SとMは紙一重
作戦をみゃんに伝えたあと俺は刺された腹を抑えながら走り出す。そしてみゃんはやつの気を引くため大声で喋りかける。
「あ、あの!変態さん!私のことは何をしても構わないのでシグさんを治療所に向かわせてあげてください!」
……いくら名前を知らないからって変態さんはないだろ。
当の変態さんは、ふー...ふー...と興奮している様子だ。
「あな...あなたも私に虐められたいんだね!両思いだね!嬉しい!!じゃあ殺すね!」
とてつもないスピードで距離を詰め、みゃんに馬乗りになる。
「じゃ...じゃあまずは首...首締めるね!大丈夫、ちゃんと苦しくなるようにするから!!」
なんともおぞましいセリフばかりを吐くもんだ。
「ぐっ...うぅ...」
馬乗りになった状態で両手を使いみゃんの首を絞める。
みゃん……すまないが頑張ってくれ。この呪いの発動にはお前の協力が必要なんだ。
その間に俺は呪いの発動に適した位置に立ち腹に刺さった短剣を引き抜く。...いてぇ。
「おい!みゃんから離れろ!!」
頭にめがけて短剣を投げつける。
「今いいところなの!邪魔するな!!」
懐から別の短剣を取り出し簡単に弾かれる。だが、それは予想通りだ。こちらにほんの少し気が向けばそれでいい。
みゃんはその一瞬のスキを逃さずにそいつの首を掴む。予め俺の血をつけておいた右手で。
「なに...あなた...あなたも虐めたいの...?」
「だめ...私が虐めるんだからあなたはだめ!!だめなの!!あなたは虐められたいんでしょ!?」
「殺す!一度死ねば、あなたは虐められることが好きになるはず!そう...そうしたら両思いだね!!」
再びみゃんの首を両手で締め上げる。
「よくやった、みゃん。あとは俺に任せろ」
俺は右手を掲げ呪いを発動する。
【呪 ―鎖の型―】
呪いの発動と同時に四方から飛び出す血の鎖が彼女の手足を拘束する。なんとか成功した。
この呪いは一定距離内の対象者を拘束する。代償は術者の血。発動条件が対象者の首に術者の血で手形を付けるというもの。発動が難しい分効果は強い。ヤツは拘束され動けないみたいだ。横を見るとみゃんは気を失っている。無事でよかった。まあこいつは死なないんだが。
「おいこらド変態。観念しろ。」
「なんで……なんで邪魔するの!?私たち両思いになれるのに!やっと私の事受け止めてくれる人に出会えたのに!放して!!」
「あのなぁ、なにが両思いだクソガキ。相手...みゃんの顔みたか?怯えきってたじゃねぇか。自分の気持ち、したい事を一方的に相手にぶつけることのどこが両思いなんだよ。」
「ちがう...ちがう!これから両思いになるところだったの!あなたにはわからない!わたしの心を満たしてくれるのは不死のこの子だけなの!!」
「だから、お前はみゃんの気持ちを考えているのか?そんな一方的だと誰からも見放されて困るのはお前だぞ。」
何を言っても違うわからないといった反応で全く聞く耳を持たない。はあ……言葉だけでは思い直させるのは難しいか。できれば穏便に済ませたかったがこの子が今後生きていくために必要なことだ。刺された腹がしんどいがしょうがない。俺は彼女に近づき互いの影を重ね合わせる。
【呪 ―頒の型―】
「ああぁっ!!!いたいっ!!お腹いだいっ!!」
呪いを発動したことで彼女は腹部に激痛を感じる。
「いま俺とお前の痛覚を共有する術を発動した。その痛みはお前が俺を刺したものだ。」
「うぅ……いたい...いたいよ...」
あんなに虚勢をはっていたのに急に大人しくなったな。サディストは打たれ弱いと聞くが本当らしい。
だが、これだけでは終わらない。もう彼女が誰かを傷付けることがないようにしっかりと教えなければ。傷付けられる痛みというものを。
俺はひとつの呪具を見せる。
「これはナイフの柄に呪いをかけた呪具だ。刃はないが黒いモヤが刃の形になっているだろう。刺しても相手の体に外傷がつくことはない。だが、そのぶん強烈な痛みのみを与える。そうだな……普通のナイフで刺した時の大体10倍位の痛みにおそわれる。そういう呪いだ。」
俺は彼女の右手の拘束を解きその呪具を持たせる。
「それで俺を刺してみろ。人を刺したいんだろ?痛覚は共有したままだがな。」
「いや...やだ...ごめんなさい...謝るからゆるして……」
彼女は泣きながら謝る。だがだめだ。こういう時は徹底的にわからせなければ彼女が変わることは出来ないだろう。俺は彼女の頭を掴み無理やり目線を合わせる。
「やれ」
完全に萎縮し涙目になりながら俺に呪具を振り下ろす。
呪具が俺の体に到達した瞬間に尋常ではない痛みが二人に走る。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁっっ!!」
「あ゛… あ゛……」
彼女は痛みに耐えきれず白目を剥いて気絶した。この程度で気絶するとは根性のないやつめ。俺は普段から呪いの実験やらで痛みには慣れている。このくらいなら余裕で耐えられる。足が産まれたての子鹿のように震えているが問題はない。これでこいつももう誰かを傷付けようとは思わないだろう。
「うぅ……はっ、大丈夫ですか!シグさん!」
「みゃん、目が覚めたか。悪いが少し休んだらこいつを治療所まで運んでくれないか。俺はひとりで歩ける。」
「は...はい!」
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治療所に着き治癒士の魔法により俺の腹の傷は完治した。便利なもんだな。そして変態やろうも目を覚ましたらしい。一応手足はロープで縛ってある。
「あの...わたし...わたしアイリって言います...」
「いきなりすみませんでした...反省しています……」
やけに素直にやったな。俺の教育が余程効いたらしい。
「俺はシグ。こいつはみゃんだ。」
「確認なんだがお前は、俺たちにしたのが初犯で他の人を傷付けたことは無いんだよな?」
アイリはうんと頷く。
「みゃん、俺はこいつを許してやろうと思う。もう改心してるみたいだしな。みゃんはどうだ?」
「はい!私もいいと思います!アイリちゃんはちょっと愛情表現が苦手なだけで素直ないい子だと思います!」
みゃんならそう言うと思ったが自分を殺そうとした奴を素直でいい子なんてよく言えたな。お前の方が素直でいい子だろ。
「アイリも二度とこんな事しないと誓えるな?」
「はい……もうしません。誓います…」
はあ...苦労したがこれで一件落着だな。みゃんと組んで最初の出来事がこれとは、先が思いやられるな。俺がふぅ、と安堵してしているとアイリがなぜだか頬を赤らめ俺の方をちらちらと見ている。
「なんだ?まだ何か言いたいことがあるのか?」
アイリは少し黙り込んだ後大きく息を吸ってから喋る。
「あの……わたし……わたしを……」
「シグ様の下僕にしてください!!」
「……は?」
「シグ様の痛みからは正に愛を感じました!わたしみたいに一方的に押し付けるのではなく互いに愛を共有してくれた……」
「強烈な痛みを感じたあの瞬間にわたしは思ったんです。ああ、これが本当の愛なんだ...って!」
「シグ様にもっと痛み付けられたい……罵られたい……」
「おね...お願いします。あなたの傍においていただけませんか...何でもします!」
……なんだこれは。
変態がSからMになってしまった。
俺は改心させたかっただけなのに。
「悪いが、俺にそんな趣味はないぞ。今後は普通の冒険者として困っている人を助けて貰えればそれでいい。」
俺はアイリに素直な思いを告げる。だが、アイリは突然ポロポロと涙を流し始める。
「そ...そうですよね...こんな気持ち悪い人間近くにいて欲しくないですよね...」
「いや!そんなつもりで言ったんじゃない!」
みゃんはアイリの背中をさすり俺に向かって「どうしてそんなこと言うんですか」といった表情で見つめてくる。まるで俺が酷いことを言って女の子を泣かしたみたいじゃないか。間違ったことは言っていないと思うぞ。
「ああ……もう、わかった!おまえを俺たちのパーティに入れる。それでいいか?」
「あり...ありがとうございます!シグ様!」
「そのシグ様ってのもやめてもらいたいんだが……」
「で...では、ご主人様!よろしくお願いします!」
はあ...もういいや...なんでも。
「みゃんさんもよろしくお願いします。本当に申し訳ありませんでした。」
「よろしくお願いします!アイリちゃん!アイリちゃんはとても強いので心強いです!」
アイリはみゃんとも挨拶をかわす。
こうして俺たちのパーティに変態が加わった。