後編 輝く未来
「「え?」」
その姿に驚くチャーリーと、瞬時に頬がフニャリとなるマーガレット。
声の主は、マーガレットが恋焦がれに焦がれていたお方だった。
「お姉様!!」と内心、歓喜の声に震えていたが、拳を強く握り喉でギリギリ止めた。
「絆されてはダメよ。マーガレット」
立ち上がり深々と頭を下げたマーガレットに、美声が掛かる。
(お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様お姉様)
マーガレットの頭の中は、お姉様の事ですぐに脳内が埋まっていた。
チャーリーの求婚など、遥か遠く宇宙の外。
「な、し、失礼じゃありませんか!?」
意を決した求婚を、簡単に一蹴されたチャーリーは憤慨する。
チャーリーは至って真剣に告白したつもりなのに、絆されてはダメとか酷い言いようだ。人の求婚の邪魔をされ、チャーリーは怒りに震える。
だが、お姉様にチラッと視線を向けられれば、その気高い視線に押し黙っていた。
黙ったチャーリーを無視し、お姉様はこちらを見る。
「マーガレット。こんな時こそ冷静になりなさい。貴女の心は今は深く傷がある状態。そんな傷に付け込んで求婚して来る男なんて、碌な男ではないわよ?」と。
待ち焦がれていたお姉様が目の前に現れ、何か言わなければと思うマーガレット。
しかし、今のマーガレットにお姉様の言葉は、ふわふわとしてよく聞き取れない。
お姉様に会えた喜びが、すべての感情を支配していて、まったく頭が働かなかったのだ。しかし、チャーリーは違った。
「な! 公爵令嬢とはいえ、先程から失礼ですよ!?」
そう言って反発していたが、すぐにピシリと返されていた。
「お黙りなさい」
「ひっ!」
公爵令嬢に反論すれば、そうなるのは当たり前である。
見た目が天使の様に可愛らしいため舐められがちだが、舐めたら痛い目を見るのをマーガレットは知っていた。
キラキラとした瞳でお姉様を見つめるマーガレットに、なお話は続く。
「幼馴染か何か知らないけど、先程まで貴女を一切助けもせずにいたのに、弱ったところを見計らって現れて来る様な男は、"白馬の王子"ではなく、"王子の仮面を被った屑"よ」
「し、し、失礼にも程がある!!」
屑と断言されたチャーリーは、顔を真っ赤にさせて憤慨していた。
可哀想だと慰める事の何が悪いのか、チャーリーには分からない。そもそも、横から割って入るなど言語道断だと。
チャーリーがそう憤慨する横では、逆にマーガレットは頭が冷えていた。
お姉様の言葉には、どこか説得力があったのだ。
「え、でも、彼はいつも私を慰めて……」
だが、チャーリーはいつも自分を慰めてくれた優しい幼馴染み。
優しい人なんですよと、お姉様に言いながら、今までの事を思い出していた。
マイクや令嬢達に何かされたり言われたら、いつもチャーリーが側に現れ慰めてくれたのだ。その事にどれだけ救われた事かと。
だが、お姉様の考えはマーガレットとは違っていた。
「ねぇ、マーガレット。慰めの言葉だなんて嘘でも言えるのよ?」
「え?」
「あぁ、可哀想に酷い事を言われたんだね! でも大丈夫、僕は噂なんて信じないから」
か細い手でマーガレットの手を握り、まるでチャーリーの行動を見て来たかの様に体現してみせたのだ。
その精度にマーガレットはお姉様が一瞬、チャーリーに見えた程だった。
「真の王子様なら、好きな人が辛い思いをしている時にこそ、颯爽と現れるものじゃないの? なのに毎回毎回、心が無残に切りつけられた後に『あぁ、可哀想なマーガレット!』って……遅いのよ」
「なっ!」
あまりの言いように、チャーリーは反論しかけたが、お姉様の氷みたいな視線に制されていた。
(お姉様のその視線も美しい!)
その時マーガレットは、自分も向けられたいと願って見惚れていた。
「大体、ただ側にいて慰めるだけでいいなら、犬や猫で事足りるわ」
「……っ!」
「マーガレット。貴女ならどうする? 愛する人が“目の前で”傷付けられているのに、ただ見てるだけなの?」
(助けるに決まっているわ!! だってお姉様が傷付く姿なんて見たくないもの!!)
マーガレットはブンブンと頭を横に振った。
お姉様は強い方だけど、もしお姉様が傷付けられていたら、真っ先に間に割って入るだろう。
愛するお姉様が、身体だろうが心だろうが、無残に切付けられいる様を、ただぼおっと突っ立って見ているだけなんて、絶対にしない。する訳がない!!
後から慰めるくらいなら、傷付く前に助けるべきだ。傷付いた心は元には戻らないのだから。
そうマーガレットは鼻息を荒くした。
マーガレットが大きく頷いていれば、チャーリーがまだ何か言っていた。
「あ、貴女は、身分が高いから分からないかもしれないが、下位貴族が高位貴族に物を申せる訳がないですよ!?」
「そう? なら、貴方は何故、今こうして私に物が言えるのか説明して」
「ぎゃん!」
その正論に、チャーリーが負け犬の様な声を上げる。
そんなチャーリーが情けなく見えたマーガレットは、思わず失笑しかけグッと我慢した。
確かに、王族である公爵令嬢にここまで言えるのだから、伯爵令息のマイクどころか、大抵の人に何でも言えるはずだ。言えないのは王だけだろう。
「それにすぐ、身分身分って言うけど、身分関係なく何かしら出来るでしょう?」
「は?」
チャーリーを見るお姉様の視線がさらに下がり、もはや氷河期の様だ。
「そうねぇ、たとえば……そんな場面に廊下で遭遇したなら、知らぬ顔をして挨拶してみるとか、さっきみたいなパーティー会場なら、グラスを派手に落として気を逸らせてみるとか?」
「……ぐ!」
「なんなら、恥を忍んで、権限のある方に助けを求める事も出来るんじゃない?」
「お、お前みたいなヤツに泣きつけと!?」
これがチャーリーの本質らしい。
一見小娘なお姉様に、チャーリーは噛みつきまくりだ。
マーガレットはお姉様に暴言を吐くチャーリーに、烈火の如く怒りを覚えた。
(チャーリー◯す)
公爵令嬢とか言う前に、私のお姉様に反論するだなんて許しまじき行為だ。
マーガレットの怒りがフツフツとしている中、言われているお姉様は至って平然としている。むしろ、薄ら笑っている様に見えた。
その姿にマーガレットは堪らずゾクゾクする。
「愛する人の為なんだから、そのぐらいの気概を見せなさい!」
「うぐっ!!」
漢を見せろと言われ、チャーリーは潰れたカエルみたいな声を出した。
「大体、彼女の事を本当に好きなら、心より先に身体が動くものじゃないの?」
「そ、それは! ぼ、僕は貴女みたいに強くはない!!」
そうチャーリーが言い切れば、お姉様の口元が小さく上がる。
「公爵令嬢に逆らえる貴方のどこが弱いのよ?」
「がはっ!」
もはや、チャーリーは論破され続けて虫の息。
お姉様はそんなチャーリーを見て、呆れつつも楽しんでいる様だった。
「まぁ、結局『僕は好きな女の為ですら、強くなれない臆病者です』って公言した様なものよね?」
「……な」
好きな人が目の前でピンチな時に動けなければ、いつ動くのだ。
後手後手では遅い。ましてや、それが命に関わる事だったら? とお姉様は暗に言っているのだ。
確かに、助けて欲しい時に助けてくれなければ、意味がなさそうである。
助けようと思ったんだと、後で言われても、本当かと疑いたくなるだろう。
だが、何故かチャーリーは妙な反骨心を見せていた。
「の、脳筋じゃあるまいし、僕は知性的にっ!!」
「何が知性的になのよ。ただ、マーガレットが弱るのを見計らっていただけのクセして」
「ぐっ!」
作戦がバレていたチャーリーは、もはや言い訳すら出来なかった。
反論するだけ無駄なのに、いつまで反論するのか。
そして、公爵令嬢にこの態度は、普通に不敬だと言う事に早く気付くべきだ。お姉様が温厚で心が広い方でなければ、チャーリーは不敬罪で処罰されている事だろう。
マーガレットはお姉様の寛大な態度に、ますます尊敬の念を抱いていた。
そんなマーガレットにお姉様が質問する。
「ねぇ、マーガレット。彼はいざとなった時、何もしてくれないって証明してくれたと思うけど、それでも彼がいいのかしら?」
そう言われて、何の感情もなくチャーリーを見る。
いざとかそう言う話はさておき、お姉様に楯突くチャーリーなど敵だ。
「いざという時に動けない人って、見ていて苛々するだけよ? いいの?」
「……良くないです」
「マーガレット!」
マーガレットがハッキリ断言すれば、焦ったチャーリーが声を上げ、割って入ってきた。
せっかく絆されそうだったのになとでも思っているのだろう。
だが、すべてがもう遅かった。
マーガレットに好意を持って欲しかったのであれば、お姉様至上主義の仲間になるべきだったのである。
「……私、危うく雰囲気に流されるところでした」
「マーガレット!!」
マイクに捨てられ、お姉様との繋がりが消えたマーガレットは、藁をも掴みたい状態だった。
準男爵の息子なら、息子は平民でも父親は貴族だ。
かすかな望みに賭けようとしていたマーガレットが愚かだった。そんなふうにしがみつくマーガレットには、お姉様はきっと見向きもしなかっただろう。
「彼は僕が側にいるから大丈夫とか、何とかするとかいつも言ってくれましたけど、口で言うだけで何も変わりませんでした」
チャーリーは慰めてくれはしたけれど、根元が何も変わらないのだから、マーガレットの現状は悪い状態が維持されたまま。
マーガレットがマイクを本当に好きだったら、すでに精神がやられていたかもしれない。
マーガレットがそう言えば、チャーリーはさらに慌てふためいていた。
「い、今はたまたまそうだっただけだ!! 結婚してくれれば僕は変わる!!」
まだマーガレットに好意を持ってもらえると思っているのか、必死さが伺えた。
しかし、その言葉を鼻であしらったのはお姉様である。
「アピールしなきゃいけない時期に何もしなかった人が、結婚後に急に変わるなんて事ある? 人のバケツから溢れた魚を、掠める取る様な男よ? これ幸いと喜んで食べるだけで、大切に育てたりするかしら? 私には到底信じられないわね」
自分で釣ってもない魚に餌をあげる?
そもそも育てたりしないんじゃない?
そうハッキリ言うお姉様を見て、マーガレットは今まで感じていたモヤが消え、どこか晴れやかな気分になった。
誰かに頼るのはやめよう。自分の未来は自分で切り開くべきだ。
マーガレットは目が覚めた。
「お姉様、よろしければ今夜の事、証人になっていただけませんか? 私、ブルーノ家とお相手の家、双方に慰謝料を請求したいと思います」
何もしてくれない両親に諦めず、戦う事に決めた。
ここで、お姉様が味方になってくれたら幸いだ。もちろん、お姉様をただで手伝わす気はない。勝ち取った慰謝料をまるっと報酬として払うつもりだ。
たとえ味方になってくれなくとも、マーガレットは二人に、不貞と婚約破棄の慰謝料を請求する。これはもう決めたのであった。
だって、傷付いたのは両親ではなく私だ。
親が何と言おうが請求すべきだし、自分だけが泣き寝入りだなんてバカバカしい。
結局、自分の味方は自分だけである。
凛としたマーガレットの態度に、お姉様は優しく微笑んでくれた。
「それでこそ、私が知るマーガレットよ」と。
その瞬間、マーガレットの心は歓喜に震えた。
私はお姉様のこの笑顔を見たいがために、生きているのだと。
私はお姉様がいれば、それだけでいい。心からそう思ったのであった。
ーーその後。
マーガレットは宣言通りに訴えを起こした。
それはマイクの実家ブルーノ家だけではなく、当然ランの実家デスラー家にもだ。お姉様が味方に付いたマーガレットに、敗北という言葉があろうはずもなく、双方からしっかりと慰謝料をもぎ取ったのである。
両親が慰謝料をよこせとか色々とうるさかったが、マーガレットは無視していた。この慰謝料は、マーガレットが傷付いた代償だ。
そして、家を捨てたマーガレットはとある家に向かった。
ーーそれは。
皆が“姫”と呼ぶお姉様の家、公爵家だ。
生徒会での仕事振りを評価してくれたお姉様が、公爵家に会計士見習い兼侍女として住み込まないかと、提案してくれたのだ。
それに飛び付かない理由など、マーガレットにはない。
「はい!! 喜んで!!」
(死ぬ気で働きます!! お姉様!!)
かくして私は、お姉様の側にいられる権利を確保したのであった。
お読みいただき、ありがとうございました。
ブックマーク・評価・いいねなどをしていただけると、
作者が小躍りして、頑張るぞ! と活力になります。
よろしければ、↓ にてよろしくお願いします。(╹◡╹)




