これは、とある青春部の活動録である。
「ギッリギリ、セーフ!」
「アウトだぞ。普通に遅刻だ」
俺の視界に転がり込むように、待ち合わせ場所に女子高生がやってくる。
「んもう先輩。そこは気障った言葉を吐くとこでしょ?」
「俺がそういうことを言わないのは知ってるだろう」
とはいえ、別に怒ってはいない。
肩で呼吸をしているあたり、急いでやってきたのはわかる。
「とりあえず、お手洗いに行くか。化粧を治す時間も必要だろ」
彼女と繰り返してきたデート演習から、配慮が必要だと理解している。
「……そこを言わなければ、完璧なんですけどね」
彼女は苦笑いを浮かべる。
なるほど、覚えておこう。
誰が言ったか。高校三年間は、人生で最も重要な期間である。
無論、それが後悔であるということは理解している。
高校生という立場は絶妙に自由が効くという性格を持つ。
完全に自己責任というわけではなく、かつ、使えるお金も十分とは言えない。
だが、ちょっとだけならやれる。
絶妙に不自由な自由。それが高校生という期間であり。過ぎ去れば二度はない。
そんな後悔を持つ者たちが先達となり、ありがたくも教えてくれているのである。
「しっかし、とんでもないものを作ったものですよね。青春部なんて」
ケラケラと笑いつつ、隣の彼女が言う。
そう。そんなお言葉をありがたく頂戴した俺が作ったのは、青春部。
高校三年間を無駄にしないために、青春を志す者たちと、高校生活を謳歌するためのものである。
「でも、そのせいで二年も無駄にしてるから本末転倒っていう」
合理的だと思ったのだが。結果は彼女の言ったとおり。
半年前、新入生の彼女が入部してくるまで他の部員はおらず、部室には青春研究のための書籍が積み上がるばかり。
「ま、この半年で二年分の負債も取り返せたしいいんじゃないです? 私のおかげで」
「まさにそのとおりだ。本当にありがとう」
危うく無為に消費されかけた高校三年間はギリギリ彼女のおかげで救われたのだ。
「……でも。もう半年なんですね」
「なにを悲しんでいる。君の高校生活は、まだ二年半あるだろう」
「でも、先輩との部活は今日で最後だし」
受験の都合、三年生の部活動は前期まで。それは事実上の実態がない青春部も同じ。
「そんな最後のデート演習に遅刻してきたのは君だが」
「私だって好きで遅刻したわけじゃないですよ!」
フシャーと威嚇してくる。
たしかに失敗を掘り返すのは配慮に欠いた行為か。
俺が謝すと「相変わらずズレてる」と呆れられる。
「ほんっと。なんでこっちが本気になっちゃったんだろ。ただ、からかうつもりだったのに」
ぼそりと彼女が呟く。なんの話かと尋ねると「そこは聞こえないふりをするとこですよ!」と怒られた。
ふむ、しかし先日はスルーをしたら話に混ざってこいと言われたし、中々難しいものである。
「今日こそは。今日こそは……絶対」
これはスルーすべきか少し迷って。結局スルーした。
彼女からお叱りは無かった。どうやら正解だったらしい。
デート演習も終わりを迎え。俺と彼女の部活動も、終わりの時間となる。
部活としての関わりは、これでおしまい。
「あ、あの。先輩! えっと、その……」
なにやら言おうとした彼女だったが。しかし喉に引っかかっているようで話を切り出す様子がない。
「なら、俺の方から先に話させてもらおう」
「……えっ?」
「なに。難しい話じゃない。ただ感謝を伝えるだけだ。…――ありがとう。君のおかげで、胸を張ってここまでの高校生活が充実していたと言える」
「ふ、ん。当たり前でしょう? 私がいたんですし」
言葉を詰まらせながらに、彼女はそう言う。
「それから。俺は君のことが好きだ。付き合ってくれ」
「……は? はあああ!?」
「単純接触効果もあるのかもだが、好ましく思っているのは事実だ。君と残りの半年の高校生活も、そしてその先も過ごしたいと感じている」
「でも、部活は。デート演習は――」
「たしかに部活は終わりだが、高校生活はまだ半年残っているだろう?」
受験があろうと、青春を諦めるつもりはない。
俺のその言葉に、彼女はぽかんと口を開けて。
そして、ポロポロと涙を流し始める。
「な、なんだ。泣くほど嫌だったか!?」
「……ほんっと、先輩はいっつもギリギリでズレてるんですから」
彼女は泣きながらに笑う。感情が渋滞している忙しい奴だ。
「こっちこそ変な同好会に入ったせいで、高校生活二年間が無駄になりそうなんですから。責任とってくださいね?」
「それはつまり。……どういうことだ?」
「ったく、なんで変なところで勘が悪いのよ」
呆れたように、彼女がため息をついて。
そして、彼女は言う。
その瞳に、輝かしい涙を浮かべながら。
「そういえば、君の話はいいのか?」
「ああ、それなら解決したんで」
「なにやら大事そうだったし。気になるんだが」
とってってっ。と、三歩前に出て。くるりと振り返り。
「いいえ、言いません! 絶対。ぜーったいに、教えてあげません!」
いたずらっぽく。俺の彼女は、そう言った。