第97話◆アイリ・アウグスト
ソータたちが出発して一日半くらいのタイミングで、アルトデレイス領に到着した。
もうすぐで、桜国街に到着する。
もう日も落ちかけているので、アルトデレイス領に宿泊することとなったソータたち。
馬車を降りると、アルトデレイスの領民の一人が出迎えてくれた。
「おぉ! 貴方はヴェシアナの領主様ではありませんか!? ……サタナイシャ様ー!!」エルフ族の男性がそう言うと、近くで指示を飛ばしていたアルトデレイスの領主がこちらに気付き、声を掛けて来た。
「む? ……貴方たちは、ヴェシアナの……?」
こちらに歩いて来たサタナイシャと呼ばれた彼女は、ここアルトデレイス領の領主で、サタナイシャ・アルノー・フォン・アルトデレイスという名前の伯爵位の女性だ。
赤髪のロングヘアで、髪色に関してはソータの姉ソエラとほぼ同じ色だが、貴族として生まれ育った彼女の髪の美しさには目を惹かれるものがある。
目はキリッと鋭く、実に“エルフ”という種族を体現しているような姿だった。少し、アリス女王陛下と似た雰囲気も感じる。陛下を厳しくした感じと言うべきだろうか?
「お久しぶりでございます。サタナイシャ様。ヴェシアナ領主、ソータ・マキシ・フォン・ヴェシアナ……子爵にございます」右手を胸に添え、左足を引きながらお辞儀をすると、エルディアも続いて挨拶した。
「騎士爵エルディア・トトラーシュにございます」
「これはこれはご丁寧に……アルトデレイス領を治めさせていただいている、サタナイシャ・アルノー・フォン・アルトデレイスだ。ソータ殿もエルディア殿もお二人の噂は聞いている相当な活躍だとか」そう言って、今はドレス姿ではなかったが、裾を持ち上げる動作をしながらお辞儀をした。
「とんでもないことです。私などまだまだ……」そう言ったソータに「謙遜しなくとも良い……」顔を上げてそう言ったサタナイシャだが、少し申し訳なさそうな顔をして続けた。
「ところでソータ殿。済まないが、件の調味料の事であれば、まだ商会の準備が出来ていなくてな……」ソータ自身も、ワインの大量生産の件は知っているので、そこまで気にはしていなかった。
「左様でいらっしゃいましたか。今回は、アウグスト法国へ要件がありまして、その道中でございます。……アルトデレイス領にて、宿を取らせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
そう伝えると少しの溜め息を吐くと続けた「ソータ殿……貴殿は爵位のある立派な貴族だ。私の屋敷に泊まればいいだろう?」
「いや、しかし……こちらは九人もいるので、ご迷惑になるのでは……」と言うと「貴族をほったらかしにして宿に泊まらせたとなってはアルノー家の……ひいてはアルトデレイスの恥になることをお忘れなきよう」
そう押し切られてしまった。
今回に関しては、サタナイシャが全面的に正しいので「失礼いたしました。お邪魔させてください」と頭を下げると彼女は笑顔になり「ようこそ、我がアルトデレイスへ!」と歓迎してくれた。
――アルノー邸。
ヴェシアナ城ほどではないものの立派な邸宅で、白を基調とした美しい貴族の屋敷に相応しい様相であった。
そこの食堂で食事を摂るサタナイシャとその家臣たち、そしてサモンシールダーとクルセイダーズのメンバー。
しばらく食事をしているとサタナイシャが声を掛けて来た。
「……それにしても、ヴェシアナ領の目覚ましい発展には目を見張るものがある……たった数か月でどうやってあそこまでの発展を……?」と言われた。確かにそこまで行くのにそれほど苦労もしていない。
実際、ソータの前世の知識を多少活かしただけだ。
「いえ、サタナイシャ様……私はただ運が良かっただけです。ヴェシアナには優秀な領民しかおりません。全て彼らの働きのお陰です」本当にそう思っていたからこう言っただけなのだが……。
「ふふっ……そう謙遜せずとも良い。実のところ、人間族を貴族に迎えると聞いた時は驚いたし、私も反対したが……今は逆だ。共にエレニアンネの発展に尽力しよう」そう言って手を差し出してきた。
「そうですね……頼りにさせていただきます。アルノー伯爵様」そうして貴族同士の握手と会話が交わされた時に、驚いた様子だったのはクレリアだ。
「ソータってやっぱり貴族っぽいよね! なんかかっこいいね!」と言ってきた。いや、一応貴族だし。
「当然だ! ソータ殿は子爵様だからな! HAHAHA!!」「俺は兄者と共にソータ殿に付いて行くだけだ」「私はマキシ家に嫁ぐぞ!!」
まだ何か変な事を言っている奴がいるが、その仲間の様子を見て楽しそうに笑うサタナイシャ。
「う、うるさい仲間ですみません……」
「ふふふっ! サモンシールダーの皆さんは中々に個性的だな」そう優しく言ってくれた。
「それに、クルセイダーズの皆は全員人間族のようだが……エレニアンネの騎士爵としての立場をせっかく頂いたのだ。十二分に役立てるとよろしい」
「そうですね。その為に人間族では本来歓迎されないアウグスト法国へ赴き、ハンターとしての力を更に高めるつもりです」そう言ったエルディアにサタナイシャは尋ねる。
「そういえば……マーディア聖王国でクルセイダーズというハンターチームがすごいらしいと聞いたが……お前たちか?」その問に頷いて答える。
「はい。元々はソータ・マキシ……フォン・ヴェシアナ様を倒すために旅をしていた次第です。強くなるために当時マーディア聖王国のギルドにあった依頼を全て仲間たちで攻略しました」
彼は普段“ソータ・マキシ”と呼んでいるが、貴族の手前、フルネームと“様”を付けるしかなく一瞬言い淀む言い方になってしまったことをサタナイシャは気付いた表情を見せたが、何も言わなかった。
「私の意見としては、クルセイダーズの力も存分に利用させてもらう……そのつもりでいてもらいたい。マキシ殿に忠誠を誓ったわけではないのであればな」そう言ったサタナイシャに「はっ……!」と頭を下げるエルディア。
挨拶を含めた会食を終え、それぞれアルノー邸の大浴場を借りてから立派な客間のベッドで眠る……。
・
・
・
「目……よ……」
ふと、どこかから声が聞こえた……。
何だよ、眠いってのに……。
「目覚…………」
何だ……?
「目覚めよ……ソータ・マキシ……」
誰かから話し掛けられている……夢うつつになりながらも目を開ける。
……辺りを見渡すと、知らない空間にいる。真っ暗で、自分だけ浮いているような感覚……。
そして姿は見えないのに、どこかから何者かの声が聞こえてくる……。
「アウ…………法……で待つ……」
そう聞こえたかと思えば、ソータの意識は沈んでいく……。
――翌朝。
「昨日は大変お世話になりました。サタナイシャ様」そうお辞儀するソータとエルディアに「道中も気を付けよ」と送り出してくれた。
エレニアンネ桜国街を越え、他領も通っていく中で野宿する日もだんだんと増えていく。
その道中でも、アルトデレイス領で宿泊した日から眠ると必ず聞こえてくる謎の言葉……。
「目覚めよ……英雄ソータ・マキシ……。アウグスト法国で待つ……」
アウグスト領に入る頃にはその言葉がハッキリと聞き取れるようになっていた。
英雄? 俺が……? そんな事を考えながら馬車に揺られていると、そんなソータの異変に気付かないクレリアではなかった。
「ねぇ、ソータ。この前から様子がおかしいけど……何かあったの?」そういう彼女に「最近、なんか変な夢を見るんだよな……」と返すと、他のメンバーも食い付いて来た。
「何ッ!? ソータ殿がマッチョ大会に出場する夢ではないか!? ソータ殿の筋肉は美しいからな! HAHAHAHAHA!!」と御者席の方から声を飛ばしてくるガチ。
お前は黙ってろよ……。
「マッチョ大会ってなんだよ……」と呟くエルディア。
「反応がないということは違う夢……ということは、私と結婚する夢だな!? ソータ! 結婚しよう!!」ヴィオラが身を乗り出して迫って来た。
お前も黙ってろよ……。
「貴方達って、いつもそんな様子ですの……?」変人たちを見るような目で問いかけてくるロッサ。
変人なのはガチとヴィオラだけだ! と、声を大にして言いたい。
「でも、本当に何があったんですか?」先ほどまでの空気を振り払うように話題を戻してくれたライトラに、心の中で感謝を伝えつつ話し始める。
「何があったかと聞かれたら、正直に言って分からないんだ。ただ、“目覚めよ英雄ソータ・マキシよ。アウグスト法国で待つ”とだけ……」そう言うとエルディアは腕を組んで「ふむ……」と考え始めた。
クレリアは「ソータは英雄ってことなの?」と言っていたが、分からない物は分からない。
「とにかく、アウグスト法国へ行けば何か分かるかもしれませんね」サーシャがそう言って、その会話は一旦終結した。
しばらく馬車を走らせていると、アウグスト特区が見えて来た。
――アウグスト特区。
特区の外には、魔族の兵士数人がおり、ソータたちの馬車を見つけるなり頭を下げてきた。
「お待ちしておりました。サモンシールダーの皆さん」
皆は馬車を降りて、ソータが先頭に立ち「出迎えありがとう。早速だがアウグスト法皇陛下に御目通り願えるだろうか?」と聞くと「このままお進みください。馬車はこちらでお預かりします」と言って引き取ってくれた。
「同乗させてくれてありがとう。ソータ・マキシ」エルディアがそう言うと「きっとまたお会いできますわね。いつか!」「先輩たち、ありがとうございました」「ソータくんの活躍を期待してるよ」
クルセイダーズのメンバーが挨拶をしてくれたので「元気でな!」と言って送り出した。
ガチが「諸君! 筋肉を育てておくんだぞ!」と大きく手を振っていたが、ロッサとサーシャは聞こえないフリをしていた。
アウグスト特区では既に、サモンシールダーに無礼を働くことは国家反逆に与する行為だという認識がある為、以前この国へ来た時のような酷い扱いは受けることなく、無事にアウグスト王宮に到着した。
――アウグスト王宮――高等応接室。
王宮の使用人の一人に案内されて、応接室の扉が開けられる。
ここは、他国の王族や貴族の為にある応接室で、一般用とはまるで違う造りだということが分かる。
すでに室内には使用人が一人おり、ソータたちが入って来るとお辞儀をした。
「では、皆さまはしばらくお待ちください。御用がありましたら、こちらの使用人へ何なりとお申し付けくださいませ」と言って案内をしてくれた使用人は部屋を出て行った
アウグスト法皇用の豪華なソファの向かいに座るのはソータ、クレリア。もちろん、他にもソファはあり、そこにガチ、ムチ、ヴィオラが座る。
それぞれの前にお茶が置かれる。
「アウグスト法皇陛下がいらっしゃるまで、ごゆっくりとお寛ぎください」と言って、部屋の端に戻った使用人はキュッと靴音を鳴らし素早く振り返り背筋を伸ばして静止する。
そこから微動だにもしなくなった。凄まじい練度である。
・
・
・
しばらく待っていると、アウグスト法皇が応接室に入って来た。
すぐさま全員立ち上がり頭を下げる。
「…………」一切口を開かないソータに「よい。今回は非公式の場だ。魔族流の礼節は要らぬ」そう言って一人用のソファに座る。
「はっ……!」と言ってソータたちは座る。
「――さて、今回サモンシールダーを呼び付けた理由だが、手紙に書いた通りエインヘリヤルについて新事実を知る者が現れた……と書いたな? これは正確には“目覚めた”と言った方が正しい」
目覚めた……? 疑問には思ったが、そのアウグスト法皇の言葉で夢に出てくる謎の声の正体か? と思っていたが、どうやら違うようだった。
というのも……。
「では、入ってください」アウグスト法皇が扉に声を掛けると向こう側から女性の声で「失礼します」と聞こえて来た。使用人が気付いて扉を開けると、一人の人間族の女性が両手で大事そうに黒い箱を持ちながら入って来た。
ソータと同じ、黒髪で黒い瞳をしている非常に珍しい色をしている。彼女は近くの空いているソファに座ると、目の前のテーブルに黒い箱を置く。
「初めまして。サモンシールダーリーダー、ソータ・マキシ・フォン・ヴェシアナです。こちらは仲間の……」と言うと、他の四人も続いて自己紹介をした。
「こちらこそ、初めまして……セシリア・エファスと申します」と言って頭を下げた。
……名前は初めて聞く名前だが、何か違和感を感じる……。ソータがそう感じているとアウグスト法皇は「お前は下がれ」と言って使用人を部屋から退室させた。
「陛下……?」ムチが不思議に思って声を漏らすとアウグスト法皇は「この者たちには構わぬ。名乗ってくれ」とセシリアに言う。
「承知しました」そう言ってソータの目を真っ直ぐ見つめて言った。
「私の名前は……アイリ・アウグストです」
「アウグスト……?」そう言ってアウグスト法皇に視線を移すと、アウグスト法皇が教えてくれた。
「紹介しておこう。彼女は我がアウグスト法国を作った英雄の一人だ」いきなり意味の分からないことを言われた。
「は、はい……?」
「ガルガシア。いきなりそんなことを言われても困惑するだけよ」法皇に対して驚くべきことに敬語を使わないアイリ。
「えっ……あの……」クレリアも困惑を隠し切れなかったようで、その反応を見たアウグスト法皇が詳しく話してくれた。
「このアイリという者は、この時代に産まれた人間ではなく、遥か過去、この世界に転移してやって来た英雄の一人だ」
詳しい話を聞くと、神々がこの世界に表立って干渉していた頃にまで遡るのだった――。




