表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

島が灰に覆われるとき

作者: 久仁波 文寿

久仁波(くには) 文寿(ふみひさ)です。

パニック小説です。ハッピーエンドではありません。


苦手な方は、ご注意ください。

 夏休み。俺は大学の講義から解放され、久しぶりに実家のある島へ帰省していた。


 人口わずか二百人ほど。古い神社と港しかない火山島。都会から来れば何もない不便な場所だが、海の青さと潮の匂いは懐かしく、両親と妹に会えるのは何よりも嬉しかった。


 だが、その穏やかな日常は長くは続かなかった。


 昼下がり、地鳴りのような轟音が島を揺らした。


 最初は、単なる地震だと思った。


 畳が跳ね上がり、壁が崩れ、母が悲鳴を上げる。外に飛び出すと、道は割れ、瓦屋根が次々と落ちてくる。港では漁船が鎖を引きちぎられ、波に叩きつけられていた。


 次の瞬間、山頂から黒煙が立ち上った。火山が噴火したのだ。


 赤黒い噴煙が空を覆い、火山弾が轟音とともに降り注ぐ。ひとつは隣家に直撃し、木材と人影が爆ぜた。


「逃げろおおおっ!」


 誰かの絶叫。


 だが、逃げ場はなかった。


 細い路地に人々が殺到し、押し合い、罵声と泣き声が入り乱れる。


「順番だ! 押すな!」


「子供が潰れる!」


 必死の叫びも虚しく、群衆は雪崩のように転び、下敷きになった人の骨が折れる音が響いた。


「お兄ちゃん!」


 俺は必死に妹の真琴の手を探した。しかし見つけられない。気づけば炎と灰に囲まれ、逃げ惑う島民たちに押し流されていた。


 どれほど走ったか分からない。気づけば、俺は港近くの倉庫の陰で息を切らしていた。


 隣には幼なじみの和也、中学の後輩の美希、そして数人の島民がいた。顔は煤で真っ黒、誰もが震えていた。


「……俺たち、助かったのか?」


 和也が呆然とつぶやく。


 だが、助かったわけではなかった。


 港は黒い灰に埋もれ、海は沸騰したように泡を噴き上げている。船は次々と炎に包まれ、軋む音を立てながら転覆していった。空気は熱と焦げた臭いで肺を焼き、息を吸うことすら苦しい。


「……家族を探さなきゃ」


 喉が張りついて、声は震えていた。父も母も、そして真琴も──あの地獄の中で、まだ生きているはずだと必死に信じた。


「俺も行く!」


 和也が声を張り上げる。恐怖で瞳を揺らしながらも、拳を握っていた。


「私も連れていって」


 美希も息を荒げ、涙に濡れた顔で言った。


 気づけば、そこにいた全員が立ち上がっていた。それぞれが、燃え崩れる街の中へと家族を探しに向かおうとしていた。


 誰も止められない。立ち止まれば、その瞬間に恐怖と絶望に呑み込まれてしまうからだ。


 炎と煙が立ち上がる集落を、俺たちはよろめきながら進む。崩れ落ちる家屋の轟音が背後から迫り、いつ頭上に瓦礫が降ってくるか分からない。喉を刺す煙の中で、何度も立ち止まりそうになる。


 その時だった──。


 路地の奥に、人影が揺らめいた。


「生存者だ!」と皆が駆け寄り、声をかける。


 だが、それは違った。


 皮膚が黒く焼け崩れ、眼窩からは灰がこぼれ落ちていた。生者ではない──ゾンビとしか言えなかった。


 そいつは喉を裂くような呻きをあげ、口を異様に広げて、俺たちへと突進してきた


「ひっ!」


 誰かが悲鳴を上げる。


 その瞬間、そいつは美希に飛びかかり、首筋に食らいついた。血と灰が飛び散り、美希が絶叫する。


「いやあああ! 助けて!」


 和也が必死に棒を振り下ろし、ゾンビの頭蓋を叩き割った。ぐしゃりと骨が砕け、血の代わりに黒い灰が噴き出す。


 それでも止まらず、和也は何度も何度も棒を振り下ろした。やがて、そいつは動かなくなった。


 しかし、美希も──。


 悲しみに沈む余裕などなかった。


 路地の奥から、新たに複数の影が揺れながら現れる。焼け爛れた顔、濁った呻き声、伸ばされる手。──ゾンビたちが群れをなして迫ってきた。


「逃げろ!」


 俺たちは一斉に走った。


 灰は絶え間なく降り、息を吸うたびに肺が焼けるように苦しい。


 逃げ惑う中で、仲間は一人また一人と失われた。


 港から船で脱出しようとした男はゾンビたちに群がられ、海に落とされた。


 神社に逃げ込んだ少女は、扉を閉める寸前に足を掴まれ、絶叫を残して闇に引きずり込まれた。


 やっとの思いで逃げ込んだ小学校の体育館。


 そこには十人ほどの島民が集まっていた。怯えた顔で見る者、隅で泣き崩れる者もいたが、落ち着いた様子だった。


 だが、外から呻き声が近づいてくると、場はすぐに崩壊した。


「お前らが連れてきたんだ!」


「違う、俺たちのせいじゃない!」


 責任をなすりつけ合い、押し合い、怒号が飛び交う。


 やがて扉が破られ、ゾンビたちが雪崩れ込んだ。


「いやだあああ!」


「助けて!」


 狭い体育館は阿鼻叫喚と化した。ゾンビに押し倒され、血と灰にまみれた肉を喰われる。仲間を助けようとすれば、次の瞬間には自分が引きずり込まれる。


 俺は和也に腕を引かれ、裏口から必死に逃げ出した。振り返ったとき、体育館の中はすでに人の姿が見えず、呻き声だけがこだましていた。


「もう無理だ! こんなの……」


 俺は足を止め、泣き言を漏らした。


「諦めるな! 絶対に生き延びるんだ! 家族を探すんだろ!」


 和也の怒鳴り声が鼓膜を打つ。その言葉に背を押され、俺たちは再び灰にまみれながら駆け出した。


 だが──


 次の瞬間、頭上から火山弾が落ち、地面ごと爆ぜた。


 気づけば、和也もいなくなっていた。


 俺はただ一人で、焼け落ちた家々の間をよろめき歩いていた。


 辿り着いたのは、俺の実家だった。半壊し、瓦礫と灰に埋もれている。


 中に入ると、黒く焼けた三つの人影が寄り添うように倒れていた。父、母、そして妹──真琴。


「……やっと、見つけた……」


 俺は泣き崩れた。


 そのとき、視界の端にもう一つの影があった。畳の上にうつ伏せに倒れている。隣には帰省の際に背負ってきたリュックが焼け残っていた。


 俺自身だった。


 思い出す。地震と噴火。屋根が崩れ、火山弾が直撃したのだ。あのとき、俺も家族と一緒に死んでいたのだ。


 和也も美希も、他の島民も。皆すでに死んでいた。ただ、死を認められず、魂だけが島を彷徨っていた。


 身体は透け始め、指先が灰の風に溶けていく。恐怖はなかった。ただ、家族のもとへ戻れる安堵だけがあった。


 最後に見たのは、黒い灰に沈む島の姿。

 約二百人の島民は、誰一人として生き残らなかった。


 だが、確かにここには生きようと踠き、死を拒んだ魂の群れがあった。


 その痕跡すら、やがて灰とともに静かに海へと消えていった。

最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
さすがの描写力にお話が想像できるようでした。 異変から始まり、火山の噴火……ポンペイもこんな感じだったのかなと想像させられてしまいました。 島民二百人の小さな島に細い路地も十分あり得そうだなと思います…
SF挑戦すごい。 けど人口200人の島で、細い路地に人が殺到はイメージが難しい。 ゾンビを見た瞬間は、もう少しスローモーションになって、描写だけじゃなく、目撃者の心象風景もあるとよかったかも。 ゾ…
凄まじい恐怖と絶望に襲われました……((((;゜Д゜))))))) 地震から、災害のパニックストーリーかなと思っていましたら、それにとどまらない恐怖が…… パニックって、ホラーより怖かったんですね い…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ