあるのだから逃げづらいことこの上ない。
(一瞬、一瞬でいいから目線外してくんねェかなぁ。てかコイツあれか?俗に言うろりこん、ってヤツなのか?)
お互いが見合う時間が続く。その間、リンもリンで悩み込んでいた。
パッと見た感じの目の前の少女の年齢は10代前半くらいだろう。その年頃の子供は難しいし女の子というのは特に気難しいのだ。
リン自身も成人の年とはいえまだ16歳の少年だが、自分が10代前半くらいのときのことを思い出すと自分自身も黒歴史なことをしたことも多かったし周囲の女子も色んな意味で恐ろしい子が多かった気がする。
孤児院で用心棒をしていたときもその年頃の女の子は特に対応には気を使っていたことを思い出す。男の子は逆に職員ではないリンに色々と相談したりしてくれることが多かったのも思い出す。
(別にこの子が犯人と決まったわけじゃないしちょっとだけでもいいからお話し聞きたいんだよな。あれ、もしかして今の俺って、ただの不審者?)
そうやってリンが己の不審者具合に気づき、チカが目の前にいなければ膝から崩れ落ちそうになっていた瞬間だった。
「あー!あんなとこで小さい女の子がうずくまって泣いてるー!ドーシヨー」
「え?、、いや、いな、あ!」
チカはリンの後ろの方を指さして全力で叫ぶ。ロリコンなら小さい女の子が泣いてたらそっちへ行くだろうとリンがロリコンだと決まってすらいないのに中々の偏見である。
そうやって狙い道理リンが後ろを見た瞬間にチカは全速力ダッシュでリンとは逆方向へと走り出す。
生まれてすぐ捨てられ育ての親が死んでからもその育ての親がしていたのと同じように盗みを繰り返して生活してきたチカは自分の逃げ足に自信を持って生きてきた。
今まで己の持つ魔法を使って逃げれなかったことなどない。だから今回も逃げ切ることが出来るとそう信じている。
直線の道を走りきり角を曲がったその一瞬に魔法を使う。そしてそのまま角に積まれたゴミの真横に居座った。
このまま探しに来た男は居もしないアタシを探して逆にアタシの前を通り過ぎていくのだとほくそ笑む。
(アタシの魔法は最強なんだ。誰にもアタシを見つけらんない。せいぜい居ないアタシの影を追うんだな!)
丁度のタイミングでリンは角に走り込んでくる。
その様子をチカはドキドキとしながら眺める。バレることはないとは知っているがそれでも緊張はする。
今まで一度もバレたことは無い。だから今回もバレない、そう思っていたのだ。
「見つけた、これどうなってるんだ?」
ぎゅっと手首を握られる。なんでバレた?どういうこと?なぜ、なぜなぜなぜ。
それだけが頭を駆け巡る。驚愕と恐怖で涙が滲む。
「な、なんで分かったんだ!?なんで、アタシの姿は今見えないはずなのに!!」
その言葉にリンは頭をかく。
「姿は見えてないんだが、その、影が見えてる、、、」
「か、げ?」
その言葉にチカは思わず自分の背面にある壁へと視線を向けた。
確かにある。影が、ある。
あまりの驚きにチカはつい魔法を解いてしまった。
「え、あ、泣かないでくれ!あわわわわ、だ、大丈夫か?強く握りすぎちゃったか?」
涙を目に滲ませているチカに今度はリンが驚愕する番だった。慌てふためきつつ懐からハンカチを取り出しチカの目元に当てる。
そしてその二人の姿を見る影が一つ。
「、、、、リンさん、事案ですか?け、警衛に行かなきゃ、」
「誤解です!!バルドさん!本当に誤解です!」
それはリンがエルと共に旅に出る決意を固めた次の日に出会った自称吟遊詩人のバルドであった。




